息もできない』は、国際映画祭や映画賞で25以上もの賞に輝いたヤン・イクチュンの長編監督デビュー作。日本でも何度もリバイバル上映されるほど根強い人気作であり、現に、先日行われた「島ぜんぶでおーきな祭 第11回沖縄国際映画祭」でも特別上映され、ヤン監督の登壇には当然、観客から拍手喝采が送られた。
社会の底辺で生きる男サンフン(ヤン)と、女子高生ヨニ(キム・コッピ)が出会い、孤独と傷みを媒介し魂で通じ合う物語。サンフンは父への怒りと憎しみを抱き、ヨニも家族に問題を抱えるも勝気にふるまい、歳は離れているものの、たったひとりしかいない互いに惹かれあってゆく。
制作・監督・脚本・編集・主演のひとり5役を務めたヤン監督の才能が光る本作。韓国での公開から10年たった今、何を思うのか。また、世界から熱望されている監督の次なる作品の構想とは。沖縄の地で、インタビューした。
――来日、ありがとうございます。代表作『息もできない』が沖縄国際映画祭で上映されることについて、どんなお気持ちですか?
ヤン監督 韓国以外でこの作品を一番愛してくれているのは、日本だと思っています。単純に映画を観ていただいたお客さんだけではなく、エンターテインメント業界の方々にも「とても面白い」という評価をしていただいて、いろいろなところで話題にしていただいていることもあり、とてもうれしいです。すでに韓国でも上映があまりできなくなっているんですが、今回、こうして沖縄国際映画祭で上映していただけるのは大変光栄なことです。
――国内のヒット作品さえ、こんなに何度もリバイバル上映されることはありません。作品のどんなところが、特に人の心を捉えていると思いますか?
ヤン監督 とりあえず、今日ご覧になるお客さんに聞いてみましょうか(笑)。
――そうですね(笑)。
ヤン監督 僕の考えとしては、1970、80、90年代のストーリーを見せることが、人々の心をつかむことになったのではないかと思っています。今の時代と違う部分が描かれていて、具体的には、社会的に守られていない人々の話ということもあると思います。2000年代に入って、昔の映画と違う規格の映画がとても多いと思うんですが、懐かしさを見せている部分が、どこか人の心をつかんだのかもしれません。
ヤン監督 例えば、韓国では、『息もできない』が公開されたとき、「人々にショックを与えた映画だ」とも言われました。理由としては、映画の中には自分のお父さんを殴るシーンや、登場人物が心の傷みの話すシーンが出てきます。それが第三者ではなく自分の家族の話ですし、家族だけの問題ではなく、社会の全体がそうさせているという意味も込められていたので。それをちゃんと表現したことにおいては、初の映画ではないか、という評価をいただいたりもしました。……ただ、自分ではわからないんですけど。
――監督ご自身は観返したりもなさるんですか?
ヤン監督 9年くらい前から観なくなりました。監督として、まず編集に6カ月くらいかかりましたし、当時、いろいろな映画祭に出品されて、観客の反応が見たくて、何回も何回も一緒に観たんです。今となっては、観ることすら想像できない状態です。3分以上観るとなったら吐き気がしちゃって……(※吐く真似をする)。
――吐き気(笑)。斬新な表現ですが。
ヤン監督 そうですね……うーん。『息もできない』はすごく愛している、愛した映画ですけど、自分としては製作済み映画として完結(消化)されているはずです。もう一度観ることは、もう一度それ(制作)を経験する、思い出すことにつながりますから、これ以上観ることはないです。例えば、10年前に付き合っていた彼女がいたとして、とても愛した人ですけど、10年ぶりに会って「もう1回付き合うか」とはならないと思うんです。おそらく、そういう状況だと思います。
――よくわかりました。2017年の来日トークイベントでは東出昌大さんが熱烈なファンであることをお話ししていたり、『あゝ、荒野』に代表されるように日本の作品に出演したりもされています。日本の俳優とコミュニケーションはひんぱんに取られているんですか?
ヤン監督 古くは綾野剛さんと知り合いでしたし、小栗旬さんの家にも遊びに行ったことがあります。ただ最近は、皆さん忙しいですし、中々連絡できないですね。西島秀俊さんが韓国にいらっしゃったときには、一緒にチヂミを食べたり、マッコリを飲んだりもしました(笑)。ただ、西島さんはビッグスターになっていると聞いています……。それでも、またお会いしたいです。安藤サクラさんとも、7~8年くらい前に(『かぞくのくに』で)共演して、韓国で一緒にトークイベントをしました。安藤さんはすごくエネルギーがあって、明るい方ですよね。彼女と一緒に演技ができたことは、すごくいい経験でした。
――次回作に関しては、もう着手しているんですか?
ヤン監督 6年前、15シーンのシナリオを書いていて、それから6年何も書いていないです。……が、最近になって、やっと少しずつ書いているところです。来年は本当に映画を撮りたいと思っています。おばあちゃんの話です。
――書いていらっしゃるんですね! 『息もできない』のときは福岡の人口湖の近くで書き出したそうですが、今回はどこで書いていますか?
ヤン監督 『息もできない』のときは、そうでしたね! たまたま歩いていたところに人口の池があって、そこで釣りをやっているおじいちゃんがいて&hellip ;…急にオープニングシーンを思いついたので、そこで書いたんです。最近は、女子大学のキャンバスの中で書いています。
――女子大が落ち着くんですか(笑)?
ヤン監督 女子大の喫煙スペースで書いています。『息もできない』も、その後、女子大で2カ月半くらい書いたから、もはや僕のスタイルです。シナリオ仕事は雰囲気が大事ですからね。女性の声を聞いていると不思議と落ち着きますね。気づけば、僕の周りはプロデューサーさんも友達も98%が女性です(笑)。
――最後に、映画業界を目指す人々へ、監督から一言アドバイスをいただけますか?
ヤン監督 映画を作ることに関しては、とても、とても、とても大変な作業だと思います。だから、早めに諦めてください(笑)。それでも映画を諦めずに作りたいんでしたら、必ず、とてもいい映画を作ってください。それが、いい監督になる道だと思います。(取材・文=赤山恭子、撮影=映美)
『息もできない』(2008年)
※2021年6月24日時点のVOD配信情報です。