中野量太監督待望の新作『長いお別れ』が、いよいよ公開を迎える。認知症を発症し、少しずつ、少しずつ記憶が朧気になっていく父親に、家族が向き合う7年間がハートフルに綴られた。
父親(山崎努)の古希のお祝いをしようと、母親(松原智恵子)に呼び出された芙美(蒼井優)と麻里(竹内結子)の姉妹。いつも通りの誕生日会のはずだったが、どこか様子がおかしい。実は父が認知症になったと母から打ち明けられた姉妹は、元・中学校校長で厳格だった父の面影が忘れられず、「まさか」と困惑する。しかし、ゆっくりと流れる時間とともに、三人は父との新たなコミュニケーションを築いていく。
悲しく、つらいイメージのある認知症を、「長くお別れができる時間」と捉える“Long Goodbye(長いお別れ)”の視点で表現された本作は、忘れがたいシーンの積み重ねでできあがっている。これまでも「家族」を主眼に置いて作品を撮り続けてきた中野監督に、こだわりの詰まった人物描写についてインタビューした。
――『長いお別れ』は中島京子さんの原作が元になっています。どこに惹かれたんでしょうか?
中野監督 これまでは、あまり原作モノに興味がなかったんですけど、「『長いお別れ』なら」と思う要素が大きくふたつありました。ひとつは、認知症という題材が今必要というか、撮るべき題材だと思ったこと。うちのばあちゃんも認知症でしたし、これから本当に誰もが関わっていくことになるんだと思ったんです。まさに今、映画化しなきゃいけない題材だなと思いました。
もうひとつは、僕はこれまで、どちらかというと状況の厳しい家族を描いてきたんですね。厳しい中でも、家族が懸命に生きて、その懸命さこそがちょっと滑稽だったり、愛しかったりする。この原作は、まさにそれだったんですよ。認知症になったときって、当然、状況は厳しいんです。でも、その中で一生懸命助け合いながらやっているのが、やっぱり笑っちゃったし、「ああ、僕が描きたかった世界と同じようなことが書いてあるな」と思いました。読みながら、「僕だったらこうして、こんな風に面白くできるかもしれない」と思っていたので、読み終わった頃には、もう「僕ならできるかもしれない」と映画化を考えていましたね。
――実際、脚本作りにあたって、中野監督が気をつけた点はどこでしたか?
中野監督 原作の映画化は初めてでしたけど、借り物をやるつもりはありませんでした。だから、完全に、自分の中を1回通してから、オリジナルの気持ちで出すことをやったつもりです。最終的にはオリジナル要素もめちゃめちゃ入っているので、元がわからなくなっちゃうくらい全部自分の中に入れて、吐き出しました。一番怖いのは、俳優さんに「ここ、どうなの?」と聞かれて、「原作にこう書いてあったから……」なんていう答えをすること。アウトですからね。そうは絶対になりたくなかったから、全部自分が答えられるぐらいにして挑んだつもりです。結果、借り物で作っている感じは全然しないところまで持っていけたかな、と思いました。
――クランクインの前に、キャストを招集してリハーサルをしたと伺いました。どのような狙いがあったんでしょうか?
中野監督 僕の仕事って、俳優陣やスタッフたちが一番やりやすいように撮ることだと思っているんです。家族を演じるのにどうすれば一番、みんながやりやすいかなと思ったときに、もちろん、プロの俳優たちだから、その日初めて会ったって“家族”はできるんですよ。でも、それじゃあ映らないものがーーこれは人間ですから、絶対にある。だから、俳優たちが初日から、家族の雰囲気を感じながら演じられれば、彼らにもいいし、映るものも違ってくると信じて毎回やるんです。『湯を沸かすほどの熱い愛』のときも、母役の宮沢りえさんと、娘役の(杉咲)花たちに毎日メールをさせたりとかしましたしね。今回は何をしようかなと考えて……みんな忙しい方たちだけど、本当は1週間ぐらい一緒に暮らしてほしかったんです(笑)。
――そんなわけにいかないですもんね(笑)。
中野監督 そう。それで、ふと思いついたのが、この映画は最初、お父さんの70歳の誕生日に集まるじゃないですか。「実は、お父さんは認知症が始まっている」とお母さんに知らされて、娘たちが「あっ」と驚くところから始まるでしょう。そこで驚くためには、じゃあ、認知症になる前の幸せだった誕生日を知らないと、その差が生まれないだろうなと。なので、今回は、その3年前の67歳という設定の誕生日会を開こう、と思いついたんです。ハウススタジオを借りて、お料理も用意して「67歳、おめでとう!」の誕生日会をみんなでやりました。半分リハーサル、半分親睦会みたいな。俳優陣としては、あの日に会って、みんなでお祝いして、お酒を飲んでワイワイしたことは、やっぱり近づいたな、という感じがありました。やってよかったな、と思いました。
――誕生日会のときには、監督はどういう立ち位置でいらっしゃるんですか?
中野監督 僕? 僕は、ニコニコしながら見ている感じです(笑)。「一応そういう設定ね」ぐらいなので、みんながご飯を食べ出したりしたら、加わって。でも毎回、やっぱりやったことのないことをやるから、どうなるかは不安なわけですよ。67歳の誕生日会をやって、みんながしらーっとなっても、まずいじゃないですか(笑)。だから、どうにかして盛り上げなきゃとか、いろいろ考えてはいます。実は、すごくびびりながらやっていました。
――本物の家族のように見える東家のキャスト陣に、撮影中はどんな演出をされたんですか?
中野監督 僕はやりやすいようにしただけです。特に蒼井さん、山崎さんは台本の読解力がものすごいので、ほとんど演出をしなくてもいいくらいでした。予告編で使われているところを例に挙げれば、松原さん演じるお母さんが認知症の進んだ山﨑さん、つまりお父さんに、「東京オリンピック、また一緒に見られたらいいですね」と話しかけたら、山崎さんは「……はいっ」という返事をするんです。僕、ト書きには「わかっているのか? 返事をする」と書いたんです。そこに、山崎さんは、あの絶妙な「……はいっ」をやってくれた。みなまで言わずとも伝わっている、あの演技を見たときには「よしっ」と思いましたね。
――対する松原さんも、非常にチャーミングでした。
中野監督 実は、当初のお母ちゃん像とは全然違う仕上がりなんです。台本を書いていた段階では、自分が書いたイメージに松原さんをはめ込もうとしたんですけど、松原さんはそこにはまらないというか、枠のない方なんですよね。撮影が始まってから、松原さんは、ご本人が元々持っていらっしゃる、あのかわいらしさを生かすべきだと気づきました。そのまんまの松原さんがかわいかったので、完全にシフトチェンジしようと変えたんです。最初に僕がイメージしたお母ちゃん像とは全然違う、むしろ乗り越えて、オリジナルの、あのかわいいお母ちゃんになっていたから「すげえな……」と思いました。なので、今回は役者によって全然、演出の仕方が違ったかもしれないですね。
――すべてタイトルに象徴されている話だと思っています。『長いお別れ』=「Long Goodbye」の意図は、中野監督の中で腑に落ちて作られたんですか?
中野監督 そうです。本当に、すごい良いタイトルだなと思っていました。僕、原作でどこが好きかって、あのラストシーンなんですよね。観る前の読者さんもいるだろうから詳しくは言えないけど……、普通の映画では、ああは終わらないので、最初はプロデューサーは反対したんです。でも、僕は、この原作はあそこに感動したし、「Long Goodbye」の意味もわかったし、やっぱりとても良くて。だから、どうしてもあそこはやりたかった。「Long Goodbye」、ゆっくりゆっくり遠ざかっていく、長いお別れ。
認知症はもちろんつらい部分もあるけど、人なんていつ死ぬかもわからないから、ちゃんと長くお別れの時間があるのは、実は幸せなのかな、と思うんです。すごく優しいタイトルですよね。『湯を沸かす~』もそうだけど、僕はタイトルは映画の顔だと思っていて、雰囲気まで映画を作っちゃうぐらい、タイトルは大事なんです。だから、今回の『長いお別れ』も、優しさをそのまま映画にしたい、と思っていました。
――監督が、家族をテーマにずっと映画を作られている理由は何でしょうか?
中野監督 「家族って何だろう」と考えているところが昔からあるんです。僕は内側から吐き出すタイプなので、自分の知っているものや興味のあるものをテーマに映画を作ります。言ってしまうと、僕は母子家庭なので、いとこが兄弟のように育ったりして、「This is 家族」という形ではなかったんです。けど、僕は、その家族に本当に救われて生きてきた思いが、すごく強くて。そっちの思いをたぶん僕は、表現者としては、やりたくてしょうがないんですよね。もちろん、いろいろな家族の形があるし、「これが家族だ」という答えはないから、興味があるんでしょうね。決まりはないけど「家族って、なんか良いよね」ということは、絶対に描きたいという感じです。
――家族を丁寧に描いているからこそ、そこに生きる人たちのパワーや温かみも強く出ているようにいつも感じます。意識的に、人のしなやかさや強さのようなものも表現する気持ちも、あるんでしょうか?
中野監督 そうですね。人間は……いい部分も悪い部分もあるからこそ人間であって、しなやかだったり、不器用だったりすることも人間です。人それぞれ、そこの度合いが違うのが個性だし、ひとりとして同じ人なんていないと思っているから、「その人らしさ」ということには、毎回すっごくこだわっています。今回の4人だって、もちろん根本はよく似て育っているけど、全員違うように絶対に描かなきゃ、と思ってやっていました。ひとりひとりを大切に、「たったひとりしかいない人なんだよ」ということは本当に毎回、それは気をつけて、定型にならないようにしています。
人って、やっぱりそうじゃないですか。悲しいと思うだけでも、ここにいる全員が、感じ方は全然違いますよね。悲しくて「エーン」と泣く人もいれば、平気な顔しているのにすごく悲しい人もいるし。それが個性で、でも必ず「その人らしいな」と感じるところに、僕らはズッキュンとするんですよ。僕は、そこを映画で丁寧に描いています。(取材・文=赤山恭子)
映画『長いお別れ』は2019年5月31日(金)より、全国ロードショー。
出演:蒼井優、竹内結子、松原智恵子、山崎努 ほか
監督:中野量太
原作:中島京子
公式サイト:http://nagaiowakare.asmik-ace.co.jp/
(C)2019『長いお別れ』製作委員会 (C)中島京子/文藝春秋
※2022年7月10日時点のVOD配信情報です。