キラキラ光る夏!波しぶきに飛び込みたいサーフィン映画11本

映画マニアと呼ばないで

夏りょうこ

2020年東京五輪で初めて採用される競技サーフィン。普段はなかなかお目にかかれないスポーツなだけに、世界中から注目を集めそうだ。

しかし、もし目の前の海でサーフィンが行われていても、サーファーの視線で風景を見たり、サーファー自身も波に乗る自分の姿を見ることは難しいだろう。

そこで映画の出番。サーファーが主役の映画を観れば、迫力あるサーフシーンが存分に楽しめる。

たとえサーフィンをやったことがなくても、波に乗っているような疑似体験ができる。それがサーフィン映画。

そこで今回は、おすすめのサーフィン映画11本をご紹介しよう。

ビッグ・ウェンズデー』(1978)

波を待ちわびて

ビッグ

1960年代カルフォルニアの海辺の町で、サーフグループの若者たちは、水曜日にやって来るという世界最大の波“ビッグ・ウェンズデー”に挑戦することを夢見ていた。

いつやって来るのかもわからないその波を、ただじっと待つのはつらい。それでも待つのが、サーファーというものなのだろう。それでも待ちきれずに酒に溺れたりする若さゆえのジリジリ感。そんな彼らの元へ、ベトナム戦争の徴兵令状が届く。

しかし、一度は戦争によってバラバラになってしまったものの、終戦後に彼らはまた集まり、ビッグ・ウェンズデーを待つのだ。たった1つの波のために10年。ここまで強くつながることのできるサーフィンって一体……。ビッグ・ウェンズデーは、青春時代にやり残したことの象徴なのかも。

ブレス あの波の向こうへ』(7月27日公開)

海が呼んでいる

ブレス

1970年代オーストラリア西南部の小さな街で、刺激を求めて冒険に明け暮れていた2人の少年が1人の男と出会い、サーフィンを教えてもらうことになる。

彼らはまだあどけなさの残る少年で、性格が正反対。サーフィンの楽しさを知って夢中になり、腕が上達するにつれて仲間意識が強くなる一方、ライバル心もムラムラ起きてくるわけである。そして、これまた危険な恋がスリル満点。ああ、早く大人になりたい。

彼らが伝説のサーファーに憧れ、父親のように慕いはじめる様子が微笑ましい。「サーフィンを習得するよりも演技を学ぶ方が簡単」ということから、本物のサーファーを主役に抜擢したのは正解だ。人はなぜ海に惹かれるのだろう。瑞々しさにあふれた成長ドラマ。

ハートブルー』(1991)

友情と仕事の狭間で

ハートブルー

カリフォルニアのビーチで発生した連続銀行強盗事件を捜査していた新人刑事が、犯人はサーファーではないかという推理を裏付けるため、ビーチに潜入する。

キアヌ・リーヴスの出世作というべき作品で、空でも海でも派手なアクションが展開されるサスペンス。強盗たちが被っている大統領マスクのインパクトや、90秒間で金だけを奪うというスマートさ、そしてキアヌ・リーヴスの東洋的な美しい容姿が、当時は新鮮だった。

仕事のためにサーフィンを習っただけなのに、海面を駆け抜けるサーファーたちの華麗な動きを目の当たりにして、次第にその魅力にはまっていく刑事。捜査は進まないが、サーフィンは楽しい。容疑者であるカリスマ・サーファーとの友情に揺れ動き、決着のつけ方に男泣き。

ハナレイ・ベイ』(2018)

片脚サーファー

ハナレイ

ハワイのハナレイ・ベイでサーフィン中だった息子が、サメに襲われて死亡したことを知らされた母親は、1人で現地に向かう。

村上春樹の短編を映画化。シングルマザーの彼女は一人息子を失って悲観に暮れるが、反抗的な息子とは決してよい関係ではなく、生意気な口をきかれて険悪なムードになったこともある。それでも息子のことを愛していた。母親だから。悲しみを打ち払うようにがっしがっしと歩く吉田羊の姿が、目に焼きつく。

息子の命日の頃になると、ハナレイ・ベイに来て時間を過ごしていた彼女は、片脚の日本人サーファーの話を耳にする。それは息子? それならもう一度会いたい。彼女と交流する若いサーファー役の村上虹郎が登場すると、それまでの閉塞感が一変。活きのいい彼の存在に救われる。原作と違うラストは、好みが分かれるところだろう。

ドリフト』(2012)

二人三脚で

ドリフト

1970年代オーストラリアの海辺の町で、横暴な父から逃れて母親と暮らしていた兄弟は、夢を実現させるためサーフビジネスの第一歩を踏み出す。

子供の頃、溺れていた弟を助けて脚をケガしてしまった兄。地元で有名なサーファーに成長した弟。そんな兄弟の絆を通して、実在するサーフギア・ブランドの誕生秘話を描く。キャンピングカーに乗ってやって来たヒッピー風の人たちに触発され、自由な生き方を追い求めるようになるとは。貧しさがそれほど暗くないのも、時代だね。

でも、兄の方は今の生活からなんとか抜け出そうと、このビジネスに賭けようとするが、なかなかうまくいかず。そんな風にハラハラさせられつつも、何となく大らかな雰囲気が漂っているのは、開放的な土地柄のせいだろうか。自由とお金。自分の人生に向き合おうとするテーマが普遍的。

ブルークラッシュ』(2002)

その波に乗れ!

ブルー

ハワイのオアフ島で、2人の親友と妹とサーフィン漬けの毎日を送っている主人公には、世界で最も危険な大会“パイプマスターズ”で優勝するという夢があった。

子供の頃から天才サーファーと呼ばれてきた彼女だが、大切な試合前だというのに過去の大事故によるトラウマを乗り越えられず、しかもステキな恋人に夢中。次第にサーフィンへの情熱が薄れてきてしまう。その海はサーファーの聖地といわれるだけあり、波を待つサーファーたちでいっぱい。波の奪いあいが危ないよ。

目標に向かってまっしぐらだった彼女も、恋の力には勝てず。だって女の子だもん。サーフィンに興味がなくても、臨場感あふれる力強い映像に目が釘づけ。反抗的な妹に手を焼いたり、必死で生活費を稼いだりして、大人に頼らず頑張る姿が爽快だ。青春ドラマとしてもみごたえあり。

あの夏、いちばん静かな海。』(1991)

無音の世界で波に乗る

あの夏

ゴミ回収の仕事をしているろうあの青年が、ゴミとして出されたサーフボードを見つけて持ち帰ったことをきっかけに、サーフィンに夢中になっていく。

発泡スチロールで修繕したサーフボードに乗り、彼は海へと漕ぎ出していく。そんな彼を地元のサーファーたちは嘲り笑うが、彼は新品のサーフボードを手に入れるとますますサーフィンにのめり込み、腕も上達。浜辺でじっと彼を待っている同じろうあの彼女が、彼の心にそっと寄り添う。

淡々とサーフィンをする彼と、浜辺に座ってそれを見ている彼女の時間が、久石譲の切なく美しいメロディに乗せて静かに流れる。ダイナミックなサーフシーンがなくても、彼の熱い魂が伝わってくるのが不思議だ。徹底的にセリフを省いた物語は、すっと始まり、すっと終わる。

エンドレス・サマー/終りなき夏』(1966)

夏を終わらせない

エンドレス

1960年代初めに、サーフボードとカメラを手にした3人のサーファーが、最高の波を求めて世界中を旅するドキュメンタリー映画。

お金と時間さえあれば、夏は終わらない。いつまでも夏を追い続け、年中サーフィンをしていられるのである。そんなサーファーにとって究極の夢物語がここに。二人のサーファーが、アメリカを出発して南アフリカ、オーストラリア、タヒチ、ハワイなど南半球をグルっと回ってサーフスポットを訪れる。続編『エンドレスサマー II』(94)あり。

ネットもなく交通網も発達していない時代に、カメラ1台とサーフボードを持って秘境にも出かける彼らを突き動かすのは、世界中を旅すれば必ずどこかに夏はあるということ。サーフィン映画の金字塔として有名な作品だが、これはもう冒険ドラマだろう。完璧な波を見つけた時の彼らの喜びようときたら。果てしない夢の実現を追体験できる。

ステップ・イントゥ・リキッド』(2003)

サーフィンこそ人生

ステップ

世界各地をめぐりながら、そこで出会ったサーファーたちの思い出話を基に、サーフィンを愛する人々の人生を描いたドキュメンタリー映画。

前述『エンドレス・サマー/終りなき夏』監督の息子による映画プロジェクト作品。スクリーンに映し出されるのは、28年間ずっと波に乗り続けている男や、助けを借りながらサーフィンをする下半身が不自由な青年。タンカーが起こすクセのある波をわざわざ待っている中年男性もいたりして、サーファーの数だけストーリーがあることを目の当たりにする。

サーフィンは、個人の楽しみだけにとどまらない。宗教問題で分断されたアイルランドの子供たちを、サーフィンを通して交流させたり、30年前の波を息子と一緒に見に行くベトナム帰還兵がいたり。サーフィンは、心の架け橋や絆を深める役割も果たしているのだ。サーフィンっていいな。

ソウル・サーファー』(2011)

サーフィンは誰のため?

ソウル

故郷のハワイで幼い時からサーフィンに没頭し、プロを目指していた主人公は、13歳のときにサメに襲われ左腕を失ってしまう。

実在の片腕サーファーの半生を映画化。プロサーファーとしての将来を期待されていた彼女が、突然の悲劇に見舞われるものの、不屈の精神と情熱で立ち上がる。その特訓のすさまじさときたら。自らサーフィンのシーンをこなすなど、主演女優の気合いも十分だ。

彼女がサーフィンを辞めようと思ったのは、片腕を失くしたからではない。自分は一体何のためにサーフィンをやっているのだろう。その答えを見つけたとき、彼女はもっと強くなる。人々に希望と夢を与える喜び。使命感。彼女の価値観がひっくり返った瞬間、世界は彼女のために開かれた。単なるサーフィン映画を超えた感動作。

稲村ジェーン』(1990)

時代の波にも乗れず

稲村

1965年、湘南・鎌倉の稲村ヶ崎を舞台に、20年に一度台風によってやって来るという伝説の波“稲村ジェーン”を待つ若者たちのドラマを描く。

どちらかというと、映画よりも音楽が高く評価されている桑田佳祐初監督作品。チンピラとバンドマン、サーファーという3人の青年と、歓楽街で出会った奔放な女性が織り成す王道の青春グラフティ。桑田佳祐の故郷に対する愛とこだわりが炸裂している映画だ。

途中で桑田佳祐が何度か登場して歌うシーンは、ストーリーとの関連性ゼロ。唐突にサーフボードの龍の目が光ったりパンタが出てきたりするが、PVだと思えば楽しいかも。当時の世相やカルチャーが懐かしく、音楽映画としてはみごたえがあるだろう。そして夏が終わり、彼らはそれぞれの道を歩みはじめる。たぶん。

いかがでしたか?

ぶつかり合う波しぶき。波のトンネルから見える青い空。同じ波は二度と来ない。映画を観ていると、サーフィンは激しくて美しいスポーツだなと思う。

自然を相手にするサーフィンは、登山と同じように、その人の生き方そのもの。だからサーフィン映画は人間を描いているし、青春ドラマとしても楽しめる作品も多い。

サーフィンに興味がないからといって観ないのは、ひょっとしたらもったいないかも?

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