一夜の出来事によって、人生が激変した家族の行く末はどうなるのか――。今を強く生きる人間たちへの賛歌を圧倒的な熱量で描いてきた白石和彌監督が、初めて「家族」というテーマに挑んだ映画『ひとよ』が11月8日(金)から全国公開となる。田中裕子さん演じる母親の心情や、描かれている母親と子どもたちとの関係などをひもといていただきながら、本作の魅力を作家のあさのあつこさんにうかがった。
私たちはどう生きるのか?自らと向き合う家族の物語
俳優陣のまなざし、言葉、しぐさ、全てが圧巻。
「人よ、人よ」と問いかけられている気がしました
あさのあつこ/作家。1954年岡山県生まれ。青山学院大学文学部卒業。小学校講師を経て作家デビュー。『バッテリー』で野間児童文芸賞、『バッテリーⅡ』で日本児童文学者協会賞を受賞。『たまゆら』で島清恋愛文学賞を受賞。著著に『福音の少年』『No.6』『弥勒の月』『ありふれた風景画』『ランナー』『The MANZAI』『晩夏のプレイボール』『ぬばたま』『火群のごとく』『ミヤマ物語』『花や咲く咲く』『末ながく、お幸せに』など多数。
大切な何かがストンと落ちてくる心地良さ
ある一夜の事件をきっかけにバラバラになった家族の葛藤と戸惑いを描いた『ひとよ』。登場人物それぞれが抱えているものは重く、いろいろ考えさせられるのですが、それでも観終えた後、ほの明るくなっていく夜明け前に立たされているようで不思議な感覚を味わいました。
本作は冒頭シーンから衝撃的。母親のこはるが子どもたちに「お父さんを殺しました」とストレートに言うんです。淡々とまるで真実をポンと投げ出すように。その瞬間、こはるの人となりが見えた気がしてグッと心をつかまれました。
15年ぶりにこはるが子どもたちの元へ帰ってきたシーンも印象的です。ドアをたたく母親を見た時、長男の大樹は一度開けるのをためらうんです。本作が単なるバラバラになった家族の再生物語ではなく、一人ひとりが何かを抱えざるを得なくなってしまった運命の物語なのだと強く感じました。
母親役の田中裕子さんから目が離せない
何より私が感動したのは俳優陣。そのまなざし、笑い方、泣き方、ふと息をつく瞬間の表情、しぐさなど全てが圧巻でした。特に田中さんが素晴らしかった。彼女が演じたこはるは、15年ぶりに子どもたちのところへ帰ってきた時も終始毅然とした態度で、悪びれたところは一切ありません。ざんげもしない。それどころかふてぶてしさ、したたかさをチラリチラリとにじみ出させてきます。
にもかかわらず、時折見せるちょっと笑った顔がすごくチャーミング。どんな人間も一色ではないんですよね。優しい面もあれば怖い面もある。こはるという人間の多面性を田中さんは演技でちゃんと表現しているのです。それゆえ、彼女が演じているのは「3人の子どもの母親」ではなく「こはるという人間」そのもの。こはるという人間が母親になったらこうなるんだろうなあと実感できる存在感でした。大げさですが、この田中さんの演技だけでも本作を観る価値はあると思うほど人を惹きつけるものがあります。
もちろん他の俳優陣も素敵でした。佐藤健さんは何とも言えない虚無感を抱えた次男・雄二として、鈴木亮平さんは自分にもやりきれなさを持つ長男・大樹として、そして松岡茉優さんはやや荒れているけれど本音でぶつかる妹・園子として、見事にそこに生きていました。いい意味でそれぞれの既存のイメージを打ち破っていると感じました。
ストーリー展開も見事というしかありません。こはると3人の子どもたちの生き方、心情の一つひとつをきっちりと描き、丁寧に浮かび上がらせています。普通、収まりの良い物語にするため、肯定すべき人物1人を中心に話を繰り広げていくことが多いのですが、本作はあえてその手法を使っていません。
強烈な人生を抱える人を何人も登場させながらも、誰一人否定することなく、物語として成立させています。しかも、何一つ明確な答えを提示していないので、観客が自然に自分なりの答えを見つけなればという思いにかられていくんです。小説と映画とでは形は違いますが、物語を紡ぐ一人として「こんな風に人間の生き方を表現できたら」とうらやましくなりました。
自分の幸せの形を探せばいい
そう教えてくれる作品
「家族」は今や時代のキーワード。虐待の問題もあり、世間全体に「優しい両親の元、健やかな子どもがいる家族が理想」という価値観がしみついています。でも、果たしてそれが本当に幸せなのかと考えました。確かにこはるたち家族は完全に破綻しています。それでも、つながっていてそこに生きて何かを発見し、何かを失いながらもなお共に生きていく。その中で自分たちなりの絆で家族の形を作っていけばいいのだと、彼らを見つめながら思いました。
それと、同じ母親として最初は、自分を犠牲にしてでも子どもを守るのが母親だから、こはるの罪もしかたないと捉えていたのですが、鑑賞後、実は子どもを守っているつもりで傷つけてしまうこともあるんだと思い、この親子のぎくしゃくした関係は、こはるの独りよがりがもたらしたものだと気づかされました。
タイトル『ひとよ』は「一夜」を意味するそうですが、私は今もなお「人よ、人よ」と呼びかけられ問いかけられている気がしています。本作は「人が生きるとは何か?」「家族とは何か?」という深遠なテーマを静かに、鋭く突きつけてきます。それでいてユーモアにあふれ、笑えるシーンも多いので、とても見応えのある映画です。あらゆる年代の方に観ていただきたいですね。(談)
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■STORY■どしゃぶりの雨降る夜に、タクシー会社を営む稲村家の母・こはる(田中裕子)は、愛した夫を殺めた。それが、最愛の子どもたち三兄妹の幸せと信じて。そして、こはるは、15年後の再会を子どもたちに誓い、家を去った—。たった一晩で、その後の家族の運命をかえてしまった夜から、時は流れ、現在。次男・雄二(佐藤 健)、長男・大樹(鈴木亮平)、長女・園子(松岡茉優)の三兄妹は、事件の日から抱えたこころの傷を隠したまま、大人になった。抗うことのできなかった別れ道から、時間が止まってしまった家族。そんな一家に、母・こはるは帰ってくる。15年前、母の切なる決断とのこされた子どもたち。皆が願った将来とはちがってしまった今、再会を果たした彼らがたどりつく先はー。
上映時間:123分
公開日:11月8日(金)全国ロードショー
配給:日活
公式サイト:https://hitoyo-movie.jp
(C)2019「ひとよ」製作委員会
※2020年12月17日時点のVOD配信情報です。