インド、ヒンディー語映画界(いわゆるボリウッド)におけるアカデミー賞と目される「Filmfare Award(以下「フィルムフェア・アワード」)は、1952年に創刊されたボリウッド映画専門誌「フィルムフェア」が主催する映画賞です。2015年1月31日には60回目となる授賞式典が開催されました。
華やかなボリウッド・スターたちが集まり、ステージはミュージカル・レビューで彩られ、祝祭感にあふれた祭典と呼ぶにふさわしい華々しいものでした。
そんなフィルムフェア・アワードですが、作品賞にノミネートされた5作には一貫してインドが抱える、決して華々しくは無いテーマが見てとれます。それは旧態依然とした封建的なインド社会の弊害です。
作品賞ノミネート作に共通するテーマ
『Haider』は、シェイクスピアの『ハムレット』をインド:パキスタン間の紛争に翻案することで、エリザベス朝に書かれた悲劇が、ほんの十数年前のカシミールで再現できてしまうことを証明しています。
出典:http://en.wikipedia.org/wiki/Haider_%28film%29
『2 States』で北インド出身の青年と南インド出身の女性のカップルを引き裂こうとするのは、互いの両親の文化の違いです。
出典:http://en.wikipedia.org/wiki/2_States_%28film%29
実在するインドの女性ボクシング選手マリー・コムを描いた『Mary Kom』。試合に出れば無敵の強さを誇る彼女の最大の敵は、封建的なボクシング協会や男性中心の社会そのものです。
出典:http://en.wikipedia.org/wiki/Mary_Kom_%28film%29
『きっと、うまくいく』監督、主演のペアがタッグを組んだ新作『PK』が描くのは「神の沈黙」です。どれほど祈りを捧げても、教義による様々な禁忌をいくら守ろうとも神は答えてくれません。そんな無為な神のために、戦争やテロ、果ては愛し合う2人さえ引き裂き、諍いが絶えないことへ疑問を呈します。
出典:http://en.wikipedia.org/wiki/PK_(film)
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様々なアプローチでインド社会を描く作品群の中から作品賞、監督賞、主演女優賞を制したのが『Queen』です。
殻を破って社会へ飛び立つ『Queen』
出典:http://en.wikipedia.org/wiki/Queen_%28film%29
主人公ラニ(Rani:ヒンディー語でQueenを意味します)は、結婚を控え浮かれていたが式の直前になって突然婚約を破棄されてしまいます。失意と混乱のヤケクソで、本来ハネムーンで行くはずだったヨーロッパへ、たった一人旅立ってしまうのです。旅慣れないどころか一人で出歩いたことさえ無かった彼女が、言葉も通じないヨーロッパで初めてだらけの体験をします。その中で、自分がフラれてしまったワケと向き合っていくのです。
インドの封建的な家庭の中で生きてきたラニは、全てを自分一人で決断しなければならない旅の中で、喜んでいたハズの結婚ですら主体的な決断をしなかったことに気付きます。ラニを社会から遠ざけていた封建的な風潮は、同時に社会から彼女を守る「殻」でもありました。
『Queen』はラニが「殻」を破り、若者らしい拙さと軽やかさで自立し、社会へ飛び込んでいく姿を清々しく描いています。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】『Queen』が2015年に作品賞を受賞した意味
近年報じられるインドのニュースというと、女性の受難を中心とした事件が目立っています。グローバリズムの波はもちろんインドにも届いていますが、まだまだ家父長制、男尊女卑を含んだ封建的風潮と意識は色濃く残っています。そんな中、インド映画界には空前のウーマン・リブが興っているのです。
日本でも公開された『女神は二度微笑む』『マダム・イン・ニューヨーク』『めぐり逢わせのお弁当』はそれぞれ、封建的なインド社会に縛られた女性の自立と冒険を描き、興行的な成功と高い評価を得ています。男性スターを中心としたスターシステムでの映画製作が王道だったインド映画界において、今まであまり無かった「女性映画」が注目を集め始めているのです。
そんな風潮の真打ちとして登場した感もある『Queen』でラニが見せる姿は、隣国パキスタンで凄まじい差別と闘いノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんを始め、インド国内の封建的な社会で生きる女性たち、延いては世界各国、特に紛争が続き虐げられ続けるアジアの女性に向けた、インド映画界からの応援メッセージでもあるのでしょう。
2015年に『Queen』が作品賞を受賞した意味が、そこにあるように思えます。
『Queen』公式トレイラー:
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※2022年8月27日時点のVOD配信情報です。