みなさんは岩井俊二監督の映画を見たことがありますでしょうか。
『花とアリス』のような青春ラブコメもあれば、異国情緒が漂う日本が舞台の『スワロウテイル』のような不思議な世界観の作品もあります。
近ごろでは同作の劇中に登場する「YEN TOWN BAND」というバンドが新潟で開催された「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015」の出演を機に活動を再開することでも話題になりました。
作品のジャンルも様々、撮影には実験的な手法も取り入れ、既存の映画制作の枠に捉われない、まさに奇才と言うべき監督。今回は岩井俊二監督の作品を紐解くとともに、その魅力をご紹介いたします!
独特の世界観
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『スワロウテイル』は日本が舞台なのですが、アジアのどこかの町という雰囲気で、日本らしい風景はあまり映りません。実際、ロケは海外でもおこなわれたそうです。
しかし、そこかしこに絶妙に日本らしいエッセンスも見られるので、それがこの作品のおもしろいところ。移民たちの物語ということもあり、日本語、英語、中国語が入り乱れ、無国籍風な世界観にも説得力があります。
ありえない物事を事実のように見せることがフィクションの醍醐味ですが、岩井俊二監督の作品は空想と現実の境目が曖昧です。
どちらかに偏ったときに物語の均衡は崩れ、途端に胡散臭くなるでしょう。作り込んだ設定は世界観を具体化し、構築するためには欠かせない要素のひとつです。
岩井俊二監督の作品には海外の映画へのコンプレックスを感じるものも多く、『スワロウテイル』はそれが顕著です。前述のように日本を日本ではないどこかに見せようとしているのはもちろん、エンドロールのキャストやスタッフの名前が英語表記なのは、もはやおなじみです。
『Jam Films』というショートフィルムのオムニバス作品に収められている『ARITA』という作品も、現実に空想が紛れ込んだようなメルヘンチックな作品ですので、こちらもオススメ。
岩井俊二監督はどの作品を見てもジャンルは違えど、彼らしさを感じられます。ミュージックビデオやCMを見たときに「もしや?」とおもうと、やっぱり岩井俊二監督が撮ったものだったなんてこともしばしばあります。
実験的な手法
2015年の2月に公開された岩井俊二監督の最新作『花とアリス殺人事件』。
岩井俊二作品の中でも人気のある『花とアリス』の前日譚を描いた物語ですが、これがまさかのアニメ化。蒼井優と鈴木杏が当時と同じように学生を演じるのが難しいとはいえ、これには驚かされました。
この作品では「ロトスコープ」という手法が用いられています。これは実写で人物の動きを撮影し、それをなぞってアニメーションにするという手法。技術自体は昔からあり、古くは1937年に制作されたディズニーの『白雪姫』でも使われていたのだとか。
アニメ業界的にはタブーとも言われている賛否両論の技術ですが、『花とアリス殺人事件』においては、顔だけをデフォルメで手描きするなど、試行錯誤されています。
また、日本でAVIDによるノンリニア編集を取り入れた映画作品は岩井俊二監督の『undo』が最初でした。ノンリニア編集とは簡単に言えばパソコンを使用した映像編集方式のこと。当時は映像の編集にパソコンを使用することは当たり前とは言えず、フィルムを物理的につなぐ作業が必要でした。
そういった画期的な技術に対し、当時は風当たりも強かったらしく、岩井俊二監督は著書『トラッシュバスケット・シアター』でこのように語っています。
いずれにしても日本はハリウッドに比べたら遥かに遅れている。少なくとも『ラヴレター』のころは掛須秀一という異端を除いたら誰もAVIDの編集をやっていなかったのだ。関心すら持っていなかった。<中略>新しい技術に対して拒絶反応を起こしてしまう日本の映画業界の体質。僕はそういう人たちにとやかく言うつもりもないが、そんな中から新しいものが生まれてこなくて当たり前である。
新たな技術を取り入れる積極性は岩井俊二監督のひとつの才能だとおもいます。映像の編集でも、表現の手法でも、新たなことに挑戦するのは、新たな可能性を生み出すことと同義です。今後、どのような技術を用いた岩井俊二作品が撮られるのか、いまから楽しみです。
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岩井俊二作品では主人公を十代半ばくらいの男女に設定することが多いです。『花とアリス』や『リリイ・シュシュのすべて』は学校生活を主軸に。『PiCNiC』や『スワロウテイル』は学生ではありませんが、これらも多感な時期の子どもたちを描いた作品です。
どの作品に登場する子どもたちも置かれた環境は様々ですが、彼らの心象とリンクさせた映像は岩井俊二特有のものです。
『花とアリス』では、やわらかい光に包まれたような穏やかな映像が魅力的。女子高生という青春真っ只中の女の子たちが生きる世界の空気感を映像に落とし込んでいるのはさすがです。
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なかでも蒼井優演じるアリスがバレエを踊るシーンは圧巻。まだあどけなさの残る彼女の瑞々しさと軽やかさには惚れ惚れしてしまいます。
そんな学園生活とは真逆とも言える鬱屈した少年少女たちを描いたのは『リリイ・シュシュのすべて』。いわゆる「鬱映画」と呼ばれる映画の常連のような作品。
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家庭崩壊、援助交際、自殺、殺人などのいじめ問題の闇をすべて孕んだような作品ですが、物語と対比されるように映し出される映像は美しく、冒頭の田園風景に心を奪われたひとも多いでしょう。
この作品は、見ているときは気持ちが落ち込むのですが、のちに思い出したときのイメージは「綺麗だったな」という感想なんですよね。少し異質な作品です。
日本・アメリカ・カナダの合作である『ヴァンパイア』という作品は、これまでの岩井俊二作品の美しさとは少々異なるようにおもいます。全体的に青白く、生気の無さが感じられるのですが、血液の赤は鮮やかに映像を彩ります。
なおかつ、神経質なくらいに繊細で丁寧な演出は主人公のサイモンの心象とも重なる。新たな境地とも言える作品でしょう。
音楽×映画
自身でも音楽を担当するほどですので、岩井俊二作品に音楽は不可欠なもの。とりわけ、音楽にフォーカスされているのは『リリイ・シュシュのすべて』と『スワロウテイル』のふたつの作品でしょう。
前者では、架空でもあり実在するとも言える「リリイ・シュシュ」というミュージシャンが物語のキーになります。後者では、冒頭でも述べた「YEN TOWN BAND」を描いた物語が展開されます。
「リリイ・シュシュ」の正体はミュージシャンのSalyu。『リリイ・シュシュのすべて』のストーリーにおいて、彼女は物語の核を担う重要な人物ですが、実際に登場することはなく、ミュージックビデオに映るわずかなシーンのみ。
しかし、登場するすべての人物はリリイ・シュシュの音楽を通じて絡み合います。巫女やシャーマンを彷彿させる神々しさを感じる歌唱は唯一無二のものです。リリイ・シュシュの役に抜擢されたのも頷ける声の持ち主です。
そんなリリイ・シュシュもひさしぶりにライブをおこないました。しかも、YEN TOWN BANDとの共演とのことで、メモリアルなライブになったことでしょう。
『スワロウテイル』の劇中に登場する「YEN TOWN BAND」は、娼婦のグリコを演じる、Charaが歌をうたうバンドです。まずはこちらの映像を。
これはリリイ・シュシュも同様ですが、どちらも劇中のミュージシャンであるにもかかわらず、そこだけでは完結させず実際にCDを販売しています。岩井俊二監督はこういった映画と現実の垣根を取り払うような試みを好んでいるみたいですね。
また、YEN TOWN BANDは楽曲のクオリティも高く、彼らのシングル「Swallowtail Butterfly 〜あいのうた〜」は85万枚を売り上げる大ヒット。もしかしたら聴いたことがあるひともいるかもしれません。
岩井俊二の描く世界
正直なところ、岩井俊二というひとはその独特な世界観や新たな挑戦に試みる姿勢など、どこか敬遠しがちな監督のひとりだとおもいます。映像の美しさに定評があるにもかかわらず、暴力的だったり過激な描写があることで、避けているというひともいるでしょう。
ただ、そういった描写を含めて、他の日本人監督にはない魅力があるともわたしはおもうのです。YEN TOWN BANDとリリイ・シュシュの復活をひとつの契機とし、音楽が気になったから映画を見てみたというのも全然ありです。断片的にでも興味が湧いたのなら、ぜひ、岩井俊二作品をご覧になってみてくださいね。
※2021年8月29日時点のVOD配信情報です。