この冬、フランスから『エール!』という映画が日本へ届きました。10月31日から公開されている本作は、日本での試写会において97.8%という驚異の満足度を記録しています。
「沢山笑って、沢山泣いた」「ラスト10分で涙しました」など様々な感想が寄せられている今話題の『エール!』について、今回はご紹介致します!なお、最後の方では既に鑑賞した方向けの内容がありますので、まだ鑑賞していない方は閲覧の際、ご注意ください!
『エール』あらすじ
フランスの田舎町で酪農を営むベリエ家は、ポーラ以外全員耳が聴こえない。そんな状況でも日々、ベリエ家に笑顔が満ちていたのは、ポーラのサポートがあるからだった。
ある日、ポーラの“歌”の才能に気がついた音楽教師トマソンに、ポーラはパリの音楽学校のオーディションを受けることを勧められる。しかし、ポーラの歌声を聴くことが出来ない家族は、その才能を信じることが出来ず反対する。今まで思い描いたことがなかった“夢”に胸をふくらませたポーラだったが、家族のことを想い自身の夢に蓋をしたのだが…。
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最近印象的だったフランス映画と言えば、やはり『最強のふたり』でしょうか?よくよく考えるとフランス映画は、私たちにはあまり馴染みがありません…しかし、この『エール!』は2015年のフランス映画祭において観客賞〈最高賞〉を受賞し、フランスで4週連続1位を記録、750万人を虜にした驚異のヒット作。フランス映画を観るきっかけにしてみてはいかがでしょうか?
まずは何がそこまで観客を魅了したのか、探っていきましょう。
主人公以外耳が聴こえない家族~特殊な設定と実話~
この『エール!』は、主人公のポーラ以外、家族全員耳が聴こえないという特殊な設定のうえに成り立っている作品です。その設定は全編を通じて交わされる手話だけでなく、冒頭の食事シーンをはじめ日常生活の中で細かく表現されています。
ここまで細かく描くことが出来たのはなぜなのでしょうか?
実はこの設定、全てが架空のものではありません。監督が最終的に脚色したとは言え、ベースにはフランスで有名なコメディエンヌのヴィクトリア・ドゥヴォスのシナリオがありました。彼女の父のアシスタントは、ポーラと同様に家族でただ一人の健常者…ヴィクトリアはその話を基にシナリオを製作したのです。
本作では監督の意図によって、ある場面で観客も「耳が聴こえない」状況を擬似的に体験することになります。この場面はラストへと繋がる重要な部分であるということだけでなく、私たちに“想像させる”ということの大切さを教えてくれる重要なきっかけでもあります。
誰かの立場に立つということがどれほど重要か、思い知らされます。
テーマの重さを感じさせない物語のつくり
ポーラの家族は全員耳が聴こえないという設定は、社会一般的にはとても繊細で難しく重いテーマでしょう。しかし、本作ではそれを感じさせることなく、すっと物語が入ってきます。
それはやはり、ポーラの家族が突き抜けた明るさを持ち合わせているからでしょう。美しく陽気な母、口が悪いのが欠点である熱血漢の父、ちょっと生意気でませた弟…全員が愛くるしいキャラクターなのです。彼らは、時折フランス式のブラックジョークを織り交ぜながら、観客である私たちを笑わせてくれます。
手話による意思疎通
ポーラの家族は耳が聴こえないため、手話で感情をぶつけあいます。『エール!』を観て感じたことは、時に手話は、言葉よりも感情的なものになるということです。それは、家族が全身で喜びを表現するシーン、ポーラと両親が喧嘩をするシーン…様々な場面で感じることができます。
国によって多少の違いはあるものの、手話は万国共通の言語と言えます。昨今、コミュニケーションという言葉が重要とされる中で、こんなにも温かな言語が存在していたことに、私自身気づかされました。
心揺さぶる奇跡の歌声
この映画の見所はやはり、主演ルアンヌ・エメラが演じるポーラの歌唱シーンです。実は彼女、世界的な人気を誇るオーディション番組『The Voice』から生まれた今最も注目されている女優・歌手です。
オーディション番組から生まれた“奇跡の歌声”
オーディション番組は日本ではあまり浸透していない文化ですが、海外では一般的なものであり、数々のスターが誕生しています。分かりやすい例で言うと『The Voice』は、若い世代に絶大な支持をもつ“One Direction”を生み出した『X-factor』と同じくらい有名なオーディション番組です。
この『The Voice』の大きな特徴は「ブラインド・オーディション」という審査方法にあります。審査員はオーディション参加者に背を向けたまま座っており、参加者の歌声だけで審査をするというものです。つまり、見た目で判断されることのない公正なオーディションなのです。
審査委員は「才能がある」と思った場合は“Wantボタン”を押すことで、参加者の姿を見る事ができます。ルアンヌは地道に審査を勝ち抜き、最終的に「瑞々しさに溢れた奇跡の歌声」と絶賛され、念願の歌手デビューを果たしたのです。
デビューの翌年、彼女はこの『エール!』の主演に抜擢され、セゼール賞、リュミエール賞で最優秀新人女優賞を受賞しました。また、デビューアルバム『Chambre 12』もフランスで初登場1位に輝き、まさに今最も注目を集める女優・歌手なのです。
新旧スターの共演~ミシェル・サルドゥの名曲に乗せて~
そんな今話題のルアンヌは本作で、主人公ポーラを熱演しています。彼女は、ふとしたきっかけでコーラスの授業をとることになり、そこで出逢った音楽教師トマソンに才能を見出してもらうことになります。
ポーラが歌うことになったのは、1960年代以降に活躍したフランスにおける国民的人気シンガーであるミシェル・サルドゥの名曲たちです。劇中では他の生徒が「古臭い」と言っており、言わばフランスにおける“懐メロ”です。しかしながら、サルドゥは絶大な人気を誇り、現地フランスでは今なお君臨している大御所です。
彼は、来日しなかったため日本での知名度は皆無とも言えますが、劇中にも登場するサルドゥの代表曲『恋のやまい(La maladie d’amour)』は、沢田研二が『愛の出帆』というタイトルで日本語カバーをしています。そんな20世紀の代表とも言えるサルドゥの名曲たちを、ニュースターであるルアンヌが歌い上げる…まさに、時代を超えた共演とも言えるでしょう。
ポーラの物語とリンクするサルドゥの名曲
本作で最も印象的なシーンは、やはりラストシーンでしょう。ネタバレになってしまうので、詳しくは書けませんがポーラが歌う『青春の翼(je vole)』は絶品です。
そもそも、こうした“懐メロ”を使用するに至った経緯について、監督は次のように述べています。
「脚本の段階からのアイデアなんだよ。大勢の人の潜在意識に潜む優れた歌手を見てみれば、答えは自ずと出てくるんだ。それに、ミシェル・サルドゥの曲は、ポーラの物語そのものだからね。」
ポーラは“夢に向かって羽ばたいてみたい”という気持ちと“自分がいなくなってしまったら家族は…”という気持ちの狭間で悩み続けます。そんな微妙な感情の揺れに見事にフィットするのがサルドゥの名曲たち…監督の意図は的確なものでした。
ラスト10分であなたは必ず涙する~家族に歌が届くとき~
この映画のラスト10分、涙なくして観ることはできません。人生の岐路に立たされたポーラが最終的に出した答え、そして耳が聴こえない家族のためにしたこと…それは、シンプルですが心温まる最高の贈り物でした。
私自身、この映画を観て家族が無償の愛という絆で結ばれていることを、ふと思い出しました。この『エール!』は、沢山の愛に満ちていて、とても心が温まる作品です。まだ鑑賞していないという方、是非ご覧下さい!
ネタバレあり!タイトルから考える物語の軸~『エール!』に込められた想いとは?~
映画の1つの楽しみ方として、タイトルから作品を捉えるという方法があります。
今回『エール!』を鑑賞後、この邦題がどこから由来するものなのか、個人的に気になったので考察してみました。下記は、あくまで個人的な憶測ですのでご容赦ください。
邦題では『エール!』となっていますが、本作の原題は「la famille belier(ベリエ家)」です。つまり、原題からはこの物語が“家族”をテーマにしていること、もっと言えば“家族の愛”をテーマにしていることが読み解けます。そう考えると、邦題の『エール!』には何か特別な意味が込められているように感じます。
エール~背中をおしてくれる物語~
「エール」と聞いて思い浮かべるのは、やはり応援や声援を意味する英語“yell”でしょう。
それは、夢を追うポーラへのエール…“家族”が物語の主軸にあるという点から考えると、本作はポーラの夢を応援する家族の物語と言えるかもしれません。そして、その物語は、観ている私たちの背中をそっと押してくれるような作品でもあります。
しかし、本作はフランス映画…このエールは、実はフランス語からくるものなのではないではないか、そう思い、さらに掘り下げてみることにしました。
2つのエールから見えてくる家族の愛の形
完全にネタバレになってしまいますが、本作のラストシーンでは、ポーラが歌とともに手話をすることで、聴こえるはずのないポーラの歌声が家族に伝わります。その姿を見た家族たちは大きな愛を感じ「ブラボー」と出せるだけの声を出し、ポーラの夢を応援する決意をし、彼女をパリへと送り出すのです。
話は戻りますが、フランス語でエールと言うと、2つの語が該当します。まずは“air”という単語です。これは、クラシック音楽などで用いられる叙情的な独唱曲を意味する語で、この映画においてポーラの歌が鍵になること、とりわけラストシーンでの歌が重要であることを暗示しています。
もう1つは“aile”という単語で“翼”を意味する語句です。これはラストシーンでポーラが歌う「青春の翼」と、ポーラの旅立ちの2つの意味合いからくるものだと解釈することができます。この「青春の翼」の原題は“je vole”であり、直訳すると「僕は行くよ」というフレーズになります。
この2つのエールから考えると、ポーラが旅立ちへの決意を歌に託して家族に届けるという物語のラストシーンが現れます。つまり『エール!』という邦題には、ポーラが家族のもとを離れるという決意と、複雑な感情を抱きながらも娘を送り出すという“家族の愛”という作品のテーマが隠されていたのです。
合言葉は「家族はひとつ」
ベリエ家の合言葉は「家族はひとつ」…どんなに離ればなれになっても、彼女たちの絆は壊れるものではありません。もしかすると、別々の地で新しい暮らしをはじめ、新しい困難に立ち向かうことでその絆はより深まっていくことかもしれません。そう、ベリエ家の物語ははじまったばかりなのです。
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