いつの時代でも「桐島」は部活をやめる『バッド・チューニング』

Why So Serious ?

侍功夫

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若者らしい悩みを群像劇として描いたジョージ・ルーカス監督作『アメリカン・グラフィティ』は多くのフォロアーを生むこととなりました。日本にも同じ「グラフィティ」形式で作られた傑作『桐島、部活やめるってよ』があります。

2015年度アカデミー賞含め、映画賞レース台風の目だった『6才のボクが、大人になるまで。』のリチャード・リンクレイター監督も、そんな「グラフィティ」形式の傑作青春映画を作っています。1970年代を舞台に、夏休み直前最後の授業が終わり浮かれる高校生たちの一夜を群像劇として描いた『バッド・チューニング』です。

いつの時代も若者は「ボーっとして混乱する」

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原題『DAZED AND CONFUSED』はレッド・ツェッペリンの曲名からの引用です。直訳は「ボーっとしちゃって混乱する」で、ドラックがキマった状態を表しています。「あくせく働いた給料を全部つぎ込んでいるのにオマエはつれない。それでも愛している。」と、ドラッグを気の多い女性になぞった歌詞になっているのです。

映画『バッド・チューニング』に登場する若者たちを「ボーっとしちゃって混乱」させるのは「大人への成長」です。

高校生くらいの年頃だと、成長する肉体に精神年齢と社会的な地位が置いてきぼりをくらい、何をしても常に違和感がつきまといます。グレて暴れても、スネてクールに構えていても、大人から見ればどちらもママゴトにしか見えません。何ひとつ思ったようにならない年頃です。

将来にもまだ実感はまだ無く、毎日ビールを煽って車をかっとばし続けたいけど、自由になる金はそれほどありません。気になる異性はいるけれど、どう誘えばイイのか解らないままです。

大人になれば、そんな困惑と決別して毎日何をしなければいけないのか明確に理解し、異性をスマートに誘い、大人っぽくクールに日々を過ごせるハズだと思い込んでいます。

いつの時代も若者は「大人」を誤解している

「大人への成長」とは高校生時代に思い描いた大人の世界が存在しないことを理解する過程です。仕事で給料を貰って、自由になるお金は十代の頃より増えますが、支出も増えて常に満足できるほどありません。ビール代くらいはあっても仕事もあるから毎日泥酔できません。気になる異性をクールにくどく手立てなど、いくつになっても解りません。

70年代の若者の苦悩を描いた『バッド・チューニング』は、50年代を舞台にした『アメリカン・グラフィティ』や、2010年代の日本を舞台にした『桐島、部活やめるってよ』と全く同じ悩みを描いています。

若者はどの時代でも、どこの国でも、必ず「大人」を勘違いしています。そして、若者の勘違いを描いた映画は必ず傑作になるのです。

『バッド・チューニング』も若者の勘違いを詳らかに描いた傑作となっています。

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