“21世紀最大の才能”と呼ばれ、カンヌ映画祭でティム・バートンも絶賛したタイの天才アピチャッポン・ウィーラセタクン監督。その幻の傑作とされる『世紀の光』が9日、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで公開されました!
(C)2006 Kick the Machine Films
今年は3月に最新作『光りの墓』の公開も控え、アーティストでもある監督は9月からの「さいたまトリエンナーレ2016」などいくつも展覧会に参加、冬には東京都写真美術館で個展も予定され、まさにアポチャッポン・イヤーと言えそうです。
その幕開けを祝おうと、イメージフォーラムではすべての劇場長編作とアート傑作選の特集上映を企画。「アピチャッポンって誰……?」「タイ映画なんて見たことないなぁ」という方、ぜひ!この機会にアピチャッポンの世界に足を踏み入れてみてください!
アピチャッポンってどんな人?
さて、そもそもアピチャッポン・ウィーラセタクン監督とはどんな人か。
天才、異才、巨匠などと呼ばれていますが、実はまだまだ若い1970年生まれの45歳です。
両親はお医者さん。タイ東北部のコーンケンで病院を遊び場にして育ち、地元の大学では建築学を専攻しました。幼い頃から映画館に通い、映画への興味は持っていましたが、本格的に身を投じたのは24歳で留学したシカゴ美術学校時代から。ジョナス・メカスやアンディ・ウォーホルらの実験的な映画に刺激を受けました。
ここでの体験が、従来の商業映画の枠にとらわれない、独自の作風を生んだのでしょう。アピチャッポンの作品には、タイの農村やバンコクの都市生活など日常的に目にする情景から得たインスピレーションが取り入れられ、また、テレビやラジオ、漫画、古い娯楽映画の要素も自在に組み込まれています。
1999年に山形国際ドキュメンタリー映画祭で短編『第三世界』が上映されるや一気に注目を集め、2000年に発表した初の長編『真昼の不思議な物体』は多くの映画祭で絶賛されました。
それ以来、続く2002年の『ブリスフリー・ユアーズ』でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリと、作品を発表するたびに高く評価され、映画ファンの間では「期待の新星」「タイ映画のアンファン・テリブル(恐るべき子ども)」として知られるようになりました。
タイ映画初のパルムドール『ブンミおじさんの森』
そんなアピチャッポン監督が、さらに世界的に名を広めるきっかけになったのが2010年のカンヌ国際映画祭。『ブンミおじさんの森』でタイ映画史上初となるパルムドール(最高賞)を受賞したのです。
あらすじ
タイの農村に暮らすブンミは末期の腎臓病。死期が近いと悟り、亡き妻の妹に農園を継いでもらおうとある日、夕食に招く。ところが、食卓を囲むブンミたちの前に19年前に死んだ妻の幽霊が現れ、しばらくすると数年前から行方不明になっている息子のブンソンまで猿の精霊に姿を変えてやって来る。愛する者たちは死んでもそばにいる……。家族を取り戻したブンミは自らの最期を迎えるため、森に入っていく。
夜、暗く静まった農村に心地よく響く虫の声。森と人々の生活が密につながり、精霊や幽霊、死せる魂が生きている人にそっと寄り添う姿は、日本をはじめアジア文化圏ではすんなり受け入れられることですが、カンヌに集まった各国の審査員たちはびっくり!
ファンタジーの名手であるティム・バートン(当時の審査委員長でした)をして、「この映画は私が見たこともないファンタジーの要素があり、美しく、奇妙な夢を見ているようだった」と言わしめ、手放しで称賛されました。
製作から10年…ファン待望の劇場公開『世紀の光』
そして、2006年に製作された『世紀の光』。日本でも映画祭などでは上映されたことがあり、ファンの間では知る人ぞ知る傑作として劇場公開が待たれていました。ついに実現したイメージフォーラムでの公開初日には、立ち見も出るほどの大盛況だったとか!
特集上映に「アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ」と銘打っているように、アピチャッポン作品において“森”は重要なモチーフ。『世紀の光』でも、前半は緑豊かな地方の病院が舞台になります。
が、ただ田舎の美しい風景を切り取るだけではないのが、アピチャッポンワールド。後半は一転して近代的で真っ白な病院が舞台となり、にもかかわらず登場人物は前半とほぼ同じ。自然の光と人工の光が交錯する中、医師の恋の芽生えなどエピソードは2つのパートで反復され、まるで夢を見ているような感覚に襲われます。
監督は医師だった両親から『世紀の光』の着想を得たといい、特集上映のために寄せたメッセージで「これは愛についての映画。僕の故郷やバンコク近くの街で撮影し、時間とともに成長する場所や建築を見て、場所の変化にも焦点をあてました。『世紀の光』は僕の好きな事についての映画です」と語っています。
驚くことに、主人公の女性医師を演じるナンタラット・サワッディクンは、なんと高速道路の料金所で働く全くの素人!同じく男性医師役も本業はグラフィックデザイナーで、監督曰く「違う種類の人間が一緒に家族のようになって作った」。よほど心の通い合う撮影現場だったのか、余談ながら、撮影中に恋に落ちるスタッフが数多くいたそうです。
すべての長編を特集上映!アピチャッポンの世界にひたろう
特集上映では『ブンミおじさん』の他、劇場公開された長編全3作と、中・短編7本を集めたアートプログラム(計104分)が上映されます。
長編第一作の『真昼の不思議な物体』(2000年)は、魚売りの女性が始めた作り話の続きを、タイ各地にいる象使いの少年や伝統演劇の劇団員らがリレーで語っていく筋立て。語り手が変わるたびにお話は二転三転、どう着地するのか、はたして終わるのか? モノクロ映像でゆるーく進んでいく奇妙なお話に、いつしか引き込まれてしまいます。
『ブリスフリー・ユアーズ』(2002年)は、恋人たちが森をさまよう物語。ビルマからタイに来た不法労働者の青年ミンと、ガールフレンドのルンがピクニックに出かけ、そこで偶然、不倫相手と森に来た中年女性のオーンと出会います。
『世紀の光』にもつながる、都市と農村、人工と自然といった二重性の構造を探求した最初の作品で、アピチャッポン監督は「僕が映画をどう見ているかについての映画」と語っています。
次いで、同じような二重性に焦点をあて、監督が「より直接的でパーソナルな、自分についての映画」と語るのが、『トロピカル・マラディ』(2004年)。愛し合う2人の青年の日常がみずみずしく描かれる前半から、後半は不穏な空気に包まれます。まるで森に入り込んだように感じさせる映像と音響は圧巻です。
特集上映は2月5日まで。アピチャッポン作品を一度にこれだけ堪能できるのはかなり貴重なチャンスです。
そして3月には、2015年のカンヌ「ある視点」部門に出品されたばかりの『光りの墓』が日本でも公開!製作から間をおかずに見ることができ、嬉しいかぎりです。未知の驚きと興奮が待っているアピチャッポンの“森”へ、いざ迷い込みましょう!