アメリカのソニー・ピクチャーズがサイバー攻撃に遭い、当時製作中だった『007 スペクター』脚本や、人種差別発言のある個人メール、スパイダーマンのMCU貸し出しのゴタゴタしたやり取りが流出する事件がありました。アメリカ政府はこれを北朝鮮による組織的なハッカー攻撃だと断定したそうです。
そして、北朝鮮をそこまで怒らせた原因と言われているのが、今回ご紹介する映画『ザ・インタビュー』です。
出典:https://www.flickr.com/photos/bagogames/16429728705
上映映画館への爆破テロ予告により一度は上映取り下げの判断がされましたが、結局は「テロに屈せず!」のアメリカン・スピリッツを発揮し、予定通りの上映が行われました。さらにアメリカ本国ではBD/DVDのソフト・リリースも昨年2015年2月にはされています。
Coming your way Feb. 17th, blu-ray/DVDS release of THE INTERVIEW! Pre-order today ya’ll! pic.twitter.com/gijtLmLSWw
— Seth Rogen (@Sethrogen) 2015年1月15日
※監督/主演のセス・ローゲンの発売告知ツイートより。
日本において「北朝鮮問題」はアメリカより(距離的にも)身近なこともあり未だ及び腰で、おそらく今後のリリースも無いでしょう。ということで、しびれを切らしてアメリカで発売されたDVDを取り寄せての鑑賞です。
始まる前から不穏な空気……
通常、世の中に流通するBD/DVDソフトのほとんどは日本盤でもアメリカ盤でも、ユニバーサルでもワーナーでも、たいがいはディスクを入れるとカンパニーロゴや、海賊盤についての警告から始まり、加えて自社リリース作品の予告が3~5本程度収録されています。全部含めてスキップしないで再生すれば15~20分くらいの映像の後、ようやくメニュー画面にたどり着くものです。
ところが、本作のDVDディスクをデッキに投入すると、まず写るのが人んちの書斎のような場所にいるセス・ローゲンと共同監督エヴァン・ゴールドバーグです。画質や音声の収録状態は悪く、ハリウッド製作の映画ソフトのオープニングには似つかわしくありません。
「やぁ! これから始まるのはクソ最高なアメリカン・ヒーローの映画さ! 超笑えて絶対に気に入るはずだよ!」
この、他人のホームビデオをのぞき見てしまったような挨拶が終わると、他作品の予告も無く、すぐにメニュー画面になり本編が始まります。「他の映画へのとばっちりを避けたのではないか?」といった邪推を誘う、不穏な空気を漂わせているのです。
『ザ・インタビュー』ってどんな話?
芸能人トークショー番組「スカイラーク・トゥナイト」のホスト、デヴィッド・スカイラークは奇妙な魅力でゲストから重大な告白を引き出す人気者です。プロデューサーのアーロンは誇りをもって仕事をしていますが、報道番組のスタッフから「おちゃらけたバラエティ組」として邪険に扱われていることには憤っています。今日も今日とてロブ・ロウのカツラ疑惑を本人に迫り、いよいよという場面で、北朝鮮核ミサイル実験の速報で遮られてしまうのです。
「本物のニュースが撮りたい! 報道部の奴らを見返したい!」
そんな思いが日増し強くなっていく中、北朝鮮の“将軍様”こと金正恩が「スカイラーク・トゥナイト」のファンだと知り、ダメ元でインタビューの申し出をしたところ、まさかの承諾を受けます。しかし、その承諾を聞きつけたCIAは、2人に金正恩暗殺命令を持ちかけるのです。
様々な思惑の渦巻く中、北朝鮮入りしたスカイラークは持ち前の鷹揚さで金正恩とアッという間に仲良くなります。実際の彼を知れば知るほど暗殺命令へ懐疑的になってしまいます。
暗殺命令は出ているけれど、殺したくない。インタビューも成功させたい。生きて帰りたい。そんなアーロンとスカイラークの交錯した思いと奮闘を描きます。
本作は、基本的にセス・ローゲンとジェームズ・フランコの過去共演作と同様、お酒とドラッグと乱痴気パーティーの中、感極まって男同士キスをする、本当にいつもの爆笑コメディです。特にジェームズ・フランコ演じるスカイラークは憎めないながら凄まじいアホとして、登場人物を引っかきまわす揮発性の高いバカ演技を披露します。
最後の「悪役国」北朝鮮
60年代から80年代半ばまで、スパイ映画に登場する「悪役国」といえば、ソビエト連邦、通称「ソ連」でした。007シリーズでは、ソ連スパイにソ連軍部にKGBと、何かと言えば引っ張り出されて歴代ボンドを苦しめてきました。しかし、そんな蜜月も改革運動「ペレストロイカ」と、ソ連崩壊によって終焉を迎えます。
90年代に入ってからは「ソ連時代を引きずる狂ったロシア軍将校」という様な登場の仕方もありましたが、国家規模で足並みそろえて敵対できる、使い勝手の良い「ソ連」はリアリティを完全に失ってしまうのです。
そこで俄然存在感を増してきたのが北朝鮮です。「秘密主義」「軍事国家」「血族世襲」「独裁政治」…… ドコをドウ切っても悪い存在の北朝鮮は恰好の「悪役国」として、まずはもちろん007の悪役を当番することになります。シリーズ20作目、40周年の記念的な作品『007 ダイ・アナザー・デイ』の悪役です。
また、『若き勇者たち』のリメイク版『レッド・ドーン』では、アメリカ侵略を単独で行い、『エンド・オブ・ホワイトハウス』ではアメリカ大統領を狙ってホワイトハウスへ直接攻撃をしかけます。
中でも『チーム・アメリカ/ワールド・ポリス』では金正日自身をカリカチュアしたデザインのマリオネットが登場し、世界中の要人暗殺を画策しながら歌い踊りまでします。
北朝鮮はそれら映画に対して都度々々、不快感や抗議を表明してきましたが、今回の様に製作会社のサーバーをハッキングするという、実質的な“攻撃”をしかけたのは初めてです(北朝鮮は否定していますが)。『ザ・インタビュー』の何がそこまで彼らを憤らせたのでしょうか?
となりの将軍くん
予告編でもその片鱗は垣間見られますが、本作の金正恩は「普通の人」として登場します。表立っては太い葉巻を燻らせて威厳を振りまきますが、大好きなスカイラークを前に、緊張した様子で「うわー、マジっすか、マジでスカイラークさんっすね。いつも見てます。」と、憧れ目線で接します。
また、おじいさん(金日成)がスターリンから譲り受けたという戦車のステレオに入れたケイティ・ペリーを見つけられて「や、何それ知らない。今までの人生で聞いたこともない。嫁が勝手に入れた。」と慌てて取り繕ったりと、徹底して「世襲で不可避に絶大な権力を得てしまったけど、実は繊細な青年」として描くのです。
実際に我々が知る「金正恩」とは北朝鮮国内で神様の様な扱いをうける金一族の末裔で“偉大なる大将軍様”として崇められているイメージを持っています。当の北朝鮮から発信されるニュースでも、そういったイメージを持たせようとしています。
上記したハリウッド製アクション映画も、北朝鮮は「世界征服を企てている恐ろしい国」として描かれています。つまり、実際の北朝鮮が流布しようとしている、良くも悪くも「鉄の結束で統率された北朝鮮と、偉大なる最高司令官」のイメージです。
ところが『ザ・インタビュー』はそれら恐ろしいイメージをブチ壊し、「圧制におびえる国民と、将軍様として祭り上げられた凡庸で平凡な若者」にと、「悪役国」の方がまだマシだと思えるようなイメージへ更新してしまおうとするのです。
そりゃ、怒りますね……