本年度アカデミー賞作品賞ほか5部門にノミネートされ、見事脚色賞を受賞したリーマン・ショックの真実を描いた『マネー・ショート』。公開して評価は上々ですが、中にはやはり経済用語が飛び交うことでいまいち楽しめないという声も聞こえてきます。
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「MBS」「CDS」といった金融用語は劇中で分かりやすく説明してくれますが、大枠の経済用語などはあまり詳しく説明されないのは事実。マクロ経済の多少の知識は知らないと映画の全体像がぼやけてしまうことでしょう。
反対に全体像がつかめていれば、そこにいる様々な立場の人間の苦悩が垣間見れ、エキサイティングな経済ドラマとして楽しむことができ、深く考えさせられる重厚な社会派ドラマとなります。
今回こちらの映画をより楽しく気軽に観るためにも、予め知っておきたい経済用語と経済の仕組みを少しだけ解説します。誰が誰をだましている話なのか、その真実を知った時、私たちは愕然とさせられます。
しかもその事実は過去のものではなく、今現在も起こっている”詐欺”です。サブプライム・ローン問題により、800万人が失業し、600万人が家を失いました。その事実は他人事ではすまされません。
何も知らないことが厄介なのではない。知らないことを知っていると思い込むのが厄介なのだ。
(冒頭のマーク・トゥエインの言葉より)
まずはイメージから経済を知っていこう!
難しい経済用語の解説をしてもうまく入り込めないと思います。映画のあらましを住宅・金融知識を一切使わず一般的にわかるように、イラストを用いて解説しようと思います。イラストは社会情勢に素早く対応して今話題沸騰中のかわいいフリー素材「いらすとや」さんのものを使用させていただきます。
今回話を身近なものにして分かりやすくするために、住宅市場の代わりにアイドル市場に置き換えて説明しました。(もちろん、実在のアイドル市場とは関係しないのでご承知を。)
サブプライムは、アイドルを目指す女の子と置き換えます。ローンは信用。ある田舎にアイドルを夢見るサブプライムちゃんという容姿に自信のない子がいまして、ある時街中を歩いているとスカウトを受けることから始まります。サブプライムちゃんはアイドルとして活躍するために上京することを決意し、ローン会社から資金も借りることができました。
この頃、アイドル市場は好況でした。”MBS”という歌も踊りもできるアイドルグループが人気でコンサートのチケットも売切れ続出。アイドル人気が低迷しないためにも、プロダクションは様々なアイドル志望の人を受け入れました。
中には書類審査もオーディションもせずにアイドルとしてデビューする人も。それがサブプライムちゃんが所属する”CDO48”でした。
たくさんいるアイドルグループの何人かはそういった女の子が入ってもファンからは特に文句も言われることなく、さらにコンサートのチケットは売れ続けました。
そうしている間に、CDO48のチケットはたくさん売れるのでメンバーもそれに比例するように増えます。今までセンターにいるようなAAAランクのアイドルはそうそう世間にいるわけではないので、必然的にサブプライムちゃんと似た女の子が増えてきます。とうとうCDO48のメンバーの8割はサブプライムちゃんが占めるように。
しかし、それでもコンサートのチケットは売れました。サブプライムちゃんのパフォーマンスはゼロに等しいのにです。なぜでしょう?
その答えは、アイドル好きなら知らない人はいないアイドルを各付けする”アイドルログ”という謎の組織がCDO48の評価を下げないでいたからです。組織を神格化するアイドルファンは疑うことなくそれを信じてコンサートのチケットを買い漁りました。
その結果アイドルグループを作った会社はもちろん儲かり、そのチケットを売った代理店も儲かり、その会社や代理店にお金を投資した株主も儲かりました。サブプライムちゃんも儲かりましたし、サブプライムちゃんをアイドルへ導いたスカウトマンも儲かりました。
そうしてアイドル市場はどんどん膨れ上がりましたが、その実態は先に説明したように”ゼロ”に等しいものでした。ゼロです。このままコンサートを実施してもブーイングの嵐なのは目に見えているのですから。
しかし、その恐ろしい事態をいち早く気づいた変人がいました。それを伝えたところで誰も信じないことを悟った彼は、逆手にとって戦おうと決意しました。
彼は、”CDS”という救命用具を商品として発明しアイドル市場に作って売ってくれと頼んだのです。CDSはCDO48のコンサートが失敗したとき初めてその真価が試される最強の道具です。毎月その手入れにはお金がかかりましたが、CDSのコンサートは失敗すると信じたためそれをたくさん買い続けました。
CDO48のコンサートチケットはプレミアがつくほどの人気でしたので、失敗したときに使うような道具を買う彼を見て関係者の方は皆嘲笑していました。
彼はCDOは値打ちのないチケットだということをノートに書きとどめていました。ひょんなところで、そのノートを見てその事実に気づいた人もいました。
そうこうしているうちに、CDO48ファミリーのコンサートが各地で開催されていき、大惨事へと発展していきます。当初は偉い人の思惑でチケットの価格が下がりませんでしたが、CDO48の一つの大きなプロダクションが倒産することで、今までたくさんチケットを持っていたファンたち代理店、投資家はことの重大さに気づき一斉に売り出します。
チケットの価格は暴落。その反面救命道具であるCDSの値段は跳ね上がっていく。そしてサブプライムアイドルたちは町からいなくなっていくのでした。アイドル市場がもたらしたことは様々な人の生活を狂わしていくのでした。
知ってしまった悲劇の未来を憂い悩む登場人物を知る!
極端なたとえ話として説明しましたが、この悲劇を何となく理解されましたでしょうか。経済用語を全く使わないで解説しましたが、本作でも「MBS」「CDO」「CDS」といった金融用語が多用されます。
もちろんその専門用語を非常にコミカルにわかりやすく解説してくれるのがこの映画の醍醐味のひとつであるのですが、1度のみの説明、2時間も映画が続けば忘れてしまいます。
そんなとき、「CDO」と「CDS」の関係が非常に大切になってくるので、なんとなくイメージとして何が良くて何が悪いのか理解していただければ物語に集中できると思います。
「CDO」という金融商品は様々な債権を組み合わせてリスクを分散させてリターンを大きくさせた証券のことです。金融市場において誰もが自由に買えて、”お得”だと思われていましたが、関係者も何が入ってるのか理解していないというのが実態でした。
サブプライムローンといった、無担保審査なしで借りた低所得者のローン債権(破綻が目に見えているもの)がたくさん含まれていたのです。それをよく見ようともせずに、私利私欲のために各付会社はAAA(安全)と評価しました。それを信じて疑わなかった多くの投資家が損を見たのです。
そんな詐欺まがいの金融市場の実態を知った4人がこの映画で映し出されます。チャンスと思って意気揚々と勝負に出るのでしょうか。そんな軽い話ではないことはリーマン・ショックの事実を知っている皆さんはご存知かと思います。”華麗な”逆転劇では一切なく、切ない男たちの背中になんとも言えない気持ちにさせる映画です。
(交わることはないですが、以下図のように3つのグループのメンバーがCDSを通じて物語が進みます)
金融用語は予習しておこう!
以上で軽く説明した金融用語についていくつか簡単におさらいしておきましょう。
①サブプライム・ローン
私たちが家を買うとき、普通は一括ではなく住宅ローンを組むと思います。一般にアメリカでは日本と違い家は資産として考えられ家の値段は下がることはないと考えられているために、低所得者でもその住宅を担保にして金融会社からお金を借りることができました。それをサブプライム(返済能力の低い低所得者の)・ローン(借入債権)と言います。
②MBS(モーゲージ債)
住宅を借りているものは、貸してくれている人に対して毎月返済額と金利を支払います。それをもらう権利を債権と言いますが、それらの債権を金融市場で自由に売り買いできるように金融証券にしたものを言います。
③CDO(債務担保証券)
サブ・プライム債権やMBSを混ぜ合わせて切り刻んだ金融商品です。様々な債権(優良なものやそうでないもの)が組み合わさってできているのでリスクが分散化され、リターンがそれだけ大きい証券のこと。
劇中では後半、合成CDOという以下に説明するCDSも含めた証券もでてきますが、ここまで行くと、実態が分からないギャンブル券みたいなものと考えて良いでしょう。
④CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)
CDOを空売りするために、新たにマイケルが発明した金融商品です。CDSは債券のデフォルトをヘッジするための金融商品と言われますが、要は月々保険料は払う代わりにCDOが紙くず当然の価値になったときに保険金としてもらう権利のことです。
CDO、債権を持たなくともこのCDSだけを持つこともできます。それによって債権の価格が暴落したとき、相対的にCDSの価格が上がるのでそのとき高く売れば利ざやで儲かるという仕組みです。
⑤ビッグ・ショート
通常株式において、値上がりを予測し安値のときに買うことを「ロング」というのに対し、値下がりを予測して高値のときに売ることを「ショート」と言います。
そして、市場の中で値下がるものしか分からないといった風なときに利益を生む取引をするために「空売り」という手法があります。名前の通り、何もないまま先に株を売って、決済する時に株を買い戻してその利ざやで儲ける方法です。
この場合では、債権において空売りという手法ができなかったので、CDSという一種の空売りができる商品を一から作り、住宅市場が大きく下がる方を予測したというわけです。
以上のことを踏まえて映画の中に出ててくる用語を図解しました。
真に応援されるべき人が増える世の中を願って
「経済学の父」と称されるイギリスの経済学者アダム・スミスはこう言います。
利己心の発揮は見えざる手を通じて社会の利益を増大させる
市場は需要と供給で成り立っています。みんなから欲しいと思われる商品があってそれが少なければ価格は上がり、逆に商品が沢山あるのだけれど欲しい人が少なければ価格は下がります。
しかしそこに情報格差がある限り市場は正しく働きません。市場を動かすことができる立場にいる一部のひとが私利私欲のために動いていたら、アダム・スミスが唱える自由に発展していく経済なんて存在しないのだと思います。
世の中にとって必要な良いものを供給している人も会社も沢山います。本当にファンを大事にして喜ばせているエンターテイナーとしてのアイドルも然り。株式債権市場は、私たちの生活をより良くするために頑張っている人たちを応援するための仕組みだったはずです。
投資は応援。株式や債権はその人の信用の現れ。世の中を良くするひと、会社に投資するという当たり前の金融のシステム。その本質を見失わければきっとこんな詐欺に引っかかるような失敗は起きないはずです。
この結末には続きがあります。それは映画を見てご自身で確かめてください。本当に応援すべきのは誰なのか、実態がないものを信じ込んで、知っていると思い込んでいるのがどうか判断してください。根拠もなく振り回されるのではなく、真実が何かを考え自分の意思をもち行動できるように。同じ過ちを繰り返すのが歴史ですが、それを繰り返さないために歴史から学ぶことに意義があると思います。
最後に、住宅市場はバブルだと信じてCDSを1点買いしたマイケルが今新たに1点買いしているものがあります。それは何か、そしてそれが何を意味するか、各自で考えてみてください。筆者は評論家でも何でもないただのサラリーマンですが、この映画に関して中立な立場としてAAAを出します。ただし、保証はいたしません。
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