2016年6月19日、アントン・イェルチンが逝去されました。
享年27歳。まだ幼い細面な顔つきで、繊細な若者の心情を細やかに演じることの出来る稀有な存在感がある俳優さんでした。フィルモグラフィは青春物語から、ホラー、SF大作まで多岐に渡り、これからどんな役を、どんな解釈で演じて見せてくれるのか、大いなる期待を抱かせてくれていただけに、その早過ぎる逝去は残念でなりません。
今回は彼の様々な出演作の中でも特に、イェルチンくんでなければ成立しなかった作品を紹介します。
『チャーリー・バートレットの男子トイレ相談室』
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秀才な上に金持ちの家で育ったチャーリー・バートレット(アントン・イェルチン)くん。人気者になりたいが故に、のっぴきならない事件を起こし続けて数ある私立高校から軒並み放校されまくり。最終的に公立校へ転入してきます。
ほとんどギャングの様な不良が徘徊する公立校で、エンブレム付きのブレザーを着こなす彼はさっそくイジメに会うのですが、持ち前の口の上手さでイジメっ子すら懐柔してしまいます。
これに味をしめたチャーリーくんは、男子トイレで生徒たちから誰にも告白できない悩みを聞いては適切なアドバイスをし、更には適正な向精神薬まで処方する“カウンセリング”を始めます。
たちまち全校生徒が殺到し、チャーリーは望んだ通りの人気者になっていきました。しかし、彼の焦がれるような「人気者」への渇望の裏には、彼自身の「誰にも告白できない悩み」があったのです。
青春の戦いに勝っちゃった大人
80年代。青春映画の名匠ジョン・ヒューズにより、数々の傑作青春映画が作られました。『フェリスはある朝突然に』や『ブレックファスト・クラブ』の主人公たちは「大人」や「大人的なもの」に反抗していました。「あくせく毎日同じことをしたくないぜ!」「大人の決めたレールなんてクソくらえ!」そんな若者らしい反骨魂をたまさか叶えて見せるのも青春映画の役割でした。
『チャーリー・バートレットの男子トイレ相談室』でチャーリー・バートレットと対決する校長先生を演じるロバート・ダウニー・Jrも80年代は青春スターでした。『ピックアップ・アーチスト』では本気の恋をしてしまうナンパ好きのチャラい若者を、目バリの様な下まつ毛を揺らして演じ、『レス・ザン・ゼロ』では自堕落で享楽的な「80年代」という時代そのものを代表する存在の成れ果てた姿まで見せてくれました。
しかし、彼を筆頭とした80年代の若者たちは今もなお「あくせく毎日同じことをしたくないぜ!」「大人の決めたレールなんてクソくらえ!」と言い続けているのです。
現在40~50代(つまり80年代の若者)の、こんな「大人」は見かけませんか? 働いた余剰なお金をアクション・フィギュアにつぎ込み、友達と集まってはスター・ウォーズの新作に熱狂し、ベースボール・キャップを後ろ前にかぶってハイスペックなゲームに没頭し続ける……
そんな「大人」の象徴的な存在が『アイアンマン』トニー・スターク/ロバート・ダウニー・Jrです。パートナーと真っ当な関係を築けないまま、一夜限りの相手を毎晩変えつつ、戦闘用スーツ開発に熱中する。そんな大人です。
コドモ大人に対抗するオトナ子供
『チャーリー・バートレットの男子トイレ相談室』のチャーリー・バートレットくんは、金持ちの家に生まれ、ハイ・カルチャーや高いレベルの教育を受け、誰に対しても当たりの良い、たおやかな優等生です。
そんな彼が「人気者」になるために行ったのは、風通しの悪い学校で気兼ねの無い話相手になってやる事。そして必要ならば適正な処方で向精神薬を用立ててあげる事。さらに、気晴らしになる程度にリタリンをパーティーでバラ撒いて風穴を開ける事でした。つまりは「理想的な大人」になることです。
チャーリーが向精神薬の処方箋をクスねる時に着ているTシャツには次のメッセージが書かれています。
「People Like You, Are The Reason. People Like Me, Need Medication.(アンタらみたいのがいるから、ボクらには薬が必要)」
かつての青春映画の主人公は、大人に逆らう不良や、規格外な考え方を持つはみ出し者でした。真面目な主人公の場合には、社会からはみ出していく過程が描かれていました。ところが、今の青春映画ではむしろ大人よりも大人であることが求められるのです。精神的に子供のままな大人がいるから、年齢的な子供が本来あるべき子供として生きていくには、大人よりも大人な子供が必要なのです。
ごめんねアントン。そして、ありがとう。
出典 : wikipedia photo by Philippe Berdalle
そんなふがいないアラフォー/アラフィフの大人たちのせいで、青春映画もその構造から変わらざるをえなくなりました。当然、主人公のタイプも変わります。かつての青春スター、ショーン・ペンやマット・ディロンにロバート・ダウニー・Jrの様な不良タイプでは勤まりません。まじめに物事に対処する誠実なイメージを折れそうな肉体で体言できる、そんな俳優が求められたのです。
その要望に見事100%応えているのがアントン・イェルチンくんでした。
細い線で描かれた様な繊細な顔立ちと体躯。豊かでありながらどこか寂しげな表情。その存在そのものが、そのまま現代の若者を象徴しているように思えます。その彼が若者の困難や悩みを見事に表現したことで、救われた子もいたでしょう。
いまだにアクション・フィギュアを集め、スター・ウォーズの新作に一喜一憂し、ハイスペックのゲームを楽しむアラフォーの筆者は、そんなイェルチンくんに謝りたい気持ちでいっぱいです。
ふがいなくてごめんね。そして、多くの若者を代弁してくれてありがとう。
※2022年4月30日時点のVOD配信情報です。