今回は書店員らしく映画本のご紹介。
『誰も知らない』『海街diary』を描いた是枝裕和監督の著作「映画を撮りながら考えたこと」(ミシマ社)。
こちら辞書みたいな分厚さも納得の質の高さ。なんと構想8年。今まで監督が作ってきた数々の作品を振り返るとともに彼自身の作り手としての人生を振り返った圧巻の是枝本です。
映画ファンは必読の本書の魅力を紹介します!
まず注目していただきたいのが装丁の面白さ!
一番に目に飛び込んでくるカバーには、「39 海猫食堂」「88 グラウンド すず」「107~ 幸と母」などの言葉がたくさんの四角の中に書き込まれています。映画をご覧になっている方はもうおわかりですね。カバーは、監督による『海街diary』のハコ書きです。
※ハコ書きとは、シナリオを書く前に、構成を練り上げるために作成するフローチャートのようなものです。 (出典:「映像プロフェッショナル入門」,安藤紘平,フィルムアート社)
そしてそのカバーをめくった表紙は、阿部寛主演の2007年製作映画『歩いても 歩いても』の制作ノート。表紙を開いてすぐの前見返しには、是枝監督の映画第1作目である江角マキコ主演映画『幻の光』の制作ノート。そして背表紙の内側、後見返しには福山雅治主演の映画『そして父になる』準備稿に書き込まれた監督のメモ。
このように装丁を見るだけで、監督が一つの映画を作る一過程を垣間見ることができるのです。
ちょっと脱線♪書店員のススメ
余談ですが、最近の本のカバーは面白いものが多いのです。例えば、9月17日公開予定の映画『怒り』の原作、吉田修一の「怒り」(中公文庫)上下巻は、全面映画スチール帯になっています。その全面帯をめくって反対側を見てください。吉田修一による「映画『怒り』撮影現場訪問記」(以前雑誌「中央公論」で掲載されたもの)を読むことができます。
内容も濃くて必見です。カップルを演じる綾野剛と妻夫木聡の役作りの徹底ぶりにちょっと興奮しちゃいます。映画公開が待ちきれない方にオススメです。
さて、「映画を撮りながら考えたこと」を通して、是枝監督を追いかけてみましょう。
世界のコレエダを作ったドキュメンタリー番組制作の日々
是枝監督といえば、『誰も知らない』主演の柳楽優弥がカンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞したり、『そして父になる』で同映画祭の審査委員賞を受賞したり、世界各地の映画祭に招かれたりと世界的にも有名な監督ですが、スタートはテレビです。彼の作品の土台となっているのは、ドキュメンタリー制作で培った視点なのではないでしょうか。
是枝監督は、番組制作会社テレビマンユニオンに所属し、多くのドキュメンタリー番組を制作しました。
2章3章では、主にドキュメンタリー番組を制作する上で、監督はどう社会・人を見つめてきたのか、テレビを見つめてきたのかということが描かれています。それと同時に、ドキュメンタリー番組がどうやってできるのか、どんな人たちによって創られてきたのかということも描かれていて、テレビ業界で働きたいという人は必見です。
「演出」と「やらせ」の違いはなにかという大きな問題や、スポンサーとの関係性など、ドキュメンタリーとはなにかということについて深く考えさせられます。
ここで、個人的にイチオシの是枝映画3作品をご紹介。
残酷で美しい現代版オンディーヌ『空気人形』
あらすじ
ヒロインは、ラブドール。つまり、性的な対象として使われる人形です。冴えない中年男(板尾創路)の家で大切に扱われていました。ある日、彼女(ペ・ドゥナ)は心を持ってしまいます。彼女は街に出て、一人の青年(井浦新:旧芸名、ARATA)に恋心を抱き、彼が働くレンタルビデオ店で働きはじめます。
名女優ペ・ドゥナの熱演と可能性としての「空虚」
思考のプロセスが何層もこの映画のなかにあって、「空虚は可能性である」というひとつのモチーフに沿っていろんなエピソードがポリフォニックに進んでいて、そこは強く伝わる作品になったのではないかと思います。ー「映画を撮りながら考えたこと」p.231
ジロドゥの「オンディーヌ」という物語があります。水の妖精が人間に恋をして、最終的に男は妖精を愛したがために死んでしまうという切なくて哀しい物語です。そして妖精は愛した記憶をなくし無邪気に元の世界に戻っていきます。この映画はそんなファンタジーです。「人魚姫」や「オズの魔法使い」などがモチーフになっているそうですよ。
傑作青春映画『リンダ・リンダ・リンダ』のヒロインを演じたペ・ドゥナの名演が光ります。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】今イチオシの俳優・柳楽優弥 衝撃のデビュー作『誰も知らない』
あらすじ
都内の2DKのアパートで母親と幸せに暮らす4人の兄妹がいました。しかし、彼らの父親はみんな別々で、学校にも通ったことがなく、アパートの住人は母親(YOU)と長男(柳楽優弥)以外の存在を認識していませんでした。ある日、母親はわずかな現金を残して家族を置いて出て行ってしまいます。
実話を基にした傑作!是枝監督が「自分なりのリアリティー」を追求した作品
この映画は、1988年に実際に起きた子供4人置き去り事件が題材となっています。
電気を止められたアパートの中で、存在を知られていない子供たちが必死で生活しなければならないというショッキングな物語なのですが、なにより凄いのが子役たちです。演技経験のないほとんど素人の子供たちがオーディションで選ばれました。
「映画を撮りながら考えたこと」には、子供たちの内発的な演技を引き出すために、撮影以外でも兄妹みんなで行動する時間を作り、それぞれの嗜好を脚本に反映させたことが書かれています。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】東京は僕が生まれ育った街でもあるし、子どもたちの目を通して僕なりの「東京論」が描けるかもしれない。彼らが見上げた東京の空をアパートの内側から描いてみたいー。
ー「映画を撮りながら考えたこと」,p.171
現在公開中の映画「いしぶみ」も必見!是枝監督の映画を観れば今がわかる
「映画を撮りながら考えたこと」を読んで感じたのは、是枝監督がドキュメンタリー番組や映画を通して、常に現代の社会問題に着目し、その内面を描き続けているということです。
現在映画『いしぶみ』が、全国各地で上映されています。
(C)広島テレビ
原子爆弾によって短い命を奪われた旧制・広島ニ中一年生が最後に残した手記を綾瀬はるかが朗読しています。戦後70周年特別番組として広島テレビで放送された番組を再編集した作品です。
戦争を知る世代が少なくなり、戦争とは何か、平和とは何かを考える機会がなくなっているように思います。これを機会に、人の命も夢も簡単に奪われてしまう「戦争」のことをしっかり考えてみませんか?
※2022年6月29日時点のVOD配信情報です。