【ザ・シネマメンバーズ 特集vol.2】新しい年は、極上の作品とともに迎えよう。ヴィクトル・エリセ監督作品ほか、匠の傑作揃い。

気軽に旅行に行くこともはばかられる現在。お正月はお家でゆっくり過ごす予定だけど、やっぱりどこかに行きたい…。そんな時こそ、映画の世界を旅するのもいいかもしれません。

毎月2〜4本を丁寧にハンドピックした作品のみを紹介する月額500円(税別)のサブスク「ザ・シネマメンバーズ」では、ついに“孤高の映画作家”ヴィクトル・エリセ監督作品2本を含む4作品の配信が1月より順次スタート。

今回ラインナップに加わる4作品は、スペイン、ハンガリー、フィリピンというそれぞれの土地の風土や歴史を織り込んだ、クラフトマンシップが光る至高の逸品。いずれも舞台となっている時代の空気とともに、精緻に物語が紡がれていきます。

辺境の地から届けられた、それらの作品を観ることで過ごす時間は、ガイドブックも旅行鞄も持たずに異国の地を旅するような感覚になるかもしれません。いずれも極めて美しい“映像詩”ともいうべき作品で、新年を迎えるにふさわしい極上の時間を約束してくれそうです。

長く、丁寧に、愛され続けた作品がついに配信開始

今回の特集の主役であるヴィクトル・エリセ監督は、現在80歳。寡作で知られる映画作家であり、長編映画は『ミツバチのささやき』(1973)、『エル・スール』(1982)、『マルメロの陽光』(1992)の3作品のみという少なさ。しかし、そのすべてが世界中で高い評価を得ており、時を超えてなお根強い支持を集めています。

日本では、『ミツバチのささやき』と『エル・スール』がシネ・ヴィヴァン六本木で1985年に劇場公開され大ヒット。その映像の素朴な美しさ、純真無垢な少女の可愛らしさと独裁政権下の抑圧されたムードとのコントラストが人々の胸を撃ち、当時のミニシアターの動員記録を塗り替えた記念碑的作品として知られています。

リバイバル上映なども何度か行われてきましたが、今ではソフト版もなかなか手に入りづらい状況に。「ザ・シネマメンバーズ」では、今年4月の配信系ミニシアターとしてのリニューアルを計画していた段階から、「ミツバチのささやき」「エル・スール」は必ずラインナップに入れたいと切望していたそうで、今回ようやく配信にこぎつけたとのこと。

“難解な映画”と言わないで

『ミツバチのささやき』『エル・スール』の根幹には、スペイン内戦の影が滲んでいます。評論家の間では、ストーリーの状況設定や小道具にもスペイン内戦後の国政に対する批判が暗喩的に盛り込まれていると言われており、その背景などに様々な憶測が飛び交っています。

それを聞いて「私は歴史に詳しくないので…」と敬遠する必要はありません。
もちろん歴史的背景を知っていれば、作品の本質も一層理解でき、深読みすることもできるでしょう。しかし、小難しいことを知らなくても無問題。ヴィクトル・エリセ監督作最大の魅力は、美しい映像世界へのいざないなのです。旅とは、訪れた世界を楽しむ行為。ヴィクトル・エリセの作り出した小さな世界にそっと足を踏み入れてみましょう。

スペインの中でも田舎町の情緒あふれる風景。火・風・水・土の四元素を入れ込んだ神秘的映像の中で語られるのは、閉鎖的な世界でより一層輝く、幻想的で繊細な少女たちの成長物語。セリフの少ない禁欲的な作りが、映像の美しさを更にひきたてます。

どのシーンも額縁に入れて飾りたくなるほど美しく、不思議といつか思い描いたような、心像風景として心に残るでしょう。

言葉にしようとすればするほど…

『エル・スール』は『ミツバチのささやき』に比べ、物語も映像表現もよりシンプルな作りになっています。だからと言って内容が薄いのではなく、その魅力はまるで、意識をしないと聞こえない、雨露が池に落ちた時のわずかな音のような静寂を感じるもの。この2作が持つ研ぎ澄まされた繊細さは、まさにマスターピースといえます。それを言葉にして説明しようとすればするほど、「映像詩」という一語に収斂してしまい、叙情的な一つ一つを取り上げていくことは、もはやナンセンスに思えてくるほど。

時空も現実も超えた、詩的な映画の旅。それが『ミツバチのささやき』と『エル・スール』の魅力。とにかく言えることは、是非、新しい年をこの美しい作品とともに迎えてほしいということ。

ヴィクトル・エリセ監督作品で、南(エル・スール)へ行ってみてください。

モノクロームのマジック

ヴィクトル・エリセ監督同様に才能を評価されているのにも関わらず、またも作品数が極めて少ない、イルディコー・エニェディ監督の映画『私の20世紀』(1989)もラインナップに追加されます。

デビュー作にして第42回カンヌ国際映画祭でカメラ・ドール(新人賞)を受賞し、エジソンの発明した電球によって進化した19世紀末から20世紀初頭のブタペストを舞台に、時代の変わり目に現れたあらゆるモチーフを流し込んだめくるめく映像美を味わうことは、これもまた“旅”といえます。

さらに同じモノクロ作品で、第73回ベネチア国際映画祭で金獅子賞に輝いた映画『立ち去った女』(2016)もラインナップに追加されます。フィリピン映画界の鬼才ラヴ・ディアス監督の才気が詰まった美しき復讐劇で、緊張感あふれる長回しとロングショットは、主人公の旅に帯同しているかのような錯覚を覚えます。旅は旅でも、こちらは共にそこで生きているような気持ちに。独特な没入感のある、映画の旅が楽しめること間違いなし。

アメリカでもフランスでもない、いわゆる映画のメインストリームからは遠く離れた場所から発せられるこれら4作品。2021年は、独自のスタンダードを提案するザ・シネマメンバーズからますます目が離せなくなりそう。

『レネットとミラベル/四つの冒険』(C)1985 LES FILMS DU LOSANGE-LA C.E.R.
『悪魔のいけにえ』(C)MCMLXXIV BY VORTEX, INC.
『ラ・ジュテ』(C)1962 ARGOS FILM
『海辺のポーリーヌ』(C)1983 LES FILMS DU LOSANGE-LA C.E.R.

『ミツバチのささやき』(C) 2005 Video Mercury Films S.A.
『エル・スール』(C) 2005 Video Mercury Films S.A.
『私の20世紀』(C) Hungarian National Film Fund- Film Archive/photo:István Jávor

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