世界で最初に上映されたフル・アニメーション映画は、フランスの風刺画家、エミール・コールによる『ファンタスマゴリー』とされています。公開年はなんと1908年! 今から108年前にはすでにフル・アニメーション映画を制作する体制が整っていたということになります。
2016年9月17日に劇場公開されるアニメーション映画『レッドタートル ある島の物語』も、現代のヨーロッパ・アニメーション史を語る上で外せないアニメーション作家、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィットの作品です。
今回はヨーロッパ・アニメーション史やアニメーションの映画祭などを踏まえつつ、一般的にはまだまだ知られていないアニメーション映画と、これから注目すべきアニメーション作家をご紹介します。
アート・アニメーションのパイオニア:チェコ
ヨーロッパ・アニメーション史の中で最も重要なのが、チェコのアニメーションです。1926年、広告画家のカレル・ドダルと妻、ヘルミーナ・ティールロヴァーによって製作・公開された『恋する河童』以来、人形アニメーション、セルアニメーション、切り絵のコマ撮りや特撮技術など、あらゆるアニメーション分野で第一線を走り続けてきました。
その特徴は、鮮やかな色彩と愛らしい造形にあります。チェコは共産主義時代、さまざまな表現に対して厳しい取り締まりがありました。ただ、子ども向けのアニメーションに関しては、“健全な子どもの育成”を目的として、国の支援の下で自由に創作することができました。それゆえか、愛らしいキャラクターを用いたアニメーションを中心に、印象的な作品が次々と生まれていきます。
日本では「もぐらくん」と呼ばれ人気の高いクルテクもチェコ生まれです。
人形アニメの巨匠イジー・トルンカ、奇想天外な世界観がカルトな人気のヤン・シュヴァンクマイエル、実写との合成特撮で驚かせたカレル・ゼマンなど、アニメーションや特撮技術のパイオニアともされる作家を多く生み出しました。
ちなみに、渋谷のアップリンクでは、10/15(土)・12/17(土)に「This is チェコアニメ!2016」という、チェコのアニメ上映イベントを行います。オシャレで可愛く、どこか懐かしい雰囲気のチェコアニメを映画館で触れてみてはいかがでしょうか?
欧州のアニメーション映画祭
ヨーロッパには、アニメーションを専門に取り扱う映画祭も数多く開催され、フランスの「アヌシー国際アニメーション映画祭」は、アニメーション作家にとって権威のある歴史的な映画祭です。
同映画祭は国際アニメーションフィルム協会(ASIFA)公認のものであり、セルアニメ、デジタルアニメはもちろん、人形アニメや切り絵アニメ、クレイアニメなど、さまざまな作風のアニメーションが各部門で審査・ノミネートされます。
日本のアニメーション作家にも受賞者がいます。1995年、高畑勲監督が『平成狸合戦ぽんぽこ』で長編部門グランプリを。2007年には細田守監督の『時をかける少女』が長編部門特別賞を。
原恵一監督は2011年に『カラフル』で長編部門特別賞と観客賞、2015年には『百日紅 Miss HOKUSAI』で長編部門審査員賞を受賞しており、さすがアニメ大国ニッポンという功績ですね!
話をヨーロッパに戻しまして。その他、ベルギーでは「ブリュッセル・アニメーション映画祭」、オランダの「ホラント・アニメーション映画祭」などが毎年開催されており、中でも「カートゥーン・ドール(Cartoon d’Or)」という短編アニメーション専門の映画祭は「作家×産業」を目的としており、数々の有名なアニメーション作家を産出させています。
デヴィッド・オライリー
Photo courtesy of Warner Bros. Pictures
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2009年、『Please Say Something』でカートゥーン・ドールを受賞したデヴィッド・オライリーは、アイルランド出身の3DCGデジタル・アニメーション作家です。
『Please Say Something』は3DCGを用いた単純な形状・単純なモーション、少ない色彩設計によってストーリーが形作られており、そのキッチュでシュールな世界観が特徴です。
この成果により、近年ではスパイク・ジョーンズ監督のアカデミー受賞作『her/世界でひとつの彼女』に出てくる、主人公が家で遊んでいる架空のビデオゲームをデザイン・制作しました。
3DCG技術は実写映画に添えるグラフィックツールとして認識されていますが、それは油彩や彫刻といった今までの芸術分野に匹敵する表現技術です。3DCGアニメは3DCGアニメだけに歩める道があることを今後のアニメーション作家に体現したという意味でも、これからのアニメーション史において最重要人物のひとりであると言えます。
シルヴァン・ショメ
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おかしな老婆4人組が巻き起こす騒動を圧倒的な画力とブラックなユーモアで描いた『ベルヴィル・ランデブー』。
本作を監督したのが、私のイチオシでもあるフランスが誇るアニメーション界の天才作家、シルヴァン・ショメです。1997年に 『老婦人とハト』がカートゥーン・ドールを受賞し、同作品はアヌシー国際アニメーション映画祭と広島国際アニメーションフェスティバルで大賞を受賞しています。
シルヴァン・ショメの作品の特徴は、まず他のアニメーション作品にはあり得ないくらいの描き込みの量。彼は元々「バンド・デシネ」と呼ばれるフランスのマンガの作話を担当しており、バンド・デシネはアール・デコ風の事細かに描き込まれた絵柄で有名です。背景の小物やインテリア、何気ない風景においても細かく描写されており、どのシーンを切り取っても一枚の絵画のようなクオリティを感じさせます。
また演出面においても、極力セリフは少なく、登場人物の仕草やアクションもわずかながらで、まるでサイレント映画のようなシンプルさを保っています。この動きの簡素さとグラフィックのボリュームのギャップ、牧歌的のようでいて実は辛辣なストーリーなど、二面性を楽しめる作風が魅力です。
マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット
『岸辺のふたり』は少ない線・少ない色彩の単純な絵柄構造でありながら、登場人物の細やかな動きと、ストーリーを物語る陰影の強いコントラストがとても印象的な作品です。彼はこの作品でカートゥーン・ドールを受賞し、さらに2001年のアカデミー賞で短編アニメーション賞を受賞、一躍その名を広めました。
この功績に目を付けたのは、なんと日本が誇るアニメ制作スタジオであるスタジオジブリ! 宮崎駿監督より「もしスタジオジブリが海外のアニメーション作家をプロデュースする時は、彼(ドゥ・ヴィット)を選ぶ」と直々のご選出だったらしいです。
そして、ジブリのプロデューサーである鈴木敏夫さんから監督を打診され制作に至ったのが、この度公開される『レッドタートル ある島の物語』なのです。2006年から企画はスタートし構想に10年、制作に8年を費やしたというのだから驚きです。
その制作期間の中で、なんとドゥ・ヴィット監督はこの作品のために、一時ジブリのある東京都小金井市に引っ越して制作に励んだとか。いやはや、恐ろしき宮崎駿さんの執念です(笑)。
奇跡の作品『レッドタートル ある島の物語』
スタジオジブリが初めて海外と共同製作をしたということで注目されていますが、それ以上になぜ宮崎駿監督がドゥ・ヴィット監督を選んだのか? という点に注目して観ることで、今後のアニメーション界での重要なファクターが見えてくるかと思います。
本作は極力セリフを少なく作っています。それ以外で物語を紡ぐということは、言葉を介さなくとも世界中の人に伝わる作品を作ることができる、というチャレンジなのかもしれません。
現代のアニメーション作家たちが目指す、世界共通の映画。奇跡の81分を目撃し、アニメーションの持つ「映像力」を感じていただきたいと思います。
『レッドタートル ある島の物語』は、2016年9月17日より全国にて公開です。 日本のアニメも素晴らしいですが、一風変わったヨーロッパ・アニメーションを映画館で楽しむというのも、いかがでしょうか?