【至高の81分間】孤独、絶望、希望。『レッドタートル』を見て価値観が変わった

2016.09.27
アニメ

悩んだ時は、とりあえず映画

やのしん

ジブリが初めて海外作家と共同で制作した映画として話題の『レッドタートル ある島の物語』。

映画好きの友人から「これは観た方がいいよ!81分間の中にいろいろな要素が詰め込まれていて、スクリーンから目が離せなかった。」と言われたのと、公式サイトに掲載されたピース又吉さんのコメントを見て興味がわき、観に行きました。

『レッドタートル』のような感覚の映画を僕は初めて観ました。
とても面白かったです。
見終わってから、数日間そのことばかり考えていました。時間の流れとともに人間と自然が一体化していく感覚を表現した映像が素晴らしく、不思議な物語でありながら完全に腑に落ちました。

 (公式サイトよりピース又吉直樹さんのコメントの一部)

レッドタートル メイン

とにかく目と頭を使って、あっという間だったというのが率直な感想です。セリフがない(笑い声や叫び声はありますが)こともあって常に画面から目が離せませんでしたし、その分常に自分の想像力をかきたてられるような形で物語が進んでいきました。

81分間にわたって観る人の心にひたすら訴えかけてくるこの作品は、特に事前知識がない人でもきっと楽しめるはず。むしろ、普段映画をそこまで観ていない人の方が、より大きなインパクトを受けるかもしれません。

不思議な作品でしたが、いろいろな意味で自分の価値観が変わった素敵な作品だったので、その魅力をお伝えできればと思います!

『レッドタートル ある島の物語』のあらすじ

レッドタートル ポスター画像

強い嵐の中で、大海原に投げ出されもがき続ける1人の男。何とかたどり着いた無人島で、脱出を試みるも何度やっても島に引き戻されてしまう...。途方にくれる男の前に、1人の女性が現れて...。

生命とは何か。人間とは何か。生きるとは何か。81分に凝縮された問い

レッドタートル サブ1

"どこから来たのか どこへ行くのか いのちは? "

というキャッチコピーが印象的な当作品ですが、まさに81分間をかけて「生命」「人間」「生きる」ということがどういうことなのか、常に心に訴えかけてきます

セリフがない上に、設定が不思議なので「え、どういうこと?」と首をかしげるシーンも多く、個人的には正直難しいなと感じる部分もありました。

ただ、そんなことは抜きにしても本当にたくさんの感情や出来事が凝縮されていることに感動を覚えました。

孤独、儚さ、人間のもろさ、自然の脅威、愛、誕生、家族、別れ、絶望、希望。

真剣に生きるということは、どういうことなのか。生命エネルギーに満ちた主人公の様子を見て、非常に考えさせられました。(これを書いている今でもそうです。)

表情、しぐさ、音楽。音。声。

レッドタートル サブ4

・スタジオジブリが初めて海外作家と共同で制作した作品
・第69回カンヌ国際映画祭で、「ある視点」部門の特別賞を受賞
・『岸辺のふたり』で知られるマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット氏が監督
・8年の時間をかけて作られたという大作

など『レッドタートル』は何かと話題となるポイントが多い作品ですが、なかでも”全編セリフ無し”というのはものすごくインパクトがありました。

登場人物の表情や1つ1つのしぐさ、感情のこもった声、海や嵐を始めとした自然の音、シーンによってテイストががらっと変わる音楽などが、言葉ではなく映像で伝わってきます。

セリフがないにもかかわらず、ここまで感情が揺さぶられ、画面に夢中になってしまうのかと。こういう映画もあっていいんだなと、自分の映画に対する価値観が大きく変わりました。

この作品から何を感じるかは、今のあなた次第

レッドタートル サブ3

この作品では主人公がどんな人間なのか、ほとんど情報がありません。名前や年齢はもちろん、どこからどんな経緯で無人島へたどり着いたのか。それまで何をやっていたのか。どんな性格なのか。

加えて、上述した通りセリフもないので、読み取れる内容はかなり限りがあるのですがそれと同時に、解釈の幅も広いです。それは主人公の情報に限った話ではなく、この作品そのものにも同じことが言えます。

設定自体もかなり不思議なため、この作品をどのように解釈するのか、そこから何を感じとるのか。同じ人が観たとしても、数年後に観たらだいぶ違った感じ方ができるような作品です。

ただ1つ言えることは、心に響いた部分は人それぞれ違えど「生命」「人生」について改めて考えるきっかけとなる作品であること。それは間違いないのではないかと思います。

この作品は映画館で観てこそ、より感情が揺さぶられる作品。ぜひ劇場で鑑賞してみてください!

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  • MegmiTanak
    3.4
    “あの時はごめんね”
  • nmo
    4.0
    徹底的にシンプルにしたのは素晴らしいと思う。だからこそ捉え方も人それぞれで面白い。
  • おとなのみほん
    3.0
    深いなあ。 人間にはあまりに不親切な純粋の大自然。美しい花も、水々しい果物がある訳でも無くただの海、草、砂、空。 アダムとイブのような神秘的な物語かと思えばそんなことは無く、ただ空虚。 着衣だって嘔吐しながら寒さを凌ぐ為に手に入れたもの。今毛皮のコートを羽織る金持ちはどんな気持ちであれを着用してるんだろ。 印象的だったのはやはりタイトルにもある、亀。 膨大な時間の流れと人の老いの本質をワンカットで伝える表現、素晴らしい。 どこから来たのか?どこへ行くのか?これは終わりのないテーゼで人間は自由の中に自分でどこへ帰れないのか、どこへなら行けるのか。自らの枷でUターンを繰り返す。大自然の中で無力な人間が自分のせいで一つの終わりを迎えた命と、自分から生まれた新しい命の二つを抱えながら葛藤を始めるところなんか段々と人間らしくなる姿が堪らなくいいですねえ。
  • 映画みるんこくらぶ
    3.0
    ファンタスティックプラネット思い出した 輪廻。輪廻。動きが好き
  • ももんが
    1.7
    この作品を観終わって、まず思ったのは、コレかなり危険な映画やなぁ~ってことでした。 色のコントラストが、いわゆるネーチャーモノに見られるようなパキッとしたものでなく、明らかにテレンス・マリック映画におけるマジックアワーを意識しての淡い色使いの温度感で非常に心地よいのですが、根本で語られることは、醜悪なものだと感じました。 まず、これは物凄く”抽象的”な寓話である、ということ。 キャラクターの属性(人種、国籍そして名前)が全て剥ぎ取られており、顔の造形もシンプルを通り越して、単なる”これは男である、これは女である”という記号化されたものになっています。 …そしてこれは、「浦島太郎」まんまである、ということ。 しかしそれは現在、定着して誰もが知ってるファイナル・カット版じゃなく「風土記」に記されている初稿フッテージ版の方です。 この「風土記」版では、浦島が魚釣りをしていて、亀を釣り上げてしまうんです(助けた亀に連れられて~、の下りは仏教の因果応報の倫理観が日本に浸透したあとに加えられたものです)。 そしてその亀は女と成り、浦島に向かって”自分の決心は固まっているが、あなたは如何なものか?”といきなり無茶振りプロポーズをするんですね。つまり亀と乙姫は同一だったんです。 浦島は、相手の素性も知らぬまま、従ってついて行く訳ですが… そもそも、浦島のキャラ設定が、母ひとり子ひとりで40歳独り者…自我が、自立性を獲得していない状態を表していると、考えられます。 これはギリシア神話における”永遠の少年”…成年に達することのない神と同一です。 ”永遠の少年”はすべて母親との心理的結びつきの強さも象徴しています。 なんか、どっかで聞いたような…見たような… 接したような…そしてそれは鏡に映ってる男のような… 因みに亀と乙姫の分離については諸説あるそうですが、俺は幻想としての女性がついに手の届かな対象…今でいうアイドル(2次元を含め)にまでなってしまったんじゃないかな、と。 ま・それはさて置き、次に海が象徴するもの… 海は計り知れぬ広がりをもち、その内に無尽蔵のものを宿すという意味において、無意識そのものを表しているといわれています。 「レッドタートル」の”男”は物語の冒頭で岩穴にはまり込み、細い横穴を潜って外海に出ます。 これは、後半、彼の子供が同じような行動をしますが両者はその意味合いにおいて全く異なります。 子供のそれは、子宮から産道を通る…大人になるための通過儀礼に対し、”男”の場合は、明らかに”退行”を意味しています。退行とは、心的エネルギーが意識から無意識へ流れることです。 それは現実からファンタジーへの逃避、と言い換えてもいいかも知れません。 浦島に話を戻すと、ラストに玉手箱というアイテムが登場します。 亀姫の「開けてはならない」という言葉は、浦島が禁止を試されている、ということです。退行から脱却し自我を確立するにはそこに新しい要素が出現し、主人公は努力を払わねばばならない。 この点、浦島は努力が無さすぎたのです。 幻想の空間で幻想の欲望を達成する… ”永遠の少年”は太古から確たるイメージとして在ったんですね。 そして亀が抽象とするもの…. 神話学者のケレニーは「亀は神話学に知られている最も古い動物のひとつである」と述べています。 インドの神話では国産み(乳海撹拌)の際、そのあまりの凄まじさに世界が破壊されそうになったとき、大亀が土台となって収めたといいます。 この、「創世記における亀」のイメージはネイティヴ・アメリカン他、様々な地方に認められています。 亀は、”原初”~対立が生じる以前の状態~意識が生まれていない状態のイメージなんです(プラトンは、それを完全な球体として捉えていました)。 対立のない全き世界で、幻想のユートピアを築く… それがこの映画の正体だと、俺は思ったんです。 それに対比してもうひとつの映画が思い出されます。 「未来惑星ザルドス」 この作品のラスト、ショーン・コネリーとシャーロット・ランプリングが並んで段々と歳を経るシーンを数分のカットで捉えていす。これは彼らが互いに愛し、子を授かり、そしてその子が成長し巣立ち、年老いて死んでいくまでの彼らの人生です。 しかし、その平凡な人生は玉手箱というパンドラの箱を開けても尚、禁止を破ることによって生じる苦労を克服していくだけの強さによって高次の自己実現へのステップを踏んで得たものなんですね…”対立”が存在するリアルな世界の中で。 「レッドタートル」が危険だと最初に書いたのは、そういうことです。 「ドアを開けても、何も見つからない。そこから遠くを眺めてるだけじゃ…」 ”少年の詩” ~THE BLUE HEARS
「レッドタートル ある島の物語」
のレビュー(2379件)