寒さが一層厳しくなる季節に加えて、人と人との距離も離れがちな昨今。毎月2〜4本を丁寧にハンドピック=セレクトした作品のみを届けてくれる『ザ・シネマメンバーズ』では、寒さと寂しさで縮こまった体と心をゆったりした時間の中で緩やかにほぐす至極の作品を2月より配信開始。
その3作品に共通しているのは、ズバリ「人を想うこと」。声高ではなく静かに、心と心が共鳴していく…。ホットココアを相棒に、穏やかな気持ちで是非ご覧ください。エンドロールを迎えた頃には、心も体もがポカポカになるはず。
モダニズム映画『コロンバス』~わたしもあなたも似たもの同士~
舞台はモダニズム建築の宝庫として知られるインディアナ州コロンバス。建築家を夢見る貧しい少女と著名な建築評論家を父に持つ中年男性の出会いと再生を、名建築の歴史に耳を傾けるかのように繊細に描きます。
名匠・小津安二郎監督作へのリスペクトをふんだんにまぶした、コゴナダ監督の長編映画監督デビュー作。“コゴナダ”という名前も、実は小津監督とのコンビで知られる脚本家・野田高梧に因んでいるという偏愛ぶりです。
母親に愛されたいと願う少女ケイシー。父親に愛されたかった男ジン。ケイシーは自分の夢を犠牲にしてまでシングルマザーの実母にしがみつこうとする。一方のジンは父を残して韓国に移住したことに複雑な思いを抱いていた…。
コロンバスの街中で美術品かのように立ち並ぶモダニズム建造物の数々は、左右対称のシンメトリーを思わせながらも絶妙なバランスで美を放っています。映画を構成するショットも小津映画さながらに奥行きを意識したシンメトリーの構図が殆どで、カメラポジションも同じような配置の反復が繰り返されます。もちろんケイシーとジンのおかれた状況や心境もシンメトリー。
似た者同士がプラトニックに互いの心に寄り添う。当たり前に立ち並ぶ建物のように、気づいたら傍にいる。額に入れて飾りたくなるような美しい画の中で語られる「人を想うこと」に酔いしれてください。
モノクロ16mm映画『オリ・マキの人生で最も幸せな日』~打つのは人ではなく心~
第69回カンヌ映画祭ある視点部門で、浅野忠信主演の映画『淵に立つ』を抑えてグランプリを受賞した実話ベースのフィンランド発ボクシング映画。往年のヌーヴェルヴァーグを思わせる60年代の空気を再現するべく、モノクロの16mmフィルムで撮影を行っております。
舞台は1962年のフィンランド。プロボクサーのオリ・マキは、世界タイトル戦でアメリカ人チャンピオンとの試合に臨むことに。ヘルシンキの明るい陽射しの中でトレーニングに日々勤しむマキ。フィンランド初の世界タイトル戦は国中の注目を浴びて、周囲の期待は高まるばかり。ところがマキは、試合を直前に女友達のライヤに恋をしてしまう。
ボクシングを題材にした作品というと、「エイドリア~ン!」や「立て!立つんだ!ジョ~!」などとリングに上がる男たちのストイックな姿を濃厚に追う作風をイメージしがちですが、この映画で追うのは恋する一人の純朴な男の心。それだけにトレーニングシーンや壮絶な試合シーンなどのストイックな場面よりも、マキとライヤの些細な日常の積み重ねを中心に映し出します。
起伏を排したエピソードの蓄積によってマキとライヤの人となり、心の動きを微細に渡って表出。ジム・ジャームッシュ監督やアキ・カウリスマキ監督の作風を想起させるオフビートな空気の中で二人の恋心が透けて見えてきます。「ふたりでいられたら、それが幸せ」というメッセージは、シンプルながらも大変貴重なものと言えるでしょう。
これぞ人生映画『サマーフィーリング』~ずっと思うことの大切さ~
夏真っ盛りのある日、30歳のサシャは青々とした芝生の上に突然倒れ込み、この世を去る。死をきっかけにサシャの恋人ローレンスとサシャの妹ゾエとその家族は初めて出会う。別れのベルリン、孤独のパリ、再び歩き始めるニューヨーク。三度の夏と三つの都市。愛した人の思い出といくつもの美しい景色の中で、残された恋人と家族はゆっくりと歩きだす。
愛する人を亡くす、という人生最大の悲劇。描き方によっては感動路線や号泣路線にもなるテーマですが、本作では一切大仰にはせず、あたかもドキュメンタリーのように時間の経過を集積し、零れ落ちそうな心の機微を丁寧にすくい取るように遺族たちの“明日”を静かに見守ります。励ますでもなく、背中を押すでもなく、ただただ静かに寄り添う。笑って故人を偲べるような日が来なくたっていい。生きていれば、ただそれだけでいい。
台本に書かれたような理路整然としたセリフもなければ、決定的な言葉もない。しかしふとした瞬間に漏らす言葉や表情がすべてを物語っていたりする。粒子の荒い16mmフィルムの映像は懐かしさと温もりを感じさせ、映し出される夏の風景の爽やかさも相まって喪失の物語がジワッと胸に迫る。
作り物の映画であるはずなのにまるで日常のような現実感。劇中の登場キャラクターすべてが等身大ゆえに、実在するかのような錯覚にも陥る。彼らは遠く離れていても思い合うというか、ずっとお互いを思っている。それが地球上であれ、空の上であれ変わらない。人生の断面を見事に切り取った優しく美しい秀作です。
独特な透明感とたたずまいで、再び歩きはじめることを描いた静かなる3作品。それぞれの作品での人間模様を観ながら、自分にとっての大切な存在に想いを馳せるのもいいかもしれません。満面の笑みを浮かべて手を取り合える日が来るまで、縮こまった心と体を優しい気持ちに浸してみませんか?
『コロンバス』(C)2016 BY JIN AND CASEY LLC ALL RIGHTS RESERVED.
『オリ・マキの人生で最も幸せな日』(C)2016 Aamu Film Company Ltd
『サマーフィーリング』(C)Nord-Ouest Films – Arte France Cinema – Katuh Studio – Rhone-Alpes Cinema