「普通」や「当たり前」の意味が大きく変わってしまった2020年。私たちの立つ地面は、新年を迎えてもまだ不安定なままだ。そんな時期に、観る者の心に突き刺さる骨太な一作『すばらしき世界』(2月11日公開)。意味深なタイトルからしてただ者でない雰囲気を漂わせる本作のテーマとは?今回は、登場するキャラクターをフックに、考察していきたい。
主人公・三上を取り巻く“人々”は、現代の縮図
本作は、人生の大半を刑務所で過ごした主人公・三上(役所広司)が社会復帰を目指す物語。彼にとって“普通の人々”になじむことは、社会でうまくやっていく第一歩だ。ただ、三上は善良に見える人たちの悪意を目にし、困惑してしまう……。人前では明るく振舞うが、その陰で弱者を差別する彼ら――。これは、本当に「普通」なのだろうか? 「誹謗中傷」が問題になっているいま、他人事と思えないテーマが、鋭く描かれている。
社会の内側にいる人間の“生きづらさ”を背負った、津乃田
『すばらしき世界』で描かれるのは、三上が感じる「社会の矛盾」だけではない。社会に溶け込んでいる人間の苦悩も、しっかりと見つめている。その象徴的な存在が、三上を取材するテレビマンの津乃田(仲野太賀)。三上を利用しようとする番組に従わなかった彼は、「うまく生きたければ、情は捨てるべき」と叱られてしまう。三上に更正してほしいと願う津乃田の心は「古い」のだろうか? 利益を優先しがちの現代、他者を思いやる意味を改めて考えさせられる。
三上を排除する社会は、本当に“正常”か?
三上をみているうち、私たちの心に芽生えるもの。それは「正しさとは何か?」という疑問だ。出所した彼は、カツアゲを仲裁し、騒音を出す隣人をたしなめ、私たちがトラブルを恐れて見てみぬふりをしてしまう出来事に、真正面から向かっていく。しかし、そんな三上は、この社会では必要とされない。それどころか、反社(反社会的勢力)として避けられてしまう……。自分らしく生きるか、自分を殺し、社会に合わせて生きるか。人間として正しいのは、どちらだろう?
『すばらしき世界』は、この世に存在するのか――
『すばらしき世界』は、タイトル自体が、作品のメッセージを示している。三上のように道を踏み外した者を排除するシステムも、そんな彼のことを理解し、寄り添ってくれる仲間たちも、同じ世界の中に存在する。この世界の残酷さと暖かさ、どちらを見て、生きていくのか、それはそれぞれの心次第なのだ――。そんなテーマ性が、余韻と共に浮かび上がってくる。
一度では咀嚼しきれないほど、強い想いが宿った『すばらしき世界』。社会の厳しさだけではなく、人と人とが繋がる暖かさ、その先に待つ希望を描いている本作は、人と人の距離が離れてしまったコロナ禍で、より切実に届くのではないか。映画を観た後も、1人ひとりの心の中に息づき、生活や人生の大切な“柱”となっていくはずだ。
◆『すばらしき世界』information
あらすじ:下町の片隅で暮らす三上(役所広司)は、見た目は強面でカッと頭に血がのぼりやすいが、まっすぐで優しく、困っている人を放っておけない男。しかし彼は、人生の大半を刑務所で過ごしてきた元殺人犯だった。社会のレールから外れながらも、何とかまっとうに生きようと悪戦苦闘する三上に、若手テレビマンの津乃田(仲野太賀)と吉澤(長澤まさみ)が番組のネタにしようとすり寄ってくる。やがて三上の壮絶な過去と現在の姿を追ううちに、津乃田は思いもよらないものを目撃していく……。
上映時間:126分
公開日:2021年2月11日(木・祝)全国公開
配給:ワーナー・ブラザース映画
公式サイト:subarashikisekai-movie.jp
(C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会