『ムーンライト』公開中ですね。個人的には今年の1位じゃないかというほどに鮮烈な映画でした。黒人差別を扱った映画は制作側の覚悟もあってか良質な映画が多いですね。近年では『それでも夜は明ける』(2013年)や『ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜』(2011年)など。特に『ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜』はエマ・ストーンが主演し、世界で2億ドルを超えるヒットを記録しました。
今回の記事を書くにあたって見直しましたが、またもやラストで2回ボロ泣き。描かれている状況は過酷極まりないのですが、全体としてはあたたかですし、助演のオクタヴィア・スペンサーやジェシカ・チャスティンのコミカルな演技によってとても観やすいんです。
ではでは、今回はこの映画を紹介しましょう。
【あらすじ】
舞台は1960年代前半のアメリカ南部。
主役はライター志望のスキーター(エマ・ストーン)。スキーター自身は大学を出て「働く女性」を目指しているけど、同級生たちはみんな地元で結婚&妊娠&出産。
彼女たちは家事や育児を黒人メイド(ヘルプ)に全て任せっきりの状況。さらに黒人メイドに対する差別行為はひどいもので、スキーターは違和感を持ち始めます。
そして、人種差別を社会に問うために取材を申し込みますが、黒人メイドたちはそれを拒否。当時、ミシシッピ州には「人種分離法」という法律があり、人種差別が法で認められていただけでなく、人種差別反対運動自体が法律違反でした。メイドたちはけして口を開こうとしません。
しかし、ある事件をきっかけにひとりの黒人メイドが偽名を条件に取材を受けてもいいとスキーターに告げます。スキーターは自分の身にも危険が及ぶかもしれない中、彼女の言葉を本にまとめ始めます。
というのが導入です。
当時のアメリカ南部では、「人種分離法」によって学校もレストランもバスも水飲み場も黒人専用のものがあり、黒人が白人のものを使うと逮捕されてしまう(というか、逮捕される前に白人からリンチを受ける)状況でした。
メイドたちは、メイド専用の屋外のトイレを使わされます。家の中のトイレを使ってしまうとそれだけで即クビ。人権というものがない状態です。こんな最悪な状況でもメイドをしなければならないということは、貧困の問題もあり、職業選択の自由がないことも見えてきます。
【苛烈な物語を包み込むユーモア】
物語はかなりきついのですが、映画自体はコメディ要素が多いですしキャラクターも多面的でユーモアがあって色鮮やかな当時のファッションも楽しくて観やすいんです。
絶品チョコパイのシーンがあるんですが、これがなかなか大胆でやっちゃってる(小2の男子も大ウケ)のでお楽しみに!チョコパイ恐怖症になるかもしれませんが…。
【色とりどりのキャラクター】
この映画の特筆すべきことの1つはオスカー常連女優たちが個性豊かに演じるキャラクターの面白さです。主要人物5人を紹介します!
●エマ・ストーン(スキーター役)
エマ・ストーンが、先進的な女性を単なる「意識高い系」にならずに自然に演じていてステキです。あの輪郭からはみ出そうな大きな目はとても表情豊かで、当時の状況に詳しくない観客を無理なく案内してくれます。
●ヴィオラ・デイヴィス(エイビリーン役)
もう1人の主役、エイビリーンを演じたのがヴィオラ・デイヴィス。14歳からメイドとして働き自分の息子を24歳という若さで亡くしても白人の子供を育て続けるという女性を静かな怒りを秘めながら演じています。
●オクタヴィア・スペンサー(ミニー役)
オクタヴィア・スペンサーは今作でアカデミー賞助演女優賞を獲得!個人的には彼女のユーモアがこの映画を名作にしたのだと思っています。
●ジェシカ・チャスティン(シーリア役)
天真爛漫だけど深い悲しみを負ったシーリアを演じたのがジェシカ・チャスティン。その人物の振り幅を最大限に広げてリアルに演じるのが彼女の素晴らしさです。
●ブライス・ダラス・ハワード(ヒリー役)
いよいよこの方、ブライス・ダラス・ハワードッ!最凶の悪役ヒリーを、『ダークナイト』でいえばジョーカー、いやむしろ『エイリアン』のエイリアン並みの切れ味で演じました。「悪い白人」を1人で背負った映画だったので、徹底して悪役を演じてくれたおかげで映画の根幹がブレませんでした。
【もう一つの差別~女性差別~】
悪役ヒリーなんですが、もう一度見直してみたらそんなに極悪人に見えなかったんです。やってることはマジで最っ悪なんですが、ヒリーという女性もある側面では被害者だということがわかってきたのです。
この映画では人種差別の他に女性差別についても描かれています。
アメリカで女性参政権が認められてから40年しか経っていない時代。女性の社会進出などまだまだで、家にいても家事や育児は黒人メイド任せなわけですから、いかに社会から期待されていないかがわかります。
しかしこの女性たちは自分より不遇な黒人メイドが身近にいるので、自分たちが差別に遭っているなんて思っていないのです。「分離すれど平等」という黒人差別を肯定する理屈が自分自身にもブーメランのように刺さっているのに、それに気づいていません。ヒリーが最後に涙をにじませながら呆然と立っているシーンがあります。今まで自分がやって来たことを初めて振り返りその恐怖に身を震わせたのだろうと思います。
この映画を観ていると自動的にエマ・ストーン演じる正義側に立って観てしまいますが、果たして自分はヒリーのように差別してしまっていないだろうか、差別を肯定する理屈にすがっていないだろうかと自分を見つめ直すきっかけにすることが大事なのだと改めて思いました。
現在公開中の『ムーンライト』も差別を扱った映画です。主人公は黒人でゲイでいじめに遭っていて親が麻薬中毒者なので、自分とは遠い話と思ってしまいがちですし、映像がともて綺麗だったり直接的な描写を避けているのでうっかりしていると「結局自分とは関係ない話だったな」という感想で終わってしまう可能性もあります。
エンターテイメント性があって映画としての喜びが多い映画ほど、ユーモアや映像美の奥にある本当に伝えたいメッセージを注意深く捉えたいですね。
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