「ずっとこの現場が続いていればいいのに」黒沢清監督と過ごした長澤まさみの心中『散歩する侵略者』【インタビュー】

映画のインタビュー&取材漬けの日々是幸也

赤山恭子

黒沢清監督の最新作『散歩する侵略者』はタイトルから思い描くSF要素を根底に据えながら、アクション、サスペンス、ドラマ、ラブと様々な要素がギュッと凝縮された濃密な映画である。物語は、行方不明だった加瀬鳴海(長澤まさみ)の夫(松田龍平)が、ある日“侵略者”として帰ってくるという日常パートと、一家惨殺事件を追うジャーナリスト(長谷川博己)が取材を進めるうちに若者たち(高杉真宙恒松祐里)に翻弄されていくというアクションパートに分かれ、長澤曰く「二面性がある」進み方をする。本作にて黒沢組初参加、主演女優として迎えられた長澤にインタビューを行うと、「ずっとこの現場が続いていればいいのに」と感じるほど、居心地のいい場所であったと語った。国内外からも高い評価を受ける黒沢監督と密に過ごした約1か月について、じっくりと聞いた。

長澤まさみ

――本作は、劇団「イキウメ」の代表作(2005年に初演)の映画化なんですよね?

もともとの作品のことは全然知らなかったんですけれど、台本を読んで自分の好きなタイプだったので、世界観にすごくハマってしまいました。現実味があって、ちょっとファンタジックなストーリーが好きなんです。撮影するのが楽しみで仕方なかったですし、黒沢監督とご一緒することがとても嬉しかったので、とにかく待ち遠しかったです。

――映像は、黒沢監督のテイストが満載でした。

そうですよね。なんか、人間が人間らしくて。もちろん非現実的なことが起こっているんだけど、その中にいる人たちの感情や行動がすごくリアルだから、よりその世界観に引っ張っていかれました。

――なおかつ、そこに笑いのエッセンスもありますし。

ああ、確かにそうですね。私は監督のこれまでの作品にはユーモアがある印象があまりなかったので、「監督って面白い人なんだなあ」と意外な一面を見た気がしています。

散歩する侵略者

――ちょっとイメージを覆されるところもありましたか?

プロデューサーから「監督にとっても『散歩する侵略者』は新たな試みだった」と聞いたんです。きっと、今の黒沢監督の思っていることが作品に映されているということですよね。だから、「映画監督は面白いなあ」としみじみ思いました。演じられるものが年齢によって変わってくるということで言えば、それはたぶん役者も同じなんですよね。もちろん若いときに、すごく重大な役を演じる機会もあるのかもしれないけれど、基本的には等身大ということがすごく説得力にもなるし、身近なものだと思うんです。すごく作り手側にも影響してくることなのかなという印象がありました。

――そういう意味では、本作で長澤さんが演じた鳴海は等身大ですよね。どのような女性だと受け止めていましたか?

鳴海は、全編を通して怒っているんですよね。この怒りというものが、ただ真治(※松田龍平演じる夫)への八つ当たりだとしたら、すごく薄っぺらいなと思っていたんです。つかめない部分もあったので、「この怒りって何ですか?」と監督に聞いたら、「鳴海は身近に起きていることにイライラ、ムカムカしているのではなくて、世の中や、もっと大きなものに対して怒っているんだ」と答えていただいて。そのとき、すごく腑に落ちたんです。

怒る感情は簡単なものではないから、いろいろな意味を含めることができるはずで。どうでもいい人には怒れないし、怒ることはすごくエネルギーを使う行動なので、嬉しい、楽しい、苦しい、辛い、全部が「怒り」というものの中に含まれているから、様々な印象を受けるんですよね。そういうものが鳴海の人間としての深みになっているから、女性としての強さも表していると思いました。監督は「怒り」というものの中に鳴海のその場の感情を込めていたので、怒るという温度が、鳴海の愛情の深さに関わってくるんです。ただ、そのバランスは難しくて。現場で監督が丁寧に演出してくださったので、とても楽しくもあり、貴重な時間でした。

散歩する侵略者

――怒りの中に込められた愛情。すごく繊細な演技だと思うのですが、具体的に監督とはどのようなお話をされたんですか?

話したというより、監督には「私は言われたほうが伸びるタイプの女優だと思うので、思ったことがあったら言葉にして言ってください」とお願いしました。自分の解釈と、監督の表現したい物語の考え方をきちんとお互いが理解し合わないと、ひとつの作品を作れないと思うんです。誤解から生まれるズレって、もったいないじゃないですか。

――都度お話を重ねたりされたんですね。

そうですね、毎シーンしました。監督の現場は、口頭で動きを全部監督が説明するところから始まるんですが、そこから鳴海の感情を「ここはこんなふうに、こういう雰囲気で言ってみてください」というような演出を受けていました。

――一緒に過ごす時間が多かった松田さんとの演技は、すごく息ぴったりでした。

嬉しいです。大好きな俳優さんなので、一緒にお芝居できてとっても嬉しかったですし、松田さんと夫婦役で共演できて良かったなと思いました。夫婦って本当に、一緒にずっと日々を過ごしている人たちだから、分かりやすく、ちゃんと向き合おうという努力をお互いにできたと思うところが良かったし、松田さんは歩み寄ってくれる人でした。一緒にお芝居していて、とても居心地がよく、お互い夫婦の空気感を寄り添い合って作っていけた感じがします。

散歩する侵略者

――おふたりでディスカッションもされたんですか?

撮影中にちょこちょこ話していました。真治の実体的なものとか、概念について話すことは多かった気がします。夫婦役を演じる上で、「遠慮なくやっていいからね」と言ってくれたりして、とても受け身の姿勢でいてくださいました。

――しかしながら、そもそも鳴海のことを裏切っていた真治に愛を向けていくことは、女性としてどう感じていましたか?

ふたりのうち、どちらかが悪いなんていうことは、やっぱりない気がします。相手に何かをしてもらおうなんて考え自体が、たぶん本当は間違っていて、甘んじることもおかしい感情なんだな、と。きちんとお互いが気づけるからこそ、支えられる、支えていけるのがパートナーだと思います。平等であることは当たり前ではなく、支え合うこと、受け入れ合えることで同じ思いになれるのが、パートナーの平等なのかなと思います。

――「愛って何?」という台詞がありましたよね。あえて答えるならば、何と表現しますか?

うーん、どうなんですかね。ひとつの言葉にまとめられないですよね……。でも、どこかしら引っかかって、「あ、これは」と気づけることは愛だと思います。自分がどうでもよかったら、「これが愛かな」と気づきをもらうことはできないから。自分にとって引っかかりとか、「愛とは何だろう」と考えさせられたり、気づかされたりするものが愛だと思っています。

散歩する侵略者

――侵略者に概念を奪われた俳優陣の演技が、皆さん個性大爆発でとても楽しんで観てしまいました。

光石(研)さんとかも、本当に最高でしたよね(笑)。みんなが現場で楽しみすぎて! 光石さんが概念を奪われた後のシーンを撮るのに、本番はみんなで一生懸命笑いをこらえていて、終わった後に全員もう「クスクスクス」みたいな(笑)。光石さんも、黒沢監督のことが大好きで、作品に出演できるのがすごく嬉しかったみたいで、すっごく楽しそうに演じていらっしゃっていて。それがまた感情を、よりリアルにさせていたのかなと思ったり(笑)。

――長澤さんとは別軸で動いている長谷川さんたちの話の進み方も、迫力満点でした。

私と松田さんのシーンの撮影では、お家で、しんみりと、淡々と時間が流れていたんです。けれど、それを撮った後に同じスタッフさんたちが、長谷川さんたちのハードなほうに行っている、という(笑)。松田さんとも、「長谷川さんのほうってどうなるんだろうね?」、「スタッフさん、すごいよね」みたいな話をしていました。この映画は二面性があるので、まったく別の映画を同時に撮っている、みたいな感じで。爆破シーンとかも、どうなっているのか、でき上がりが想像できなくて、ずっと気になっていたんです。

だから、試写を観たときにあまりにも流れている空気が違うから、どのシーンも釘づけになって観てしまいました。恒松さんの運動神経の良さが、すごく綺麗だなと思ったり、長谷川さん演じる桜井はどことなく頼りないけれど、自分の想いが強い青年感っていうのがまた素敵でしたし。あと、高杉さんの「若者」という力を感じる姿も面白かったです。人間力がある3人が、反対側のストーリーを進めていっていることが魅力ですよね。起こっていることは目に見えない、実体のない何かなんだけれど、出てくる人間が、その状況を切実に教えてくれる感じがするから、すごくリアルだし面白かったです。

散歩する侵略者

――改めて、初めて入られた黒沢組の感想をお伺いできますか?

10代の頃だったらきっと無理だろうと思っていたところはあったので、もう嬉しかったです。黒沢組は、「ずっとこの現場が続いていればいいのに」と思える居心地がいいところでした。最近、そうした素敵な監督と一緒に仕事をできる機会がたくさんあり、すごく嬉しいんです。みんなから愛されたり、尊敬されて、とても大切にされている監督の現場は、「ああ、いい現場だなあ。ずっとここにいたいな」と思えるんですよ。

――すごく充実した女優人生という感じを受けます。

きっと監督がそうさせてくれているんだと思います。俳優を生かしてくれるのは、やっぱり監督だと思うので。

散歩する侵略者

――きっと記憶にもキャリアにも刻まれる本作で、長澤さんが特にメッセージとして残したいことは何でしょうか?

私は鳴海という女性を通してこの作品に関わっているので、結婚している・していないに関わらず、同世代の女性に、鳴海を自分に投影して観てもらえたらうれしいです。この世代って、たぶん仕事的な面でも、ちょっと挫折感を味わっていたりもしますよね。自分が今何かをできるようになったけれど、自分には実は何もないんじゃないかと迷っているような人たちに観てもらえたら、自分が迷っていることが当たり前のことだと気づいてもらえる気がしています。

――確かに、そういう見方をすると、やや気が楽になると言いますか。

そうですよね。本当にいろいろな見方ができますよね。鳴海、真治、桜井さんの3人に主観を変えられますし、3人を通して観られる作品でもあると思うんです。こんなに不思議な映画は今までにないと思うので、新しい形のエンターテインメント作品を、楽しんでもらいたいです。(取材・文:赤山恭子、写真:市川沙希)

『散歩する侵略者』は9月9日(土)より全国ロードショー。

ワンピース:フランチェスコ スコニャミリオ
ネックレス:Shaesby

散歩する侵略者
(C)2017 散歩侵略者製作委員会

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※2022年7月30日時点のVOD配信情報です。

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  • かるがも
    3.2
    人間の概念を奪い、いずれかは地球侵略を目論む宇宙人3人。設定は面白い。 光の使い方で不気味さや違和感を表していたが、不自然すぎて冷めてしまった。 桜井がよく分からん、はせひろはカッコいい。
  • krewksy
    -
    シリアスさをぶち壊す出し抜けのCGと長谷川博己のぶっ飛びに爆笑しつつ、流石の黒澤清監督だった
  • アルファルファ
    3.5
    徐々に侵略者の手が忍び寄る感じは、寄生獣っぽい雰囲気を感じた。こういうのはすごく好き。 ラストはまあ、そうなるかって感じ。 とにかく全体的に漂う不穏な空気がこの映画の魅力だと思う。反対に映画的な盛り上がりは…って印象。
  • tatsuo
    -
    今度のお仕事のために鑑賞。 ジブで人物の縦の動きに合わせてキャメラの高さも一緒についていく手法は、どことなく宮川一夫に通ずるモノを感じた。
  • まるか
    4
    松田龍平ってなんか宇宙人っぽい を実現してくれた偉大な作品 日常が静かに侵略される雰囲気は寄生獣に似ている。 すぐそばで起こってそうな感じ 次回作は染谷くんと東出昌大とか期待しかない。 2人とも宇宙人っぽいもんね
散歩する侵略者
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