Netflixで作品を観ていて、ちょっとした疑問が浮かんだことはありませんか? そんな疑問をその道のプロに聞く「先生おしえて!」。
今回は『ベイビー・ドライバー』などのカーアクション作品や、F1のドキュメンタリー「Formula 1: 栄光のグランプリ」を観ていて気になった疑問について聞いてみました。(ネトフリ編集部)
脇阪寿一
現在監督を務めている国内最高峰カテゴリーであるSUPER GTでは、選手として02年にシリーズチャンピオンを獲得し、06年・09年ドライバー&チームのダブルタイトルを獲得。更に2019年には監督としてもシリーズタイトルを獲得し、Mr.GTの異名を持つトップレーシングドライバー。
(Twitterアカウント: @JuichiWakisaka)
Q1. ドリフトって本当に速いんですか?
「ドリフトって本当に速いの?」
映画やドラマのカーチェイスでよく見るドリフト走行。でもF1のレースでは誰もそんな走り方はしていません。実際どうなの?日本を代表するレーシングドライバー脇阪寿一さん @JuichiWakisaka に教えてもらいました。 pic.twitter.com/dKvPlUZqvS— Netflix Japan | ネットフリックス (@NetflixJP) March 10, 2022
−−映画やドラマのカーチェイスシーンでは、車がドリフトしている場面がよく出てきます。でも、F1のドキュメンタリー作品「Formula 1: 栄光のグランプリ」を観ていると、実際のレースでは誰もドリフトしていません。ドリフトって本当に速いのでしょうか?
車の後輪をスライドさせながらコーナーを曲がるドリフトは、派手で見栄えがするので映画やドラマのカーチェイスでよく使われるテクニックですよね。でも、実はドリフトって遅いんです。車というのは、エンジンの出力をタイヤが地面に伝え、いかに効率よく前に進められるかが重要なんです。横滑りしてしまったら、その分のエネルギーがロスするので、遅くなってしまいます。実際にレース中に車を横滑りさせながらコーナーに入ったら、多分2〜3台に抜かれると思いますよ。
−−なるほど。ではF1の走り方が正解なんですね。
WRC(世界ラリー選手権)という、土の上や雪の上を横滑りさせながら走る競技があるのですが、このラリーですら世界一を争う選手たちは、近年縦のグリップを使って走ります。ドリフトしているように見えますが、あくまで結果的に横滑りしているだけで、走り方としては車をまっすぐ走らせてブレーキをかけ、しっかりとタイヤのグリップを発生させながらコーナーに入っています。昔のラリー王者たちはドリフトさせながらいかにロスなく走るかを考えていましたが、そうした走り方をしていたチャンピオンたちはどんどん引退に追い込まれました。今はラリーですらグリップ走行ですので、ドリフトは遅いです。
−−となると、やはり脇阪さんもドリフトはしないのでしょうか?
イベント出演の際など、限られたスペースで車を表現する時はドリフトを使います。やっぱ派手に見えますし、お客さんが喜んでくれますから。そうした場所で車を縦グリップで走らせても、速くても迫力がないんですよ。だから僕もしょうがなくサイドブレーキを引いて、土屋圭一(※ドリフトキングと呼ばれる有名プロドライバー)になりきるわけです。
−−(笑)。演出だったんですね
そうです。映画やドラマの世界でも、基本的には演出として使われているんだと思います。カーチェイスで逃げる車たちがグリップ走行していたら迫力がないですからね。
ただ、今回観させてもらった『ベイビー・ドライバー』冒頭の運転はちょっと違いますね。クルマが曲がりづらい四輪駆動車のウィークポイントをサイドブレーキを多用して車体の向きを変え、後に四輪駆動車の特性をフル活用してトラクション(エンジンパワーを地面に伝える牽引力)を稼いでいる。さらに彼は冷静に状況を見極めて運転している。これは速いですし、彼が実在したならWRCでも通用すると思います。駐車場で乗り換えた後の車は四輪駆動車ではなくFR(後輪駆動車)なのですが、彼がFRでどんな走りを見せるのかも観てみたいですね。
1回のレースで体重4kg減。過酷すぎる勝負
−−ドリフトが遅いのは分かったのですが、グリップ走行だと基本的にコーナーに入る前の減速とその後の加速くらいしかやることがなくて、おもしろみがないような気がするのですが……。
ちょっと失礼なこと言ってくれてますね、それ(笑)。「ブレーキ踏んでハンドル切ってアクセル踏んだら終わりやん」ってことですよね?
そもそも我々ドライバーが何をしているかというと、300キロで走る車内の過酷な状況下で感性を研ぎ澄まし、変わりゆく車のフィーリングに対応、ピットクルーと無線を使って戦略を考えながら、ライバルや変わりゆく路面状況と戦い車をゴールに導いているんです。
例えば、一言でブレーキと言っても、スーパーGTのブレーキは、踏むのに片足で80kgくらい力が必要なんです。1つのサーキットに17個くらいコーナーがあって、毎回80kgですよ。しかも自分の体重の3倍くらいのGが身体に負担をかけ、心拍数も200くらいまで上がり、それを1時間とか1時間半走り続けます。ドリフトをすればタイヤが滑り、横Gを軽くすることにより身体への負担は減りますが、、グリップ走行だとダイレクトに負担が来ます。見た目は地味でも、グリップ走行は本当に大変なんですよ。
−−失礼しました(笑)。モータースポーツのレースは壮絶で、まさにスポーツなんですね。「Formula 1: 栄光のグランプリ」の中でF1ドライバーが肉体的なトレーニングを繰り返している理由がわかった気がします。
僕は20年間近く、ゴルファーやボクサー、サッカー選手、野球選手などのアスリートと一緒に1月はグアム、2月は沖縄で自主トレをしています。その時にあるプロゴルファーに「寿一さん、めちゃくちゃ体力ありますね、なんでそんなにトレーニングする必要があるんですか?だって、荷物運ぶにしても、歩くにしても、車の方が楽じゃないですか?楽な乗り物で競技をするのに・・・どうして?」って言われたことがあるんですよ。
わかってないですね!!我々レーシングドライバーはレース前とレース後で体重3〜4kgくらい変わるんですよ。コーナー中、車の姿勢が乱れ瞬時にハンドルで姿勢を修正する時はパワーリフティングで使うような速筋を使いますし、持久的な遅筋も必要です。24時間のレースの様に、長く走るレースではフルマラソンを走るような持久力が求められるわけです。
さらにレーシングドライバーは体重を絞らないといけません。もし僕より10kg軽い自分がいたら、絶対に軽い自分には勝てない。体重を含めた車の重量はスピードに直結します。だから我々は減量して身体を研ぎ澄ましながらも、できるだけ体力をつけて、競技に挑むんです。大変でしょ!?
−−今日の取材でプロドライバーの凄さがよくわかりました。ちなみに最後にお聞きしたいのですが、レース中の水分補給ってどうしているのでしょうか?
ヘルメットにホースがついていて、ボタンを押すと口元から水が出てくるんですよ。でも、車が揺れまくるので、モーターが壊れて止まらなくなることが多々あるんです。ちょっと前までは、びしょびしょになりながら走って、レース終盤の本当に水分補給したい頃にはもう水がなくなっている、ということもよくありました(笑)。
Q2. F1ドライバーはレースゲームが好き?
「F1ドライバーはゲームで練習してる?」
人気のF1ドキュメンタリー #Formula1栄光のグランプリ では、ドライバーたちがレースゲームをしているような場面がたびたび出てきます。日本を代表するレーシングドライバー脇阪寿一さん @JuichiWakisaka に一体どういうことなのかを教えてもらいました。 pic.twitter.com/4vo39by7LK— Netflix Japan | ネットフリックス (@NetflixJP) March 22, 2022
−−「Formula 1: 栄光のグランプリ」では、F1ドライバーがレースゲームをしているようなシーンが多々見られます。彼らはゲームを遊んでいるのでしょうか?
いや、レースゲームとシミュレーターを一緒にされると困ります(笑)。今のプロの世界では、ドライバーの練習なんてものはなくて、次のレースがバルセロナですと言われたら、シミュレーターで延々とバルセロナを走るんですよ。
−−そうなんですか!?
リアルな車を走らせるのにはお金もかかるし、目的地に行くための時間もかかりますよね。しかも、天気は自然まかせ。でも、今のレーシングシミュレーターってとてつもない技術で、天候から何から全て再現できるようになっているんですよ。
そもそも車の開発もシミュレーター上で行いますし、試したいパーツがあればそれもシミュレーター上で行います。そこで得た知見を組み込んで実車を作り、最後の最後にようやく現地で走ります。
F1チームが使っているシミュレーターは、莫大なお金をかけて独自のハードウェアとソフトを作っているものが多いと思いますが、プレイステーションで出ているドライビングシミュレーター「グランツーリスモ」で世界チャンピオンになって、そのままリアルのモータースポーツで活躍している選手も珍しくありません。
−−「グランツーリスモ」ってそんなレベルのシミュレーターだったんですね…!
他にもプロドライバーに人気のシミュレーターとして「iracing(アイレーシング)」があります。これは実名登録してオンラインで対戦できるのですが、僕はこの前ルーベンス・バリチェロ(元F1ドライバー)に会いました。彼は今ブラジルにいると思うんですけど、日本にいながら彼と勝負することもできました。今、シミュレーターってそこまで来ているんです。
−−お話を伺っていて、シミュレーターに興味が出てきました。
ハンドルにペダル、そしてシートが必要なので、導入するハードルは高いですが、レーシングシミュレーターがあればF1にもF3にも乗れますし、何よりぶつかってもタダですから(笑)。僕らはリアルのレースで接触やクラッシュを見ると、職業病として「あっ、7000万円かかるな」とか修理額が頭の中で浮かぶんですよ。でも最近はシュミレーターを活用する機会が増えているので、実際にサーキットでクラッシュが起こっても、もしリセットできるような感覚になってしまったら、これはマズイですね。
まあ、それはともかく、シミュレーターさえあれば、リアルではとても乗れないような車に乗れるので、ぜひ乗ってみてください。実車の動きがとても忠実に再現されていますよ。
「F1」は何が特別なのか?
−−ところで、モータースポーツにはスーパーGTやWRC(世界ラリー選手権)などたくさんのカテゴリがありますが、その中でもF1は特別な印象があります。F1は何がすごいのでしょうか?
モータースポーツってどうしてもお金と切り離せないスポーツなのですが、そのお金が一番集まるのがF1なんですね。世界中のあらゆる国で頂点だと思われてるレースは異なるのですが、F1が一番華やかで人とお金が集まるレースだというのは間違いないでしょう。そこには自ずと競争原理が働き、優秀なエンジニア、優秀なドライバーが集まって熾烈な戦いが繰り広げられます。
−−F1の現役ドライバーはわずか20人しかいないため、椅子取りゲームと呼ばれることもあります。F1ドライバーにはどんな人がなれるのでしょうか?
大体のドライバーはF1を夢見るので、あのポジションにたどり着くのは至難の業です。しかし、チャンピオンになるのはともかく、F1ドライバーになるだけならば、そこそこ車の運転が上手くてスポンサーマネーさえ持っていればシートを買うことができるのも事実です。業界はお金が欲しいので、それを目的にライセンスが発給されるんですよ。
−−そうなんですね。
「金持ちじゃないとF1ドライバーになれない」というイメージを持っている人もいるかもしれませんが、それはそこから来ています。そういう意味では、F1ドライバーのすごさの一つは、お金を集め、たくさんの人に応援される魅力にあると言えるでしょう。とはいえ、最近は少額のスポンサーを沢山集めてF1にたどり着く人はほぼ居ません。。日本人の感覚ではわからないかもしれないけど、世界中には途轍もないお金持ちがいて、その“パパ”が息子のためにF1チームを買収したりするんですよ。
その一方で、スピードを追求してたくさんの人に支えられてあそこに立っているドライバーもいるので、ありとあらゆる境遇の猛者が集まって世界一を争っているモータースポーツ=F1といえます。何千億円、何兆円というお金が動くわけですから、ドライバーにはたくさんの人間を魅了する能力が求められます。
−−最後に車についても伺いたいのですが、F1のフォーミュラカーと、スーパーGTなどのレーシングカーでは、運転の仕方などに違いはあるのでしょうか?
いや、実は一緒なんですよ。視界から来る情報を処理しながら、ハンドルで左と右を動かして、アクセルとブレーキでスピードをコントロールする。それはフォーミュラだろうが、GTだろうが、一般車だろうが、何も変わりません。僕は全盛期の頃、フォーミュラ日本とスーパーGT、スーパー耐久という3カテゴリーのドライバーとして活躍していましたが、感性を研ぎ澄ませながら乗れば、全く一緒です。
転載元:Netflix note