【ネタバレ】映画『NOPE/ノープ』聖書の引用が意味するものとは?“動く馬”に隠されたメッセージとは?徹底考察

ヒットガールに蹴られたい

竹島ルイ

ジョーダン・ピール監督最新作『NOPE/ノープ』をネタバレありで徹底解説!

今やハリウッドで最も期待されるフィルムメーカーとなった、ジョーダン・ピール監督。その最新作が、『ゲット・アウト』の主演俳優ダニエル・カルーヤと再びタッグを組んだ『NOPE/ノープ』(2022) だ。

ポスターに刻まれた、「最悪の奇跡」とは一体何を指すのか?という訳で、今回は『NOPE/ノープ』をネタバレ解説していきましょう。

映画『NOPE/ノープ』あらすじ

カリフォルニア、ロサンゼルスに近い小さな牧場。父親からこの牧場を受け継いだOJ・ヘイウッド(ダニエル・カルーヤ)は、ある日謎の飛行物体を目撃する。それは想像を絶する事件の幕開けだった。

※以下、映画『NOPE/ノープ』のネタバレを含みます。

本格ホラーから、スペクタクルなSFスリラーへ

監督デビュー作『ゲット・アウト』、続く第2作『アス』が世界興収2億5000万ドルを超える大ヒットを記録し、一躍人気監督となったジョーダン・ピール。この才能をハリウッドが放っておくはずもなく、ユニバーサル・ピクチャーズは彼が率いる製作会社モンキーポー・プロダクションズとファーストルック契約(優先交渉権)を交わしている。

まだ長編映画2本しか実績のない彼にとって、この契約は破格と言っていい待遇。それだけに大きな重圧がのしかかったことは容易に想像できるが、意外にもジョーダン・ピールはさほどプレッジャーを感じていないご様子。実際彼は、「観客と批評家の両方から非常に高い評価を得ていますが、プレッシャーは感じますか?」という質問に対し、こんなコメントを述べている。

プレッシャーはあるけど、以前ジェイ・Zに言われたことを思い出すようにしているんだ。(中略)彼は、「君がやったことは凄いことだよ」と祝福してくれたんだけど、私は「もうこれ以上いい作品が作れないとしたら?」と聞いてみた。そうしたら、彼は「そんなことは、どうだっていいことさ」と言ったんだ。“doesn’t even matter ”だってね。だから私は、もう過度なプレッシャーを感じていないんだ。

ジョーダン・ピールが『NOPE/ノープ』のシナリオに着手したのは、世界がコロナ・ウイルスの恐怖に直面していた時期だった。映画館は軒並み休館に追い込まれ、未来は絶望に閉ざされていた。こんな時だからこそ、Netflixのような配信ではなく、劇場に足を運ぶような映画を撮りたい。彼には、明確に作品のヴィジョンが見えていた。

映画の未来について少し心配していた時に書いたんだ。だから最初に分かっていたことは、スペクタクルを作りたかったということ。観客が観に来なければならないものを作りたかったんだよ。

ホラー映画のヒットメイカーとして認知されたジョーダン・ピールは、ジェイ・Zの「(どんな映画を撮ろうと)どうでもいいことさ」という言葉と、コロナ禍によって湧き上がったスペクタクルへの渇望によって、これまでの作風とは趣を異にする「SFスリラー大作」へと舵を切ったのだ。

『ゲット・アウト』ではトビー・オリヴァー、『アス』ではマイク・ジオラキスと、どちらかといえば密室劇に実力を発揮する撮影監督を用いてきたジョーダン・ピールだが、本作ではホイテ・ヴァン・ホイテマを招聘。『インターステラー』(2014年)、『007 スペクター』(2015年)、『TENET テネット』(2020年)など、スケールの大きいハリウッド超大作で実績を積んできた彼は、IMAXカメラを縦横無尽に使い、圧倒的な画力で観る者をねじ伏せる。

 

かくして完成したのは、まさかのUFO映画(実際には空飛ぶ円盤ではなく、巨大な人食い生物ですが)!「過去2作が本格ホラーである」というフリが大きなミスリードとして機能し、多くの観客の度肝を抜くことになったのである。

ちなみに『NOPE/ノープ』というタイトルは、観客が驚いたり怖がったりする時に思わず「NOPE(あり得ない!)」と口をついて出てしまう反応から選んだのだとか。一部のファンは「Not of Planet Earth(地球以外の生命体)の略語である」という説を唱えているそうだが、『ゲット・アウト』で「脱出する」と「取り出す(それが何を示すのかはネタバレになってしまうので伏せます)」の二重の意味を持たせていたジョーダン・ピールならば、あり得る話かも。

映画の歴史から浮かび上がる、アメリカの闇

多くの観客を映画館に足を運ばせる、スペクタクル映画。それは、“見せ物”としての映画の起源に回帰することと同義だ。一般的に世界で初めての映画は、労働者たちが工場から出てくる様子を捉えた『工場の出口』(1895年)とされている。

だが本作『NOPE/ノープ』において、OJの妹エメラルド(キキ・パーマー)は、1877年にエドワード・マイブリッジが撮影した『動く馬』こそが映画の起源であり、騎乗している人物は自分の曾々々祖父だと語る。つまり映画というメディアの歴史の幕を開けたのは、白人ではなく黒人なのだと主張しているのだ。

『ゲット・アウト』では人種差別、『アス』では階級差別と、社会問題に警鐘を鳴らし続けてきたジョーダン・ピールにとって、「白人による黒人の歴史の簒奪」は避けては通れないテーマなのだろう。

『NOPE/ノープ』の世界の一部は、現実のハリウッドと私の悪夢の中で繰り広げられるハリウッドとが交錯している。現実のハリウッドでは、著名な馬の調教師のうち、私が代表するようなアフリカ系アメリカ人はいない。ヘイウッド家とは、創り上げられた家族であり概念と言える。ハリウッドのフィクションと現実を織り交ぜながら、何が現実で、何が現実でないかをシームレスに表現するのは、とても楽しいことだったよ。

さらにジョーダン・ピールは映画のなかで、シドニー・ポワチエが監督・主演した西部劇『ブラック・ライダー』(1972年)のポスターを意味深に映し出す。

シドニー・ポワチエといえば、黒人俳優として初めてアカデミー主演男優賞を受賞した名優。代表作の『招かれざる客』(1967年)は、白人と黒人との結婚を通して無自覚な差別を暴く社会派の傑作であり、『ブラック・ライダー』もまた、南部からやって来た黒人カウボーイが白人の偏見と戦う物語。

NOPE/ノープ』でも、テレビ撮影の現場に馬の調教師としてやってきたOJが、白人スタッフからひどい扱いを受けるシーンがあった。人種差別問題は過ぎ去った過去の汚点ではなく、現在でも脈々と続いている現実。ジョーダン・ピールは、「支配者層=白人 被支配者層=黒人」という構図を、映画の歴史、ひいては西部劇の歴史を参照することで、アメリカの闇として浮かび上がらせる。

支配。まさにこのキーワードこそ、『NOPE/ノープ』全編を貫く通奏低音だ。

“支配”と“共存”

「わたしはあなたに汚物をかけ、あなたを辱め、あなたを見せ物にする」

映画『NOPE/ノープ』は、旧約聖書のナホム書第3章6節からの引用で始まる。人間の皮を全て剥いだり、串刺しにしたり、残酷極まりない行為を働いていたアッシリア帝国に対して神が鉄槌を下す、というのがナホム書の大まかなあらすじ。つまり、「力の行使によって支配を行う者は、逆に滅ぼされる」という警句となっているのだ。

ジョーダン・ピールは本作に影響を与えた作品として、『キング・コング』(1933年)、『オズの魔法使』(1939年)、『未知との遭遇』(1977年)、『ジュラシック・パーク』(1993年)、『サイン』(2002年)の名前を挙げている。特に『キング・コング』と『ジュラシック・パーク』は、「人類が他の生物を支配しようとするも、失敗に終わる」物語だ。

本作で“支配”の象徴として登場するのは、西部開拓時代を模したテーマパークを経営するジュープ(スティーヴン・ユァン)。彼は子役時代に、チンパンジーのゴーディとアメリカ人一家の交流を描いた『ゴーディ 家に帰る』というシットコムに出演していた。

しかし突然飼い慣らされたはずのゴーディが暴れ出し、出演者を襲うという惨劇に遭遇。ジュープはゴーディに目を合わせない(垂直に立った靴に視線を合わせていた)ことで九死に一生を得るが、その出来事が逆に「自分も支配者に成り得るのだ」という間違った自信を彼に植え付けてしまう。

生きた馬を餌として提供することで、ジーン・ジャケット(UFO)を飼い慣らし、それをテーマパークの“見せ物”にしようと目論むジュープ。だが彼は上空を見上げることで相手と目を合わせてしまい、集まった観客もろとも捕食される。ナホム書の警句通り、「力の行使によって支配を行う者が、逆に滅ぼされる」という結果になってしまったのだ。

それまでは雲の中に慎ましく身を隠していたジーン・ジャケットは一気に凶暴化し、人々を見境なく襲う「支配する者」へと覚醒する。そんな巨大未確認飛行物体に戦いを挑むのが、我らがOJである。

ジュープが“支配”の象徴とするなら、OJは“共存”の象徴と言えるだろう。優れた調教師である彼は、主人面をして動物を飼いならすのではなく、むしろ畏敬の念さえ抱いている(だから彼は無闇に馬と目を合わせない)。映画のクライマックス、彼はまるで『ブラック・ライダー』のシドニー・ポワチエのごとく馬に跨り、ジーン・ジャケットを相手に「支配するか、支配されるか」の戦いを挑む。それは、映画の起源『動く馬』へのオマージュであり、「支配者層=白人 被支配者層=黒人」という歴史の暗喩でもある。

ジョーダン・ピールはこの作品で、映画史とアメリカ史を反復しているのだ。

脱“ネタバレ解説”映画へ

筆者は『インターステラー』だとか、『メッセージ』だとか、『ミッドサマー』だとか、それなりの数のネタバレ記事をフィルマガに寄稿してまいりました(俺頑張った!)。その中でも特に、ジョーダン・ピール作品は非常に“解説向き”といえる。詳しくは拙稿「映画『アス』に隠されたテーマとは?タイトルの意味、謎のナンバー“1111”が示すものとは?【ネタバレ解説】」をご一読いただければと思うのだが、とにかくこの人の作品には隠喩・暗喩が多いし、過去の名作映画からの引用も多い。非常に解説のしがいがある作家なのである。

もちろんこれまで述べてきたように、『NOPE/ノープ』もまた隠喩・暗喩に溢れ、過去の映画からの引用も存在するのだが、個人的にはその濃度がこれまでに比べて圧倒的に薄くなっている、と考えている。

NOPE/ノープ』に関するレビューで、「隠喩が意味するところが非常にわかりにくく、これまでの作品の中で最も難解な映画になっている」、「これまでで最も評価しにくい映画になっている」というような論調も見受けられた。だが、本当にそうなのだろうか。それは隠喩なのではなく、単なる記号にしか過ぎないのでないか。

「チンパンジーが暴れ回っているとき、なぜ靴は垂直に立っていたのか?」

「OJの父親の頭蓋骨を砕いたのは、なぜ5セント硬貨だったのか?」

「ジーン・ジャケットとの最終対決を前に、なぜダフト・パンクみたいな格好をした記者が現れたのか?」

…etc.

おそらく、そこには直接的な意味はない。それは単なる偶然…最悪の奇跡であったに過ぎない。不穏なものにあえて意味性を付与せず、ただ不穏なものとして描くこと。高度な読みを許容する“ネタバレ解説”向け映画を撮ってきたジョーダン・ピールは、この作品で脱“ネタバレ解説”映画を目指したのではないか。より純粋に映画的であろうとしたのではないか。

間違いなく『NOPE/ノープ』は、彼がネクスト・ステージに移行したことを高らかに宣言する一作である。

※2022年9月3日時点の情報です。

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