三船敏郎。その生きざまは、「本人ですら予測不能な波乱に満ちた人生を、あたかも運命の路の如く歩んでいった」と映画『MIFUNE: THE LAST SAMURAI』の冒頭で語られる。
昭和の激動の時代を生き抜いた三船は、唯一無二の存在感と武骨さで、スクリーンではったりのない輝きをみせ、日本映画界の至宝となった。あまりにも有名な黒澤明監督とのタッグは、1948年の『酔いどれ天使』以降、1965年の『赤ひげ』まで、実に多くの作品を共に過ごし、『七人の侍』、『用心棒』、『羅生門』などの代表作を世に放った。そんな三船の存在に魅せられた人物のひとりが、本作のメガホンを取った、アメリカ出身日系3世のスティーヴン・オカザキ監督だ。
三船が何を考え、思い、これまで歩んできたのか。オカザキ監督は、いわゆる黄金期にスポットを当ててすくいとる描写ではなく、三船の出生から生涯を閉じるまでを丹念にたどり、日本の歴史と照らし合わせた。実の息子である三船史郎、三船と幾度も共演した香川京子、そして熱烈なファンでもあるマーティン・スコセッシなど、彼を慕う関係者からの愛あふれる言葉とともに収めた。
ゆえに、同作は三船ファンに向けたものでありながら、三船という名優をじっくり知ることができる入門編としても堪能できる。作品のトーンに合う落ち着いたナレーションで、三船への敬意をにじませたAKIRAと、プロモーションのために来日したオカザキ監督に、作品に込めた想いを聞けば、共通するもの作りへの高い意識が明らかになった。
――京都国際映画祭2016でジャパンプレミアが行われて以来、公開が待ち望まれていました。世界の各地ですでに上映されていますが、感想は監督のもとに届いていますか?
監督:『MIFUNE: THE LAST SAMURAI』を上映して実感したことは、世界中に多くのMIFUNEファンがいるということです。特に1960~1970年代では世界でも公開されていましたし、1980~1990年代では『七人の侍』や『用心棒』をはじめ、大学などいろいろな場所で、MIFUNE映画は上映されていたんです。いま、このドキュメンタリー作品が20年越しに出てくることによって、MIFUNE映画を「懐かしいな」と思う年配の方も、たくさんいるような印象を受けました。その人たちが、自分たちの生きていた時代に照らし合わせるようなことをしていた気がしたんです。また、親子で観に来てくれたり、おじいちゃんが孫を連れて来るようなこともあったので、どんどん継承されていくといいなと思っています。
――継承は作品のテーマでもありますよね。AKIRAさんは、どのように作品を楽しまれましたか?
AKIRA:『MIFUNE: THE LAST SAMURAI』はこれまで三船敏郎さんを愛してきたファンの方々もそうですし、これから知る僕らより下の世代の方々にも、とてもわかりやすく、欠かせないターニングポイントが描かれていると思います。映画に出てくる描写は三船敏郎さんの半生の一部だと思うので、『MIFUNE: THE LAST SAMURAI』を観ることによって、もっともっと深く知りたいという気持ちになりました。僕自身も、「三船敏郎さんは、そんな一面があったんだ」とか、「この撮影のときには、こうした裏話があったのか」と改めてわかったことも、たくさんありました。リアルにその時代に生きてきた方々の言葉で聞けるので、語り継がれていくものになっていってほしいと思います。今の10~20代の方が、三船敏郎さんを知ったときに『MIFUNE: THE LAST SAMURAI』を次の世代に語ってもらえるような映画だとも思っています。
――映画の冒頭では、サイレント時代の日本映画の歴史から始まり、三船さんの紹介やフィルモグラフィーに入っていくような流れが印象的でした。構成の鍵は何だったのでしょうか?
監督:『MIFUNE: THE LAST SAMURAI』を作るにあたって、ただ有名なスーパースターの映画を作りたい、ということは一切思わなかったんです。それに、MIFUNEの映画について説明をしたり、映画をフィーチャーするものにもしたいと思わなかった。MIFUNEは戦前、戦中、戦後と生きてきたので、戦争というトピックは外せないと思いました。MIFUNEのキャリアは、敗戦後の日本が成長していくときに、偶然の重なりで俳優になっていくことでスタートします。日本が復興して輝かしい黄金期を迎えると同時に、MIFUNEのキャリアもどんどんスター街道を上がっていった。そして、MIFUNEのキャリアが困難な道にいくにつれて、時代背景として映画業界というもの自体も、テレビの影響や技術の発展によって落ちていったんです。MIFUNEと日本の社会や時代は、すごくリンクしているものだと思いました。
――例えば、黒澤監督は三船さんにだけは演技指導をしなかったことなど、「へえ」と思うことも非常に多かったです。おふたりは、本作で初めて知った三船さんの発見はありましたか?
監督:映画を作っていく中で、いろいろと新しい発見がありましたし、非常に新鮮な気持ちで制作に入りました。MIFUNEの映画は過去にも知っていましたが、彼が幼少期を中国で過ごしていたことや、彼が戦争へ行ったことなどは、僕はあまり詳しくは知らなかったです。後に、戦争経験や異国で生まれた経験が、MIFUNEという人間を作り上げたんだな、と思いました。僕にとっての発見でしたね。
AKIRA:撮影の手法なども知ることがたくさんありましたが、特に本作では、黒澤明監督と三船敏郎さんのふたりをしっかりと描いているじゃないですか。おふたりは、今の僕らの世代から見ると、輝かしい栄光時代や最強タッグのイメージが先立ってしまうのですが、『MIFUNE: THE LAST SAMURAI』を観て、(マーティン・)スコセッシ監督が言っていた「人は成長するし変わる。特に共同作業では、お互いを消耗し合い、敬意と愛情以外残らなくなることがある」という視点からの話を聞いたとき、ふたりの中での時代を切り開く存在として輝かしい栄光時代の反面、ものすごく地獄とも思える苦難な時代もあり、波乱万丈な人生なんだなということを、このドキュメンタリーの中で? ?りました。最後に黒澤明監督が「三船くん、ありがとう」と淡白な言葉でお葬式のときに語っているのも、ものすごく印象的でした。ふたりの今まで知らない関係値を知ることができたのが、一番貴重だったかもしれません。
――今AKIRAさんがお話された黒澤監督と三船さんのような、監督と俳優の名タッグというものは、オカザキ監督の目にはどのように映りましたか?
監督:最初のほうではMIFUNEとKUROSAWAが一緒にパーティで楽しんでいたり、家族ぐるみで浜辺で遊んでいる様子の写真もたくさん出てきて、MIFUNEも一杯飲んでいて楽しそうな雰囲気の写真がありました。少し時間がたつと、ドキュメンタリーを作っていても、そうした写真が減っているような印象を受けました。ふたりは、少しずつ違う路に進んでいく運命だったのかな、と思いました。当時のMIFUNE、KUROSAWAは黄金コンビで、周りもすごく評価していましたが、KUROSAWAがいないとMIFUNEも立たないし、MIFUNEもKUROSAWAがいないとよさが出ない、という評価を受けていた時代もあったと思います。
――AKIRAさんは表現者ですが、そうした理想的な関係性と言える相手は存在しますか?
AKIRA:もちろんです。今のEXILEというグループでも、仲間と日々刺激合い、向き合い、互いに成長をかさね、今がありそれぞれの未来もあると思います。形あるものに永遠はないので、解散や卒業という言い方にはなるかもしれないですけど、その先には絶対に愛情と敬意がありますし、持っておきたいと思います。そういった近しいことは、常日頃思っていますね。
監督:AKIRAさんはEXILEというグループにいて、いろいろな関係を持って、仲間や友人関係があるでしょうけど、昔のKUROSAWA組もそういう雰囲気があったのではないでしょうか。例えば、SHIMURA(志村喬)やほかの俳優さんも、ひとつの目標に向かって映画を作っていくような時代だったから、本当に特別な時代を生き抜いた人たちだと、僕はこのドキュメンタリーを作って思いました。特に、その時代について話しているときに、インタビューしている人たちから、「昔はいい時代だったな」とノスタルジーを感じるような印象を受けましたし。
――オリジナルのナレーションはキアヌ・リーヴス、日本版ではAKIRAさんが務めています。オファーの経緯やAKIRAさんの声の魅力について、教えてください。
監督:今回のナレーションに関しては、独裁的な、主張が強いような声は望んでいなかったんです。重みがあり、敬意があるような声を持つ方がいいと希望を出したところ、プロデューサー側から「EXILEのAKIRAさんはどうだろうか?」という提案を受けました。僕は「ぜひ、お願いしましょう」とすぐ賛成したんです。アメリカ版のキアヌにも、AKIRAさんと共通するところがあります。重みや敬意がありながら、自分がぐいぐい前に出るようなナレーションではないんです。素晴らしいと思いました。僕も信頼していますし、映画に携わっている人間が「映画を向上してくれるようなナレーションだったよ」と言っていて、全員が満足しているんです。
――絶賛ですね。AKIRAさんはオファーを受けていかがでしたか?
AKIRA:本当に、ありがとうございます。一番最初にオファーを受けたときは、まさか三船敏郎さんのお仕事に自分が携わるなんて思ってもみなかったので、光栄中の光栄でした。ありがたい想いがありながらも……、その直後、一気に身が引き締まり、重圧を感じたと言いますか……。なぜなら、三船敏郎さんは日本だけではなく、世界のスターなので。戦後の日本の映画界を作り上げた人でもあり、映画人・俳優を超えて、戦後の日本を象徴する男、という部分もあると思うんです。日本語のナレーションを務めることに、すごく責任感と使命感がありました。喜びは一瞬で、後から「どう伝えていこうか」と考えました。
――具体的に、どのように声を入れていかれたんですか?
AKIRA:最初に、もちろんキアヌさんのナレーションを聞かせていただきました。「さて、自分はどうする?」と思ったときに、一番最初に思い浮かんだワードが「三船敏郎さん=侍、日本男児」でした。ただ、侍のイメージと言うと、ものすごく力強くなりますよね。図太い感じにもなるし、強さが先行してしまうんですが、オカザキ監督の作品を落ち着いて観れば観るほど、三船敏郎さんのイメージがさらに湧いたんです。三船敏郎さんは、海のように広い心を持っているけど、ときには荒波のように荒れるところもある、けれども一番はものすごく優しくて、人への思いやりや気遣いができる方。それこそが侍だなと。優しさや日本の奥ゆかしい感じが、自分のナレーションから伝えられたらいいなと思い、試行錯誤しながら録らせていただきました。
あとは、オカザキ監督の映画のストーリーには、しっかりとカラーがあったので、僕はそこに身をゆだねて、乗ればいいだけ、という部分もありました。オカザキ監督の作品を信じて乗っかっただけ、とでも言うんでしょうか。
――監督、お隣ですごく興味深そうに「うん、うん」とずっと頷いていらっしゃいますね(笑)。
監督:うん(笑)。僕は日本のドキュメンタリーを結構観るんです。その中には、ナレーションに違和感を覚えるような作品もありました。ナレーションは非常に大事だと思っていたから、今回、正直に言えば少し心配なところはありました。ただ、ナレーションに制限をかけること自体よくないと思うので、俳優さんを信じて、俳優さんが見えた色通りにやってもらえれば、いい結果になるとも思っていたんです。だから、日本でAKIRAさんが上手にコミュニケーションを取りながら、自分と同じ意識でナレーション作業が進んでいるという報告を聞いたときには、すごく安心しました。そして、今、AKIRAさんのナレーションについての向き合い方や感想を聞いて、AKIRAさんは作品に敬意を持って、いろいろと考えながら真っすぐ向き合ってくれたんだな、と。「MIFUNEの存在を超えてAKIRAが目立つんだ!」というようなことは一切していませんし、AKIRAさんにやっていただいて光栄です。僕は大ファンになっちゃいました(笑)。
AKIRA:本当にありがとうございます(笑)!
――逆に、AKIRAさん側から監督へのお気持ちなどがあれば、お聞かせください。
AKIRA :一緒にお仕事をする上で、失礼のないように事前にリサーチをするんです。第一印象では、写真はちょっと怖い感じだったので……(笑)。
監督:はは(笑)。
AKIRA:ですが、こうしてお会いしたら、ものすごく優しい方で。今日一緒にいくつか取材をさせていただいた中で、監督がおっしゃっていた話なんですけど、以前、監督がある映画祭で三船敏郎さんご本人にお会いしたそうなんです。そこで、監督が「一緒に写真を撮ってくれ」と言ったら、三船敏郎さんはすごく気さくに撮ってくれた、と。その話を聞いていて、三船敏郎さんが生き抜いていた時代を、監督も生きていらっしゃるんだなと感じたんですね。そういう方が、『MIFUNE: THE LAST SAMURAI』を語るのはリアリティがありますし、僕自身も三船敏郎さんと同じ時代を生きていた方と一緒にお仕事をさせてもらえるのは、本当に光栄なことだし、学ぶことが多くて。次の世代や、さらに次の次の世代の後輩からしてみたら、本当に贅沢な時間だと思っています。今日一緒に取材をしたり、お話を伺えて、俳優としてたくさん蓄えるものがありました。とても感謝しています。
――本当に多くの世代の方がご覧になる作品だと思います。最後にAKIRAさんからメッセージをお願いします。
AKIRA:まず率直に、日本にこれだけの素晴らしい俳優がいたと『MIFUNE: THE LAST SAMURAI』を観て感じてほしいです。今はどちらかというと、日本人は謙遜をして控えめになって「世界の映画はすごいな」と言う方が多いと思うんです。けれど、むしろ世界が欲した俳優が日本にいたということを、この映画で知ってほしい。監督もおっしゃったように、日本の戦前、戦後を経験している俳優として、戦後の日本を象徴する、日本の時代背景とともに象徴として生き抜いた方ですので、その半生に触れることで、今の時代に欠けている大切なものやエネルギッシュな部分、日本人の本当の大切な武器でもあり美徳でもあり、「日本人はこうなんだ」と世界に対して強く言えるものを思い出してほしいというか、気づいてほしい、知ってほしいです。そして、三船敏郎さんと同じ時代を生き抜いてきた方々を心からリスペクトしてそのマインドを世につないでいきたい。僕ら世代は、日本男児の魂を忘れてはいけないと思っていますし、僕はそういう部分を強く感じさせてもらった映画『MIFUNE: THE LAST SAMURAI』でした。(インタビュー・文=赤山恭子/写真=林孝典)
映画『MIFUNE: THE LAST SAMURAI』は2018年5月12日(土)より、有楽町スバル座ほか全国順次公開。
(C)‟MIFUNE:THE LAST SAMURAI”Film Partners (C)TOHO CO.,LTD.
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