池松壮亮「勘弁してくれ」と態度に出した…松居大悟監督作『君が君で君だ』を届ける使命感【ロングインタビュー】

2018.07.06
映画

映画のインタビュー&取材漬けの日々是幸也

赤山恭子

人によって愛の形は異なる。……なんて生ぬるい言葉ではお話にならない、ぐつぐつと煮えたぎり煮詰まりすぎた情愛に迫った映画『君が君で君だ』を、気鋭の映像作家・松居大悟が、原作&脚本&監督を務め完成させた。好きな女の子(通称・姫)の“好きな人”になりきった男3人の、10年間彼女を見守ってきた騒動の顛末が描かれるのだが、それだけでは終わらない。3人の住まう汚く狭いオンボロアパートの一室には、姫のあらゆる写真がびっしりと貼られ、生活音を盗み聴き、見守り続ける様子など異様な光景が映し出されるが、差し込まれる過去、妄想、記憶の波が、独りよがりの愛を「聖域」に替えていく。

件の男3人は、それぞれ尾崎豊、ブラッド・ピット、坂本龍馬になりきる。“ブラピ”役の満島真之介の怪演、“龍馬”を演じた大倉孝二の振り回され具合も濃いが、桁違いのパワーをぶつけてきたのは、“尾崎”を演じた池松壮亮。松居監督とは2010年のラジオドラマ『相方のあり方』以来、舞台「リリオム」や人気ロックバンド・クリープハイプのMVなどで共作を重ねており、親交も信頼も厚い。

君が君で君だ

本作の撮影前には、ふたりの間で何度も話し合いの場が持たれ、撮影中には「周りもヒヤヒヤするぐらい、『勘弁してくれ』と態度に出しちゃった」と池松が表現するほど、相当ハードな時間があったという。決して「スマートな闘いではない」、だからこそ胸に刺さる作品へと相成った、ふたりの共有した果てしなく長い時間について聞いた。

――これまで何度もタッグを組んでいるおふたりですが、松居監督が長編映画の主演に池松さんを迎えるのは初めてですよね。「この作品だからこそ、池松さん」という思いがあったのでしょうか?

松居監督 自分発信のオリジナル企画というものが初めてだったのと、「愛」というものを自分なりに描こうと思ったときに、池松くんと2012年に一緒にやった舞台「リリオム」も「愛」についての話だったので、更新しなければいけないなと思いました。自分の中で、池松くんは俳優部というよりも、一緒に作る戦友みたいな人なので、「一緒にこのテーマに立ち向かいたい、闘いたい」というような感じがあったんです。

君が君で君だ

――脚本を読んで、すぐにつかみきれるような内容ではない印象を受けました。実際、池松さんが最初に読んだときの感想はいかがでしたか?

池松 ずーっと松居監督を見てきた身からすると、おそらく初めて松居さんの脚本に触れる人よりもわかりやすい驚きはないけれども、今まで松居さんが切り取ってきた2時間の中で、一番ディープなものに向かおうとしていると感じました。自分の奥底にあるものを掘り下げていく、外ではなくむしろ内側に向かっていくような作品になるだろう、とは思いました。

君が君で君だ

――掘り下げるものを表現するのが池松さんの役割であり、演出するのが松居監督の務めであると思います。実際、撮影をされての苦労は多かったのでしょうか?

松居監督 現場に入ったら、逆にあまり話さなかったんですよ。というのも、撮影に入る前に、リハーサルを結構やらせてもらいましたし、もっと言えば、リハーサル以外にも、脚本について、カメラマンと演出部とみんなで集まって一晩中話し合ったんです。

――一晩中?

松居監督 はい。正確には、一晩中×3回くらいあったかな。1行ずつ、「なぜこの台詞を書いたの?」「このト書きはどういうふうに必要なの?」と、みんなで同じ方向を見合う作業をしていたんです。そこには池松くんもいて、朝までずっと一緒にやってくれて。

君が君で君だ

――だから、撮影に入る段階では、気持ちの上で共有がきちんとなされていた感じで臨めたんですね?

松居監督 と、僕は思うんです。現場に入ると、「ちゃんと演出しなければ」とか「ちゃんと演じなければ」とかは、あまり存在してなかったような気はするんです。魂がひとつになったような気がする、と言いますか。

君が君で君だ

――ちなみに、毎回そうした場は設けられるんですか?

松居監督 いえ、今回が初めてです。最初にやったのは……たぶん読み合わせをした日なんですけど、その夜に「飯、食おう」と言って。「きっと脚本の話もするだろうな」と思っていたら、食い終わったら、「じゃあ話そっか。ちょっと松居さん家行かない?」って池松くんが言ってきて。

池松 (笑)。

松居監督 「わかった、わかった。じゃあ、俺ん家行こう」と言って、みんなで俺ん家に行って。全体的な感想を投げて、「ああ、なるほど」となる流れだと思っていたら、池松くんが「じゃあ、シーン1の1行目からいくね」って、いきなりぶつかってきたんですよ(笑)。1~2時間の話し合いの気持ちで行ったら、8時間ぐらいの会になって(笑)。

池松 松居さんが感覚的なものを映画で提示しようとすることは、毎度そうなので知っているんです。今回、外ではなく自分の内側に向かった方向で、作品を発表する中で、何か……僕が勝手にいつも以上の作業が必要だと思ったというか。ロジックというか、きちんと論理立てて、それをあえて破滅させていったりしないと。……ただ支離滅裂みたいになることは嫌だったので。いえ、支離滅裂にはならないんですけど。

君が君で君だ

松居監督 でも、うれしかったですね。どういうものを「このシーン」や「このト書き」で伝えようとしているのかを確認し合う作業って、やらないほうが楽なんですよ。そのほうが簡単に作品はできるし、言うほうも絶対にエネルギーがいるし、聞くほうも同じで。どっちかが言わない、どっちかが聞かないとなったら、この会って成立していないんですよね。僕も感覚で書いていたし、それを説明する言葉を持っていなかったから、そういうふうに時間を過ごすことによって、自分にとっても言語化できて確認できたこともすごくあったんです。無駄なんてないな、と。

――非常にクリエイティブな時間、という印象を受けました。

松居監督 そうそうそう。だから、きっとこれって「初めまして」、「お願いします」だったら、こんなことできない。事務所もぶっ飛ばしてこんなことできないし。

池松 「家、行っていいですか?」とか言うの、嫌な俳優ですよ(笑)。

君が君で君だ

松居監督 池松くんて、「俳優だ」という意識がないなと、一緒にやるときに思うんです。会のときも「だったら、自分のこの台詞は切っていいから」みたいに言うし。作品を作る上での仲間だし、その中で主役として参加するというだけで、その映画にとって一番いいことを考える表現者だと思っています。

――その中でも、特にお話し合いが膨らむ、もしくは揉まれた場面はあるのでしょうか?

松居監督 苦しかったのは、尾崎が宗太(高杉真宙)に対して、とある場面で「私はずっと見てきましたよ」と激高するところでした。尾崎は(元の)自分を捨てているからこそ、神のような領域にいっていると僕は思っていたので、感情をあらわにすべきか否か、あそこだけはすごい迷ったというか……。殺伐としたっすね(笑)。

――実際、池松さんの演技をご覧になって、松居監督の中での変化が生まれたということですか?

松居監督 そう、そうです。僕、その演技を見たときに、そういうつもりで書いていたんだけど「もっと欲しい」みたいになって。もっと人間を出すというか、宗太に対する怒りでも、自分への悔しさでも、わからないんだけれども、出してほしくて。何て言ったっけな、あのとき?

池松 何て言いましたっけ(笑)。

松居監督 池松くんがバッと全部出したあとに、「もう1回」と言ったんですね。「全部なくなった後に、さらに出してほしい」みたいなことを言ったんですよ。

――オーダーを受けた池松さんは、すぐに切り替えられるような感じなんですか?

君が君で君だ

池松 いやー、絶対にないんですよ。ああいうシーンは、塗り固めてできるものでもないので。すべての計算が狂うようなことを2回ぐらいやった後に、松居さんが突然言ってきたんですよ。

松居監督 (笑)。

池松:まず、あそこに向かうことに、あのアウトプットまでに向かうところで、カメラが回っていないところですごくエネルギーを使うんですね。そうなったときに、そのアウトプットを突然パッとシフトチェンジすることって、まあ、体力と精神力がいるんで。つまり……、こんなことを言って届くかはわからないけど、突然、信じていた神様を入れ替えられる、みたいなことで。あまりにも信じているもの、「ここに向かう」と決めていたものを「あっちの神様ですよ」と言われたような感じ。それぐらいエネルギーを使うんですよ。いちから全てを信じ直す。そこで結構ね、現場ではね、周りもヒヤヒヤするぐらい僕がもう、態度に出しちゃって。

松居監督 (笑)。

池松 「勘弁してくれ」と(笑)。

松居監督 そうそうそう(笑)。

池松 普段そんなことはしないんですけど。松居さんの前だからなのか、すごく自分の思いがあったからなのか。

松居監督 そもそも「何でそうするの?」みたいな。

君が君で君だ

池松 現場であんな態度を見せることはなくて。普段、割といい子ぶっているから。

――(笑)。

池松 松居さんもね、もちろん迷いがあることもわかっているし。「わかった。ちょっと、どうなるかはわかんないけどやってみる」みたいな感じでした。だから、あそこは4テイクぐらい撮りましたよね?

松居監督 うん、うん。

池松 なかなかしびれました。

――例え、池松さんにそうやって態度で示されたとしても、松居監督の方向性はブレなかったんですね。

松居監督 たぶん、イン前にそういう時間を過ごしていたから、(池松さんの態度を)理解できるんですよ。俺がブレてそれを伝えていることも理解できるし。でも、もう、今そのときの芝居を見て、自分がそう思ってそう伝えているから。ここは逃げるってとこじゃないし。

池松 この(自分たちの)関係性がすごく面白いなというのは、こんな僕が、とことん「ふざけんな」という態度を見せてしまうぐらいこぼしているのに、普通の監督なら、必ずそこで引いて、どこかで折り合いをつけたり、バランスを取ろうとするはずなんですよ。まあ、外ではやったことないですけど(笑)。そんなときに、なぜか松居さんだけ、猪みたいに突進していこうとするんです。

松居監督 (笑)。

池松 普通だったらねえ。

松居監督 それは、でも、池松くんだからですよ。

池松 だから仕事とか、そういう関係性はもう飛び越えちゃって。でも、実際4テイク目にやったものを、松居さんがさらに、その後の後半を組み立てたので、結果としては別に、今はもう何とも思っていないんですけど。

君が君で君だ

――今のエピソードを伺っていても、おふたりが特別な関係にあるからこそ完成した作品だと感じました。毎年とは言わないまでも、何年かに1本と、また共作が観られる日はきますか?

松居監督 単純に、何年か経って「やる」となったときに、「結構長い付き合いだし、やるね」というような状態は絶対に嫌だな、とは思っています。池松くんや事務所、制作会社とかが、「松居くんなら面白そうだ」とちゃんと言ってくれるところに自分が居続けなきゃいけないな、という気持ちがすごくあります。たぶん逆も然りで、僕が「池松くん、いいな」と言って、周りも「ああ、いいね。いいね!」と、ちゃんと面白がってもらえるような状態でないと。たぶんどっちかが落ちたら、もうできなくなるような気はするから。

あと、本当に……僕のこれ以外の作品も、試写状とか渡しても絶対に池松くんは来ないんです。しれっと映画館や舞台に、普通に金払って観に来るんですよ。だから、「やつが金を払ってこっそり観に来るかもしれない……」と思うと、下手なことができないという緊張感の下でやっています(笑)。やりたいですよ、やりたいです。

――池松さんにも同じ質問に答えていただきたいです。

君が君で君だ

池松 何かを信じていれば、タイミングって本当に来るんですよ。面白いぐらいに。例えば、今回は松居さんが、今の時代を生きていて、2018年にこれを発表したいという気分が絶対にあったはずなんですよ。みんな同じように時代の流れがある中で、それを僕が受け取って、「これは自分が咀嚼して、世の中に届けなきゃいけない」という気分にさせられるんです。けれど、相手がそういう気分で持ってきてくれた脚本でも、同時代を生きているにも関わらず、フィットしないこともあるんですね。

松居さんとのタイミングが、20歳のとき(「リリオム」)と21歳のとき(『自分の事ばかりで情けなくなるよ』)に訪れていて、それ以来で今回そういうタイミングが来たんでしょうね。だから、お互いに続けていれば、おそらく来ると思うんですよ。

松居監督 うん。辞めないです。

池松 すれ違いも起こるかもしれないけども……たぶん起こるんですよ。今までで3回訪れているわけですから。だから、そのときにまた、無理をしてやれたらというか。割と毎回、力技で、寝技に持ち込んで、引きずりまわして、何とかふたりで見えない敵を締め落とそうとしているような気分があって。スマートな闘いではなくなってしまうんですけど。どういうものかはわからないですけど、来るんじゃないですかね。

君が君で君だ

松居監督 マーティン・スコセッシとロバート・デ・ニーロみたいなね!

池松 (笑)。本当、そういうこと言うの、やめて、まじで。恥ずかしい(笑)。

松居監督 (笑)。(インタビュー・文:赤山恭子、写真:You Ishii)

映画『君が君で君だ』は2018年7月7日(土)より全国ロードショー。

君が君で君だ

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