賛否両論を巻き起こすラース・フォン・トリアー監督が描く“本当にコワい”人たち

「映画」を主軸に活動中のフリーライター

春錵かつら

1956年、デンマーク出身の映画監督であるラース・フォン・トリアー。
11歳のときに母親の買った8ミリカメラを貰ったのをきっかけに映画の道へ乗り出し、その都度さまざまな作品スタイルに果敢に挑戦、その独創的な映像と過激な描写からしばしば物議を醸している。

2011年のカンヌ国際映画祭でヒトラーを擁護するような発言をし、カンヌから追放処分を受けたトリアー監督だが、2018年、『ハウス・ジャック・ビルト』(6月14日公開)で再びカンヌに戻ってきた。

人間の闇が浮き彫りになる作品が多くの人々の心をえぐるトリアー作品。今回は、そのトリアー作品に登場する“実は怖い人たち”を紹介しよう。

奇跡の海』(1996)

舞台は1970年代のスコットランド。ある日、油田工場で働くベスの夫は、事故に遭い寝たきりになってしまう。夫は妻を思って他の男たちと寝るように妻に勧め、ベスもまた夫を愛するがゆえに、他の男たちと関係を重ねてゆく。

実は怖い人:寝たきりの夫・ヤン

本作は「黄金の心」3部作の1作目とされる、全8章からなる濃密すぎる愛の物語。厳格なプロテスタントであり精神疾患を抱えているベスに「他の男との話を聞かせてくれ」と告げるのは夫のヤン。ただひたむきに夫を愛するベスは、夫の頼みを“神からの試練”としてとらえ、精神と身をすり減らしてゆく。一番悲劇的な状況に置かれている寝たきりの夫は、自分の後ろめたさと不幸を妻への貶めや嫉妬に転嫁している。“可哀想な”自分だけでなく、愛する妻にも不幸を背負わすのが怖い!!

ダンサー・イン・ザ・ダーク』(2000)

1960年代のアメリカ。チェコからの移民であり女手ひとつで息子を育ているセルマは、遺伝性で視力が失われつつあるという自身の病気を息子も患っていると知り、手術費用を工面しようと身を粉にして働く。

実は怖い人: 親切な警察官・ビル

歌手ビョーク主演によるヒューマンドラマで、『奇跡の海』と『イディオッツ』に次ぐ「黄金の心」3部作の3作目とされている。この作品で怖いのは、ずっと親切だった警察官の友人・ビルだ。冷酷で高圧的な工場の雇い主より、親切な友人の皮をかぶった裏切り者、どちらがより悪質かといえば、後者だろう。セルマの悲惨な現実と、ミュージカル仕立ての明るい空想シーンの対比が身に沁みる。カンヌでパルムドールと主演女優賞を受賞した本作は、映画ファンが「鬱作品」として筆頭に挙げるタイトルのひとつとなっている。

ドッグヴィル』(2003)

大恐慌時代のロッキー山脈に佇む、廃れた鉱山町・ドッグヴィル。ある日、ギャングに追われた女が逃げ込んでくる。町の人々は彼女の奉仕と引き換えに彼女を匿うことにするが、尽くす彼女に対し、住人の態度は徐々に身勝手なエゴへと変貌していく。

実は怖い人:貧しく善良な住人たち

「機会の土地-アメリカ」3部作の1作目。主人公グレースをニコール・キッドマンが演じた。舞台セットは床に白い枠線を描いただけの、まるで演劇の稽古のような演出となっているが、徐々に家の様子や景色まで見えてくるような気がするから不思議。本作で怖いのは、一見“貧しく善良な”町民たちだ。彼らはひとりの女性を匿い、仕事を与え、寝食を施している。怖いのはそれが“善意から”と彼ら自身が信じて疑っていないところだ。徐々に彼女への要求がエスカレートしたとしても、彼らにとっては「あなたのため」なのだ。この構図は、どの時代にも存在する。ちなみに筆者は、本作をずっと「ホラー映画」ととらえている。

アンチクライスト』(2009)

営みの最中に子供を失った夫婦。心を病んでしまった妻のために、人里離れた森で療養をしようと決める。しかし、療養のために訪れたこの森で、妻は回復の兆しを見せず、二人はさらなる闇へと引きずり込まれることになる。

実は怖い人:子供を失い悲嘆にくれる夫婦

過激な暴力&性描写が物議を醸した本作。トリアー監督は2007年~2009年までうつ病を患っており、『アンチクライスト』『メランコリア』『ニンフォマニアック』は「欝三部作」と呼ばれている。後半は特に救いようのない残酷描写が続き、失神者も出たりと評価は賛否入り乱れることに。それでも主演のシャルロット・ゲンズブールは、本作でカンヌ映画祭主演女優賞を獲得した。

妻の狂気と、自ら妻を治療しようとするセラピストの夫のふがいなさが、悲劇を一層救いようのないものにしていく。女の偏執的な陰湿さと男の思い上がりにじわじわと侵食されるような恐怖が見えてくるはず。

メランコリア』(2011)

巨大惑星メランコリアとの衝突を目前に控え、残り時間の少ない地球。姉夫婦の大きな豪邸で披露宴を催そうとして大遅刻した新郎新婦。うつ病を抱えるコピーライターである花嫁のジャスティンは奇行を繰り返し、周囲を白けさせる。そんな中メランコリアは刻一刻と地球へと接近していた。

実は怖い人:うつ病の花嫁×健常の姉

トリアー監督が自身のうつ病を基に製作した「欝三部作」の2作目。本作も主演のキルスティン・ダンストがカンヌ映画祭で主演女優賞を獲得している。本作に登場する人間たちはみんな皮肉屋で感じが悪く、雑然としている。主人公のジャスティンもうつ病のためか、ハレの日だっていうのに憂鬱で苛立ち、奇行を繰り返してはしっかり者の姉にたしなめられる。ところが地球が終わりに近づくにつれ、ジャスティンと姉の様子は逆転。パニックになる姉に対して、ジャスティンはどこか楽しげで、安らいだ様子でその変性は恐ろしい。

“最悪”に近づけば近づくほど安定と安心を得るうつ病の彼女のことを怖いと思う反面、どこかでわからなくもないな、とも思う。聞けばトリアー監督自身がうつ病のセッションで聞いた「強いプレッシャー下では健康な人よりうつ病の人々の方が冷静に対処する」というセラピストの言葉がアイデアとなっているのだとか。

ニンフォマニアック Vol.1』(2013)

ニンフォマニアック Vol.2』(2013)

幼少時から自分の性器を意識していたジョーは、15歳の時に初体験をした相手と社会人になってから再会した。彼に恋心を抱くもつかの間、他の女性に奪われてしまった彼女は、さまざまな男とのセックスにふけるようになる。

実は怖い人:博識の初老紳士

タイトル通り、本作は「色情狂」の女性の姿を描いた人間ドラマ。性衝動に翻弄される主人公・ジョーを、トリアー作品の常連となったシャルロット・ゲンズブールが演じている。自らの性衝動のせいで愛する者たちを傷付け、自分自身も傷付き、路地裏で倒れていたジョーは偶然出会った初老の紳士・セリグマンに介抱されるのだが、本作はこのセリグマンとジョーの会話を通して展開していく。一見庇護者であるこの紳士が、ヒロインを良き方向へと導く一助になる。男だったら批判されないのに女だからこその悲劇だとジョーを性差別の被害者として肯定するも、性差別から逃れられないのは彼女ではなく彼自身という怖さ。やがて彼女に虚無感をもたらす存在に。

ハウス・ジャック・ビルト』(2018)

ささいなきっかけから殺人を犯し、味をしめシリアルキラーとなった男・ジョー。技師である彼は建築家になる夢を持っていたが、彼の5つのエピソードを通して、“ジャックの家”が建つまでの12年間が描かれる。

実は怖い人: 立ち往生する女

本作は第71回カンヌ国際映画祭アウト・オブ・コンペティション部門で、7年間の追放処分から待望の復帰を果たしたトリアー監督の最新作。カンヌ国際映画祭では途中で退出する人が続出したにも関わらず、上映後にはスタンディングオベーションが鳴りやまないという異例の事態が話題となった。観て納得、今回も容赦ない。

マット・ディロンが演じるシリアルキラーはもちろん怖い。淡々としたナレーションでさえ背筋は寒い。しかし直接的なぶん、潔ささえ感じなくもない。その中、筆者が一番怖いと思ったのは、“第一の出来事”の被害者となったユマ・サーマン演じる立ち往生する女。車の故障でジャックに助けを懇願する女は、“初対面の彼”に“お願いする立場”にも関わらず、無礼な言葉と態度を連発。傲慢から来る無神経さは、普通に生きている私たちにとっても多かれ少なかれ「殺意の対象」になりうるだろう。結果、この殺意が彼のタガを外すことになり、彼がシリアルキラーへと変貌していく。殺意を生む原因となる人物は観客である私たちにとっては“怖い人”以外の何ものでもない。

最後に

「人間が一番怖い」という言葉がある。なにもその「人間」は、見るからに怪しい人や暴力的な人、高圧的な人に限ったことではない。ダイレクトに「怖い」と感じる人たちには、距離をとったり、身構えるといった防御策をあらかじめ練ることができることがほとんどだからだ。一見善人の皮を被った人こそその悪質さは根深い。

トリアー作品が「鬱映画」と絶賛(?)されるのは、衝撃的な題材や過激な描写そのものだけではなく、多くの一般的な人間が持ちあわせる“暗部”をつきつけられるから。この皮肉さたっぷりの救済と無常はトリアー作品の真骨頂だ。

それでもなお求心力を失わないトリアー作品の魅力。全面降伏で身を任せてみてはいかが?

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