世界でも注目される東南アジア映画の今。特集上映「東南アジア映画の巨匠たち」の魅力に迫る

「東南アジア映画の巨匠たち」見どころ紹介!

多様な民族、文化、宗教を背景に持つ国々が、その特色を活かした作品を数多く発表しており、国際映画祭常連の巨匠から若手監督まで幅広い層の作品が一堂に会しています。

そんな東南アジア映画の魅力について、本特集のプログラミング・ディレクターの石坂健治さんにお聞きしました。

東南アジアポスター

黄金時代を迎えたフィリピン映画

アルファ、殺しの権利

――フィリピンは東南アジアの映画大国として知られ、ここ10年は国際的評価も高いです。何が原動力になっているのでしょうか。

石坂:一つはブリランテ・メンドーサのような巨匠が出てきたことです。この人は美術スタッフなどを20年くらいやっていましたが、デジタル化の波に乗って監督になりました。東南アジアは、どの国もデジタル化の恩恵を受けて中小規模の良作が増えましたね。とりわけ、フィリピンはここ10年ほど黄金時代が続いています。

――今回はそのメンドーサ監督の『アルファ、殺しの権利』が上映されますが、これはどんな作品でしょう。

石坂:ジャンルで言うと、『インファナル・アフェア』のような潜入捜査ものです。麻薬戦争絡みであることが今のフィリピンらしい点ですね。ガンファイトもたくさんでてきます。メンドーサ監督らしく、手持ちカメラで自然光を活用、プロの役者だけでなく、素人も起用しています。メンドーサはしばしば悪徳警官役を実際の警察官に演じさせて、本物の警察署で撮影しています。汚職警官を描く作品にそこまで協力的なのは、さすが映画大国だなという感じですね。私は、今回上映する『アジア三面鏡2016 リフレクションズ』のメンドーサ監督が担当したエピソードの撮影にスタッフで参加しましたが、とにかく早撮りで、ゲリラ撮影も辞さない姿勢に驚きました。行き帰りの飛行機の中でもカメラを回していて、編集して使っているんです。

若手女性監督が台頭するインドネシア映画

見えるもの、見えざるもの

――インドネシア映画にはどんな傾向がありますか。

石坂:インドネシアは、1998年まで続いたスハルト独裁政権が終焉した後に多くの若手監督が出てきて、これからもっと伸びていくと思います。特に女性監督が注目されています。一昨年の東京フィルメックスでインドネシアの女性監督の2作品(『マルリナの明日』と『見えるもの、見えざるもの』)が最優秀作品賞を同時受賞したのですが、インドネシア本国では大きく報道されたそうです。インドネシアはイスラム国家で、一夫多妻制など女性が直面している問題がたくさんあります。若い世代の女性監督がそうしたテーマにどんどん挑んでいて、彼女たちの作品が世界的にも評価され始めています。

――その最優秀作品賞を受賞した、カミラ・アンディニ監督『見えるもの、見えざるもの』も上映されますね。これはどんな作品ですか。

石坂:寝たきりの双子の弟を世話する姉が、夜毎に夢を見て、その夢の中を幻想的に描く作品です。夢の中では弟も元気で、神話的な要素もあります。非常に美しいビジュアルで、ジャワ島の神話や伝説に詳しい方なら一層楽しめる作品でしょう。

――彼女は、インドネシア映画界の重鎮、ガリン・ヌグロホ監督の長女ですよね。そのヌグロホ監督の新作『メモリーズ・オブ・マイ・ボディ』も上映されます。この作品はレンゲルという、男性が女装して踊る伝統舞踊が題材ですね。

石坂:日本にも歌舞伎の女形などがありますが、インドネシアにも似たような伝統があるんです。この映画は現代劇で、主人公がその舞踊に出会って成長していくという話です。インドネシア本国では、同性愛的なものを描いたことに対する批判が起きていて、いくつかの街では上映中止にもなっています。でも、監督はそれも確信犯的で、こういう伝統があるのになぜそれが悪いんだ、タブー視するほうがおかしいという主張をしています。

――『アジア三面鏡2018:JOURNEY』に参加している若手のエドウィン監督はどんな作風なのでしょうか。

石坂:この人は短編映画で高く評価され、シュルレアリスム的な作品を作っています。でも、最近は娯楽映画のヒットメイカーでもあって、インドネシアでは記録を塗り替えるようなヒットを飛ばしています。でも『アジア三面鏡2018』で撮ったものは久々にシュルレアリスム的な方向性のものです。

日本と縁が深いシンガポールの巨匠

痛み

――シンガポールのエリック・クー監督の旧作が3本上映されます。彼は日本と縁が深いですね。

石坂:そうですね。今回上映する短編『痛み』は、クー監督が評価されるきっかけになった作品です。これが評価されて長編デビュー作の『ミーポック・マン』に繋がりました。彼は日本が本当に大好きで、『TATSUMI マンガに革命を起こした男』や『家族のレシピ』など日本を舞台にした作品も作っています。それから、B級グルメが大好きで、食を題材にすることが多いんです。日本のラーメンも大好きで、来日の度にラーメン屋巡りしています(笑)。『ミーポック・マン』も『一緒にいて』も食が重要な要素になっています。もちろん、ただのグルメというだけじゃなく、作品の根底には一貫して普遍的なヒューマニズムがあり、それはデビュー作から一貫しています。今回、彼の素晴らしいデビュー作がデジタルリストアされたので、是非観ていただきたいです。

大江健三郎の小説がカンボジアで映画化

飼育

――日本との関わりでは、カンボジアのリティ・パン監督の『飼育』は大江健三郎原作の作品ですね。

石坂:はい。これは大江健三郎の小説をカンボジアに置き換え、主人公をポル・ポト派の少年兵に設定しています。少年が、軍国主義のポル・ポト派の考えに染まっている点は、日本の戦時の感覚と共通するものがあると思います。この監督は、ドキュメンタリー作家で『消えた画 クメール・ルージュの真実』などの傑作を作っていますが、劇映画は珍しいです。

――パン監督は、ご両親が虐殺の犠牲になられているのですよね。

石坂:そうです。本人はタイの国境に逃れて、フランスに渡り、映画高等学院で学んだ方です。ですから、彼の映画製作の拠点はフランスです。でも、彼に続く下の世代はカンボジア国内で製作しています。『アジア三面鏡2016』に参加しているソト・クォーリーカー監督はその代表的な存在です。

――『シアター・プノンペン』の監督として知られている方ですね。

石坂:そうですね。彼女もカンボジア国内で製作しています。ポル・ポトの虐殺以前、カンボジアが映画大国であったころの記憶を呼び覚ますような内容でしたが、カンボジアはかつて実際に映画大国で、とりわけホラー映画が盛んだったんです。東南アジア全域でカンボジア製のホラー映画が人気だったくらいです。

タイ映画に見る軍事政権以降の社会

ダイ・トゥモロー

――タイ映画は、今回は『十年 Ten Years Thailand』と『ダイ・トゥモロー』が上映されます。

石坂:この『十年』を観ていただければ実感できると思いますが、タイは2014年の軍事クーデター以降、表現の自由が失われてきています。それで十年後の未来を舞台に、隠喩的な表現で描いているわけです。タイ映画は、2000年代にアピチャッポン・ウィーラセタクンが登場して国際的に高い評価を得ましたが、軍事政権が誕生して以降、厳しい状況に置かれています。

――『ダイ・トゥモロー』が今回上映されるナワポン・タムロンラタナリット監督は30代です。厳しい情勢ながら若手監督も育っているのですね。インドネシアのカミラ・アンディニ監督も30代ですが、東南アジアではこの世代の監督が台頭しているんでしょうか。

石坂:そうですね。彼らは国際映画祭でも常連になってきています。

マイノリティが声を上げ始めて多彩な作品が登場

カミラ・アンディニ

――東南アジア映画全体の傾向はあるのでしょうか。

石坂:この地域には様々な土着の文化があって、各国とも地域の特色を活かした作品を作っています。製作拠点も首都だけじゃなくて、例えばフィリピンならマニラだけでなく、南のミンダナオ島でも製作が盛んです。フィルムの時代と比べて低予算でも映画が撮れるようになったことが大きいです。

――なるほど。それとこの地域の映画は、やはり政治との関係は切っても切れないものがあると思います。

石坂:そうですね。直接政治的なイシューを題材にする場合と、弾圧や検閲を避けるために隠喩的な表現をする場合とがあります。フィリピンでは、麻薬戦争を題材にしているものなど、直接的な描き方が多いですね。反ドゥテルテの映画作家もいますし、メンドーサ監督と並ぶもう一人の巨匠、ラヴ・ディアスは、近未来SF作品で独裁者が国民を虐殺しているという内容の、見方によってはドゥテルテ批判とも思える『停止』を作っています。インドネシアは独裁政権ではなくなりましたけど、今度はイスラム原理主義が台頭してきたので、性表現などが厳しくなってきています。ヌグロホ監督くらいの巨匠になると、そういう描写も臆せずやっていますが、それでも脅迫を受けたりすることがあるようです。

――そうした巨匠クラスの世代と、後に続く若手世代を比較すると作風に違いはありますか。

石坂:そうですね。例えば、カミラ・アンディニ監督は女性の視点を重視して、MeToo運動にも通じるようなテーマの作品も作っています。その他、移民2世の物語とか、LGBTQとか、若手世代の作品には、テーマに拡がりがありますね。

――政治闘争だけでなく、パーソナルなジェンダーや人種の問題を題材にすることが多くなっているということでしょうか。

石坂:そうですね。これも今まで声を上げられなかった人々が声を上げるようになったことの表れだと思います。そういう意味では、かつての虐殺の記憶なども改めて語られるようになってきています。総じて、マイノリティの人々が声を上げるようになったことで、非常に多彩な作品が生まれていますので、是非注目していただきたいです。

響きあうアジア2019「東南アジア映画の巨匠たち」概要
【2019年7月3日(水)】@東京芸術劇場ギャラリー1
シンポジウム「映画分野における日本と東南アジアの国際展開を考える」
【2019年7月4日(木)~10日(水)】@有楽町スバル座
※上映時間などの詳細は公式サイトをご覧ください。
【チケット情報】
前売券:~7月2日(火)23:59まで ローソンチケットにて発売
当日券:7月3日(水)0:00 ~各上映当日上映終了まで
前売り券は
一般は1,000円 / U-25・シニアはなんと500円!

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