深夜、寝静まった家に忍び込んで泥棒を働く“ノビ師”の真壁修一(山崎)の心の中には、15年前、母親が起こした無理心中で亡くなった双子の弟・啓二がずっと棲みついている。ある日、県議会議員の自宅に忍び込んだ修一は、未遂となる放火殺人現場を目撃するのだが、事件を機に、幼馴染の刑事の変死、啓二とともに好きになってしまった久子(尾野真千子)に迫るストーカーなど、様々な困難がふりかかる。
北村は、修一のバディ的な立場で、ともに事件の真相をつかもうとする青年を軽やかに演じた。劇中「修兄」と呼びかける彼の姿はそのまま、インタビュー中に「まさよしさん」と愛くるしく慕う北村に重なる。役を離れたところではアーティストの先輩、後輩でもあり、共通点の多いふたりは、深い信頼関係でつながっていた。
――『影踏み』にキャスティングされたとき、最初はどう思いましたか?
山崎:この話をいただく少し前に、(竹原)ピストルに「山崎さん、もう役者をやらないんですか?」と聞かれていたんです。「予定、ないわ~」と言っていたら、この話が舞い込んできて(笑)。
北村:(笑)。言霊ですね。完全に寄せていますね!
山崎:そう、そう。こんな豪華なキャストに絡めるのも、この先ないだろうと思いましたし、きっとまた映画に出ることも、おそらくは……うーん…ないんだろうなという感じはすごくしていました。
――ないだろうと思っていた中、出演を決められたのはなぜでしたか?
山崎:僕は横山さんのファンでもあって、かなり前にこの小説を読んでいたんですね。そこで篠さん(篠原監督)と横山さんに話をいただいたら、変な話、断る理由が見つからなかった。あとは、自分は上等な役ができないのは知っているんです。例えば、「医者の役です」とか、北村くんが前にやったドラマ(『グッドワイフ』)の弁護士の役とか、スタイリッシュな感じとかを言われていたら、考えていたかもしれないし。今回は泥棒だからというか、自分が生きている上で下から眺めるような役やったから「いけるんじゃないのかな」と思ったのが、決めた理由です。
――北村さんはオファーを受けて、いかがでしたか?
北村:正直ビビりました。僕以外の出演者を聞いたとき、ちょっと冷や汗をかきました。先輩ばかりですし、なおかつ『月とキャベツ』の篠原監督とまさよしさんですし、「この中で3番手か……!」と思って。さらに台本を読んで、ハードルの高さを感て、役者人生の中で一番の危機だと思いました。「ここでかませないと、終わる」と……。
山崎:本当に(笑)!?
北村:正直な感想です! ここでかませないと、自分に自信がなくなりそうだなと思ったので、すごく気合いを入れていました。けど、僕、プレッシャーを抱えすぎると無になるんです。初めて主演をやったときも、重かった荷物が気づけば途中からなくなっていましたし。
山崎:脱ぎ捨てたんやね!
北村:そうです。でも、『影踏み』の現場に入ったら、まさよしさんをはじめ皆さんが、こんな若造をかわいがってくださったので、そういう意味でもプレッシャーがなくなっていきました。
――おふたりが一緒にいるシーンが多いですが、初共演とは思えないほど収まりのよさのようなものを感じました。
山崎:僕はもう、匠海くんが作ってくれる空気に乗っからせてもらいました。脚本上、匠海くんの役から先に話し出すことが多いので、ホン読みのときからきっかけは匠海くんだったよね。すごく助かりました。
北村:確かに、きっかけを出すのは僕だったりしたんですけど、僕は逆にまさよしさんが自然と出している空気に飛び込ませてもらった感じです。
――北村さんにとっては、アーティストの大先輩でもありますよね。
北村:そうなんです! 大先輩ですし、僕の家族ごとファンなくらいで! 最初は、僕自身かなり緊張していたんです。
山崎:えっ? 緊張していたわりには、一番最初のホン読みのとき、コンビニの袋で来てたよ? どこから来たんやって(笑)。
北村:どこに行くにも、そんな感じなんです(笑)。こうした感じで、まさよしさん自身が、すごくフランクに接してくださったので、僕は胸を借りる気持ちでやっていました。
山崎:居心地のいい現場やったねえ。
北村:本当に、居心地がよかったです!
――現場では、ほかに何かが起こったりなどもありましたか?
山崎:居心地はいいけど、現場ではかなり台本も変わったりして、流動的でしたよ。
北村:そうですね。監督は芝居を観るのがすごく好きな方なので、僕らの芝居を観て台本が変わっていくスタイルでした。毎日のように、朝、紙(差し込み)があったりして。すごい変わりましたよね?
山崎:そうそう。一生懸命、覚えた(笑)。
北村:生き物のようにどんどん変化していきました。
山崎:監督は芝居を大切にしてくれていたよね。自分が演出するというよりかは、波に乗せるというか、風を吹かせるというか。そのときに吹いた風をキャッチしたいのかな、と勝手に思いました。
――劇中、おふたりは様々な出来事をきっかけに、身近な人への気持ちが変わっていったりもしますが、ご自身が親や兄弟への気持ちが変わったり、感謝の気持ちが芽生えたりというエピソードがあれば、教えてください。
山崎:そうですね。やっぱり結婚して子供が産まれたら、ええ加減、親のことの軋轢(あつれき)とかはどんどん溶けていくのは、あるというか。そういう気持ちになりましたね。年を取ると、そうなるんかもしれないよね。僕が思ったようなことも、この作品の裏のテーマにあると思うんですよね。
北村:この映画の中だと、家族、兄弟に対する執着に近い感情がありますけど、僕もなんかわかる感じがするんです。昔は、親に対してはどうしても気持ちの面で反発してしまったりしました。けど、変わっていきました。僕には両親と弟がいるんですけど、唯一無二の存在と思うようになったというか、「この人たちとは血がつながっているんだな」とかを考えるんです。だからこそ特別だし、大切だし、どこかで自分の理解者はここしかいないような感覚というのは、成人してから持つようになりました。
―― 本作では主演のみならず、主題歌と劇伴を山崎さんが手掛けられています。映画の世界をより味わいつくせるような余韻を残していますが、どのように作っていかれましたか?
山崎:サウンドトラックのいいところって、画があって、それに合う音楽があって、という総合エンターテインメントなところだと思うんです。そこに参加する意義があると感じて、作らせてもらいました。具体的には、劇伴を作るとき、最初「男の子のソプラノの声で作りたいと思う」と(北村に)話をしたら、匠海くんが昔歌っていたのを聴かせてくれたんです。その歌声と僕が思い描いているイメージが、すごく合ってね。助けてもらいましたね。
北村:小学校4年生のときに初めて「リスに恋した少年」というCDを出したんですけど、「少しでも参考になるなら」と思ったのがありました。
山崎:現場で「どんなサウンドトラックがいいかな」と練っていたので、匠海くんの存在がすごく大きかったです。主題歌に関しては、ラッシュ(音声の入っていない未編集フィルム)を観て、修一と啓二のことを思い描きながら作りました。エンドロールでみんなが納得する曲にしたいと思って、仕上げましたね。……ただ、自分の芝居を観ながら音をつけるのは地獄の苦しみでした(笑)。「もうええがな」って。
――『月とキャベツ』では主題歌であり名曲「One more time, One more chance」が生まれましたが、「あれを超えないと」というような気持ちはどこかにあったんでしょうか?
山崎:ああ! 確かにね! でも、あれも音楽がすべてを引っ張ったのではなく、映像に曲が乗っかって相乗効果だったと思うんです。ただ、そうやって求められるもんは、あるかもしれないですけどね。でも僕は曲が先行しているわけではなくて、映像を一番大事にしたかったし、物語に合点がつく楽曲にしたかったので、そこのプレッシャーは押さえました。「ヒットしなきゃいけない」とか、「すごいバラードじゃないといけない」という考え方は削除しました。映画との関係性を大事にしたかったんです。「あれみたいなんがほしい」というスタッフもたまーにいますけどね、「やかましいわ、ボケェッ! 簡単にできると思うなよ!」って(笑)。
北村:(笑)。まさよしさんの曲も全部入った完成作を観ると、音楽が浸透していく感じがあるというか、シーンに寄り沿っているなとすごく思いました。音楽をやっている身として、映画音楽の対談番組に出たことがあるくらい、映画音楽はかなり大事に思っていますし、好きなんです。まさよしさんの主題歌を聞くと、僕らの画がぽんぽん浮かんでくるようで、僕の役としては映画を観た後、一番泣けるタイミングでしたし、何とも言えない気持ちになりました。音楽の力はすごい、というか……山崎まさよしさんはやっぱりすごいって。
山崎:いやいや(笑)。
北村:本当に思いました。
――俳優としてもですが、北村さんはアーティストの側面でかなり刺激を受けた感じですね。
北村:おっしゃる通りです。音楽もやっていて、演技もやっている先輩とは、なかなかご一緒できる機会がなくて。過去に寺尾聰さん(※ドラマ『仰げば尊し』で共演)に「音楽をやっているやつは、(芝居に)リズムがあるんだよな」と言っていただいたことがあったんです。当時は「リズムって何かな?」と思っていたんですが、今回まさよしさんとご一緒して、あのときの寺尾さんの言葉がスッと胸に届きました。独特なんですけど、セリフを言っているという感じではなく、きちんと会話をしている感覚なんです。
――北村さんも「間が独特と言われる」と以前おっしゃっていましたよね?
北村:そう、言われるんです(笑)。「匠海、やりやすいよ」と言ってくれる方と、「変な間、取るよね」と言われるパターンが混在していて。
山崎:なるほどね! そういうところでも、僕は匠海くんを信頼していましたね。歌を歌っているところや、表現者として音楽で表現するのも、独特の間も。予定調和というか、「こうきたら、こう」という方も確かにおられるんです。だけど、撮影現場は何が起こるかわからないマジックがあって、そのケミストリーを楽しんでいる感があって。匠海くんは、そこをつかんでいるんだろうな、と思いました。(取材・文=赤山恭子、撮影=映美)
映画『影踏み』は2019年11月15日(金)より、全国ロードショー(11月8日群馬県先行公開)
出演:山崎まさよし、尾野真千子、北村匠海 ほか
監督:篠原哲雄
脚本:菅野友恵
原作:横山秀夫「影踏み」(祥伝社文庫)
公式サイト:kagefumi-movie.jp
(C)2019 「影踏み」製作委員会
※2021年11月28日時点のVOD配信情報です。