高倉健さんの死去から約2週間後の2014年11月28日、数々の傑作映画に出演してきた菅原文太さん、通称文太兄ぃが亡くなっています。
文太兄ぃと言えば映画『仁義なき戦い』シリーズでの狡猾な山守組長に翻弄される広能役のイメージが強いと思います。
「実録ヤクザ路線」と呼ばれる『仁義なき戦い』シリーズには『日本侠客伝』の健さんのような弱きを助け強きをくじくヒロイックなヤクザは登場しません。強きに巻かれ弱きを踏みつける、暴力的で悪どく、金にがめついヤツらばかりが跋扈する“本当”のヤクザ世界が描かれていました。
文太兄ぃはそんな恐ろしい映画の象徴的な存在であると同時に、大爆笑コメディ・シリーズのメイン・キャラクターも務めていました。超ド派手なデコトラで全国を横断するトラック運転手、一番星の星桃次郎『トラック野郎』シリーズです。
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『トラック野郎』シリーズにはもう一人、今年一周忌を迎えた偉人が関わっています。2014年5月15日に亡くなった鈴木則文監督です。
1975年、東映の岡田茂社長(当時)から、出演者都合で製作の流れた映画の穴埋めに、愛川欣也・キンキンと文太兄ぃが持ち込んだ「トラック運転手を主人公にしたロード・ムービー」を製作せよとのお達しが鈴木則文監督に下ります。
しかも期限はたったの2ヶ月! 何も無いところから製作がスタートし、撮影が終わったのは公開1週間前だと言われています。そんな超急ピッチで作られた1作目『トラック野郎 御意見無用』でしたが、いざ公開してみれば同年に東映がオールスターキャストで挑んだ大作『新幹線大爆破』を越えるヒットとなります。
この成功に、自分で出した企画かのように喜んだ岡田社長から、盆暮れ年2回のシリーズ化が決定されます。お盆はともかく、暮れ/お正月には松竹の強敵『男はつらいよ』シリーズがあります。それでも岡田社長いわく「“寅喰う(トラック)野郎”やで!」とヤル気満々だったそうです。
一番星の星桃次郎
『トラック野郎』シリーズも健さんの『日本侠客伝』や『昭和残侠伝』と同じく、共通のフォーマットを持ったプログラム・ピクチャーです。毎回同じ様な話が展開していきます。
文太兄ぃ演じる桃次郎が猛烈な便意、もしくはキツい腹下しなど、のっぴきならない状態にある時に限って、とびきり素敵な女性と出会います。キラキラと輝く星をバックに登場する“マドンナ”に惚れた桃次郎は見栄を張ったり知ったかぶりをしたりで何とか気を引こうとします。ところが、マドンナには別の意中の人がいてフラれてしまうのです。
そんな折、“ライバル・トラッカー”との諍い、もしくは相棒“やもめのジョナサン”のせいで、桃次郎は無謀なトラック運転の挑戦をするハメになります。トラック仲間の助けもあり、なんとか目的を果たしはするものの、失恋の痛手を引きづり複雑な思いで次の仕事へ向かっていくのです。
これが『トラック野郎』全シリーズ共通の物語骨子となります。
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一番星の星桃次郎、通称“桃さん”の魅力は何と言っても“下衆”さでしょう。
決まった住所を持たず、仕事中はトラックで寝泊まりしていますが、終わると直ぐに性風俗店へ直行します。訪ね人や手紙も風俗店に直接届くようになっているほどです。
気が短くケンカっ早いので、マドンナとの出会いはたいがい桃さんがマドンナを怒鳴りつける場面です。その上、単純で思いこみが激しいので勘違いも多く、マドンナとの恋はほとんど一方的なものになります。
そんな欠点だらけの人物ですが、仲間思いで筋の通った桃さんは行きつけのドライブ・インでは人気者です。桃さんが助けてくれと声をかければトラック仲間たちがこぞって協力してくれます。
また、『トラック野郎』シリーズは徹底してトラック運転手たちを代表とする労働者たちの味方をしていきます。事故で負債を抱えた運転手や、仕事にあぶれて喰いつめた労働者、果ては美人局まがいの寸借詐欺をするチンピラまでも優しい視点で見守っていきます。その代表として桃さんがいます。
「オレら運転手から見たらよぉ! 背中に桜の大門背負った日本一の大組織だよ!」
これは桃さんが検問で不遜で大柄な警察官に向かって吐く文句です。課せられたノルマをこなすために過積載をさざるをえない運転手たちのため、桃さんやジョナサンは検問所を破壊して捕まっても彼らを守り通すのです。
おバカでチャーミングで親しみ易くて頼りになる。そんなキャラクターを演じた事が、後の政治的スタンスへ影響を与えます。
桃さん/文太兄ぃ
弱者と肩を寄せて、バカがつくほど真っ直ぐに体制へ反抗するキャラクターを演じ続けて人気を博した文太兄ぃは晩年、その人気で得た知名度/ポピュラリティを最大限に政治利用しました。
祖国に帰れない在日コリアン高齢者たちのための老人ホームを作る会を支援したり、特定秘密保護法や原発再稼働などの政府方針に反対します。米軍普天間飛行場移設問題が争点になった沖縄県知事選では、移設反対派候補の集会に参加し応援演説をするに至ります。
現在、多くのタレントや文化人が選挙へ行こうと呼びかけています。しかし体裁を保つためなのか、格好つけて支持者や支持政党を公にしません。その一方で文太兄ぃは、無粋だろうが、格好がつかなかろうが、蔑まされバカにされてでも、明確に支持を表明し弱者のための活動や言動をしていきました。
スカしてカッコつけて高飛車に文句を言うより、カッコつかないくらい実直な姿の方がカッコいい。そして、その活動は常に社会的弱者を守るために行われていました。その姿はトラック野郎一番星の星桃次郎の姿と重なるのです。
晩年のインタビューでは桃さんのことを「一生オレの相棒だ。」だと評していました。
カッコ悪さがカッコいいということを、文太兄ぃこと桃さんから学ぶために、残された作品をゲラゲラ笑って見続けていきたいと思います。
私たちはもっとカッコ悪くて良いんです。
※2020年9月29日時点のVOD配信情報です。