スタジオジブリが初めて制作した映画が何かはご存知ですか?
その答えは『天空の城ラピュタ』(86)です。(製作年は『風の谷のナウシカ』の先ですが、当時はスタジオジブリは存在せず、トップクラフトというアニメーション制作会社で作られました。)
スタジオジブリは、今でこそ日本でその名を知らない人のいないアニメーション制作スタジオですが、当時はまだ無名のスタジオ。そんな新進気鋭のスタジオの第1作目という事で、「この作品は失敗できない」という気持ちで、宮崎駿はこの『天空のラピュタ』を制作していたそうです。その意気込みが詰まっただけあり、これまで何度も繰り返し観てきた映画でありながら、『天空の城ラピュタ』を観終えるたびに「ラピュタはほんと面白いなぁ……」と思わされます。
さて、そんな『天空の城ラピュタ』ですが、映画の中では語られない多くの謎が残されています。今回は、劇中だけでは語られない、そんな『天空の城ラピュタ』の秘密や謎を考察していきます。
※以下、映画『天空の城ラピュタ』のネタバレを含みます。
『天空の城ラピュタ』の元ネタは『ガリヴァー旅行記』!?
タイトルにもなっているラピュタ。実はこの浮遊するお城の名前には元ネタが存在します。その元ネタというのが、1726年にジョナサン・スウィフトによって書かれた「ガリヴァー旅行記』」です。「ガリヴァー旅行記」といえば、小人たちに捕らえられてしまう物語という印象が強いですが、それは四篇にわたる物語の中の一篇で起こる出来事で、実際はもっと長い物語です。
この「ガリヴァー旅行記」の第三篇に、なんと巨大な磁石によって浮遊するラピュタという、名前もそのままの島が登場するのです。まさに『天空の城ラピュタ』はこの島から命名されているのです。この巨大な島に住む人々は全員が学者であり、地上の人間たちを支配しているという設定でした。
では、「ガリヴァー旅行記」の世界と『天空の城ラピュタ』は地続きの世界なのか? という疑問が湧いてきますが、実はその答えはNO。「天空の城ラピュタ (ロマンアルバム)」(徳間書店)に記載された宮崎駿のインタビューにて、空中に浮かぶ島を舞台にした物語をすでに構想していた上で、島の名前を決める上で何かいい案はないかと考えていて、類似した設定を持つ「ガリヴァー旅行記」のラピュタを選んだことが書かれています。
ラピュタ人とは何者なのか!?
では、『天空の城ラピュタ』とはなんだったのでしょうか。作中では、シータとムスカがラピュタ人の末裔であることが明かされています。かつて、シータやムスカの先祖は、ラピュタの中で生活していたのでしょうが、なんらかの理由でラピュタを捨て、地上に降り立ったことが想像できます。その証拠にラピュタには、動物たちは住んでいれど、人の姿はありませんでした。
実は、ラピュタ人が城を捨てた理由も、「天空の城ラピュタ (ロマンアルバム)」(徳間書店)に記載されています。ラピュタの人々は正体不明の疫病に襲われ、ゴンドアの谷のような目立たない場所を選んで、生活の地を移したことが明かされています。だから、シータやムスカのような子孫が生き残ったわけですね。
では、なぜラピュタに人は戻ることはなかったのか。その答えは実は作中でシータが語っています。
今は、ラピュタがなぜ滅びたのか、わたしよく分かる。ゴンドアの谷の歌にあるもの。
”土に根をおろし、風とともに生きよう。種とともに冬を越え、鳥とともに春を歌おう”。
どんなに恐ろしい武器を持っても、たくさんの可哀想なロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ。
このゴンドアの谷の歌こそ、かつてのラピュタ人が残した気持ちそのものではないでしょうか。ラピュタ以上に、魅力的な生活が大地にはあったのでしょう。
『風の谷のナウシカ』の世界と繋がっている!?
そんなラピュタには、いくつかの生き物たちが残されていました。鳥や毛むくじゃらの謎の生物などの姿が確認できます。この毛むくじゃらの生物には、ミノノハシという名前が付いており、想像上の生き物であることが明かされています。
そしてもう一匹、ロボット兵の肩に乗っている見慣れた動物が登場します。この動物の名前はキツネリス。実は『風の谷のナウシカ』(84)に登場したテトと同種族の生き物なのです。では、『風の谷のナウシカ』の世界は『天空の城ラピュタ』と繋がっているのか!? と思ってしまいますが、冷静に考えてみたら世界観も時代観も違う作品。繋がっているわけはないのです。
ですが、実は『天空の城ラピュタ』の制作進行を務めた木原浩勝さんが当時の状況を書いた『もう一つの「バルス」』(講談社)にて、宮崎駿監督がシータやパズーと並んで、『風の谷のナウシカ』に出てくるトリウマや王蟲の子供、キツネリスが共演する絵をを描いて「こういうのを出しちゃダメなんですよ」と語りながら見せてくれたというエピソードが語られています。ダメと言いながらも、キツネリスは実際の本編にも登場させてくれる所に宮崎駿監督の遊び心を感じさせます。
「バルス」なんて短い呪文で大丈夫なのか?
『天空の城ラピュタ』のクライマックスで忘れてはいけないのが、パズーとシータが唱える「バルス」という呪文。TV放送がされた際には視聴者も放送に合わせてTwitterに“バルス”の文字を投稿する企画が催されるほど、有名な呪文です。
この「バルス」という言葉の意味については、トルコ語の平和を意味する言葉「バルス」、宮崎駿さんの愛読書とされる諸星大二郎さんの漫画「マッドメン」で描かれる一コマに飛行機のルビに振られた「バルス」の文字など、諸説ありますが、現状宮崎駿監督の口からその語源が語られてはいません。ただ、前述のラピュタという島の名前の決め方のように、言葉自体に意味はないのかもしれません。
そもそも多くの人が思うように、島を崩壊させてしまうほどの大惨事を起こしてしまう呪文が、こんな短い言葉では危険すぎます。かといってリアリティを重視して長く簡単には唱えられない呪文にしてしまっては、パズーやシータはムスカによって撃ち殺されてしまっていたでしょう。そう考えると、崩壊の呪文にバルスという言葉が選ばれたのは演出上の都合と、語感の良さで選ばれたと考えるのが妥当でしょう。
なぜパズーたちの目は潰れなかったのか?
バルスに関して、もう一つ素朴な謎があります。それは、バルスと唱えた瞬間の光によってムスカの目は潰れたのに、パズーたちの目はなぜ潰れなかったのか、という意地悪な疑問です。ムスカがあれだけ狼狽するほどの光であれば、パズーたちもタダでは済みません。そう考えると、この現象に関しても、演出上の都合でムスカにだけあれだけのダメージを与えられたと思われるのですが、実はこの謎には答えと言える秘密が存在します。
「もう一つの「バルス」」(講談社)にて、実はこのバルスと唱えるシーンにはもう一つの演出案があり、バルスと唱えるパズーとシータが光源の光を直視しないで済むバージョンが存在していたことが明かされています。素朴な謎でしたが、実は制作工程の演出案の名残だったのです。『もう一つの「バルス」』には、このバルスを唱える別バージョンの詳細が書かれており、細かな展開や映画の尺などのさまざまな条件を総合して、現在の完成品に至ったことがわかります。
今でこそよくできた物語として、当たり前のように存在する『天空の城ラピュタ』ですが、本作は宮崎駿監督が一から作り上げてきた物語です。1シーン、1シーンが、宮崎駿監督のメッセージであったり、ユーモアであったり、アニメーション制作の気持ちよさであったり、もしくは制作過程のドラマであったりといった、いろんなものが組み合わさって出来たものと言えます。宮崎駿監督の人柄や制作風景を思い浮かべながら観ると、きっとまた一味違った『天空の城ラピュタ』の体験ができるのではないでしょうか。
参考文献:「天空の城ラピュタ(ロマンアルバム)」(徳間書店)、「もう一つの「バルス」」(講談社)
(c) 1986 Studio Ghibli
※2022年8月12日時点の情報です。