見たことあるけど名前は知らない。知らないけれど、どこか魅力的で記憶に残る――。
映画やテレビドラマには華やかな主人公の影に隠れ、こっそり、でもしたたかに光を放つ脇役たちがいます。今回紹介する俳優、安田顕さんもそんな名脇役の一人です。
すっと通った鼻筋に、目力鋭い奥二重。さぞクールな二枚目を演じているのだろうと思えばさにあらず。医者からオカマ、若き天才アニメーターの卵から元暴走族のヤクザ者と、まさにカメレオン俳優!
(C)2016『俳優 亀岡拓次』製作委員会
そんな“最強の脇役”と呼ばれる安田顕さんが満を持して主演を務めるのが、現在公開中の『俳優 亀岡拓次』です。主演だけど、役柄は冴えない脇役。なんだか混乱しそうですが、役柄と本人がシンクロし、味わい深い大人の男の人生の映画ができあがりました。“俳優 安田顕”の魅力たっぷり、イチオシの一本です。
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さて、ここまで敬意を込めて安田顕さんとお呼びしてきましたが、昔からのファンにとって安田顕=ヤスケン。ここからは愛情込めてヤスケンと呼びたいと思います。
北海道室蘭市生まれのヤスケンが全国的に名前を知られるようになったのは、何といっても北海道テレビ(HTB)制作の深夜バラエティー『水曜どうでしょう』。ローカルから始まって、2002年9月にレギュラー放送が終わった後も全国各地で再放送が続く、説明不要な伝説の人気番組です。
ヤスケンは『水曜どうでしょう』にレギュラー出演していた大泉洋らと学生時代に演劇ユニットTEAM-NACSを立ち上げていて(大泉は後輩にあたります)、その縁もあって番組に出演。最初はHTBのマスコットキャラクター「onちゃん」の着ぐるみ役でした。
ところが、大酒飲みのヤスケンは脱力系の番組の居心地良さも手伝ってか、あろうことに本番中に泥酔。局の顔たる着ぐるみを着たままタバコを吸い、咎めるディレクター相手にやさぐれます。
無口な性格でトーク番組なのにほとんど喋らず、たまに着ぐるみを出たと思ったら、また泥酔したり、陶器を作る企画でろくろを回せず自ら体ごと回ったりと、奇妙で不器用なキャラが愛されるようになりました。
ここでも準レギュラー出演で“脇役”だったのですが、ディレクター陣からは「安田くんが出る企画は名作になる」と評されます。
早食い対決しながら日本列島を車で南下する「対決列島」企画では、特技は「牛乳の早飲み」と豪語しながら、あわてて飲みすぎて鼻から牛乳(!)。レギュラー陣を差し置いてDVDパッケージのセンターを飾り、ファンの間では「いちばんの名作」と言われているとかいないとか。
あのドラマにもこの映画にも
『どうでしょう』人気が全国に広がるにつれ、ヤスケンの役者としての仕事の場も東京へと広がりました。主な出演作を並べてみると、テレビドラマでは、
「チーム・バチスタ」シリーズ……ドライな性格で口の悪い放射線科の准教授
「隠蔽捜査」……しつこく事件を追う所轄警察署の巡査部長
「アオイホノオ」……のちに「エヴァ」を生み出す庵野ヒデアキの大学生時代
「下町ロケット」……実験大好きな町工場の技術開発部長
と、ここ数年だけでこの活躍ぶり。また映画では、
『大洗にも星はふるなり』……男7人で恋の鞘当てをするバツイチ弁護士
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『黒執事』……怪死事件を追ううちに主人公の伯爵に疑惑の目を向ける刑事
『小川町セレナーデ』……オカマショーパブの元売れっ子ダンサー
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『龍三と七人の子分たち』……北野武作品に出演!悪徳企業「京浜連合」のボス
『映画 ビリギャル』……ビリギャルさやかの担任教師
(C)2015映画「ビリギャル」製作委員会
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などなどなど。
※本当なら一作ずつたっぷり紹介したいのですが、出演作が多すぎるので一部の画像にとどめておきます。すべてにヤスケンが写っているので、探してみてください!
ついに主演!『俳優 亀岡拓次』
そして、ついに全国公開で主演を果たしたのが横浜聡子脚本・監督の『俳優 亀岡拓次』です。
横浜監督と言えば、ゴリラ顔でわがまま、ひとりぼっちの16歳の少女が「アリンコども散れ!」と傷も悩みも突き飛ばして爆走する『ジャーマン+雨』(2006年)で衝撃のデビューを果たし、全編津軽弁の『ウルトラミラクルラブストーリ―』(2009年)では松山ケンイチをキャベツ畑に埋めた人。
6年ぶりの新作は戌井昭人の同名小説が原作で、ヤスケン扮する主人公・亀岡拓次は脇役メインの俳優、37歳独身、趣味は仕事のあとに好きなお酒を飲むことで……と、まるでヤスケン?と言いたくなるほどそっくりです。
あらすじ
映画のロケからロケへ、都内や地方を飛び回る脇役俳優・亀岡拓次。気ままな生活を楽しんではいるが、四十路を前に独り身がちょっと寂しくもある。そんなある日、撮影で訪れた長野県諏訪市の居酒屋で、亀岡は美人の若女将・安曇(麻生久美子)に出会う。「寂しくなったら、また飲みに来てくださいよ」。優しい笑みに恋に落ちる亀岡だが、募る思いを打ち明けられないまま、相変わらず撮影現場と酒場を行き来する日々。ある時、亀岡が心酔する世界的巨匠の新作オーディションの話が舞い込んで……。
(C)2016『俳優 亀岡拓次』製作委員会
カメレオンぶりを一度で堪能
現実のヤスケンのように、亀岡拓次も演じる役は実に多彩です。
ヤクザの若衆に扮したかと思えば、逆にその若衆に脅される気弱なホテルの支配人、ある時は時代劇の泥棒、またある時は街に完全に溶け込むホームレス、最後はターバン姿でモロッコの砂漠をさまよい歩いて……。
つまりこの映画を見れば、ヤスケンの名バイプレーヤーぶりを一度に堪能できるのです。
脇役に豪華キャストが結集
また、亀岡拓次の行く先々のロケ現場に現れる豪華な「監督役」も見どころのひとつ。
ベトナム人のキャバ嬢をキャストに起用したインディーズの監督に染谷将太(結局キャバ嬢には逃げられる)、Vシネ監督に『百円の恋』の新井浩文、大御所監督に山﨑努、なんと本職の映画監督・大森立嗣まで登場します。
さらに、亀岡が共演する大物舞台女優には三田佳子!主役級の名優たちが脇役に扮し、「あの人がこんなところに!」と驚きの連続。まだまだ他にも隠れているので、エンドロールまでにぜひぜひ探してみてください。
奇跡を起こす男
『水曜どうでしょう』では鼻から牛乳を噴き出し、放送事故すれすれの爆笑を生んだヤスケンですが、亀岡拓次も映画に奇跡を起こす男です。
山﨑努扮する古藤監督の現場でのこと。お城のお堀の橋の上、亀岡の浪人が敵と大立ち回りを演じます。カッコよく殺陣をきめるはずが、前夜の深酒が災いし、亀岡の口からは血のりならぬモノが溢れ出て……予想もしなかったシーンが撮れ、古藤監督は満足げに笑みをたたえて「ご苦労さん」と声をかけます。
この時のことについて、ヤスケンは「逆光で後光が差している山﨑さんがあまりにもかっこよくてグッときました」と振り返っています。
主役だけが人生じゃない
どんな役でも仕事は引き受け、しかも決して手は抜かない。そんな亀岡拓次だからこそ、監督に信頼され、仲間に愛され、今日もおいしくお酒が飲める――。
恋の行方は映画本編に譲りますが、不器用な亀岡拓次の姿は、現実でも器用とは言えないヤスケンの姿と相まって、まばゆいスポットライトを浴びることばかりが人生ではないよ、と教えてくれます。
この映画の主演をきっかけに、ヤスケンこと安田顕さんが主役クラスとしてブレイクするのか、あるいは渋い脇役道を究めていくのかはわかりません。けれど、彼はこれからもきっと数々のスクリーンやテレビにひょいと現れてくれるはず。次はいったいどんな顔を見せてくれるのか、今から楽しみに待ちましょう!
最後に、おまけ
ヤスケンは『亀岡拓次』の宣伝で出演したテレビ番組で、ウェディングケーキに変装したヤスケンの写真を携帯電話の待ち受け画面にすると「運気が上がる」との話が暴露され、自身のTwitterで「安田人間ケーキ」を公開しました。
その写真がこちら。
運気上がるかどうかはアレですが。
何の保証もございませんが。
よろしければ。#安田人間ケーキ https://t.co/5EsOFpcwKj pic.twitter.com/4cNbWZxiiG— 安田顕 (@yasu_da_ken) 2016, 2月 1
幸運が舞い込むかはさておき、携帯電話を見るたびに、楽しい気分にはなりそうです。
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※2022年6月29日時点のVOD配信情報です。