情報過多社会に舞い降りた、選択肢の超少ないサブスクこと「ザ・シネマメンバーズ」は、“観たくても見つけられなかった映画との出会い”を映画ファンに提供するべく誕生した、月額500円の動画配信サービス。
毎月2〜4本、丁寧にセレクトした作品をお届けし、これまでエリック・ロメール監督やホン・サンス監督など、ツウ好みの特集を組んできた「ザ・シネマメンバーズ」が今回お届けするのは、製作から46年経った現在においてもなお、最怖ホラーNo.1の座に君臨する『悪魔のいけにえ』他、6作品。
12月より「ザ・シネマメンバーズ」で配信開始の『悪魔のいけにえ』を、“ヌーヴェルヴァーグ作品のように観よう”といった新たな視点で本作の魅力を深掘りしていきます。なぜ?と思う方も、この記事を読んでいくと、その謎がとけるかもしれません。
もはや芸術作品『悪魔のいけにえ』はクラシック名画?
『悪魔のいけにえ』(1974)は、米テキサスで記録映画を製作していた当時無名のトビー・フーパー監督による長編映画デビュー作。
灼熱のテキサスを舞台に、古びたワゴン車で人里離れた田舎町まで旅行にやってきた若者たちが、人皮マスクをかぶった大男をはじめとする狂人ファミリーの餌食になっていく物語。鈍く響く巨大ハンマーの音。BGMは闇夜を切り裂く電動ノコギリの爆音のみ。
全編・全シーンが緊張感に満ちたトラウマ級ホラー映画として、今もなお新たな視聴世代を恐怖の底に突き落としています。
人皮マスクを被って電動ノコギリと巨大ハンマーを持ち、巨体にはエプロンという異様すぎるヴィジュアルで一躍ホラーアイコンとなったレザーフェイス。この異様なキャラの造形には、実はベースとなった人物がいるのです。
それが、米ウィスコンシン州出身の、エド・ゲイン。その事件は衝撃的な内容であり、当時世界中で話題となりました。
−1957年11月、雑貨店の女店主を殺害。逮捕されたエドの自宅からは解体途中の無残な死体のほか、無数の骨から作られた食器や、遺体の一部を使用したオブジェなどが大量に発見されました。孤独なエドは支配的だった母親の死を受け入れることができず、墓から母親の遺体を引きずり出して一緒に生活。それ以降、他人の墓も荒らすようになり、遺体から引きはがした皮膚や骨で生活用品や服、マスクなどを作り、月夜にそれらを身に着けて一人踊り狂っていたとも言われています。
それら常軌を逸した行動の数々は、映画監督達のインスピレーションを刺激しました。
アルフレッド・ヒッチコック監督の映画『サイコ』やアラン・オームズビー監督の映画『ディレンジド/人肉工房』、オスカー受賞作映画『羊たちの沈黙』などの傑作群も、彼からインスピレーションを受け制作されたもの。
『悪魔のいけにえ』も、レザーフェイスの装飾からして、その事件のDNAを受け継いだ“エドの息子”だという説もあるのだとか。
「なぜこんなホラー作品をラインナップに?!」と驚く方もいるかもしれませんが、ただのホラーと侮ることなかれ。本作が後世に与えた影響と徹底したリアリズムは世界で高く評価されており、ニューヨーク近代美術館にも永久保存されている、映画史に残る一級品なのです。
視点を変えれば見えてくる、
ヌーベルヴァーグの文脈
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本作は『13日の金曜日』や『エルム街の悪夢』のようなスプラッター映画と同列に扱われがちですが、露悪的な人体破壊描写や血しぶきシーンはほぼありません。実際に観てみるとカメラの構図、1シーン1シーンの持っている映像の強度に新鮮な驚きを感じます。
それは、日常の延長のように殺人を行う狂人ファミリーの異様さを追う、16mmフィルム特有の荒っぽい画面が恐怖を煽り、想像力を刺激されて脳内補填してしまうのかもしれません。
低予算ゆえに選ばれたフィルムの種類ですが、その粒子の荒さがまるでプライベートフィルムのような雰囲気を醸し出し、記録映像を観ているような錯覚を呼び起こします。その映像には独特のリアルさとトーンがあり、もし、南フランスの日差しがテキサスの灼熱に、刹那的な気分が張りつめた緊張感と恐怖に置き換わったとしたら、この映画は、ある意味“ヌーベルヴァーグの文脈にある作品”として観てもいいのではないでしょうか?
ロケ主体であるが故の映像が醸し出す生っぽさ、極力抑えられたBGM。当時無名の俳優たち。そしてアメリカの70年代映画がもつ、どこか自由でアナーキーな雰囲気。これらの要素も、ヌーヴェルヴァーグ作品に通ずるものでしょう。
映画の「本当らしさ」は、さまざま
撮影当時、悲劇のヒロインを演じたマリリン・バーンズは生傷が絶えず、窓ガラスを割って外に脱出するシーンでは、本物の窓ガラスに体当たりし、実際に流血もして足もくじいたそうです。レザーフェイスが持つ電動ノコギリも本物が使用され、それに追いかけられる怖さは、我々の想像を超えるものでしょう。
但し、撮影されたそれらは、「映画」というフィクションであることが前提となっているのです。無駄なカットを割らず、少し引いた視点から撮られた、あの恐ろしいシーンは、「映画」としての凄まじい力を持っており、「映画」でしかできない表現になっているのです。
今見ているものが「映画」であり、「現実ではない」とわかった上で感じる「本当らしさ」とは何だろう?様々な難しい言葉で語られ、書かれてきた「リアリズムとは何か」という問いは、つまり「本当らしさ」へのアプローチということ。
そうした視点で観ると、生み出された時代は違えども、『悪魔のいけにえ』は、ジャンルムービーではなく、むしろ、「世界中の映画のなかで最も残酷で最も美しい瞬間のひとつ(アンドレ・バザン)」と評された『ピクニック』のラブシーン、全編静止したモノクロ写真で構成されたSF映画『ラ・ジュテ』と並列で鑑賞されても良いのです。その共通点は、「映画」であることを前提にした「本当らしさ」への試み。
これら3作品の、非常に異なる「本当らしさ」へのアプローチを楽しもうというのが、今回の「ザ・シネマメンバーズ」のプレゼンテーションです。
【ザ・シネマメンバーズ】安心のラインナップ
記事を読んでもセレクションの軸が意味不明だと思った方もご安心を。「ザ・シネマメンバーズ」では、年末にかけてイタリア映画傑作選として、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の映画『夜』、フェデリコ・フェリーニ監督の『8 ½』、ベルナルド・ベルトルッチ監督の『暗殺のオペラ』を順次配信開始。従来の意味でのクラシックスに加え、オルタナティブな視点を追求し、ここだけの独自のセレクションを多角的に俯瞰しながら、良質作品のみを引き続き配信していきます。ぜひお楽しみください!
「レネットとミラベル/四つの冒険」©1985 LES FILMS DU LOSANGE-LA C.E.R.
「正しい日 間違えた日」© 2015 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.
「汽車はふたたび故郷へ」© 2010 Pierre Grise Productions
「海辺のポーリーヌ」©1983 LES FILMS DU LOSANGE-LA C.E.R.
「悪魔のいけにえ」©MCMLXXIV BY VORTEX, INC.
「ピクニック」
「ラ・ジュテ」©1962 ARGOS FILM
「8 ½」©MEDIATRADE 1963