おもしろいか、おもしろくないかは別にして、時として私たちに強烈な印象を残す映画があります。それは演出であったり、作風であったり、作品自体が作られた経緯であったり・・・。
今回は筆者が独断で選んだ、一度観たら忘れられない一風変わった映画を紹介したいと思います。
ワンダーランド駅で(1998年/原題:NEXT STOP, WONDERLAND)
夜勤看護婦のエリンと配管工のアランはワンダーランド駅を終着駅とする地下鉄ブルーラインを使って通勤している。2人の唯一の接点はこれだけ。2人は様々な場所で偶然にもすれ違うのだが、互いの存在には気付かず…。
男女のすれ違いと出会いを描いた作品。恋愛映画は男性と女性、双方のやり取りが魅力のひとつだと思いますが、本作の場合は男女が出会うまでを描いているため、主人公のエリンとアランは最後の最後まで出会うことなく物語は終わってしまいます。
なかなか出会わない2人に苛立ちながらも、私たちを癒してくれるのは全編を彩るボサノヴァの存在でしょう。「マシュ・ケ・ナダ」、「イパネマの娘」、「アヒルのサンバ」などの有名曲のほか、記憶に新しいリオデジャネイロオリンピックの開会式でも流れていた「ブラジルの水彩画」などが流れていきます。
時にはこのボサノヴァの音楽にゆったりと身を委ねながら、適当に流して観るのもいいかも知れません。2人は最後の最後まで出会うことはないのだから。
本作の監督ブラッド・アンダーソンはダンバース精神病院で撮影を敢行した『セッション9』、クリスチャン・ベイルの激痩せぶりが話題になった『マシニスト』といったホラー、サスペンス映画でお馴染みの監督なので、こういう恋愛系の映画を撮っていたということ自体が衝撃的でもあります。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】mute ミュート(2001年/原題:SOFT FOR DIGGING)
森の中にひっそりと佇む一軒の家。そこには1人の老人が飼い猫と住んでいた。ある日老人は、森の中で男が少女を絞殺している現場を目撃してしまう。
邦題の通り、台詞がほとんどないサイレント・ムービーということで耳に入ってくる環境音がひたすら生々しい作品です。
本編中の台詞は以下の通り。
「殺人だ…」
「連れて行って」
「目撃者か?とても大変なことが起こってしまった。子供は…あれは…ここの娘ではない。生まれつき呪われた娘だ。犬では生け贄として不十分だった。止められなかった。許してくれ。子供たちには私から伝える。掃除を続けろ」
台詞はたったこれだけしかないのです。しかし、事前にチャプターとそれぞれのシーンでの出来事を字幕で暗示しているのでどういう状況に登場人物たちがおかれているのかという最低限のことは理解できる作りになっており、実験映画っぽい作風が全面に押し出されたものになっています。
ビッグ・ボーイズ しあわせの鳥を探して(2010年/原題:THE BIG YEAR)
ジャック・ブラック、オーウェン・ウィルソン、スティーヴ・マーティンが鳥を追いかけまくる話。とにかく鳥! 鳥! 鳥! 鳥だらけ。エンドロールまで鳥に彩られている作品です。
家族や会社を投げ出して1年でいかに多くの鳥を目撃したかを競いあうビッグイヤーという大会が本作のテーマ。見た鳥は自己申告制で写真は撮ってもいいし、撮らなくてもいい。鳴き声を聞いただけの鳥でもカウントしていいとか、ざっくりとした感じが非常にゆるくていいです。
鳥を追いかける男たち。空を自由に飛び回る鳥をどこまでも追いかけ続けるのは至難の技です。生半可な気持ちだけじゃ到底なし得ることはできない。探鳥を生きがいとする人々の熱意に凄まじいものを感じます。家族や会社を捨ててまで夢中で鳥を思う、その姿に胸打たれるのです。これほどひとつのことに夢中なれるものなのか? と。この人たちの知恵と行動力は本当にすごい。なにか別のことに役立てそうなぐらいに。
アメリカ各地を巡る話でもあるので、ちょっとした旅をしているような気分になれるのも本作を楽しむポイントのひとつ。自然風景がとても美しく、その風景の中を鳥たちが飛んでいく映像は圧巻の一言です。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】be found dead(2004年)
死体はいかにして発見されたか・・・。
全5話からなるオムニバス映画。全話の共通点として挙げられるのが、最後に必ず死体を発見するということ。
死体を巡り、展開していく作品は数多くあれど、本作の場合は少々違う。死体発見者にフォーカスが当てられ展開していくのです。どの話も死体発見のシーンは怖いというよりも独特な気持ち悪さが残ります。
監督は鈴木謙一(1話)、浅野晋康(2話)、宮沢章夫(3話、5話)、 冨永昌敬(4話)がそれぞれ担当。総監督を務めるのは劇作家の宮沢章夫。この中で一番有名なのは『乱暴と待機』、『亀虫』、後述する『シャーリー・テンプル・ジャポン』などを手掛けた冨永昌敬でしょうか。
どうしても死体を発見しなければならない者たちもいたし、死体がすぐそばにあるのに気がつかないごく平凡な日常がある。物語のなかではいつだって、「死体」は誰かに発見される
(総監督、宮沢章夫による作品解説より)
制服の処女(1931年/原題:MADCHEN IN UNIFORM)
1931年のドイツ映画。厳格な規律に守られた全寮制の女子学校が舞台ですが、特筆すべきは監督、脚本、出演者が全て女性という点。
同性同士における淡い恋心の芽生えを仄めかす程度ではあれど丹誠に描いた姿勢そのものが素晴らしく、隔離された場所で行われていることだからこそ禁断さがこれでもかと際立ちます。
1931年にこういう映画が作られていたということにおいて非常に価値がある作品ではないでしょうか。また、1951年と1958年にはリメイク作が作られています。
スパイナル・タップ(1984年/原題:原題:THIS IS SPINAL TAP)
本作は架空のロック・バンド、スパイナル・タップの記録映画を撮る映画…つまりモキュメンタリーものです。監督はロブ・ライナーですが、脚本は『ドッグ・ショウ!』や『みんなのうた』といったモキュメンタリー映画を手掛けてきたクリストファー・ゲストによるもので、本人もバンドのメンバー役として出演しています。
注目して欲しいのは架空のバンドであるスパイナル・タップの作り込み具合。Wikipediaに載っている項目だけでもとてつもない情報量です。ドラマーだけが謎の変死を遂げ続けるバンド…この肩書だけで凄まじい破壊力がありますからね。
音楽業界のパロディが隅々まで行き届き、ユーモアもたっぷり。時間も79分と短いのでサクッと観られるのも嬉しい点です。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】殺人者はライフルを持っている!(1968年/原題:TARGETS)
家族を殺し、ハイウェイで凶行を繰り広げたライフル魔が逃げ込んだドライブインシアターには、引退を決意した怪奇映画スターが特別ゲストとして来ていた。映画が上映される中、やがてライフル魔の無差別殺人が始まる!
『ペーパー・ムーン』の名匠ピーター・ボグダノヴィッチの監督デビュー作ですが、DVDの特典に収録されている製作秘話によると本作は以下の条件下で製作されたということ。
1.ボリス・カーロフとの契約が2日間残っているため、その2日間で映画を作ること。また、カーロフの出演時間は20分のみ
2.他の俳優たちを起用して約1時間分のシーンを2週間以内で撮ること
3.カーロフの出演作品である、『古城の亡霊』からの抜粋を20分使うこと
この厳しい条件下できっちりと映画を作り上げたボグダノヴィッチがただただ素晴らしい! 音声解説を聞くとボグダノヴィッチは相当苦労して本作を撮ったようです。それにしてもこれが監督デビュー作というのだから本当にすごいですよね。
ちなみに狙撃犯ボブのモデルはテキサスタワー乱射事件の犯人であるチャールズ・ホイットマンだそうです。
スリー・ビジネスメン(1997年/原題:THREE BUSINESSMEN)
アレックス・コックス監督・主演の風変りなロード・ムービー。アレックス・コックスとミゲル・サンドヴァル演じるビジネスメンのおじさんたちがどう足掻いてもディナーにありつけず、夜の街を彷徨うことになる・・・というお話です。3人目のビジネスメンは終盤でちゃんと出てくるので安心を。
はじまりはリバプールのホテルから。ホテルのレストランで食事にありつこうとした2人ですが、なかなか料理が出てこない。厨房を覗くとそこは無人。さっきまで人がいたはずのホテルも無人。今まで確かに存在していたものが急に目の前から消えるというはじまりから不安たっぷりの展開が待ち受けます。
リバプールからロッテルダム、香港、東京、そして砂漠へと2人のディナーを巡る旅は続いていく。ここでおもしろいのは、2人が自分たちのいる場所はリバプールだと頑なに信じ込んでいるところ。いやいや、さすがに気付くだろ~と思っても本人たちは一向に気付く気配がないのです。
そして、各街に共通しているものがいたる所に貼られていた謎のポスター。 リバプール、ロッテルダム、香港、東京、砂漠の空間は意外にも繋がっているのかも? 昼とは全く別の顔を見せる夜の街並みの艶めかしさにもぜひ注目してみて下さい。東京のシーンでは、永瀬正敏と田口トモロヲが端役で出演していますのでお忘れのないように!
シャーリー・テンプル・ジャポン パート1、パート2(2005年)
静岡県ワシントンDC群ウォーターゲート町の山寺に潜伏する3人の無職青年たちは、同町の町長選挙において雇われた”身代わり有権者”であった。
報酬20万で自らの身分を一切合切捨てた身代わり有権者たちの話。
本作にはパート1とパート2があり、サイレント方式で撮影されたパート1は曽我部恵一のライブの背景画像として製作されたものだそうです。パート2は同ストーリーを同キャストでトーキーとしてリメイクしたなんとも珍しい作品。
パート1とパート2あわせても本編は66分しかありません。短いのですぐ観終わってしまうのですが、設定なんかはけっこうゾッとするようなものがあります。報酬20万で自らの身分を一切合切捨てているんですから。でも、世界観が現実離れしているので不思議と納得してしまう。閉鎖空間での出来事なので、まるでそこだけのちっぽけな世界で繰り広げられているコメディのようです。
エスケイプ・フロム・トゥモロー(2013年/原題:Escape From Tomorrow)
某夢の国にて無許可でゲリラ撮影をしたことが話題となった作品。
監督のランディ・ムーアは自身が幼い頃に父親に連れられてやってきた某夢の国と、その後自分が父親になってからやってきた時との印象の違いを描きたかったと語っています。
タイトルを直訳すると「明日からの逃亡」となりますが、冒頭で主人公が仕事をクビになったという事実も含めて考えると実は物語自体はシンプルなのかも。といっても監督の私情みたいなものが詰め込まれているため、少々難解な内容ではありますが、恐らく監督は夢や希望に溢れた国でも悪夢や汚いものは存在するということを描きたかったのではないでしょうか。
色彩豊かな某夢の国をあえてモノクロで映したのは上手い演出だと思います。色付きだときっとその鮮やかさに飲み込まれてしまうだろうから。
ラストのオチも猫インフルエンザ(架空の病気)を絡ませていて、ネズミだけになんとも皮肉たっぷり。テーマ的にはなにかしら惹き付けるものがあり、新しいカルト映画のひとつといってもいい作品でしょう。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】コーヒー&シガレッツ(2003年/原題:COFFEE AND CIGARETTES)
ジム・ジャームッシュによる11のショートストーリーを繋いだオムニバス映画。そのかたわらには必ずコーヒーと煙草が顔を覗かせる。
大の大人たちが小さなコーヒーカップ片手にお喋りに興じる姿はかわいいの一言に尽きます。
11からなるストーリーはどれも退屈な日常の一部分を切り取っただけに過ぎず、すなわち本作の楽しみ方はコーヒーと煙草を供に垂れ流しで観るのが正しいような気がします。お洒落なカフェなどで流れていたならばなおよし。
100匹目のサルと笑う胃袋(1999年、2000年)
こちらは伊刀嘉紘初期傑作選と題し『100匹目のサル』と『笑う胃袋』を収録した作品になります。
100匹目のサル
ざらざらに色褪せた映像と共に英語と日本語が飛び交う様はどこか知らない町に連れて来られ置き去りにされたような不安を感じてしまう。
正直なところストーリーは全く持って意味不明。この意味不明でいきあたりばったりな雰囲気と8ミリ映画ならではの古ぼけた映像の羅列はルイス・ブニュエルの『アンダルシアの犬』のような作風を感じさせます。観終わった後はこれを撮った伊刀嘉紘とやらは一体何者なんだ…と誰しもが思うはず。
笑う胃袋
屠畜場で牛が殺されるのを見て以来、味覚に目覚めた女。しかしこの女、海胆だけは頑なに食べようとしないのだが…。
食べるという行為を官能的に捉えながらも、どこか自虐的で薄ら寒い感覚はホラー映画を観ているよう。『100匹目のサル』よりかは遥かに映画的なのでこの2作品は対照的ともいえるでしょう。
悪魔のゴミゴミモンスター(1978年/原題:MILPITAS MONSTER)
ミルピタスの町を揺るがすゴミ箱紛失事件。現場には謎の足跡が残されており…。
アメリカ合衆国カリフォルニア州サンタクララ郡内にある都市、ミルピタスの町おこし映画として製作された作品。出演者はもちろんのこと、スタッフも素人なのでお世辞にもおもしろいとは言い難いのですが、町おこし映画ですから地元の人が盛り上がればいいわけです。地元の上映会では「今お前が映ってたぞ!」なんて言いあったりしながら盛り上がったのでしょう。
ミルピタスの人々が今これを観てどう感じるのかが一番気になるところではあります。むしろ「悪魔のゴミゴミモンスター リターンズ」なんて名目でリメイクでもしたら意外とおもしろいかも?
HOUSE ハウス(1977年)
メロディー、ファンタ、ガリ、スウィート、クンフー、マック、オシャレの7人はオシャレのおばちゃまが住む羽臼(はうす)屋敷で夏休みを過ごそうとやってくる。しかし、この羽臼屋敷はなにかがおかしい…。
大林宣彦の商業映画デビュー作。
おもちゃ箱をひっくり返したかのようなめちゃくちゃで終わりのない世界観はまさに悪夢。一体この映画はなんなの? と考える暇すらないほど画面は目まぐるしく変わっていく。極めつけがキッチュ感満載の演出とキャピキャピとしたガーリーな雰囲気が混在しているというわけのわからなさ。
おもしろいのか、おもしろくないのか、傑作なのか、駄作なのか、それすらもわからない。そんな紙一重の隙間にこの映画は鎮座しています。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】アイスリンク(1998年/原題:LA PATINOIRE)
フランスの野心的監督は、ホッケーのサドンデスをモチーフに映画を撮ろうとする。その映画の名は「ドロレス」。それは全編をアイスリンク上で撮影するという前代未聞の映画であった・・・。
氷の上をこれでもかと滑りまくる人間。シンプルな絵の中に笑いがこれでもかと含まれている、まるでコントのような映画です。
頼りなさ気によたよたとリンク上を歩き回る監督がペンギンみたいでかわいいやら、いい年したおっさんがなにしてんだ・・・と情けなさすぎて次第に笑えてきますが、それ以上に目立つのは助監督のヴェロニクとカチンコ係兼雑用係のダヴィッドの働きっぷり。一体この2人は本編中に何度名前を呼ばれたことでしょう。名前を呼ばれたらどこからともなくリンク上に素早く現れ、文句を言うことなく自分のやるべきことをやって帰っていく。この人たちは正真正銘の職人だ・・・かっこいい…!
そして観終わった後は必然とカチンコが欲しくなること間違いなし! なにを隠そう、筆者はこの作品を観た直後、Amazonでカチンコを購入しました・・・。
ちなみにドロレス役のドロレス・チャップリンはチャールズ・チャップリンの孫娘だそうですよ。
変な映画だからこその楽しみ方
「ねえねえ、こんな変な映画があるんだけど・・・」と誰かを誘って観るも良し、「なんなのこの映画は!?」と1人ごちるも良し。
こういった変わった映画の楽しみ方は千差万別です。気になる作品があれば今すぐチェックしてみて下さい!
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