不寛容な社会と向き合う純粋な魂。西川美和×役所広司の初タッグで描く問題作『すばらしき世界』

『ゆれる』(2006年)、『ディア・ドクター』(2009年)、『永い言い訳』(2016年)…。西川美和監督が紡ぐ物語の主人公たちはみな、嘘で自分自身を覆い隠し、容易にその内面を観客に開示しない。西川作品を観ることとは、人間の心という不可思議な迷路に分け入っていく行為。やがて、人間の愚かさや滑稽さを目の当たりにして、我々観客は自分が丸裸になったような気持ちにさせられるのだ。

そんな西川監督の新作『すばらしき世界』が、2021年2月11日より全国公開される。果たして、役所広司演じる三上とはどんな人物なのだろうか?まずは、これまでに監督の手によって生み出されたキャラクターたちを振り返ろう。

嘘かどうか“ゆれる”男、早川稔(香川照之)
−『ゆれる』(2006年)より

山梨の実家でガソリンスタンドを経営している兄・稔(香川照之)と、東京でカメラマンをしている弟・猛(オダギリジョー)。幼馴染の女性が吊り橋から転落した事件で稔は逮捕されてしまい、猛は必死に無罪を訴える。だが裁判の過程で、温厚な兄の隠された一面が垣間見え、愛憎渦巻く感情が少しずつ露わになっていく。

稔の奥底に眠る感情は、最後まで見通すことはできない。彼は嘘をついているのか、ついていないのか、それすらも判然としない。まさしく映画のタイトルのように、“ゆれる”存在なのだ。

善意で嘘をつく男、伊野治(笑福亭鶴瓶)
−『ディア・ドクター』(2009年)より

過疎化の進む小さな村で唯一の診療所を営む、医師の伊野 (笑福亭鶴瓶)。人なつこい笑顔を絶やさず、親身になって村人の治療を一手に引き受けている彼は、村人から絶大なる信頼を集めている。だが、これまで隠してきた「嘘」がほころび始め、彼は突然村から失踪するのだった。

映画のキャッチコピー「その嘘は、罪ですか。」が暗示する通り、彼の嘘は悪意に満ちたものではなく、むしろ善意から生まれたものだった。この映画では、そんな「善意の嘘」を許容しない社会の歪みを、冷徹な眼差しで描いている。

保身のために嘘をつく男、衣笠幸夫(本木雅弘)
−『永い言い訳』(2016年)より

小説家の幸夫は、妻の夏子と二人暮らし。自宅で愛人と不倫行為に及んでいた彼の元に、旅行中の妻が事故に巻き込まれて死亡した連絡が届く。内心では大きな悲しみを感じてはいなかったものの、保身のためにマスコミの前では “最愛の妻を失った悲劇の夫”を演じるのだった。

国民栄誉賞を受賞した広島カープの鉄人 「キヌガサ・サチオ」と同じ名前を持ちながらも、その行動は褒められたものではなく、あまりにも小市民的。だがその嘘は、おそらく普通の人々が普通についてしまうであろう、世間体としての嘘なのだ。

嘘をつけずにもがく男、三上正夫(役所広司)
−『すばらしき世界』(2021年)より

最新作の『すばらしき世界』の主人公・三上は、実在のモデルが存在するキャラクター。 西川監督は関係者に綿密なリサーチを行い、4年の歳月をかけて“短気だが実直で情に厚い男”三上正夫を創り上げていった。

彼は、『ディア・ドクター』の伊野や『永い言い訳』の幸夫とは異なり、呆れるくらいに嘘がつけない。だがそれゆえに、目の前にある不条理に太刀打ちできず、哀れなくらい無力な存在となってしまう。一度レールを外れた者に対して、私たちが住むこの世界はあまりにも不寛容なのだ。彼のまっすぐさは、とっても愛おしく、とっても切ない。

西川美和が描いてきたキャラクターを時系列で俯瞰してみると、嘘で塗り固められた鎧がちょっとずつ剥がされ、純粋な魂がむき出しになっていることがわかる。そういう意味で『すばらしき世界』は、彼女が新しいステージに移行した作品だといえるかもしれない。ぜひ劇場に足を運んで、この映画を存分に味わってほしい。

◆『すばらしき世界』Information

あらすじ:下町の片隅で暮らす三上(役所広司)は、見た目は強面でカッと頭に血がのぼりやすいが、まっすぐで優しく、困っている人を放っておけない男。しかし彼は、人生の大半を刑務所で過ごしてきた元殺人犯だった。社会のレールから外れながらも、何とかまっとうに生きようと悪戦苦闘する三上に、若手テレビマンの津乃田(仲野太賀)と吉澤(長澤まさみ)が番組のネタにしようとすり寄ってくる。やがて三上の壮絶な過去と現在の姿を追ううちに、津乃田は思いもよらないものを目撃していく……。
上映時間:126分
公開日:2021年2月11日(木・祝)全国公開
配給:ワーナー・ブラザース映画
公式サイト:subarashikisekai-movie.jp

すばらしき世界』公開記念!西川美和監督の過去作が待望のBlu-ray化!

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『ディア・ドクター』

映像特典:「ふりかえる『ディア・ドクター』」デビュー19年目を迎えた西川美和と笑福亭鶴瓶が制作当時を“ふりかえる”豪華対談。当時の監督をどう見ていたのか?対談を通して、改めて作品の魅力に迫る。

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(C)2002「蛇イチゴ」製作委員会、(C)2006『ゆれる』製作委員会、(C)2009『Dear Doctor』製作委員会、(C)2016「永い言い訳」製作委員会、(C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

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  • pooh
    4.2
    素晴らしくないものばかり見せられて、でも少しだけ良いものもあって、だからこそそんな世界が愛しいと思える作品でした。ラストも私は好きです
  • でぃーち
    4
    面白かった
  • hemojiri
    3.8
    記録
  • aquakondo
    4
    愚直で真っ直ぐな人ほどこの社会を生き抜くことはしんどい。また人は生まれながらに不平等である。 ただただ普通に生きたいだけなのに、それを簡単に出来ない人もいる。 主人公が新たな一歩を踏み出そうとした時に世の中はこんなにも冷たいものなのか… ただそんな中でも一縷の希望はある。必死に生きようとする、主人公を演じる役所広司の演技は演技に感じない迫力があった。福岡出身の自分が、何の違和感なく話している役所さんの北九弁に圧倒された。 原作が佐木隆三の「身分帳」ということを観た後で知ったが、同じ佐木さんの作品「復讐するは我にあり」に共通する人間の儚さ、不平等性に深く納得。そこに西川監督のスパイスが加わって良い作品でした。 また周りを固めるバイプレーヤー陣、橋爪功、梶芽衣子、六角精児、仲野太賀、北村有起哉、安田成美、長澤まさみ、良いです。
  • fuya
    -
    役所広司の演技えぐい 社会の一員にいない感覚とか、誰の役にも立ってない感覚とか、最高峰の自己嫌悪なんやろな…
すばらしき世界
のレビュー(44613件)