【伝記×音楽】若くして亡くなった5人の天才ミュージシャン「フォーエバー27」

2016.09.10
映画

ドイツ在住、ヨーロッパ映画三昧!

Chihiro

ロック・ミュージック界には“時代を風靡した天才ミュージシャンは、27歳で亡くなることが多い”という不思議なジンクスがあります。1969年のザ・ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズをはじめ、最近では2011年7月に亡くなったシンガーのエイミー・ワインハウスまで、その現象は今でも連載のように続いています。

たぐいまれなる才能を持ったミュージシャンの宿命とも感じる27歳の死。今年9月10日から公開されるドキュメント映画『ジャニス:リトル・ガール・ブルー』の主人公、ジャニス・ジョプリンもその一人です。

今回は、ミュージック・シーンに多大な影響を与えながらも、27歳という若さで急逝したミュージシャンたち“The 27 Club”といわれている5人の軌跡と、彼らを題材にした作品を併せて紹介します。

ジャニス場面

ストーンズを作った男「ブライアン・ジョーンズ」

『ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男』

ブライアン

御年73歳のミック・ジャガーを筆頭に、現在でもコンスタントに作品をリリースし、全国ツアーも回るパワフルじいちゃんたちこと、ローリング・ストーンズ。ストーンズといえばミックとキースを思い浮かべることが多いと思いますが、実はバンド結成に関わった主要なメンバーがもうひとりいたことを、意外とご存じない方もいるのではないでしょうか。

彼の名はブライアン・ジョーンズ。ギターを担当するほか、シタールやマリンバなど民族楽器も弾きこなす多才な人物でした。初期のストーンズの音楽に幅の広さを与えたのは、ブライアンといっても過言ではありません。

しかし1969年頃からメンバーとの不仲やアルコール・薬物への依存が続き、バンドから解雇を宣告されます。そして、同年7月3日に自宅のプールで遺体となり発見されました。アルコールとドラッグの過剰摂取により事故死とされていますが、実は他殺されたのでは?と、今でも謎が多いままです。

2005年に公開されたブライアン・ジョーンズの伝記映画『ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男』では他殺説をベースに、その様子が描かれています。ちなみに本作にはブレイク前のベン・ウィショーがキース役で出演。

ブライアンはビートルズやボブ・ディランなど、同時代に活躍していたミュージシャンと親交を持つフレンドリーな一面と、人一倍自我が強くメンバーから距離を置かれる影の部分、二面性がある人物だったようです。死の真相同様、本人もミステリアスな方だったのではないでしょうか。

ロックの礎を築いたギタリスト「ジミ・ヘンドリックス」

『JIMI:栄光への軌跡』

JIMI

奇抜でカラフルな細身のファッションを着こなすスター性を感じさせる出で立ち。ギターに火を点けたり、破壊したり、時には歯を使って演奏してみたり、背中でギターを弾いてみたりと、過激なパフォーマンでさまざまな伝説を残してきたギタリスト、ジミ・ヘンドリックス。彼の人間離れした天才的なギタープレイは、多くのミュージシャンたちに影響を与え続けています。

1966年、アニマルズ(英・ニューカッスルのブリティッシュ・バンド。ビートルズらと同じ時代に人気を博していました)のメンバーに才能を見出され、渡英。その後、ベースのノエル・レディングとドラムのミッチ・ミッチェルと共に、バンド、ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスを結成。翌年、「アー・ユー・エクスペリエンスト?」でアルバム・デビューを果たしました。リズム&ブルースをベースにしながらもジミの存在感と独創的なギタープレイが、楽曲に華やかさと妖艶さをプラスしています。

その後、1969年同バンドは解散。新たにバンド・オブ・ジプシーズを結成するも、薬物の影響による体調不良などでトラブルが続き、翌1970年9月18日にロンドンのホテルで急逝しました。

2015年に公開された伝記映画『JIMI:栄光への軌跡』ではデビューから約2年間のスターダムへと駆け上がるまでの軌跡を描いています。そのほかにも『エレクトリック・チャーチ - アトランタ・ポップ・フェスティヴァル』など、ドキュメント作品も数多くあるので、ぜひチェックしてみてください。

映像として生き続ける彼の姿からは、感じるがままに大胆に、自由にロックを奏でる奔放な生きざまを感じられるはずです。

ロック界の詩人、破天荒なカリスマ「ジム・モリソン」

『ドアーズ』

『ドアーズ』

巻き毛にワイルドないで立ちが印象的なジム・モリソンは、アメリカのロックバンド、ドアーズのボーカリストとして、1967年~1970年頃まで活躍しました(バンドは1965年に結成)。

父親の仕事の関係で住処を転々とする生活を送っていた彼は、いつしか読書にふけ、ボードレールやジャック・ケルアック、ニーチェ、サルトル、カフカなど作家や哲学者から多大なインスピレーションを受けていたそうです。UCLAの映画学科を卒業(同期にはフランシス・フォード・コッポラがいました)した彼は、同大学に通っていたレイ・マンザレク(オルガンを担当)と出会い、ドアーズを結成します。

大ヒットとなった「ハートに火をつけて」を始め、数々のヒット作を生み出しましたが、もともと詩人としての活動を切望していたジムは、1971年にアルバム「L.A.ウーマン」収録後にバンド活動を休止し、詩作に専念するため渡仏。しかし、次第にアルコールに依存し自堕落な生活へと落ちてゆきます。そして同年7月3日にパリのアパートで心臓発作のため亡くなりました。不運な事故なのか、ヘロインの過剰摂取によるものなのか、いまだに謎が残るままです。

1991年公開の伝記映画『ドアーズ』では、ジム(ヴァル・キルマー)がガールフレンド、パメラ(メグ・ライアン)との恋愛を軸に、ドアーズでの活動やその後の姿が描かれています。2009年のドキュメンタリー映画『ドアーズ/まぼろしの世界』も公開されています。

詩を愛し、音楽を愛していたジム・モリソン。過激なパフォーマンや挑発的なステージで数々のトラブルがありましたが、詩人としての顔を持つ一面や、どこか排他的な雰囲気が魅力的で、恋人のパメラが彼に夢中になった気持ちに共感してしまいます。

繊細すぎた、孤高のミュージシャン「カート・コバーン」

『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』

COBAIN

(C)2015 End of Movie, LLC All Rights Reserved.

1990年代のグランジ・ミュージックを牽引したバンド、ニルヴァーナのボーカリスト、カート・コバーン。音楽的アイコンに留まらず、人物としてのアイコン、ファッションとしてのアイコンとして、多方面から注目を集めていました。

歌詞やサウンド、パフォーマンスでの過激なイメージとはかけ離れ、本来カートは内向的な性格で、学校に友達はおらず、常に図書館で本を読んでいた幼少期を送っていたそうです。

1989年にニルヴァーナとして「ブリーチ」をリリースし、デビュー。1991年アルバム「ネバーマインド」とシングル「Smells Like Teen Spirit」の爆発的ヒットによりその名を世界に知らしめます。その華々しい活躍や成功を手に入れると同時に、多大なストレスを受けたカートは、1994年4月5日、シアトルの自宅で自殺をしました。

遺書の中には、音楽に夢中になっていたころのような情熱を失ってしまったこと、ステージに立つことを義務のように感じていること、そのことに対するファンへの罪の意識などが書かれていて、とても感受性が強い性格であったことがうかがえます。もともとスター気質でなかったにも係らず、世間にアイコンとして祭り上げられ、自分の気持ちに収集がつかなくなってしまったのではないかと思います。

2015年にはカートの娘、フランシス・ビーン・コバーンが製作総指揮を務めた『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』が公開。愛娘が自分のドキュメント映画に関わっていることをカート本人もうれしく感じているのではないでしょうか。

魂に訴えかける声をもつ歌姫「ジャニス・ジョプリン」

『ジャニス:リトル・ガール・ブルー』

『ジャニス:リトル・ガールブルー』

1960年代を代表する女性ロック・シンガー、ジャニス・ジョプリン。現在ではフローレンス・アンド・ザ・マシーンやアデルといった女性ミュージシャンたちが、フェスティバルのヘッドライナーを務めるほどに活躍していますが、男性優位だったその当時の音楽シーンで女性のミュージシャンが成功するのは、なかなか大変なことでした。そんな時代に活躍してきたジャニスは、女性ミュージシャンたちの礎を築いた存在と言っても過言ではありません。

ジャニス

愛らしい笑顔にヒッピーファッションがトレードマークの彼女は、1963年に大学を辞めサンフランシスコのヒッピーの聖地ヘイト・アシュベリーへと移り住み、フォークシンガーとしての活動をスタート。その後、いくつかのバンドを渡り歩きながら、1969年に「コズミック・ブルースを歌う」をリリース、ウッドストック・フェスティバルにも出演しました。

これからさらなるキャリアが約束されていた1970年10月4日、最新作「パール」の収録のため滞在していたロサンゼルスのホテルにて亡くなっているのが発見。フォークシンガーとして活動し始めたことから常習だった薬物が致死量を超えていたことが原因だったようです。遺作となったアルバム「パール」は1991年にリリースされ、皮肉なことに全米1位を獲得しています。

ジャニス

9月10日に公開される彼女のドキュメンタリー映画『ジャニス:リトル・ガール・ブルー』では、ジャニスが親しい友人や家族に送った手紙の内容を交えながら、シンガーとしての一面、ひとりの女性としての素顔も映し出されています。

彼女の功績はアイコニックな存在や作品のセールスだけでなく、女性シンガーの礎を築き、世の女性たちに自らの生きざまを後世に残したことではないでしょうか。それこそが、今でもジャニスが多くの同性から愛され続ける理由だと思います。

映像を通して、5人の音楽に改めてふれてみよう

ジャニス場面3

人々を魅了するカリスマ性を持つ5人。スクリーンを通して、音楽を通しいて現在もその存在はわたしたちの中に生き続けています。こんな素敵な音楽に出会えたことに感謝し、この先も後世へと語り継ぐことが、彼らの生きた証になるのではないでしょうか。

『ジャニス:リトル・ガール・ブルー』は、9月10日よりシアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー。

(c) 2015 by JANIS PRODUCTIONS LLC & THIRTEEN PRODUCTIONS LLC. All rights reserved.

配給:ザジフィルムズ

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  • sonozy
    3.8
    1943年、テキサス生まれ。中高時代まで容姿についてイジメられ、大学は音楽のためにドロップアウト。 1966年ビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニー参加し、1967年のモントレー・ポップ・フェスティバルで大きな注目を集め、その後、いくつかのバンドを経て、 1970年10月、Newアルバム『パール』の録音のため滞在していたロサンゼルス、ハリウッドのホテルの一室でヘロインの過剰摂取により27歳で命を落とすまでのドキュメント。 あの魂を震わせるようなブルースを歌う彼女が最期まで抱えていた疎外感・孤独感。 それを紛らすための酒とヤク漬けとなってしまった日々。 多くのミュージシャンに影響を与えたロック界のジャンヌ・ダルク。 わずか4年間の音楽活動だったという事に改めて驚きました。 トレーラー https://youtu.be/QWLXVAIKcII (余談)27歳で亡くなったミュージシャン、アーティストが"The 27 Club(27クラブ)"としてくくられているんですね。 ブライアン・ジョーンズ、ジミ・ヘンドリックス、ジム・モリスン、エイミー・ワインハウス..etc
  • LazyBastardSon
    -
    今年2本目に観るジャニスの映画。両親に宛てた手紙を軸に進むドキュメントは本当に丁寧に人間としてのジャニスを描いてたと思います これを観ると、ジャニスは大きな才能と名声を得ていたけど、それ以外は本当等身大の普通の20代だったのがよく分かります ただ幸せになりたいだけなのに、学生時代に得た傷がその人の人生を左右する事はよくありますが、ジャニスも例外ではなかったんですよね そういう人間が何をするか?と言えば、愛してもらう為にありのままの自分で生きようとするものです。それで好かれようと嫌われようとも、何の言い訳もできない自分でいる事が表現そのものになっていきます そういった意味でジャニスは本当ありのままの全身ミュージシャンであったと言えると思います。その代償は大きかったでしょうけど、彼女は未だに忘れられず、誰からも愛される人になりました。本当本望でしょうね。残念なのはジャニスはその事を理解しないままあの世に逝ってしまった事ですね
  • matsunikki
    3.7
    この映画を観る前から、ジャニスの歌声は命を削りながら絞り出してる気がして夭折もなんとなく分かるような気がしていた。 映画を観終わっても基本的な印象は変わらない。繊細だったんだなぁと。そしてかわいい女性。 関係ないけど手紙を書きたくなった。67
  • ayuka
    -
    これをみてジャニスを好きにならない人がいるのか。彼女の孤独と自分の孤独を重ね合わせない人がいるのか。彼女の目の奥に潜む孤独をみていると何とも言えない、胸の奥になにかがつっかえて苦しい気持ちになる。 60年代はきっとクソみたいな時代だったんだろう。50年代のクソみたいな安定と平凡と物質主義への反抗もあったんだろうけど、もっと荒れたものがあったはずだ。ベトナム戦争もそうだろうけれど。いつだって多分、若者にとってはその時代はクソみたいな時代なんだろうけど。 みんなが既成概念に反発をして、一丸となって、そのうねる波の中に音楽というパワフルなものを持って、リーダーとなった人たちの責任というのは計り知れないものがある。ジャニスもそうだし、ジェリーガルシアもそうだ。ドラッグが溢れている中、そんな押しつぶされそうな期待と責任の中にいたら、私だって手を出さない自信がない。期待と責任以外にだって、ひどい世間のありさまや情勢に、ジャニスのように繊細な人間が耐えられるのか。最後にジョンレノンが言っていたが、クスリに手を出す原因を解消しなければいけないということ。でもその時代にはクスリを使って大勢の人が逃避したがったということ。 このドキュメンタリーをみていると本当に、ステージの上のジャニスジョプリンと、ステージを降りた時のジャニスの差が分かる。力強くて独立していてカッコいいジャニスから、自信のなさそうなもの静かそうな、目の奥の孤独が露わになったジャニスへ。全てはいじめから始まった、とは私は思わない。いじめも含めて、いろんな、本当にいろんな出来事(自分に直接的な関係がなくても)が彼女の繊細な心を蝕んでいってしまったんだろうな。 当時南部で差別反対を訴えたこと。そんなことが許されなかった時代。彼女は本当に他人の心の痛みがもともと分かる人だったんだ。そして道徳心を貫く勇気があった。もし彼女が今の時代に生きていたらな、と思う。色々な人々に対して寛容になってきている現代に感心してくれただろうか。あるいは、今のクソみたいな時代にもっと道徳的な正しさを求めて行進しただろうか。
「ジャニス リトル・ガール・ブルー」
のレビュー(568件)