ヌーヴェル・ヴァーグの祖母、アニエス・ヴァルダの傑作4選<『アニエスによるヴァルダ』『ラ・ポワント・クールト』など>

1950年代のフランスで盛んとなった映画運動、ヌーヴェルヴァーグ。
この“新しい波”を語るときに、欠かさず名前が挙がるジャン=リュック・ゴダール監督やフランソワ・トリュフォー監督らよりも先んじて、映画表現にさざ波を起こしていた女性監督がいる。それがヌーヴェルヴァーグの父ならぬ、ヌーヴェルヴァーグの祖母こと、アニエス・ヴァルダ。


les créatures – marilou parolini (C) varda estate

今回は、伝説的長編デビュー作『ラ・ポワント・クールト』や、遺作となったセルフドキュメンタリー『アニエスによるヴァルダ』など傑作4作品を紹介。ニューノーマルな暮らしの中で、ほっと一息つきたい時、刺激的なエンターテイメントとは違うものを観たい。まさにそんな気分を満たしてくれるアニエス・ヴァルダの世界に浸ってみてほしい。

遺作にして入門編『アニエスによるヴァルダ』

映画監督だけではなく、写真家、ビジュアル・アーティストとしても才気を振るい、2019年に90年の生涯を閉じたアニエス・ヴァルダ。 

長編劇映画監督デビュー作の『ラ・ポワント・クールト』から各国の映画賞を総なめにしたドキュメンタリー『顔たち、ところどころ』まで、60年以上のキャリアを監督自身がつまびらかにするセルフドキュメンタリー。監督が自身の作品秘話や解説を語るとともに、それら過去作品のフッテージも豊富に登場する。

かなりレアな極私的な映像も含まれており、アニエス・ヴァルダのファンにはかゆいところに手が届く、まさに総括的作品。ビギナーにも優しい丁寧な作りにもなっているので、入門編としての機能もある。驚かされるのは、ディレクターズチェアーに座る老年のアニエス・ヴァルダの若々しさとキュートさとオシャレさ。時を経ても色あせない作品の作り手こそ、色あせることのないはつらつとした生き方をしているのだと改めて感じ入る。

本作をまず観ることによって、アニエス・ヴァルダのガイドブックが手に入るようなもの。初めての方はもちろん、アニエス・ヴァルダ好きの方も、ここから観ていくことで新たな発見があるかもしれない。

映画監督デビュー作『ラ・ポワント・クールト』

ジャン・リュック・ゴダール監督の名前を世界的に轟かせたのみならず、ヌーヴェルヴァーグの代表格的作品となった映画『勝手にしやがれ』(1960年)が生れる5年前。

ヌーヴェルヴァーグの萌芽的作品にしてヴァルダの長編映画監督デビュー作が、この『ラ・ポワント・クールト』。南フランスの貧しい漁村を舞台に、苦しい日々を送る漁師たちと都会から帰郷した一組の倦怠期夫婦の交わることのない姿を描く。

漁師たちの日々をドキュメンタリータッチで追い、愛について観念的な議論を重ねる夫婦の姿は美的構図を意識したシュールな映像で魅せる。その二つの物語は並走するだけで、混ざり合うことは決してない。既存の物語構成という方程式から解き放たれた本作は監督の自由な発想なくしては生まれなかった奇跡的デビュー作であり、いまだかつてない映画体験を世の観客たちに与えたエポックメイキングな一作。主演はあの『ニュー・シネマ・パラダイス』のアルフレードといったところも、映画ファンにはたまらない。

ドキュメンタリストとして―。『ダゲール街の人々』『落穂拾い』

『ダゲール街の人々』は、アニエス・ヴァルダ自身が子育てとの両立のために、自宅からつないだ電源ケーブルが届く範囲内でのみ撮影するという、フリーダムな発想から生まれた可愛らしい人生讃歌。

パリ14区モンパルナスの一角にあるダゲール通りに生きる人々の顔と生活が被写体になっており、50年以上居を構える自宅への愛着が、映像やカメラのレンズを通した視線からも感じられる。その温もりゆえか、観ているこちら側にもダゲール通りへの愛おしさが自然と生れ、まるで自分の近所の話であるかのような錯覚すらしてしまう。実に不思議なドキュメンタリーだ。

エッセイのようにつづられた作品もある。

『落穂拾い』は、自身も道端で物を拾うことが好きなアニエス・ヴァルダが、捨てられた食べ物や品物を再利用する収集家たちの姿を追うロードムービー風ドキュメンタリー。パリの市場で道に落ちているものを拾う貧しき人たちから、ミレーの名画『落穂拾い』へとインスピレーションを繋げる監督の芸術家的イマジネーション力は、さすがビジュアル・アーティストの顔を持つだけある。

ナレーションに加えて、時にラップまで披露しながら語っていくアニエス・ヴァルダは、思いつきを無邪気に形にしていくことで、創作することを本当に楽しんでいるのだと実感する。ハンディカメラ片手に被写体を追うパワフルさは、当時70代だったとは思えないほどパワーに満ち溢れている。本作は、ヨーロッパ映画賞最優秀ドキュメンタリー賞とフランス映画批評家協会賞最優秀映画批評家賞を受賞した。

アニエス・ヴァルダの作品に通底するのは、初期衝動。人間に対する好奇心から生まれるイマジネーションの飛躍は、歳を重ねた晩年の作品にも新鮮味たっぷりに存在する。街中で当たり前にある風景を別の角度で見ると、気づかなかった面白さとドラマがどれだけ溢れていることか。アニエス・ヴァルダが教え、遺してくれたのは“想像すること”の大切さ。こんなご時世だからこそ、想像して「楽しむこと」というシンプルかつチャーミングな精神を感じとったら、温かい春の日差しの中へ歩き出そう。

『アニエスによるヴァルダ』
(C) 2019 Cine Tamaris – Arte France – HBB26 – Scarlett Production – MK2 films
『ラ・ポワント・クールト』
(C)1954 succession varda
『ダゲール街の人々』
(C) 1975 ciné-tamaris
『落穂拾い』
(C) 2000 ciné-tamaris

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