2つの「アイヒマン」映画からひも解く、ナチスの大罪を追及&探究した2人の男とは?

気づいたら映画ファンになっていた

松平光冬

終戦70年を過ぎても、さまざまな形で製作されるナチス・ドイツやホロコーストを題材にした映画。

日本でも昨年から、『サウルの息子』や『栄光のランナー 1936ベルリン』、『手紙は憶えている』といった作品が多数公開された(『手紙は憶えている』の詳細についてはこちらを)。

そして2017年にも、1月から2月にかけて2本の映画が公開される。

両方ともタイトルに「アイヒマン」を冠しており、アイヒマンとはユダヤ人らを虐殺したホロコーストの中心的人物となったナチス親衛隊中佐、アドルフ・アイヒマンを指す。

2本はそれぞれ異なるアプローチでナチスの大罪を描いた史実ものとなっている。

アドルフ・アイヒマンとはどんな人物?

イェルサレム

出典 : 「イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告 」 : ハンナ・アーレント : 本 : Amazon.co.jp

1906年生まれのアイヒマンは、ヒトラーの演説に感銘を受けて32年にナチス親衛隊入隊後、35年にユダヤ人担当課に配属され、ユダヤ人迫害のプロとして、ホロコーストにおけるユダヤ人列車移送の最高責任者を務めた。
終戦後に偽名を使ってイタリアに逃れたのち、50年にアルゼンチンに移って潜伏生活を送るも、60年にイスラエル諜報部(モサド)により捕らえられ、翌年エルサレムにて裁判(通称、アイヒマン裁判)にかけられた。

62年絞首刑に処されるも、虐殺については「大変遺憾には思うが、自分は命令に従ったまで」と、自身の罪を認めることはなかった。

なおアイヒマン裁判についての映画としては、『ハンナ・アーレント』や『アイヒマン・ショー/歴史を写した男たち』などがある。

『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』:ナチス戦犯を追う孤高な男の執念

アイヒマンを追え

(C)2015 zero one film / TERZ Film

最初に取り上げるアイヒマン映画は、1月7日より公開が始まっている『アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男』。

1960年に、アルゼンチンに潜伏しているアイヒマンの拘束に動いたドイツ人検事のフリッツ・バウアーだが、ドイツ政府や捜査機関にはナチスの残党がいるため十分な協力が得られない。そこで彼は単身イスラエルに渡り、現地の情報機関モサドの協力を仰ごうとする。下手すれば国家反逆罪に問われる恐れもありながらも、バウアーは戦争犯罪者追及に執念を燃やす(この作品の原題は「国家(人民)vsフリッツ・バウアー」)。

ドイツ本国でもあまり認知度が高くないというバウアーの、決して清廉潔白とは言い切れなかった人間性にもクローズアップしつつ(『グッバイ、レーニン!』の主人公の父親役などで知られるブルクハルト・クラウスナーが熱演)、ナチス残党の影響力がまだ色濃かった西ドイツの情勢も反映したサスペンスドラマにもなっている。

ちなみに本作の後日談としては、63年のアウシュビッツ裁判までの道程を描く『顔のないヒトラーたち』がある。

(c)2015 zero one film / TERZ Film

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『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』:人は誰しもアイヒマンになりうるのか?

ミルグラム

(C)2014 Experimenter Productions, LLC. All rights reserved.

そして2月25日から公開のもう一本のアイヒマン映画は、『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』。

1961年8月、大量のユダヤ人を死に追いやったのに、風貌からは残虐性が感じられない凡庸な中年男というアイヒマンを不思議に思ったアメリカ・エール大学の心理学者スタンレー・ミルグラムは、ある仮説の下で実験を開始する。

のちに「アイヒマン(ミルグラム)実験」と呼ばれることとなるそれは、2人の被験者が先生と生徒役となり(実は本当の被験者は先生役の人物のみ)、生徒が誤答をした際に、先生は試験官の指示通りに生徒に電気発生器(当然ニセモノ)でショックを与えなければならない、というもの。

つまりこの実験は、ためらいながらも試験官の言う通り電気ショックを与える被験者を通して、「一定の条件下(試験官)で命令されれば、人(被験者)は誰でもアイヒマンのような残虐行為をするのか」を検証するものである。

この作品では、モラルを逸脱した実験だと周囲の非難を浴びるも、学者としてナチスによるホロコーストのメカニズムを明らかにしようとするミルグラムに迫る。重いテーマだからといってシリアス一辺倒な作りではなく、カメラを通して観客に語りかける、いわゆる“第四の壁”を破る演出も取り入れるなど、ジワジワとにじみ出るユーモア要素もあるのがポイント。

冷静ながら強い情熱を持つミルグラム役のピーター・サースガード(『マグニフィセント・セブン』での非道な敵役も必見)を筆頭に、彼を支える妻サシャ役のウィノナ・ライダーや、昨年惜しくも夭折してしまった被験者役のアントン・イェルチンといったキャスト陣にも注目してほしい。

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アイヒマンを「追及」した男と「探究」した男

アイヒマンという人物に異なる形で関わったフリッツ・バウアーとスタンレー・ミルグラムだが、晩年の両者は不遇だった。

バウアーはアウシュヴィッツ裁判以降、匿名電話や手紙で脅迫や中傷を受け続けており、そのせいか睡眠薬とアルコールが欠かせなかった。ついには68年にバスタブで溺死体で発見されたが、自殺によるものという見方もされている。

一方のミルグラムも、20代の若さで行ったアイヒマン実験のインパクトが強すぎてまともな評価が得られず、教鞭の場もエール大から徐々に規模が小さいニューヨーク市立大に移らざるを得なくなり、84年に51歳の若さで亡くなっている。

恵まれた余生を送れなかったという点でも共通してしまったというのは皮肉と言えるかもしれない。

しかし最大の共通点は、バウアーもミルグラムもユダヤ系の血筋の持ち主だったということ。

ドイツを真の民主国家にすべくアイヒマンを追及したバウアーと、アイヒマンの探究から人間が残虐行為に至る深層心理を突き詰めたミルグラム。ユダヤ系としての意地とプライドが、2人の行動の根底にあったのは間違いないだろう。

図らずも同時期公開となったのも何かの縁。「日本人だからあんまり興味が沸かない」なんて思わずに、戦争の記憶を風化させないという意味でも、この2本のアイヒマン映画をセットで触れてみてはいかがだろうか。

 

※2021年4月24日時点のVOD配信情報です。

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  • カメ
    3.3
    記録
  • しおの
    2.9
    確か新宿シネマカリテだかで上映していて、古いSF映画を連想させるような邦題が気になったが結局スルーした。その後GEOで新作が出たときに借りて観ることになるがそれ以来の鑑賞ではじめて観た時はイメージとの違いに面食らった。確かには酷い邦題だがインパクトを残すにはそれなりに効果があった。何故か当時やたらとアイヒマンやハンナ・アーレントが流行っていて映画、書籍を見かけたが、それにあやかった邦題かと思う。そうでなければ一研究者の地味な思考実験の映画などほとんど見向きもされない。内容は結構面白いと思うのだがドキュメンタリーや書籍でそれなりに知識がある人にとっては退屈な映画なのかもしれない。二度観てみて二度見る映画でもないなということがわかった。「後ろを理解し前へ進む」というキルケゴールの言葉を引用して、客観的な事実が人間の自己愛を挫くものだとしてもそれを認めなければ人類の進歩はない、というのをそのこころとし、この映画はアイヒマン実験の意義を推している。コロナでエビデンスデータや同調圧力が注目されているが感情論は依然強い
  • minu
    3.3
    原題: Experimenter(実験)
  • アキラナウェイ
    2.5
    邦題、こんなんで委員会。 随分ととんちんかんな邦題を付けたものだ。ミルグラム博士=アイヒマンの後継者という訳ではないし、被験者達が皆アイヒマンの後継者という解釈も乱暴過ぎる。 原題"Experimenter"="実験者"というタイトルが1番しっくりくる。 1961年、イェール大学で社会心理学を研究していたスタンレー・ミルグラム(ピーター・サースガード)は何故ホロコーストが起きたのかを調べる為の実験を行う。世にいう「ミルグラム実験(アイヒマンテスト)」である—— 。 ミルグラム実験とは? 被験者である「教師」役は、解答を間違える度に別室の「生徒」役に与える電気ショックを次第に強くしていくよう、実験者(ミルグラム)から指示される。しかし生徒役は実験者と結託しており、電気ショックで苦しむフリを演じているに過ぎず、人は何処まで従順に命令に従うのかを調べる実験。*本作の字幕では教師=質問者、生徒=回答者として訳されている。 ミルグラム実験自体は興味深いものの、映画自体は、ドキュメンタリー風で少々変わった演出が目立つ。 途中途中、ミルグラム博士が第四の壁を破って画面越しのこちら側に語り掛けてくる。いわゆる古畑任三郎スタイル。 全体的に芝居臭いし、時折明らかに写真をバックにした安っぽいシーンが挟み込まれる。その意図が全くもって意味不明。 後年ミルグラムが顎髭を蓄えるのだが、それも明らかな付け髭で、リアリティに欠ける。 まるで、わざわざ「この作品は作り物ですよ」と言わんばかりの演出の数々。 この作品自体が観客の反応を試す実験か? 本作を撮影している時、監督のマイケル・アルメレイダはミルグラム本人ならこう撮影しただろうなと思いながら、なるべく自然な仕上がりになるよう心掛けたという。 え ? ど こ が ? ミルグラムの妻役にウィノナ・ライダー。被験者としてアントン・イェルチンやジョン・レグイザモもちょびっと出演。 人間は何処までも残酷になれる。 しかし、我々には知覚がある。 操り人形になったとしても、 自分を操ろうとしている糸には気付ける筈だ。 ミルグラムがこちらに視線を投げかけて語り掛けてくるが、その安っぽい演出が好みじゃないんだって。 こっち見んな。
  • RIO
    3.7
    あまりにも少ない情報の中で行われる実験 責任の生じない代理的な心理に思考と それに伴う行動は狭くなってしまう 気持ちとは裏腹に隷属的に判断を下す 鈍感を装ううちに残虐性が顔を出す アイヒマン実験とも言われる ミルグラムの実験の仕方に賛否両論があり 注目されるも倫理的に問題ありと やや冷ややかな世間の反応 「1984年」ジョージ・オーウェルの書いた 全体主義と繋がることによって再考される 見えないゲートを潜るみたいに 日常を覆っている大衆という意識 代理人となる傍観者とも言えるかもしれない そうなることで感覚から痛みを取り去って 躊躇しながらもボタンを押し続けてく エポケーに陥って良心を越してしまう境界線を 保てるのか不安 何も知らされず実際に自分の身が あの実験室に置かれた時のことを考える どちらの頼みを自分は聞くのか
アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発
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