歌手が出演する映画といえば、古くはフランク・シナトラ率いるディーン・マーティン、サミー・デイヴィスJrら“ラット・パック”や、エルビス・プレスリーが主演したスター映画があります。また、ジェームズ・ブラウンやリトル・リチャードのライブ・シーンを映画に盛り込み話題作りをした作品もあります。
近年でもそういった映画は無くは無いですが、数はあまり多くありません。そんな中、ヒップホップ/ラップ界からは俳優へ、しかもかなり本格的な転向を遂げたアーティストが多くいます。そんな、俳優転向ラッパーを紹介します。
まず押さえておきたいラッパー俳優
ヒップホップ黎明期代表 アイス-T
ヒップホップ黎明期から活躍するハードコア・ラッパーです。ロサンゼルスを拠点とする本物のギャング団「クリップス」に所属し、その経験をラップしたことで一躍有名人となりました。
俳優としてデビューした頃は、コーンロウに編み込んだ髪と強面でギャング団メンバーといった悪役ばかりでしたが、年を重ね渋みを増したことで善人役もこなしています。近年ではテレビ・シリーズ『LAW & ORDER:性犯罪特捜班』フィン刑事としてのイメージが強いかもしれません。
行動するアジテーター アイス・キューブ
西海岸ヒップホップ史における伝説グループ「N.W.A」のメインラッパーとして活躍しますが、金銭トラブルからソロへ転向すると、ほぼ同時に俳優としてキャリアをスタートさせます。
アイス-T同様、ラッパー時代のイメージと睨みの効いた顔つきを活かした役も多いですが、自身でプロデュースを務めた『FRIDAY』で情けない青年をコミカルに演じ、演技の幅を見せつけました。以来、硬軟自在な俳優として活躍しています。
マチズモへ女の子からのカウンター クィーン・ラティファ
マッチョで暴力的なオールド・スクール・ヒップホップへのカウンターとしてデ・ラ・ソウルやア・トライブ・コールド・クエストらと共に活動した女性ラッパーです。名トラックメイカーであるDJ45キングと共にアルバム「All hail the queen」を発表し、キレと迫力のあるラップで人気を獲得します。
俳優としてはコロコロとした可愛らしい見た目を活かしたコミック・リリーフの肝っ玉ガールとして活躍しています。また『ヘア・スプレー』や『シカゴ』ではダイナミックでソウルフルな歌声も披露しています。
テレビで流せるヒップホップ ウィル・スミス
金持ちのボンボン故につけられたあだ名「王子様」を芸名に、「DJジャジー・ジェフ&ザ・フレッシュ・プリンス」として1987年にラッパー・デビューしました。放送禁止用語Fワード/Nワードが無い歌詞は、“ピー音”を入れずにテレビ放映できるため重宝されましたが、ギャング上がりのアーティストが多いヒップホップ業界では揶揄の餌食になっています。
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ウィル・スミスと言えばハリウッド製アクション大作への出演が有名ですが、モハメド・アリを演じた『ALI アリ』や、ホームレスから億万長者に駆け上った実在の人物を演じた『幸せの力』でアカデミー賞ノミネートも果たしています。
アイドル・ラッパー登場 マーク・ウォールバーグ
「ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック」メンバーだった実兄ドニー・ウォールバーグのプロデュースで「マーキー・マーク&ザ・ファンキー・バンチ」メイン・ラッパーとしてデビューすると「グッド・ヴァイブレーション」を大ヒットさせます。ズボンをずり下げて下着「カルバン・クライン」のロゴを見せるスタイルは日本でも流行しました。
ポール・トーマス・アンダーソンの出世作『ブギーナイツ』で演じたポルノ男優ダーク・ディグラー役でトップスターとなり、現在ではコメディやアクションはもとより、『ラブリー・ボーン』の娘を亡くした父親というような難しい役までこなす人気俳優です。
新しいヒップホップ・サウンド アンドレ・ベンジャミン
ヒップホップ・デュオ「アウトキャスト」メンバーとして「アンドレ・3000」の名前で活躍しています。曲によってかなり印象が異なる多様な音楽性を持ったグループで、いかにもヒップホップな曲はビッグ・ボーイ担当、多様な音楽性を見せる曲はアンドレ・3000担当になります。
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脇役として、ひょうひょうとした温和な黒人を演じ好評を得ています。近年、主演作『JIMI:栄光への軌跡』で伝説のギタリスト、ジミ・ヘンドリクスを好演したのも記憶に新しいでしょう。相方ビッグ・ボーイもアントワン・A・パットン名義で、コメディ映画『俺たちヒップホップ・ゴルファー』で主演を務めています。
パーティ野郎 リュダクリス
ラジオ・パーソナリティからラッパーとなり、現在ではデフジャム傘下に自身のレーベル「ディスタービング・ダ・ピース」を構えるプロデューサーでもあります。ヒット曲『ゲット・バック』が映画『トロピック・サンダー』エンドロールで、ハゲデブメイクをしたトム・クルーズの卑猥なダンスをするBGMとして使用されたことでも有名です。
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俳優としてはなんと言っても『ワイルド・スピード』シリーズ、物資調達係テズ役レギュラー出演が有名でしょう。他には『ロックンローラ』『マックス・ペイン』『GAMER』といった偏差値低めアクション映画へちょくちょく顔を出しています。
まだまだ沢山!ラッパー俳優
ほぼ自分役
アーティストのイメージをそのまま登場人物のキャラクターとして活かした、いわゆる“スター映画”方式で映画に出演しているラッパーたちです。
ラン・DMC:『クラッシュ・グルーブ』『タファー・ザン・レザー』
ファット・ボーイズ:『ファット・ボーイズの突撃ヘルパー』
バニラ・アイス:『クール・アズ・アイス』
エミネム:『8 MILE』
50セント:『ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン』
ダイ・アントワード(ニンジャ/ヨーランディ):『チャッピー』
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】脇でも輝くラッパーたち
トピック的に主演を務めるのではなく、脇に回ってもイイ味を出す本格俳優として活躍するラッパーたちも多くいます。
アストロ:『誘拐の掟』
2パック:『ジュース』『ハード・ブレット 仁義なき銃弾』他
LL・クール・J:『S.W.A.T.』『マインドハンター』他
アダム・ホロヴィッツ(キング・アドロック/ビースティ・ボーイズ):『蜃気楼ハイウェイ』『死の接吻』
ニーヨ:『世界侵略 ロサンゼルス決戦』『レッド・テイルズ』
コモン(exコモン・センス):『グランド・イリュージョン』『ラン・オールナイト』他
モス・デフ:『銀河のヒッチハイク・ガイド』『僕らの未来へ逆回転』他
スヌープ・ドッグ:『トレーニング・デイ』『ソウル・プレイン/ファンキーでいこう!』他
メソッド・マン(ウータン・クラン):『靴職人と魔法のミシン』『187(ワン・エイト・セブン)』
レッド・マン:『ビー・バッド・ボーイ』『チャイルド・プレイ チャッキーの種』
カーク・ジョーンズ(スティッキー・フィンガズ/オニキス):『ブレイド』(TVシリーズ)『フライト・オブ・フェニックス』
etc……
番外編:好きすぎてセルフ・プロデュース
グループ名やメンバー名、曲名をいちいちカンフー映画からとっているヒップホップ集団「ウータン・クラン」のリーダー的存在RZA(レザ)は自身のカンフー映画趣味を爆発させ、自分で主演兼監督を務めたカンフー映画『アイアン・フィスト』を製作しています。
ラッパーの映画進出は「ウィン=ウィン」の関係?
今回は特にヒップホップ/ラッパーの映画進出を取り上げましたが、ミュージシャンの中でも黒人アーティストの俳優進出は特に目立ちます。古くはサミー・デイビスJr、アイザック・ヘイズから、プリンス、レニー・クラヴィッツ、ビヨンセなどなど、枚挙に暇がありません。
また、OJシンプソンやカリーム・アブドゥル=ジャバー、マイケル・ジョーダン、シャキール・オニール、マイク・タイソンなどなど、スポーツ選手でも黒人は特に多く俳優への道を選んでいます。
彼らの俳優業進出の理由に「黒人の映画好き」が関わってくるでしょう。
今どき一口に「黒人」とするのは憚られるほど多様性はありますが、アメリカではタイラー・ペリーによる「黒人おっかさんモノ」シリーズが公開されれば必ずランキングに食い込むほどの人気で、その観客はほぼ黒人です。
そもそも、1971年に『黒いジャガー』が公開年ベスト10にランクインするヒットを飛ばしたことで「ブラックスプロイテーション」ブームへ繋がったことを鑑みれば、当時から今に至るまで黒人客というのは映画業界にとって捨て置けない太い客筋だと言えます。
もちろん出る方だって、「好きな映画に自分が出る」という前向きな動機になるでしょう。出てもらう映画会社の方にとって、他業種で充分名前の知られたセレブが出演すればイイ宣伝になります。そんなウィン=ウィンな関係が多くのラッパー俳優を排出する理由かもしれません。
オマケ
「オレは警官殺しだぜ!」「警察なめんな!」とラッパー時代はギャングイメージを前面に出したアイスTとアイス・キューブが、映画界ではずいぶん聞き分けイイじゃねえか! とお笑い番組「マッドTV」で揶揄されました。
※2021年5月31日時点のVOD配信情報です。