2017年に実写映画『君の膵臓をたべたい』が公開され大ヒットとなったのですが、それからおよそ1年後の2018年にアニメーション映画版(以下、アニメ映画)として『君の膵臓をたべたい』が公開を果たしました。先行して実写映画が公開されていたことで、作品の認知度に対してはプラスに働いていたかもしれませんが、すでに実写版を観ていた人にとっては“もう観た映画”と思われてしまったかもしれません。
実はアニメーション映画『君の膵臓をたべたい』は、実写映画版とはまた違った着地を見せる作品となっていました。改めてアニメ映画版『君の膵臓をたべたい』の魅力を振り返っていきます。
※以下、『君の膵臓をたべたい』のネタバレを含みます。
アニメ映画『君の膵臓をたべたい』(2018)のあらすじ
遅咲きの桜が咲く、4月のこと。
同級生とあまり交流をせず、いつもひとりで本を読んでいる高校生の「僕」は、病院の待合室で「共病文庫」と書かれた一冊の文庫本を拾う。実はその本は、クラスでも人気者の同級生の山内桜良が、密かに綴っていた日記帳だった。そこには、桜良が膵臓に重い病気を抱えていることが書かれており、それを拾った「僕」に対して、桜良は自身が余命がいくばくもないことを打ち明ける。
これまで通りの日常生活を送りたいという希望から、家族と医師以外には病気のことを隠していた桜良。桜良は秘密を共有する相手ができたと喜び、死ぬまでにやりたいことを『僕』に一緒に付き合ってくれるようお願いするのでした。
人と関わることのなかった『僕』は、違和感を抱えながらも桜良と行動を共にするようになり、次第に心境にも変化が生まれていく。
※以下、『君の膵臓をたべたい』のネタバレを含みます。
原作により近い結末を描いたアニメ映画版
実写映画『君の膵臓をたべたい』を観た人にとって大きく違いを感じるのは、大人に成長した「僕」のパートがないことに驚くのではないでしょうか。
実写映画では、少年時代を北村匠海さん、そして成長して大人になった姿を小栗旬さんが演じており、過去と現在のパートそれぞれにドラマが用意されていて、それが強く印象的な作品にもなっていました。実はこの実写映画版で作られた成長した「僕」のパートは、住野よるさんが手がけた原作の小説にはなく、独自のアレンジとして加えられたものでした。
アニメ映画版『君の膵臓をたべたい』は、より原作に読み終えた時に近い感覚で映画を見終えられるよう作られており、比較的原作に近い内容となっています。
「僕」と桜良が語り合うシーンの秘密
原作に近い作品になっているとはいえ、アニメ映画版ならではの演出も施されていることも見逃せないところです。
中でも特にアニメ映画独自のアレンジとなっているのが、終盤で共病文庫を「僕」が読むシーンです。桜良が生前に実は「僕」に対してメッセージを書いており、それが桜良が語りかけるように明かされていくのですが、このシーンでは桜良は幻想的な服を身につけ、惑星に立ち、植物を育てていたり、砂漠に行き着いたりと意味深な行動と共に描かれます。
この演出はどういう意味なのだろうと思う人も居るでしょうが、実はこの桜良が語りかけるシーンは、作中にも登場するサン・テグジュペリの「星の王子さま」の物語のオマージュになっています。原作を知っている人には、惑星に咲いた植物や砂漠といったモチーフから、すぐに「星の王子さま」が元ネタだと分かるようにできています。
「星の王子さま」と重なる物語
「星の王子さま」の本が二人にとって思い出の作品であるという意味の他にも、実は『君の膵臓をたべたい』に重なるメッセージが込められた内容にもなっています。
作中に登場する星の王子さまは、最初はひとりぼっちで惑星に住んでいたのですが、別の星からやってきた種から生まれたバラの花と出会い大切に育てます。のちに他の星に渡った星の王子さまは、地球で大量のバラを見つけ、バラがありふれたものだと知ってショックを受けるのですが、そんな星の王子さまの前にキツネが現れます。キツネに諭された星の王子さまは、自分が大切に育てたバラはありふれたものではなく、自分にとって一番の大切なものだと気づかされ、さらにキツネとの別れによって、またキツネのことも自分にとって大切な存在であったことを気づくという内容です。
同級生の中のありふれた一人でしかなかった桜良が、親しくなる上で大切な存在になった「僕」の体験と大きく重なる物語となっていました。
「僕」の心境の変化と相手の呼び方
「星の王子さま」も、実は「ぼく」という操縦士が星の王子さまと出会うことをきっかけに物語が始まりますが、『君の膵臓をたべたい』の主人公が長らく「僕」という存在として描かれるのも「星の王子さま」と重なるポイントでしょう。
共病文庫の中で桜良が言及しているように、桜良と「僕」はお互いに“キミ”と呼び合う仲であったこと、そしてその理由が明かされます。物語が終盤になって、やっとアニメ映画を観ている人も初めて「僕」の名前が春樹であることが分かり、読者にとっても「僕」もとい春樹との距離感が縮まる仕掛けとなっていました。
そして、春樹が桜良との出会いによって、心境の変化が生まれていることが、その後のシーンでも呼称の変化に表れています。
映画のラストで、春樹が恭子に、桜良が病気を抱えていたことと共病文庫の存在を打ち明けるシーンで、わざわざ「キミ」と呼びかけて「恭子さん」と言い直すシーンが挟まれます。この時点ですでに春樹が自分以外の人間に対しての向き合い方を変えようとしていることが表れています。
その先の物語「父と追憶の誰かに」
そして実は、アニメ映画版では大人になった春樹の姿は描かれていませんでしたが、上映当時、別の形で春樹の将来の姿が知れる仕掛けが用意されていました。それが、上映当時来場者特典として配布された、小冊子「父と追憶の誰かに」です。
原作者である住野よるが書き下ろした短編小説で、高校生のふゆみとあんずが、ふゆみの父の不倫を疑って尾行をするという物語でした。実はこのふゆみの父親というのが春樹であり、ふゆみの幼馴染であるあんずは恭子の娘であり、『君の膵臓をたべたい』の後日談にあたるエピソードであることが明らかになります。春樹が会っていた女性も、実は桜良の姪で、生前の叔母のことを知りたいという希望から会っていたというオチとなっており、短いながらも心温まる内容となっていました。
残念ながら、この小冊子は2週間限定で配布されたもので、公開当時早々に劇場に足を運ばんだ人のみが体験できる物語となっていました。映画の本編で物語は完結しているので、この短編小説を読まないと魅力が半減する、といった類のものではないですが、後々に『君の膵臓をたべたい』に惹かれた人にとっては、気になるアイテムでしょう。
2021年時点では、のちの単行本などでもこのエピソードは市販されておらず、入手が困難な状態となっているのが残念ですが、今後希望の声が集まれば市販化される可能性も大いにあるでしょう。ある意味、これもまた『君の膵臓をたべたい』が体験させてくれる刹那的な体験。後々の後悔に至らぬよう、今現在の出会える体験を大切にしていきたいですね。
ビデオマーケットで観る【初月無料】
(C)住野よる/双葉社 (C)君の膵臓をたべたい アニメフィルムパートナーズ
※2021年7月22日時点の情報です。