デヴィッド・フィンチャーは、ハリウッド・メジャーらしからぬパンク・スピリットをスクリーンに叩きつける、オルタナティブなフィルムメーカーだ。ワンシーンに100テイクを重ねるという完璧主義者。映画の隅々までダークな映像設計を施すビジュアリスト(ピンク色が嫌いというのは有名な話だ!)。
彼の映画はいつだって野心的で、挑戦的で、超過激! 現在進行形のアメリカ映画シーンにおいて、最も重要な映画作家の一人であることに異論はないだろう。
という訳で【フィルムメーカー列伝 第三回】は、デヴィッド・フィンチャーについて考察していこう。
失敗作でスタートしたフィルモグラフィー
デヴィッド・フィンチャーの映画人としてのキャリアは、特殊効果の専門スタジオILM(インダストリアル・ライト&マジック)のアニメーターとして始まる。実は『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』や『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』のマット・ペインティング(実写映画に合成させる背景画を描く技術)は、彼が手がけているのだ。
その後映像製作会社を自ら立ち上げ、マドンナやマイケル・ジャクソン、ポーラ・アブドゥル、エアロスミスといった超一流アーティストのミュージック・ビデオを担当し、一躍トップ・ディレクターに。満を辞して、『エイリアン3』で長編映画デビューを果たす。
しかしこの記念すべき処女作は、批評的には大酷評を浴び、興行的にも大惨敗を喫してしまった。元々シナリオが完成しないままクランクインし、20 世紀フォックスの重役と連日口論しながら撮影が続けられ、しまいには苦心して自分が編集したフィルムをスタジオに勝手に再編集されてしまった経緯があるだけに、今に至るまでフィンチャーはこの映画を自分の作品として認めていないらしい。
ブルーレイで『エイリアン』シリーズが発売された時に、パート1とパート2の監督を務めたリドリー・スコットやジェームズ・キャメロンは監修を務めたにも関わらず、フィンチャーは完全スルーだったのはその証左だろう!
その後のフィンチャーの作品がどこか反権力的な装いをまとっているのは、『エイリアン3』で体験した「スタジオ(=権力)憎し!」のトラウマが影響しているのかもしれない。
サスペンス描写に力点がないサスペンス映画
彼のフィルモグラフィーを見渡してみると、フィンチャーはミステリー/サスペンス系の作品を数多く手がけていることがよくわかる。あえて各作品をジャンル分けしてみると、こんな感じだろうか。
『エイリアン3』(1992年)…SF映画
『セブン』(1995年)…サスペンス映画
『ゲーム』(1997年)…サスペンス映画
『ファイト・クラブ』(1999年)…サスペンス映画
『パニック・ルーム』(2002年)…サスペンス映画
『ゾディアック』(2007年)…サスペンス映画
『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008年)…ファンタジー映画
『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)…青春映画
『ドラゴン・タトゥーの女』(2011年)…サスペンス映画
『ゴーン・ガール』(2014年)…サスペンス映画
何と、10本中7本がサスペンス映画。もはやこのジャンルの第一人者という感じだが、フィンチャーが特異なのは、サスペンス映画にも関わらずサスペンス描写そのもに力点を置いた作品がほとんどないということなのだ。
もちろん、フランソワ・トリュフォーがアルフレッド・ヒッチコックに映画術の教えを請う『ヒッチコック/トリュフォー』に出演しているくらいだから、サスペンス映画には並々ならぬ愛情はあるんだろうが、謎解きやミステリーという要素自体には関心がないように見える。
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例えば『ゲーム』は、主人公が人生の価値を見出して再生するまでを描いた、“イニシエーション”(通過儀礼)の物語だった。『ファイト・クラブ』は去勢された資本主義社会に男性主義的マッチョイズムが牙を剥く映画で、『ゾディアック』は連続殺人鬼に魅入られた男たちを群像劇風に描いた社会派ドラマ。『ゴーン・ガール』は、男女の結婚観の違いをシニカルに描いたブラック・コメディーと言えるだろう(実際に笑えるシーンは皆無ですが)。
特に『ドラゴン・タトゥーの女』は、2009年にスウェーデンで映画化された『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』と比較すると、サスペンス映画ではなく天才ハッカーのリスベットの恋愛物語として構築されていることがよく分かる。
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何せこの映画、主要となるミステリーの謎解きが終わった後も、結構な尺を要して「大物実業家の武器密売をスクープしようとして逆に名誉毀損で全財産を失ったカレのために、一肌脱いで実業家を追い詰める」という尾ヒレ的サイドストーリーが延々と続くのだ。
その努力も報われず彼女はフラれてしまうのだが、このプロセスこそがフィンチャーが描きたいテーマなのである。
社会の周縁にいるアウトローを優しく包み込む“眼”
リスベットは極めて有能なハッカーだが、典型的メンヘラ女子でレズビアンで社会適応性はゼロ。そんな彼女が猟奇殺人の調査をきっかけに、記者のミカエルに恋をして、少しずつ自分の中に巣食う人間不信を払拭させていく。つまり、初めて自分が住む世界と向き合おうとするのだ。
リスベットのように、何かしらの“欠損”を抱えて社会の周縁にいるアウトローが、日の当たる場所へ向かおうとする物語が、フィンチャー作品には非常に多い。『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』の主人公ベンジャミンも、その一人である。
彼は80歳の状態で生まれ、赤ん坊として死んでいく“毎日若返っていく男”。こんな超特異体質では一般社会においてアウトロー扱いなのは当たり前だが、彼は懸命に今を生きようとする。やがて初恋の相手と結ばれ女児をもうけるが、どんどん若返っていく自分には父親は務まらないと苦悩し、やがて家庭を去る。
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『ソーシャル・ネットワーク』の主人公マーク・ザッカーバーグもまた、アウトローの一人だろう。Facebookを立ち上げた天才プログラマーで世界有数の億万長者だが、対人コミュニケーション能力が極端に低く、周囲とはモメ事ばかり。世界中の人間と繋がることができるSNSを作ったのに、一番繋がりたかった大学時代の元カノは、友達申請しても拒否される始末。
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デヴィッド・フィンチャーは、社会からアウトローと目されている人間たちを主人公に据えて、この世界と向き合おうとする物語を描く。その時に一番重要なファクターは、実は“愛”!『ドラゴン・タトゥーの女』のリスベットも、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』のベンジャミンも、『ソーシャル・ネットワーク』のザッカーバーグも、人を愛するという感情に端を発して社会にコミットするという構造になっている。
そのクールな作風とは裏腹に、“All you need is love”こそがフィンチャー的なテーマなのだ。サスペンス映画というフォーマットは、それを語るための入れ物に過ぎない。
「この世は素晴らしい。戦う価値がある」
だが、その愛が報われるとは限らない。愛は生きる希望を与えてくれるが、同時に永遠不滅なものでもないというシニカルな視座もフィンチャー映画の特徴だろう。
筆者がフィンチャーについて考えるときいつも思い出すのは、『セブン』の一番最後にモーガン・フリーマン演じる老刑事がつぶやくセリフだ。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】Ernest Hemingway once wrote,”The world is a fine place and worth fighting for.” I agree with the second part.
かつてヘミングウェイが言っていた。「この世は素晴らしい。戦う価値がある」。後半は賛成だ。
おそらくこれは、デヴィッド・フィンチャー自身の世界に対する態度表明だ。だから彼の映画は必要以上にニヒリスティックにはならないし、必要以上にロマンティックにはならない。
そう考えると、フィンチャーが『ゴーン・ガール』を撮ったのは必然といえる。「サスペンス映画という入れ物を使って、一般社会からの疎外感を感じている人間を主人公とし、愛の本質を語る」という彼のテーマが、これでもか!というくらいに前景化していからだ(あまり説明しすぎるとネタバレになるので、これ以上内容を語れませんが…)。
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近年、フィンチャーはオンラインストリーミング・サービスのNetflixと組んで、ドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』を大ヒットさせている。最新作の『マインドハンター』も、FBI連続殺人課に所属する捜査官の姿を描くサスペンスミステリー・ドラマだ。
映画だけでなく、ドラマにも軸足を移してきたデヴィッド・フィンチャー。この世界が素晴らしいなんてこれっぽっちも思っていないクセに、“All you need is love”のスピリットだけは忘れることなく、シノギを削る映像業界で戦い続けている。その姿を、我々映画ファンはこれからも見守っていこうではありませんか!
※フィルムメーカー列伝 バックナンバー
▼クリストファー・ノーラン作品は何故、常に賛否両論が渦巻くのか?【フィルムメーカー列伝 第一回】
▼クリント・イーストウッドは何故、ジャンルを越境するのか?【フィルムメーカー列伝 第二回】
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