この世には2種類の映画しかない。ポール・ヴァーホーヴェンが撮った映画と、ポール・ヴァーホーヴェンが撮らなかった映画だ(キッパリ)!
『ロボコップ』、『氷の微笑』、『ショーガール』、『スターシップ・トゥルーパーズ』、『インビジブル』…。ヴァーホーヴェンのフィルモグラフィーは、映画史の中であまりにも特異な位置を占めている。
何が特異かといえば、尋常ではないくらいに不道徳で、下品で、薄っぺらくて、暴力的で、変態的で、安っぽくて、バカバカしくて、不謹慎で、ふしだらで、サディスティックで、挑発的で、俗悪で、軽薄で、グロテスクで、退廃的で、気持ち悪くて、扇情的で、倒錯的で、残酷で、おぞましくて、下劣で、不気味で、滑稽で、突拍子がなくて、偏執的で、悪趣味で…(以下省略)。要は、ドレもコレもお子様の教育に良ろしくない作品ばっか!ということだ。
なぜ、彼の映画はかくもセックスとバイオレンスに満ちているのか?という訳で【フィルムメーカー列伝 第六回】は、不世出のヘンタイ映画作家ポール・ヴァーホーヴェンについて考察していきましょう。
過激すぎる作風で、オランダ映画界最強のヒットメーカーに
何かとキワモノ作家扱いされるヴァーホーヴェンだが、自国オランダでは超が付くほどのヒットメーカーだった。オランダ時代に撮影した長編2作目『ルトガー・ハウアー/危険な愛』は、オランダ映画で歴代No.1の大ヒットを記録し、アカデミー外国語映画賞にもノミネート。今なおオランダ映画で最も観られている映画の一つとなっている。
しかしながら内容といえば、オゲレツ描写のオンパレード(そんな映画が歴代No.1というのもスゴイ話だが)。ヴァーホーヴェン節は、フィルモグラフィーの初期から健在だったのである。
その後手がけた映画も、セックスとバイオレンスの山盛り状態。『娼婦ケティ』は主人公が実の母親に売春を強要される話だし、『SPETTERS/スペッターズ』ではハードゲイにレイプされるシーンが出てくるし、『4番目の男』はバイセクシャルでアル中のゲス作家が主人公だったりするし。オランダ映画史上最大の巨費をかけて作り上げた戦争ドラマ『女王陛下の戦士』ですら、肉片だらけの死体や汚物が容赦なくインサートされる、悪趣味極まりない仕上がりに。
過激すぎる作風は、ヨーロッパのみならずアメリカでも注目を浴びるようになる。スティーヴン・スピルバーグは彼の作品を絶賛し、親友のジョージ・ルーカスに『スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの帰還』の監督として推薦した、という逸話があるくらいだ(後に『SPETTERS/スペッターズ』を観て撤回したそうだが)。
ほぼ全ての作品で主演を務め、後に『ブレードランナー』のレプリカント役でブレイクするルドガー・ハウアー、同じくほぼ全ての作品で撮影監督を務め、後に『スピード』で映画監督デビューを果たすヤン・デ・ボンと、オランダ映画界を牽引した仲間と同じく、ポール・ヴァーホーヴェンも遂にハリウッド進出を果たすことになる。
ヴァーホーヴェン、ゴー・トゥー・ハリウッド
初めてアメリカ資本で撮った作品が、『グレート・ウォリアーズ/欲望の剣』(撮影自体はスペインで行われた)。個人的な話を申し上げて恐縮だが、この作品は筆者のトラウマ映画である。
まだ筆者が中学生だった頃、故・淀川長治氏が司会を務めていた「日曜洋画劇場」でこの作品が放送されたのだが(その時はなぜか『炎のグレートコマンド/地獄城の大冒険』というタイトルでした)、これがオランダ時代の作品に勝るとも劣らないエログロ満載映画で、『E.T.』や『スター・ウォーズ』といった清く正しい娯楽作品に慣れ親しんでいた筆者にとっては、とてつもない衝撃だったのである。
初っ端から阿鼻叫喚の戦闘&略奪シーンだし、王女様をよってたかって輪姦しちゃうし、登場人物は全員モラルのカケラもない連中ばっかだし。当時の民放の倫理規定のユルさは、今では考えられないものがある!
だが同時にこの映画は、主人公=正義、敵=悪という単純な二元論ではなく、人間というものは状況によって天使にも悪魔にもなり得る存在なのだ、と雄弁に語った作品でもあった。残念ながら本作は興行的には振るわなかったが、次作の『ロボコップ』でヴァーホーヴェンは一気にスター監督にのし上がることになる。
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ヴァーホーヴェンは最初このシナリオが送られて来た時、その幼稚なタイトルに腹を立てて、読みもせずにゴミ箱に投げ捨てたという。しかし妻の助言もあってシナリオを読んでみたところ、暴力犯罪が蔓延している“アメリカ社会そのもの”を皮肉的に描こうとする試みであったことを見抜く。彼は態度を一変させ、監督を引き受けることにする。
小さな子供でも楽しめるようなヒーロー映画として企画されたはずのこの作品は、全編にわたって激しいバイオレンス描写が映し出されるR15指定映画(15歳未満の鑑賞は禁止)に変貌した。主人公のマーフィ巡査がマフィアに一斉射撃を食らうシーンは、その凄惨さに思わず目を背けたくなるほど。
しかし、それこそがアメリカ社会の現実をあぶり出そうとするヴァーホーヴェンの狙いだった。ニュースで流れる「軍事衛星の誤発射で多数の犠牲者を出した事故」や、テレビCMの「核戦争のシミュレーション・ビデオゲーム」は、軍備拡大に舵を切っていたレーガン政権への皮肉でもある。結果的に『ロボコップ』は興行収入5300万ドルを超えるヒット作となり、オランダからやって来た異邦人監督は、一躍ハリウッドのメジャー監督として認知されることになる。
カルト化した“史上最低”の映画
その後ポール・ヴァーホーヴェンは、アーノルド・シュワルツェネッガーを主演に迎えたSF超大作『トータル・リコール』、シャロン・ストーンが足を組みかえるシーンが話題となったエロティック・サスペンス『氷の微笑』を手がけて大ヒットを飛ばし、順調なハリウッド生活を送る。
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暗雲が漂い始めたのは、’95年に発表した『ショーガール』からだろう。トップダンサーを夢見てラスベガスにやって来た主人公が、あらゆる手を尽くしてのし上がっていくサクセス・ストーリー。これまたセックスとバイオレンス描写がふんだんに盛り込まれてNC-17(17歳以下の鑑賞を禁止)に指定され、ほぼ成人映画のような扱いを受けてしまい、興行的にも批評的にも惨敗を喫してしまった。
その年のサイテー映画を決定するゴールデンラズベリー賞(ラジー賞)で10部門にノミネートされ、最悪作品賞、最悪監督賞、最悪主演女優賞、最悪新人俳優賞、最悪脚本賞、最悪主題歌賞の6部門で受賞という不名誉な記録を達成。ちなみにヴァーホーヴェンは、史上初めてラジー賞授賞式に出席してトロフィーを受け取った人物となり、「蝶からサナギになった気分だ」というコメントを残している。いかにもヴァーホーヴェンらしい、茶目っ気に溢れたエピソードだ。
『ショーガール』が強烈なのは、主人公ノエミの人物造形だろう。とにかく性格はヒステリックだし、女の武器を使うことにためらいはないし、大スターの先輩ダンサーをケガさせてその座を奪い取ろうとするし。
脚本は『フラッシュダンス』のシナリオを担当したジョー・エスターハスだが、「ダンスを武器にスターダムに登りつめる話」というのは共通しているのに、監督が変わるとここまでテイストが変わるのか、と驚嘆した観客も多かったのではないか?この作品では、「虚飾にまみれたショービジネスの世界じゃあ、キレイゴトだけではのし上がれない!」という極めて現実的な判断が働いている。
サイテー映画の烙印を押されてしまった『ショーガール』だったが、その後カルト映画として一部の熱狂的ファンの支持を集め、2015年には公開20周年を記念した上映会が開催された。およそ4000人のファンが詰めかけ、会場は大いに盛り上がったという。映画史にその名を刻む傑作ではないかもしれないが、’90年代を代表する珍品であることは間違いない。
興行的惨敗、ハリウッドからの撤退
続いて撮った『スターシップ・トゥルーパーズ』も物議を醸した。昆虫の形をした“バグ”と呼ばれる宇宙生物と人類が戦争状態にある未来。裕福な家庭に生まれた主人公ジョニー・リコは、高校卒業後に軍隊に入隊し、戦士として成長していく…というスポ根SFハードアクション。あまりに薄っぺらい軍事礼賛ぶりに、リベラルな批評家が拒否反応を示したのだ。
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しかしこれは、『ロボコップ』が暴力犯罪が蔓延している“アメリカ社会そのもの”を皮肉的に描こうとする試みだったのと同じように、行き過ぎた軍国主義&愛国主義を徹底的に皮肉ったブラック・コメディー作品だったのだ(全く笑えませんが)。
ヴァーホーヴェン自身、この作品をアドルフ・ヒトラーがお気に入りだったというプロパガンダ映画『意志の勝利』(1935年)のパロディーであると明言。戦意高揚的テイストは、計算尽くだった。
残念ながら、『スターシップ・トゥルーパーズ』は制作費1億ドルに対して国内の興行収入は約半分の5500万ドルと、興行的には大惨敗。汚名返上とばかりに続いて制作したのが、H・G・ウェルズの古典的SF小説「透明人間」を映画化した『インビジブル』だった。
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透明人間になったらまず何をする?美女のハダカを覗きに行くことっしょ! という頭の悪い中学生的発想がまず素晴らしい! 主役のセバスチャン博士を演じているのは、最低な奴を演じさせたら世界一のケヴィン・ベーコンなのだが、これが彼のフィルモグラフィーの中でもベスト・アクトに挙げたいくらいの炸裂ぶり。
筆者としては文句なしの一作なのだが、これも9500万ドルの制作費に対して、北米の興行収入は7300万ドルと惨敗。ヴァーホーヴェンはこの作品以降ハリウッドで映画が撮れなくなってしまい、ヨーロッパで細々と『ブラックブック』や『ポール・ヴァーホーヴェン トリック』といった小品を作っていくことになる。
アンチ・クライストな写実主義者
ヴァーホーヴェンはなぜ暴力描写に固執するのか。彼はインタビューでこんなコメントを残している。
People seem to have this strange idea that films can influence people to be violent, but in my sincere opinion film only reflects the violence of society.
(奇妙なことに、映画は人々を暴力的にする影響を及ぼすと考えられているようですが、私の考えでは、映画は社会にある暴力を映しだしているにすぎないのです)
また、別のインタビューではこんな発言も。
As a director, my goal is to be completely open. Just look at how I portray sex in my films. They’re considered shocking and obscene because I like to carefully examine human sexuality. It has to be realistic.
(映画監督としての私の目標は、完全にオープンであることです。私の映画でセックスをどのように描いているか注目してください。私は人間の性の営みについて慎重に調査することを好むので、衝撃的で卑猥と思われています。それは現実的でなければならないのです)
要は「現実にセックスとバイオレンスが横溢しているから、映画でもセックスとバイオレンスを描く」という明確な態度表明。ある意味でヴァーホーヴェンは写実主義者なのだ。
1938年生まれのヴァーホーヴェンは、第二次世界大戦真っ只中に幼少期を過ごしている。当時オランダはナチスドイツの占領下にあったが、その解放を目的として、味方であるはずの連合国がオランダを空爆をするという強烈な体験を味わっている。彼にとって暴力とは日常であり、その理不尽さ、不条理さもしっかりと記憶に刻まれているのだ。
写実主義者としてのヴァーホーヴェンの態度は、反キリスト的な描写にも通じる。実際彼は「ジーザス・オブ・ナザレ」という書籍を発表し、「処女降誕やキリストの復活といった数々の奇跡には、信憑性を見い出せない」という内容から問題作扱いされている。
この世は地獄だ。正義も悪もなく、もちろん神様がいる訳でもなく、ただ混沌があるだけ。俺はその現実を切り取って映画にしているだけさ!
これこそが、神をも恐れぬヴァーホーヴェンの信念なのである。
世界最低の映画監督から、カンヌの喝采を浴びる作家へ
8月25日からは、待望の新作『エル ELLE』が全国ロードショーされる。この作品は第69回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、上映が終わるやいなや7分間のスタンディングオベーションが巻き起こったという。最高賞のパルムドールの獲得こそならなかったものの、批評家からは非常に高い評価を受け、権威ある映画批評誌カイエ・ドゥ・シネマの2016年ベストテンでは2位に選出されている。
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かつて最低監督の刻印を押された男が、カンヌで喝采を浴びることになるとは誰が予想しただろう?来年には80歳を迎えるポール・ヴァーホーヴェン。傘寿とは思えないパワフルなクリエイティブ魂は、まだまだ健在だ。
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※2021年3月8日時点のVOD配信情報です。