原作・香川まさひと/作画・月島冬二の同名マンガを下敷きに、オリジナルストーリーで描かれた本格社会派エンターテインメント『前科者』。
有村架純、森田剛、磯村勇斗、若葉竜也、リリー・フランキー、木村多江ら豪華キャストが集結し、『二重生活』『あゝ荒野』の岸善幸監督が犯罪者の更生を助ける「保護司」の物語を描いた、シビアながらも優しい物語です。
今回は、そんな骨太な題材に挑んだ新たな名作『前科者』についてネタバレありでレビューしていきます。
※以下、『前科者』未見の方は、観賞後にご覧ください。
※以下、原作漫画「前科者」のネタバレを含みます。
『前科者』(2022)あらすじ
コンビニで働きながら、出所した犯罪者の保護監督を行う無償の国家公務員「保護司」としての一面も持つ28歳の阿川佳代(有村架純)は、さまざまな苦労を抱える中で、殺人で服役していた工藤誠(森田剛)の面倒を見ていました。
工藤は、かつて職場でのいじめが原因で同僚を刺し殺した前科を持つ男ですが、性格は真面目で、出所後に働いていた自動車整備工場でも正社員として採用される話もでていたのですが…。
保護司(佳代)との最後の面談を前に、工藤は姿を消します。
時を同じくして、謎のフードをかぶった男に警察官が銃を奪われて射撃され、その後区役所の福祉課の女性職員が殺されるという凶悪事件が起きます。
その犯人は工藤の弟・実(若葉竜也)でした。彼の犯行動機の根底には、かつて父親(リリー・フランキー)の家庭内暴力から起きた惨劇、およびそこから自分たちの身に降りかかった悲劇があったのです。そして工藤も、弟の犯行に戸惑いつつ、彼を止めることはできず…。
一方、佳代は工藤の失踪に心を痛めているところに、かつての同級生で刑事をしている滝本(磯村勇斗)が現れます。
佳代と滝本はかつて好き合っていた仲でしたが、ある恐ろしい事件があってから疎遠になっていました。
そして、その事件こそ佳代が保護司になった理由でもあったのです…。
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阿川佳代は、保護司を続けることで救われている
『前科者』は前述のとおりマンガの原作があり、映画および前日単となる全6話WOWOWドラマ『前科者 -新米保護司・阿川佳代-』では、ちょっと設定が変わっています。
マンガの阿川佳代は、祖父が保護司だった影響を受けており、そこから興味、憧れがあって保護司になっています。ちなみに原作だと佳代は、コンビニで働く前にブラック企業で搾取されて病気を患っており、さらに奨学金も含めた借金を抱えていました。
そんな彼女は原作第1巻の1話で、バイト先の店長の「なぜ一銭にもならないような保護司の仕事をしているのか」という質問に対し、「一銭にもならないからこそやっている」「保護司の仕事をしていなければ、私はお金を稼ぐためだけに生きてることになる」という旨の発言をしています。
日々の生活が大変でも、借金をしていても、お金のためだけに生きていたら、自分に対しての尊厳が保てない……。事の大小にかかわらず、この気持ちは誰しもが持ったことはあるのではないでしょうか。
この精神は、ドラマと映画版の佳代にも引き継がれており、野暮ったい眼鏡に化粧っ気のない地味な装いながらも、どこか凛とした佇まいの佳代は、自分のしている「社会奉仕」に対して確かな誇りを持てていることが感じられました。
そして、映画版の佳代にはもう一つ、決定的な理由がオリジナル設定として加えられています。
それは「恋仲であった滝本の父親が、自分を庇って暴漢に刺し殺されてしまった」という過去です。
ドラマ2話の回想シーンで、彼女を庇って誰かが殺される描写があったのですが、映画版で滝本の父であったことが判明しました。
その犯人もおそらく「前科者」。もしくは、社会からつまはじきにされてきた人物であることが示唆されており、そんな人を生まないため、悲劇を繰り返さないために保護司になったのでしょう。しかしその根底には、「私の代わりに、好きな人の父親を死なせてしまった」という過去のトラウマに対し、深い罪の意識と償いの気持ちが見え隠れします。
ちなみに保護司の仕事は、あらゆる方法で犯罪者の更生に寄り添い、再犯の防止のために世論の啓発を行い、社会の浄化と公共の福祉に寄与することであり、仕事以外のプライベートはほとんどその対応に奪われてしまうくらい大変ですが、佳代は「更生って人が生き返ることなんですよ。それに立ち会えるってすごくないですか。」と確かなやりがいを感じており、むしろ生きがいとなっているように見えました。
そのセリフを言う相手は、石橋静河演じる斉藤みどり。彼女は、「前科者が生き返ったってせいぜいゾンビだな」と言いますが、そんなみどりも佳代のおかげで便利屋の社長として楽しくやっており、また佳代の友達として、お互いを支え合う関係にまで成長しました。
佳代は保護司としての活動を通し、人との一段深い心の関わりを求めていたのでしょう。自分が担当する前科者にプライベートを捧げている佳代自身も、ある種の「前科(トラウマ)」を抱えている孤独を、誰かを救う事で癒しているのかもしれません。
なぜ工藤は、弟の連続殺人に手を貸したのか
工藤誠は自分を守るため、“無意識のうちに殺人を犯してしまった”という同情できる一面があり、出所してすぐにチェーンの牛丼屋で昼食をとっていたにもかかわらず、その後に向かった佳代の家で出された牛丼もしっかり食べるなど、まじめで優しい、気の遣える人物です。
仕事も真面目で優秀、しっかりと更生に向かっているように見えたのですが、ひょんなことから幼い頃に別れた弟の実と再会し、彼の精神状態が危ういことを心配し面倒をみますが、実が一連の事件の犯人だと発覚し更なる殺人を企てていることを知ったあとも、その現場に車で送り届けたり、実が自殺した後は彼の代わりに弁護士の宮口を殺そうとまでします。
工藤はなぜ、弟の殺人に手を貸してしまったのか。それは彼の優しさと、思い出への執着でしょう。
実の犯行動機が「かつて母が父に殺された原因を作り、その後の自分の人生をめちゃくちゃにした人々への復讐」という、工藤にとっても心の奥を突かれるような動機に、共感しなかったと言えば嘘になるではないのでしょうか。
工藤の職場で自分をいじめてきた同僚の殺害動機も、決定的な要因となったのは「その同僚が母のことを侮辱したから」でした。気持ちが制御できなくなる程の強い衝動にかられ人を殺した事のある工藤は、実の犯行を止める権利がないとすら考えたかもしれません。
ふたりとも大人になって、心身共にボロボロの状態でも、弟も自分も、母と過ごした日々が一番幸せだったという、その思い出が捨てられず苦しんでいるとわかったからこそ、工藤は実を放っておけず、つい手を貸したのでしょう。
実が殺害した人たちは、全員“母を守らなかった人たち”です。DV被害を真面目に受け取らなかった警察官、伝達ミスで父親に母子の住所を伝えてしまった区役所の福祉課職員、管理を楽にするために実を含め入所した子供に薬物を飲ませていた児童養護施設職員、そして母を殺した父・史雄。そんな父の弁護を引き受けた宮口でした。
それぞれの人間がダメなところがありつつも決して極悪人としては描かれていなかったのは、結局は人を守るための「福祉制度の不備」を訴えるメッセージもあるからでしょう。
かつての児童養護施設職員の老人が子供に薬を飲ませていた過去を「しょうがない」と語る場面がありましたが、しょうがないでは許されない実態に、社会が変わる必要があるというメッセージが込められていました。
私たちと「前科者」の希望と再生
さまざまな局面から社会問題を浮き彫りにし、「罪」とは何かを問う本作のメッセージは、映画を見てもわかるように、またパンフレットにも書いてあるように、「罪を犯した人、失敗をした人にも救いの手が差し伸べられる社会に」ということだと思います。
さらにいうと、「過去に傷がある人を我々がどう見るべきか」というテーマもあると考えられるでしょう。筆者がいちばんハっとしたのは、本筋とは直接関係ないですが、元詐欺師の中年男性・田村が酒を持って佳代の家にやってくる場面です。
本来は保護司と対象者の酒席は禁止ですが、佳代は少しだけならと受け入れ、結局工藤のことで心労もあり、泥酔してしまいます。一方の田村は酔って大はしゃぎ。
ここで、筆者は「あれ?これ佳代が襲われるのでは」という心配をしたのですが、それは余計なお世話で、田村は佳代に毛布を掛けてあげたうえで、感謝の手紙を置いて彼女が目覚めるより先に帰っていました。
この一連の描写で、筆者は別に前科が強姦や痴漢でもない田村を完全に偏見の目で見てしまっていたと気づかされ、ゾッとしたのです。彼は本当に感謝の思いで、酒を持ってきただけなのに…。
こんな風に、さりげなくこちらの差別意識までえぐってくる仕掛けもある、本格社会派にして緊迫のサスペンスであり、映画としてのエンターテインメント性も存分に楽しめる『前科者』。二度、三度と観てみることでまた深みを増していく作品かと思います。
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◆『前科者』information
上映時間:133分
公開日:2022年1月28日(金) 全国ロードショー
配給:日活・WOWOW
公式サイト:https://zenkamono-movie.jp/
(C)2021香川まさひと・月島冬二・小学館/映画「前科者」製作委員会
※2022年6月1日時点の情報です。