マイク一本で登り詰めることを夢に見ながら、現実では片田舎で閉塞感たっぷりに過ごすラッパーの立ちゆかない日々を描いた『SR サイタマノラッパー』で邦画界に殴り込みをかけた入江悠監督は、その後、自身の可能性を確かめるかのように、バリエーションに富んだジャンルの作品を送り続けた。亀梨和也を主演に据えたスタイリッシュなアクションが光る『ジョーカー・ゲーム』、神木隆之介の俳優としての可能性をカメラが捉えた衝撃作『太陽』、そして今年は『22年目の告白 私が殺人犯です』で、夏のブロックバスターがひしめく中、公開から3週連続で動員ランキング1位を記録するなど、大作すら難なく手掛けられることを証明したかにみえた。
そんな折。『SRサイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』以来のオリジナル脚本で挑んだのが、吹きすさぶ冷たい風が容赦なく頬に何度も突き刺さるような冷酷ノワール『ビジランテ』だ。デモニッシュな父親に育てられた3兄弟が、父の死をきっかけに再会し、運命が再び哀しく交錯していく物語。肝となる3兄弟には大森南朋、鈴木浩介、桐谷健太という、何かが起こる予感を匂わせる俳優陣をキャスティングした。中でも、三男坊・三郎を演じた桐谷は、パブリックイメージでもある明るい兄ちゃん感を振り払い、瞳の色を濁らせる地方都市の男となった。どうしようもない兄でも捨てられない、愛してしまう三郎の姿は、本作の良心ともいえよう。両者にとって得難い体験となった『ビジランテ』の現場、思い思いに振り返ってもらった。
――三郎役を桐谷さんに依頼した理由からお尋ねしたいです。
入江:映画などに出られているのを昔から観ていました。ヤンキー感があったり、ややアウトローな役をやられていますけど、直球というか、ひねくれていない役が見てみたいと思ったんです。大事なものを守るために突き進んでいくという、ピュアな心に到達する役を見たくて。
桐谷:僕にピュアな部分を感じていなかったんですか(笑)?
入江:(笑)。いやいや、本人の中にはあるだろうと思ったんですけど、全編を通して段々見えていくのが、まだそんなにないんじゃないかと思って。登場からインパクトのある役が多い印象があったので。
桐谷:そうですね、確かに。
――入江組の撮影現場はハードな印象もありますが、今回、いかがでしたか?
桐谷:スタッフさんもキャストの皆も、いい感じで限界ギリギリな部分でやっていましたね。
入江:そうですね(笑)。
桐谷:その空気感が、この映画のグツグツッとしたところにも入っているというか。撮っている間は、三郎の時間のほうが長かったかもしれないです。
――桐谷さん自身は、三郎の魅力をどう受け止めていたんでしょう?
桐谷:最初に台本を読んだときに、わからなかったんです。「この人物をどう演じよう」と思っていて、考えていても全然わからんくて。「もうちょっと考えよう。答え、出るかもしれへん……」。……でも、わからん(笑)。もう(クランク)インするぞとなって、「わからんけどインしてみよう」と。あの(三郎の)ブーツを履いて、あの服を着て、深谷の風を受けたとき、「あ、三郎ってこういう歩き方や」、「こんな感じでしゃべるんかも」と、ほんまに感じたんです。あそこに行って感じられたのは、大きいですね。
――最初、深谷のどこへ行かれたんですか?
桐谷:川の橋でしたね。直感的に何かを感じたというか、感覚的な部分で今回やらせてもらったので、その感じは面白かったですね。アプローチは常に違ったりもして、台本を読んで「あ、こいつこんな感じやな!」、「こうやったらおもろいなあ」というときもあれば、めっちゃ準備をしてイン前に全部忘れるときもある。いろいろなやり方が生まれたりもするんですけど、こんなにもわからんまま入ったのは初めてでした。でも三郎が自分の中で出てきたので、そうさせてくれた入江くんと深谷の強烈な感じが……。あのね、寒さももちろんあるんですけど、行ったときになんか哀しくて。
入江:そうですね。
桐谷:住んでいる人たちからしたら「大きなお世話や! 楽しく生きてるで!」と思うと思うんですけど、俺は行ったときにノスタルジックな部分もあってキレイやったけど、なんか哀しいなあって。それがスコーンと入ってきたから、ある意味、わからんままこれてよかったというか。まっさらな状態で、この場所に行ったときに感じてしまったから、そこは結果すごくよかったんやなと思いました。やっている間に、普通に言葉も出てきたし。めっちゃ面白かったです。
――演じている、という感覚とはまた違う感じなんですか?
桐谷:基本、どんな役でも芝居をするというより、本当に生きているというふうになるのが、すごく大事なことやと思うんです。今回は、「ここでこう動こう」とかの計算は全然なかったです。勝手にやっていたっていう。
――入江監督ならではの演出もありきで、そう仕上がっていったんでしょうか?
桐谷:ほかの取材でも言っているんですけど、監督の眼差しっていうか。すごいんですよ! まっすぐ見てくれているのが、俺はうれしかったというか、奮い立たされたというか。「やろうぜ」、「いい作品を作るんだ」っていう気持ち。監督って、一番上の人じゃないですか。その人が「うーん、どうだったんだろうね……?」となっていたら、こっちも「ええっ……(戸惑い)」となるけど(笑)、自分で台本も書かれていますし。その中での眼差しは、信頼感が半端なかったです。
――同じ年齢、ということも関係しますか?
入江:そうですねえ。
桐谷:でも、同じ年齢だから信頼できるわけではないので。ただ同じ年齢だった、というだけで。同世代として全く違うものを持っていて、全く違う感覚で。俺は「何でこんな台本を書こうと思ったんや、出てきたんや……」っていう……。
入江:(笑)。
桐谷:そこにすごく興味があったし、入江くんが持っている部分や、経験したところからこれがあるとしたら、めっちゃハードボイルドやな、どんな感じなんやろうって。俺は大阪でガラの悪い部分はありましたけど、全然、深谷とは違う! おとんがシャンソン歌いながら近づいてくるっていう、別の意味での怖さはありましたけど(笑)。
――(笑)。入江監督は、桐谷さんについてどう感じていらっしゃいますか?
入江:ちょうど年末に桐谷さんと衣装合わせをしたんですね。
桐谷:うん。去年ね。
入江:それを、とあるドキュメンタリー番組で撮っていただいて。客観的にOAを見たら、僕、びっくりするくらいしゃべっていなくて(笑)。脚本を読んで初の顔合わせでしゃべっていないから、桐谷さんはすごい不安だったんだろうなあ、と思って。
桐谷:衣装合わせのときに聞くのも、なんかちょっとちゃう(違う)というか、野暮やなあって思ったんで。でも確かに、俺もたどたどしいって思っていた(笑)。「三郎は~……、えーっと……3兄弟の中で……」って、差し障りのない話をして(笑)。
入江:ねえ(笑)。けど、撮影初日、三郎が車を運転しながらの一言を聞いて、役になっていたから「大丈夫だ」と思ってずっと見ていたんです。桐谷くん、普通に「今やりすぎていないですか?」とか聞いてくれたじゃないですか?
桐谷:うん、聞きました。
入江:本当に少ないんですけど、それで伝わっている感じがしたんですよね。
桐谷:普段はあまり俺も聞かないんです。同級生というのがあったからかはわからないけど、聞ける感じがあったというか。何より、自分で脚本を書かれているのが、すごく大きなことで。
俺、映画の現場が久しぶりだったんです。例えば、ドラマだとチャンネルを変えた瞬間に、登場人物にある種のわかりやすさがないといけないし、説明的な部分も、俺は必要だと思うんです。観る人のためにね。ただ、それは「この映画では出したくないから」ということも聞いたりしました。
入江:それ、すごく面白かったんですよ。僕も俳優さんからそういう話を聞くのが初めてで。確かに、映画は2時間を観るために(観客が)来ているから、段々わかっていくよさがある。
桐谷:うん、うん。
入江:今回、三郎はそういうキャラクターなんだよなっていうのが伝わってきたんです。僕もテレビドラマをやっていますけど、「確かにそうだ」と思って。オーバーになりすぎたら言おうと思っていたんですけど、言う瞬間はありませんでした。
桐谷:そうやって、監督にちょいちょい聞いたりするようなセッションが、俺の中では楽しかった。
入江:うん。あと現場が結構過酷だったんですけど、桐谷くんは温かい差し入れとかをくれるんですよね……。
桐谷:(笑)。
入江:外側の話ですけど、それこそ、映画を知っている人なんですよね。一番苦しいときに温かいものをくれるのは、映画で育った人なんだなあと思って、皆で本当にむさぼり食いましたね。
桐谷:食ってましたね~(笑)。ちょっとほかのところで経験したことがない、「雪国より寒いんちゃうか?」ってくらいの、ほんまに強烈な寒さで。そこに哀しさもあるからかなあ。だから、差し入れで現場が楽しくなれたらいいなあって思っていましたね。
――入江監督は今年『22年目の告白―私が殺人犯ですー』も公開されていて、『ビジランテ』とベクトルとしては真逆の方向に近いですよね。
入江:僕が映画監督として世間に認知されて、ちょうど今10年くらいなんです。オリジナルをずっと撮っていなかったので、自分の内面の……僕は暗い人間なので(笑)、毒とか暗さ、街の寂しさとかをちょっと吐き出したいところがありました。街も時代が変わると、シャッターが増えたりとかして変わるじゃないですか。そういう現在を切り取りたいと思ったんです。
桐谷:今はバラエティ番組でも、「はい、ここ笑ってください」っていうときに絶対テロップが出ますよね。昔はそんなんもなかったし、ちゃんと皆が耳で聞いて、目で見て、自分で笑いどころを探していた。テロップのようなものが、今、映画でもドラマでもすごく増えている中、台本を読んだときにそういうのが全くない脚本だったので、俺はわからなかった部分があったんです。俺も現代っ子になっちゃっていたんですよね。
ただ、深谷に行ってわかったから、「そりゃ台本を読んでいるだけじゃわからんわ」と思いました。肌で感じる部分を知らん状態であの台本を見ても、そらわからんかったと思ったんですよね。
――わからなかった作品が、すごくわかるようになった。
桐谷:できあがったものを観たときに「ブラボー!」、言うてもうて。「攻めてるわあ、格好ええわあ」って思いましたね。言ってしまえば、監督が「どういう思いで作られたんですか?」とか「どういうことを伝えたいですか?」みたいなのは「知らんがな!」って。
入江:(笑)。
桐谷:撮りたいから撮ったし、(役が)出てきたから出た、っていう感じがすごくあったから、俺はもうよかった。いろいろな意見を持つ人がいていいと思うんですけど、俺は単純にズキュンときたので、それでいい。「俺は映画を観た!」という感覚になれた。あと、友達が試写会で観たんやけど、絶賛していましたし。
入江:へえ~!
桐谷:「こういうのを撮りたくてやっているけど、ミスってる人いっぱいおるもんな」みたいな。ここまで到達していないけど、「この作品は、いった(到達した)な! 格好ええなあ!」って。
入江:「格好いい」と言ってもらえるのは、褒め言葉として最上級かもしれないです。
桐谷:だから、入江くんはこれからもガンガン撮っていきはると思うんですけど、ほんまに、この毒っ気をずっと持って。
入江:(笑)。
桐谷:全然雰囲気の違う大作もありつつ、こうやってオリジナルでも勝負していってほしいと、すごく思います。もともとずっとやってはりますけど、こっからさらにいくんやろうなって思うんです。(インタビュー・文:赤山恭子、写真:鈴木久美子)
映画『ビジランテ』は12月9日(土)より、テアトル新宿ほか全国ロードショー。
テアトル新宿では『ビジランテ』の公開を記念して3週連続トークショーを実施!
<トークショー日程>
12月10日(日)14:00の回上映後/ゲスト:般若、坂田聡、山口航太、龍 坐、大宮将司、蔵原 健、三溝浩二、裵ジョンミョン
12月16日(土)3回目上映後/ゲスト:吉村界人、間宮夕貴、大津尋葵、入江悠監督
12月23日(土)4回目上映後/ゲスト:岡村いずみ、浅田結梨、市山京香、入江悠監督
(C)2017「ビジランテ」製作委員会
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