トランスジェンダーな彼女が佇む、苦々しく、美しい映画が誕生した。映画『ナチュラルウーマン』は自分らしさを守るため、差別や偏見に対し闘いを挑んだトランスジェンダーの女性マリーナの葛藤を描いた物語。年の離れた最愛の恋人オルランドが急逝し、途方に暮れたマリーナが、遺族の心ない誹謗中傷に遭いながらも、彼とお別れをするために、意を決して歩き出す道のりを丁寧に綴った。
第67回ベルリン国際映画祭 最優秀脚本賞(銀熊賞)受賞をはじめ、第75回ゴールデングローブ賞 最優秀外国語映画賞&第90回アカデミー賞 外国語映画賞にノミネートと、快進撃が続いている本作。
自身もトランスジェンダーであり、マリーナの心に寄り添った主演のダニエラ・ヴェガが、各国の授賞式で飛び回る中、時間を縫って来日。「メッセージを伝えるために映画を作ったんじゃない」と話したダニエラの真意を尋ねた。
――美しくもの哀しい作品で、様々なことを突き付けられました。ダニエラさんは、映画初主演作品として、なぜマリーナ役を引き受けられたのでしょうか?
当初はセバスティアン・レリオ監督が単に人を探していたんです。「チリのトランスジェンダーに関する研究をしているので、相談できる人を」ということでお会いしたんですね。お話をしていく中で、自分の人生の見方から芸術についてまで、本当にいろいろなことをお話しました。何だかんだ1年半、ずっと自然なやりとりをしてきたある日、突然、脚本が届いたんです。読んだときに、即座に「やる」と返事をしていましたし、「これは大きな挑戦になる」と分かりました。なぜなら、マリーナは絶対的な主役で、最初から最後までカメラはずっとマリーナから離れないから。そこへの挑戦の意味もあり、大きな挑戦に賭けようと思って受けました。
だけど、監督がセバスティアン・レリオだったことが何よりも決め手でした。セバスティアンの次回作はジュリアン・ムーアが主役(※『Gloria(原題)』)でしょう? その監督に「君ならできる」と言われたので、どうやって断っていいか分からないと言うより、断ることは役者としては絶対ないという感じでした。セバスティアンの言葉を信じました。
――セバスティアン監督との取り組みは刺激的でしたか?
セバスティアン監督は、非常にファンタスティックな方なの(笑)。
――どのような感じなんですか?
困ったときにも、常に横にいてくれるというか、側にいてくれるということで、決して見放さない信頼感がありました。いつも面と向かって、ちゃんとこちらの困っていること、例えば、どうしたらいいか分からないところについて聞いてくださった。あと、非常に愛情を持って、優しく語りかけてくれる監督だったんです。私にとっては本当に最高の演出だったと思います。だから、自分では「どうかな?」と思うところも、監督がいてくれたから全部「大丈夫」と思えたんです。これは日本ではまだ1回も話していないんですけど、両足の間に……。
――鏡を置くところでしょうか?
そこ。両足の間に丸い鏡を入れるところも「分かった」と言いながら、どうなるんだろうと思っていましたけど、この映画の中で一番象徴的なシーンに仕上がったと思っています。鏡の中にマリーナの顔が見えることで、「その後ろにあるものは関係ない」というのが分かるシーンだから。彼女の顔を見て、瞳で、あそこで分かる。私の好きなシーンのひとつです。結局、やっぱり監督との間のコミュニケーションがすごくできていたから、上手くいったんだと思っています。
――そのほかにも象徴的なシーンが多く出てきます。好きな場面を挙げるなら?
ほかに好きなシーンで言えば、歌の先生の所に行くところや、オペラを歌うところでしょうか。
――オルランドの棺を前に、ハラハラと涙をこぼされるお別れの場面も非常に印象的でした。あの涙の流し方は計算して、ですか?
泣くことについては、いくつか技術があるんです。でも、あのシーンに関しては、集中することで可能になったんだと思います。これまでオルランドに別れを告げるために、マリーナはすごく闘ってきた。オルランドはまるで幻想のように、幽霊のように、様々な場所に出てきて、その苦しんだ後に、ようやく会うところまでいく。マリーナは非常に尊厳のある女性なので、絶対にワーワーは泣かない。ただ、内には様々な想いを秘めていて、いろいろな感情が織りなす。その涙という点に、私は集中しました。
――マリーナはトランスジェンダーであることで「特別扱い」を受ける場面が多々出てきます。日本でも今、トランスジェンダーが主人公であるドラマが放送されるなど、関心も高まっていたりしますが、母国のチリでは、どのような反響があるのでしょうか?
チリでは、3カ月間ずっと上映されていたんです。普通の映画だと、なかなか難しい期間の超ロングランだったので、それだけお客さんが来てくれたということで。皆さん、愛情を持って観てくれた印象があります。でも、それはチリだけではなく、世界のどこでも、愛情を持って観てくれた国が多かったので、一番嬉しかったことです。
――世界各国で愛されている象徴のように、様々な賞レースもにぎわせていますよね。現状をどう受け止めていますか?
とっても幸せ。たとえ賞のためにやっているわけではなくても、自分たちが表現したいものをやってきて、これだけの賞をいただけることはすごく興味深いです。でも、だからと言って、どうというのはないというのが本音なんですけど。これまでと同じ気持ちで、同じ活動の仕方を私はしていくだろうと思います。
ひとつ言いたいことは、私たちは、別にメッセージを伝えるために映画を作ったんじゃない。これは答えではなく、観客への問いです。皆さんに、「じゃあ、あなたはどの立場から観ていますか?」、「出てきた登場人物の、どの立場に共感しますか?」と、観た方々が自分に問うだろうと思っているんです。(インタビュー・文:赤山恭子、写真:市川沙希)
■タイトル:『ナチュラルウーマン』
■コピーライト表記:
(C)2017 ASESORIAS Y PRODUCCIONES FABULA LIMITADA; PARTICIPANT PANAMERICA, LCC; KOMPLIZEN FILM GMBH; SETEMBRO CINE, SLU; AND LELIO Y MAZA LIMITADA
■配給:アルバトロス・フィルム
■2月24日(土)、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
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