「犬猿」という単語を辞書で引くと「仲の悪いもののたとえ」と出る。インタビューで新井浩文が「『犬猿の仲』という言葉がぴったり」と語ったように、にっちもさっちもいかない1組の兄弟&姉妹(容姿も嗜好も異なる!)が、気持ちいいくらいにぶつかり合う作品こそ、映画『犬猿』の世界だ。理屈ではない、血縁関係だからこそ生まれてしまうひずみと絆を、気鋭・吉田恵輔監督がまざまざと描き出した。そして、兄弟役には窪田正孝と新井浩文、姉妹役では江上敬子と筧美和子という「初めまして」のキャスト同士が交じり合う。
懇談では、現場の経験が豊富な「兄弟」チームが、女優の道へ飛び込んだばかりといえる「姉妹」チームをけん引したり、翻弄したりと、自由に、ときに爆笑も生まれながら意見交換が続いた。4種4様の想いが詰まった『犬猿』での、豊かな体験とは。
――兄弟、姉妹同士で演じられた感想と、キャラクターとの共通点があれば教えていただけますか?
新井:まずオファーしていただいた時点で、コメントにも出していることなんですけど。
――「窪田さんと兄弟に見えるか」という……?
新井:そうですね。あまり似ていないからね。そこがすんなり入れていたら、問題ないです。窪田くんは一緒にやっていて、キャッチボールができる早さの人だから、とても楽しかった。役との共通点は、特にないですね。うち(僕)は暴力振るわないし、タトゥーも入れていないし。そういう役柄、多いですけどね。
江上:特にないのか、そうか。
新井:完全に仕事と割り切っているので、台本に書いてあるのがすべてなんです。今後、例えば自分とは遠い役にしろ、近い役にしろ、そこはそんなに重要じゃないというか。お客さんがどう思ってくれるか、あとは監督がどう演出してくれるか、というのが一番大きい。
江上:そんなん初めて聞いたから、「まじでプロや……!」と今思った。
新井:うちらと一緒にしないでくれる(笑)?
江上:(笑)。
窪田:僕は、お兄さん役が新井さんだから、いろいろな現場の場数を踏まれてきた方なので、何をやっても返してくださる。仕事というか役に対してフラットと言いますか、その部分はお互いにすごく共通していたんですよね。熱を帯びて役を語り合うとかもなかったですし、スタンスが似ていると思っていました。今、新井さんが「仕事と割り切っている」とおっしゃった意味も、すごくわかりますし。
役に共感できる部分は、そうですね……。目の前に突きつけられる現実が、割といっぱいいっぱいになってしまうところは、和成に似ているかもしれない。僕、そんなにキャパが広くないんです。兄弟喧嘩が多かったところも、ここまではなかったですけど、似てるっちゃ似ているかもしれません。
――姉妹チームにも、同じことを聞いてもいいですか?
筧:江上さんは、撮影の合間、ちょっと待っているときにも、ガンガン来てくれたんです。距離を詰めてきてくれたから、馴染めるのがすごく早かったというか。本当にお姉ちゃんのようで、安心感を持って接していられました。お芝居中、体当たりで「パシッ」と叩くシーンのところも、「バシーン!」と本気で来てくれたので、私も「遠慮なくいっていいんだな」と思えましたし。
江上:そんなこと思ってたんだ? へ~!
筧:はい(笑)。あと、私は自分の役に、めちゃくちゃ共通点がありました。本当に見抜かれていたようで、似たような思いをしたことがたくさんあって。性格だと、勉強ができないとか、器用じゃないとか、フラフラしているとか。
江上:イメージあるな。
新井:でもさ、枕営業のところは否定しといたほうがいいんじゃない?
一同:(笑)。
筧:はい! そこは全然違います(笑)!
江上:そこだけはね! 強く言っといたほうがいい。私は最初キャスティングをいただいたときに、いじられているなって思いました。本当に。やっぱりこういう方(筧)と、こういう人間(自分)が「姉妹なわけねーだろう」という気持ちから入っていって。監督が「ちょっと当てて書いた」と言ってくださっているんですけど、私自身、死ぬほど共感する部分がたくさんあったんです。演じるのではなくて、そのままやっていたら「そうなった」みたいな感じでしたね。
――ちなみに、江上さんは、映画の現場は初めてなんですよね。現場で戸惑ったことはありましたか?
江上:あります、あります。「カット」や「OK」がすごく早く出ることに驚きましたよ。監督はどのシーンを見ても「はい、OK」みたいな。もっと何回もやって「もう一回! もっと! もっと!」って粘られると思っていたんです。
新井:それはね、李相日監督。
一同:(笑)。
江上:人によるってことですか?
窪田:監督によりますね。
筧:監督、ヘッドホンをつけていないときもあったんですけど、聞いてもいなくて「OK」みたいな。「信頼しているからだよ」とおっしゃっていたんですけど。
窪田:さぼっているだけだよ。
一同:(笑)。
江上:あと、監督があんなにふらふら普通に来るのに驚いた。監督ってディレクターズチェアみたいなものがあって、ちょっと引いたところで見ているイメージがあったんですよ。
新井:それはね、北野(武)組をお勧めします。
一同:(笑)。
江上:新井さん、何でも出てくるな(笑)! コントとかでは、メガホンを持って「はいよ」ってイメージだから。
新井:メガホンは持たないけど、拡声器を持っていたのは崔洋一監督です。
一同:(笑)。
――数は多くないと思いますが、4人でのシーンもありました。いかがでしたか?
新井:そう。4人でのシーンって、実際そんなにないんですよね。ふたつくらい?
江上:本当、そうですよね。
新井:両方に共通してあったのは、途中で台本がないんです。「適当に喋って」というフリーのところは、全部江上さんがしゃべった。
江上:そんなことないけど! 私、根がすごい真面目だから「なんか、こんなに話しちゃって大丈夫なのかな?」、「役っぽい話をしたほうがいいのかな?」みたいに思っちゃっていました……。
新井:いやいや! 正直、うちは嫌いなんですよ、「好きにやれ」っていうのが。それほど、一番難しいものはない。ルールを無視していいんだったらいくらでもできるんだけど、ルールの中でやるのは、とても難しいことだから、あまり好きじゃない。うちは、ある程度流れは決めてほしいな。だから、たぶん好き放題はやっていないはずだよ。
――兄弟、姉妹間を超えた、窪田さんと筧さんの場面、新井さんと江上さんの場面も秀逸だったんですが、それぞれの場面でのエピソードはありますか?
新井:江上さんとのチャーハンの場面は、ほぼ台本通りです。吉田さんが明確に演出されていたから。仕上がっている脚本って、何もしなくていいんだよね。
江上:実は、私的には新井さんにビビっていたところがあったんですよ。その感じは、ちょっと出ていたかもしれないなと思って。男の人の家に上がり込んで、ちょっと怖そうな人が横にいて緊張している、みたいな。
新井:そうなんだ。
――窪田さんと筧さんのほうは?
窪田:お互いに罵倒し合うところの長ゼリフ、大変だったよね。
筧:遊園地のところですよね? 初めて変なハマり方をして、抜けられなくなってしまって。あれは撮り直しもして、すごく難しかったです。
窪田:監督の中でカット割りは全部できているので、その長ゼリフについては「ひょっとしたら(カットを)割ってくれるんだろうな」と甘えで思っていたんですけど、「1回で」と言われて……。見事に二人ともドツボにはまって。
――窪田さんは、吉田監督によるオリジナル脚本をどう読み解いていらしたんですか?
窪田:個人的には、読んでいて「悪意がある」って思ったんです。でも、悪意のあることがエンターテインメントとして面白かったりするし、その中にちょいちょい愛情を注いでくるから「ずるい人だな」とは、ずっと思っていました。自由奔放ですし(笑)。言い方が難しいですけど、監督っぽくない監督というか、役者に近い方なんです。だから、やりやすかったですし、いい距離感でできたんじゃないかなと思います。監督との距離感は芝居につながると思っていて、吉田ワールドの中で動かしてもらった、画にはめ込んでもらった、という感じはしています。
江上:書いてあるところと「全然違うな」と思うところは、あまりなかった感じだよね。
窪田:描きたいこと、やりたいことが明確にあるし、大きな企画の作品ではない分、時間の制限があって、やらなきゃいけないことがまとまっているから、余計に強く感じました。人間的な経験値が高い方なんじゃないかな、と感じています。
新井:窪田くんが言ったように、明確だとうちも思いました。ビジョンがはっきりしているから、無駄なカットもないし。まず何を伝えていきたいか、という大前提があって、その上で各シーンの明確なビジョンがあるから一切ブレない。だから早い。カット割りも早いし。これは「たぶん」ですけど、吉田さんの中でキャスティングの時点で終わっているんですよ。だから、(筧が)言っていたさっきの「見ないでOK」と言う、って話もあるんでしょうね。
――「悪意の中にある笑い」のようなものは、意識して演じていたんでしょうか?
新井:演じているほうはね、笑かせようと思ってやったら面白くないから、大真面目にやらないとダメなんです。タイトルの『犬猿』は「犬猿の仲」って言うよね。実際、仕上がったのを観た感じで言うと、うちとしては仲が悪いのはこっち(姉妹)のほうだと思う。「犬猿の仲」という言葉がぴったりで、バチバチしているのは女側。観ていて、女性の外見ってすごいな、えぐいな、と思った。
江上:まさに、そうだと思います。姉妹のほうは、むちゃくちゃ仲が悪いですよね。女は女で、意外と腹の中では「こういうのってのあるよね」ってわかるところもあるのかな、って思っていました。
筧:ありますね。兄弟、姉妹だけじゃなくて、女同士の中にある関係性。
新井:逆に、兄弟喧嘩は、あれぐらいは別に兄弟がいる人だったらするだろうしね。自分が当事者だったらきついかもしれないけど、観ていて、やっぱり楽しいと思うところはあって。他人の不幸って、やっぱり面白いじゃないですか。笑っちゃったりする。それは、すごくこの作品で感じましたね。
――兄弟間、姉妹間の話で言えば、取っ組み合いのシーンはやはりインパクトを残しますよね。
新井:取っ組み合いでは、演出ももちろんありますけど、うちらは二人ともたぶん慣れているというか、場数を踏んでいるから、完全に怪我しないようにやっていたね。
窪田:はい。「あ、ちょっとそこ危ないんで」みたいな。
新井:できない俳優さんはね、すぐ「アクションできる」と言って怪我するんですよ。で、現場が止まるんですよ。これ、一番できない俳優だから。できる俳優は、みんなやっぱりチェックをする。怪我したら最悪だと分かっている、本当、入念にチェックします。
江上&筧:……。
江上:我々、何も考えてない……。
筧:「怪我してもいい!」ぐらいの気持ち……。
新井:まあ、できない俳優だよね(笑)。
一同:(笑)。
新井:でもね、「怪我してもいい」はダメだよ? 気持ちはいいんだよ! けど、実際、怪我したら本当に(撮影が)止まるし、「うわーっ!」て、みんながパニクる。だから、自分の身は自分で守らないといけない。何だったら、うちは「ちょっとやってみて」って助監督に一回やってもらうもん。……というくらい、入念にアクションのチェックはしますね。
窪田:大体、形が決まったら「はい、行きましょう」となって、「これは使わないんで」と言われた瞬間は「別に何言ってもいいよね?」みたいな感じになるんですよね。
新井:「画だけ欲しいんだな」って瞬時に理解するし。
――兄弟、姉妹の温度差が非常に出ていますね。窪田さんと新井さんに関しては、そのあたりは阿吽の呼吸というか、やりやすかったんですね。
新井:そうですね。お互いに、対応能力が早いから。しかも、吉田さんが明確に言うから。
窪田:あまり使われていないカット、なさそうですよね?
新井:ないね、ムダがない。
窪田:素材を撮る場合もありますけど、そういうのが一切なかった。やっている側としては、すごくありがたいです。
新井:うん、もう明確に撮っていたよね。
――お二人は、明確なビジョンがある現場のほうがやりやすいと?
新井:もちろん。監督が迷っているとね、こっちも迷いが出てくるんです。同じ芝居をレンズ違いとかサイズ違いで撮ると、「あ、これ迷ってる」って分かるじゃないですか。「2パターン撮っていい? これも」となると、「ああ、迷ってるよな……」と。もちろん嫌とは言わないけど。
窪田:新井さんもそうだと思いますけど、僕、役に対して聞くことをあまりしないんです。「芝居してみて違ったら言ってください」という感じで。イメージは的確にもらえたらそれだけでいいですし。でも、いろいろな演出家や監督がいらっしゃいますから。
新井:一番困るのはね、芝居がうまい監督! 「こうやって欲しい」と(やられて)やたらうまいと、それ以上いかないといけないから……(笑)。
一同:(笑)。
窪田:わかります、すげえわかります!
――江上さん、筧さんによる姉妹の取っ組み合いの場面についても、お伺いしたいです。
江上:「ケンカしてくれ」と言われたら、ケンカするしかないと思って、「わーっ!」ってやりました。ビジョンとかも、何もない。
新井:え? 何も決めてないの? すげえ……。
一同:(笑)。
江上:だって、わかんないもん。
新井:それはすごいなあ~。
江上:筧ちゃんが髪を引っ張ってきたから、「すげえ引っ張るんだな……なんだよ!」と思って。
筧:結構フリーな感じで始まったんですよね。
江上:だから「やるしかねぇな」みたいな感じ。だから、今の新井さんの話とかはすごい勉強になりました。メモっとく。新井先生、すみません。
――もしかしたら、吉田監督も使い分けていたかもしれないですよね。
窪田:確か、姉妹組のアクションシーンが先にあって、僕たちは後日だったんです。吉田監督が、「女性ならではの罵倒し合いが面白かった」と言っていた記憶はあります。「お前、そんな服着てるからダメなんだ!」みたいなこと、言っていました?
江上:そうそう、「似合ってねえんだよ!」みたいな。
窪田:攻めるポイントが男性と女性で違うと、監督が笑っていましたよ。
江上:そういうの、あった。私が筧ちゃんに「お前、体だけだろ? 中身なんて誰も見てねえんだよ!」とかも言った……。
筧:すごいリアルで良かったです。そういえば、監督、「女子になりたい」って言っていましたよね?
江上:言ってた! 「すごいヤリマンの女になりたい」って。
一同:(笑)。
新井:なりそうだね~。全部しゃべりそう、「あの人とやった!」って。
江上:ヤリマンの女になって、いろんな男に気を持たせて。でも、そういう女の人が好きだそうで、「そういう子がヒロインに見える」とも言っていました。
新井:だから、女性的な部分がたくさんあるんだろうね。(インタビュー・文:赤山恭子、写真:岩間辰徳)
映画『犬猿』は2月10日(土)より、新宿テアトルほか全国ロードショー。
(C)2018『犬猿』製作委員会
※吉田監督の「吉」、正式には「土」の下に「口」。
※2022年7月30日時点のVOD配信情報です。
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