今春でNGT48を卒業する北原里英が、「アイドル時代」のフィナーレを飾るにふさわしい映画『サニー/32』に主演する。きっかけは所属グループのプロデューサー・秋元康に「映画に出たい。出るなら『凶悪』のような映画がいい!」と北原が懇願したことによるというから、白羽の矢が立った白石和彌監督も「せっかくのチャンスだし、やろう」と快諾した。雪深い田舎町で教師として地味な生活を送る藤井赤理(北原)は、ある日、不気味な男たちに誘拐される。彼らは赤理を「サニー」と呼んだ。「サニー」とは14年前、小学生の女児が同級生をカッターナイフで切りつけて殺害した容疑者の愛称。脱出も到底不可能などん底の監禁生活の中、「サニー」とあがめられるうちに、赤理の人格も「サニー」として覚醒していく。
北原を女優として本格的に開眼させるため、極寒の地でギリギリまで追い込み、果ては2人目の「サニー」として出演する門脇麦に「北原里英、潰していいから」と伝えた白石監督の演出が冴えわたる。一方、すべての要求に応え、過酷な状況を乗り切った北原は「人生で一番集中したと思う」と、3週間の撮影期間を思い返した。北原と白石監督のタッグだからこそなり得た出色のアイドル映画『サニー/32』について、とことん聞いた。
――堂々の主演作が完成しました。
北原:まだ1回しか観ていないのですが、冷静に観られませんでした。思い出がすごくあふれて、走馬燈のように撮影の日々を思い出して……。
――白石監督は、今回オファーされた形なんですよね?
白石監督:秋元(康)先生から、「北原さんで撮ってください」とお話をいただいて。僕はどこかでアイドル映画をやりたい思いがあったので、せっかくのチャンスですし、やろうと。だから、うれしかったです。まして、オリジナルでやれるのも、昨今なかなかないですし、「日本のトップアイドルを好きなようにしていいよ」みたいな話ですから。それからですね、北原里英を毎日Twitterで検索してね(笑)。
北原:(笑)。
白石監督:フォローするといろいろあれだなと思いつつ、でも「まあいっか!」ってフォローしたりとかして。
――それまでに北原さんに抱いていたイメージは、撮影を通して何か変わりましたか?
白石監督:印象通り、すごく素直な方でした。今、目の前で起こっていることに、ひとつひとつ全力で一生懸命で。最初にお会いしたときから、「女優をやりたいんです」、「役者をやりたいんです」という思いがすごいストレートに伝わってきたので、一緒にやっていけるなと、強く思いました。
――かなり覚悟を決めて白石組に参加した北原さんということですけれど、実際に飛び込んでみて強烈だった出来事はありましたか?
白石監督:大抵ろくなことにならないですからね。
北原:(笑)。逆に、白石監督がものすごくあたたかく優しい方でびっくりしました。私は『凶悪』を観てファンになったのですが、劇中では残虐なシーンもあるので、「一体どんな方たちが撮っているのだろう」と思っていました。白石監督がとても優しかったので、「ひどいことされるな……」という不安はありませんでした。
――優しい人物像とは言え、演出に関しては手綱を緩めることがない方だと思っています。演じる上で求められたものは、かなり高かったのではないですか?
北原:すべてのシーンにおいて必死でした。覚悟を決めて、いざ(ロケ地の)新潟に行ったのですが、実際に撮影が始まると、2階から飛び降りなくてはならなかったり、自分でやらなければならないことがたくさんあったので、日々気が引き締まっていった感覚はあります。でも、白石監督はすごく演者に寄り添ってくださる方だったので、「任せていれば大丈夫だな」と当初から思っていました。
白石監督:今まで、僕の映画に出てもらった人の中では一番危険なところで芝居してくれたよ(笑)。
北原:本当ですか?
白石監督:うん。
――それは場所や季節的な事柄も関係していますか?
白石監督:そうですね。北原さんが一番体を張ってくれていました。そこの環境で生き抜くことが、たぶん重要だったんだと思います。どれだけ僕がギリギリの環境を提示できるかというのは、今回すごく苦心したところでもあります。だから本当に必死だったと思いますね、北原さん。
北原:はい、必死でした!
白石監督:僕も「女優って大変なんだなー」と思いながらやっていました(笑)。
北原:(笑)。
――あえて用意された環境の中でも「ここは」という場所はどこですか?
白石監督:雪の北国で撮影するのが、僕はすごい夢だったんです。やりたいなとは、ずっと思っていたんですよね。若松(孝二)さんの助監督をやっているときに、撮影といえば大体、新潟の雪深いところに行っていた印象があって。しかも、僕らが助監督をやる、はるか前から延々とやっているから。当時撮っていたのはピンク映画だから、雪原の中、女優さんを素っ裸にして走らせたりとか、平気でしていたわけですよね。それがね、やっぱり面白いんですよ。「自由だなあ、何とかそういうことを僕もやりたいなあ」と思っていたところに、このお話をいただいて、北原さんで」となって。僕は、「基本言われたことをまっとうするのがアイドルである」という思い込みもあるから、アイドル映画と言うとホラーのイメージもあるんですけど、そことはまた違う環境を作ったら絶対この映画のオリジナルなものができるだろうな、という計算は少しありました。
――裸とは言わないまでも、今回、北原さんは信じられないほど薄着で雪に埋まりながら歩いたりするわけですよね。そのとき、監督はうれしい感じなんですか?
白石監督:そうですね。やあ、もうテンション上がっちゃって!
北原:(笑)。
白石監督:途中でね、(北原が)動かなくなったんですよ。
北原:そうなんです、限界を迎えたんです(笑)。
白石監督:「何で動かないんだろう? もー、カット!」とか言っていたけど、そらそうだよね。動けないよね。本当に、そういう感じです。
北原:限界を迎えたんですよね……。
白石監督:えーっと、すみませんでした(笑)。
――ちなみに、監督はどんなアイドル映画をご覧になっていたんですか?
白石監督:『翔んだカップル』から始まる、相米(慎二)さんの映画とかも観ていましたし、大林(宣彦)さんの映画ももちろん観ていました。昔の映画は、やっぱり時間の使い方が今とは違うので、同じことを50回やらせたりとかしているんです。そこから出てくるものもあるんでしょうけど、今はなかなかできないですよね。
北原:私、あまり観たことがないです。
白石監督:じゃあ、ちょっと後で観るべきアイドル映画を教えてあげますよ。とはいえ、高橋栄樹さんが、AKB48のドキュメンタリーを撮っているじゃないですか? 最初に観たときの衝撃も大きかったです。
――「あんなところまで映しちゃうんだ」というような?
白石監督:そう。それまでは、ある種、アイドルは偶像だったり、全然違う世界の人たちの話だったはずが、あれを観た瞬間、すごいスポ根だから。当たり前に悩んでいて、葛藤している。テレビに出る人はすでに完成された何かを見せるものだったのに、AKB48は変えましたよね。その分、距離感も近づいたとは思うんですけど、そういうのもあったからこそ生まれた物語のような気はしていて。
北原:今、初めて伺いました。2作目ですよね? 過呼吸でメンバーが倒れてしまう……。
白石監督:そうそう。
北原:あの頃一緒にお仕事をしていたタレントの方たちが、あの作品をきっかけに興味を持って下さったんです。DVDをほしがっていただいたり(笑)。私も、この10年間で精神的にも肉体的にも大変な経験をさせていただいたので、今回の『サニー/32』も乗り越えられように思います。
――白石監督が思う、北原さんのパワーはどういうところでしたか?
白石監督:お話されていたように、いろいろなことを経験していますよね。人から見られ慣れているというか、視線を浴び慣れているということは感じます。普段、映画やドラマしかやっていない女優さんだと、観客に見られることや、観客の前に立つことはないじゃないですか。北原さんを見ると、カメラの前に居慣れているのともちょっと違う、やっぱり人前に立ち慣れている感じがあるんですよね。(ピエール)瀧さんもそうですけど、僕はプロパー(の俳優)さんより、アーティストの方に出てもらうことがすごく好きなんですよね。たぶんリリー(・フランキー)さんも、そっちに近かったなと思うんだけど。うまく言えないんだけど、その感じが撮るとき、見え方が違うんですよ。
――北原さんの底力を感じるシーンは、支配されていた被害者だったのに、あることを機にガラッと変わるところでした。あのシーンが決まらないと、説得力が生まれないので。
白石監督:そうですね。本当におっしゃる通りです。
――ものすごくバチッと決まっていたのは、一体どんな演出があったのか、どんな演技を積み重ねたのか、そのあたりをお伺いしたいんですが。
白石監督:若松監督の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』では、いわゆる総括のシーンがあるんです。何か思いを一緒にした人たちを、自分たちの自己反省をするために、暴力がちょっと歪んだ形になっていったというものですけど。『サニー/32』はそんなつもりはなかったんですけど、台本を作っていくうちに、ネット社会の人たちを今総括したくてもネットではできないので、ああいう場面だからこそ「誰かがやんないと」という思いを少し込めてやったんです。藤井赤理のエネルギーを見せる以外の方法がなかったので、多少の演出をしたところでどうにもならない問題だったから、ただただ「北原里英、頑張れ!」という思いしかなくて。見事にやってくれたなと本当に思います。観た人は皆、あのシーンを「いや、すごいシーンですね」とやっぱり言ってくれるので。
――赤理ちゃんが、ひとりずつに対してやることが徐々にエスカレートしていくじゃないですか。
白石監督:あのまま、全部順番で撮っていきました。
北原:あのシーンは丸1日かけて撮影しました。だから、その日を私はXデーと呼んでいて。
白石監督:(笑)。
北原:でも、麦ちゃんとの日もXデーでしたね。
――ダブルXデーですね(笑)。
北原:ダブルXデー(笑)の、その2日間はとても緊張しました。
白石監督:山場、山場(笑)!
北原:自分の中で本当に山場でした。そのシーンだけ、事前に台詞合わせをやりましたよね?
白石監督:ああ、練習したね。
北原:練習はしたものの、会議室では全然つかめなくて「どうしよう」と悩んでいました。ですが、本番では、環境と、対峙する共演者の方々に助けていただきました。あの日は、人生で一番集中したと思います。最後の役者さんにたどり着いたときには、もはや殴ることに抵抗がなくなってきていて。
白石監督:(笑)。
――蹴っていましたよね(笑)?
白石監督:蹴ってる、蹴ってる!
北原:蹴りもしています(笑)。1回、1発入ってしまいまして。それくらい、気持ち的にも近づいていったのだろうなと思います。ああ……。でも、すごく長い1日でしたね。
白石監督:ヘットヘトになったもん。
北原:ヘトヘトになりました。終わった瞬間に、プチッと集中力が切れて、一瞬にして現場で落ちてしまったので。それだけ集中していたんだな、と思いました。
――もうひとつのXデーに関してもお聞かせください。「自分がサニーだ」と名乗る門脇麦さんとは、劇中、画面越しの対面です。実際は、どう撮っていかれたんですか?
白石監督:本当に生中継したんです。向こうは向こうで芝居をやって、こっちはこっちで芝居をやったんですよ。先に門脇さんのほうを撮って、それを出してもできるんですけど、それは絶対嫌だと思って。
――門脇さんがいたからこそ、引き出されたようなものもあった?
北原:本当に麦ちゃんに、『サニー/32』の世界に引っ張っていただきました。こちらが何日間もやっていて、でき上がったところに参加するわけなので、麦ちゃんのほうが緊張してくるはずだと思うんです。ですが、麦ちゃんがものすごくサニーとして来てくださったので、本当に助けていただきました。
――北原さんはそう思われたかもしれませんが、北原さんのサニーが場を制していたと、門脇さんも感じてられていたんじゃないんですか?
白石監督:うん、感じていたと思う。普段はね、麦ちゃんは台本を読んで、役がこうだから立ち位置はこうで、見え方はこうで、って考えるんでしょうけど、「それは考えないでいい。自分だけが持っていければそれでいいから、自分のことだけを考えて芝居して。何なら、もう北原里英、潰していいから」って僕は言いました(笑)。「それぐらいの覚悟でやってもらったほうが、たぶん見え方はいいから」という発破はかけたかもしれないです。麦ちゃんは「分かりました」と言っていましたけど(笑)。
北原:そうなんですね!?
――あと、聞くところによると、今回最後のあたりが台本とは違うそうですね?
北原:はい、エンディングが変更されました。でも、今の終わり方になったことによって、救いのある作品になりましたし、白石監督の作品の中で、一番希望のある作品になったと思っています。3週間弱の撮影期間に「その終わり方がいい」とさせた現場の空気があるのかなと思ってもいるんです。違いますか?
白石監督:確かに、現場で感じたこともすごい大きいとは思うんですけど。でも、犯罪映画とは言いながら、今回扱っているのは、昨日まで仲良く一緒に遊んでいた小学生が同級生を殺してしまったということ。まだ自我を確立できていない子たちが大元になっているので、今までのように、どこか投げっぱなしで終わるのは編集をしてみて「ちょっと無理だな」というのがあったんです。どんなに謝り倒しても謝り切れないことだと思いますし、かといって、何をすればよかったのかと後悔しても、しきれないじゃないですか。もしもタイムスリップができたとしても、止める自信はないかもしれない。だったら何ができるのかというのを、やっぱりもう1回考え直したほうがいいんじゃないかなとすごく思ったんです。
事件が起こってから、ネット社会の大変革があり、SNS変動期で、そこの歴史みたいなものを映画に入れてしまったがゆえの結論は、やっぱりどこかで見せなきゃいけないと思いました。ちゃんと自分の体温がある中で、肌と肌を合わせて、たとえそれが痛みでも、何か共有できるものを持つことがコミュニケーションであるというのは、この映画だけではないですけど、テーマとして持ってやっています。(インタビュー・文:赤山恭子、写真:岩間辰徳)
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