2018年5月19日(土)、是枝裕和監督の『万引き家族』が第71回カンヌ国際映画祭パルム・ドール(最高賞)を受賞したというニュースは、日本列島を得も言われぬ幸福感で包んだ。東京の片隅で、生きていくために万引きなどをして暮らす家族の姿が、是枝監督の温かい眼差しを通して息づく。カンヌ審査員のドゥニ・ビルヌーブ監督が伝えた「とにかく恋に落ちてしまった。上品で素晴らしくとても深い。魂をわしづかみにされた」という形容は決して過剰ではなく、文字通り心酔する1作になっている。
是枝監督が「各世代、今一番撮りたいと思う役者さんで映画をつくった」とする『万引き家族』キャストから、団地の廊下で両親からのDVに遭い、震えていた幼い女の子を娘として育てることになった柴田信代役の安藤サクラ、柴田家が住まう古い平屋の家主である柴田初枝を演じた樹木希林に顔を合わせてもらい、4月上旬、FILMAGA独占インタビューを実施。濃密なインタビューの時間の中では、樹木が安藤の演技や役者としてのたたずまいを手放しで賞賛する一幕もあった。全国ロードショーに向け期待がつのる、絆と愛の物語。貴重な対談をノーカットでお届けしたい。
――作品が完成されたばかりのタイミングでインタビューとなり恐縮です。おふたりはご覧になりましたか?
安藤 私はまだ観られていないんです。
樹木 つながったのを、ザーッとね。あのラブシーンのとこがいいわね。
――治(リリー・フランキー)と信代のラブシーン、とっても素敵でした。
樹木 ねえ。伸びやかで。日本の映画には珍しいわよ、伸び伸びとして。大概、ちょっと隠そうっていう感じがあるんだけど。
安藤 映っていないと思うけど、そういうふうに見えるんですね。
樹木 うん。
安藤 へえ~、良かった!
樹木 とても体に自信のある人じゃなきゃできないわよ。
安藤 (笑)。
――確かに、キレイなお体でした(笑)。
安藤 いえいえいえいえ! まさか是枝さんの作品で、って思いました。どうやらそういう事後みたいなことが書いてあるけど、「映しませんから、大丈夫です」というふうに聞いていて。その後、現場に行ったら、「前貼りで」と言われて「えっ! 是枝さんの作品で前貼りをするの!?」と意外すぎて(笑)。「どうしよう。でも、もう今日だし、どうしよう」とオロオロしました。
樹木 でも良かった。あのシーンはとても良かった。キラキラしていて。
安藤 産後の肉体だったから……。
樹木 そういうのは全く意味、ない。そんなさ、肉体の美しさとか何とかじゃなくて、その場面のね、潔さみたいなものがとても良かった。
安藤 じゃあ、良かった! ずっと素っ裸でいた甲斐がありました。逆に、産後の体が残って良かったなって思います(笑)。
樹木 そうよ、そうよ。
安藤 夫にも見せたくないほど、自分のお尻が嫌いだったんですけど、「もういいや」って、これで諦めがつきました。
樹木 でも、誰もそういう目で観ないわよ。中々いいシーンになっていたから。
――ご覧になった樹木さんは、ほかに秀でている、印象に残るような場面はありましたか?
樹木 かわいそうだった、私があまりに寒くて。
安藤 (笑)!
樹木 「映っていないのに、ここにもいたんだよなあ」とか、そんなことばっかり。「ああ、ここも。なんだ、映っていないじゃない。いなくても良かったんじゃないの?」って。
――このとき、ここのカットにいた、いないというのは覚えていらっしゃるんですね(笑)。
樹木 うん。そういうことしかないの。
――とはいえ、そのシーンを形作るには、樹木さんがいる、いないでは全然違うような仕上がりになるのでは?
樹木 とんでもないですよ。ガラスの向こう側にいて、そこなんか画に入ってないんだから。「私いらないんじゃないか?」と言ったら、(是枝監督が)「いります」って言うから、意地の悪い人だなと思った。寒いし。
安藤 寒かったですね。
樹木 体の調子が悪い上に、12月、1月、正月も返上してさ。髪の毛もダラーッと長くしていなきゃなんないっていうね。あの何重苦。
安藤 真夏のシーンもありましたからね。
樹木 本っ当に、嫌だった。
――(笑)。「嫌だ」とはおっしゃりながらもご出演になるのは、やはり是枝監督作品の魅力が……。
樹木 そんなの、あんなふうになるとは思わなかったからさ、もう少しいい環境かと思ったら。
安藤 (笑)。今までは、もうちょっといい環境で撮影を?
樹木 もっと楽だったよね、肉体的には。体力的には。
安藤 夏は夏で過酷でし たから。
樹木 夏のシーンで、1日だけ海に行かされたの。
――海辺も、とても素敵なシーンでしたが……。
樹木 何にも話がわかんないうちに、皆で海に行ったの。
――先に海のシーンだけを撮って、ということだったんですね?
樹木 うん。
安藤 あ、じゃあ夏のシーンはちゃんと本編に入っていたんですね。
樹木 入っていましたね。
――ちなみに、前半パートの家族団らんの和やかで自然な雰囲気などの台詞は、有って無いという感じなんでしょうか?
樹木 いや、あれはちゃんと台詞。
安藤 そうなんです! すっごく、ドキドキしながら、「はっ、次アタシ、やばい、あっ」と思いながらやってました。
樹木 もうね、何度も同じ芝居やるの。
安藤 場所を変えて何回もやるんですよね。
樹木 そうそう。
――安藤さん、今回、初めての是枝組への参加になりました。いかがでしたか?
安藤 合間には、この(柴田家の)家族で、あーだこーだ、くだらない話をしているのがものすごい楽しかった、という記憶が強いです。本当にこたつの周りで皆でしゃべっている時間は、私はすごく貴重で。それが、いろいろ楽しい時間として残っています。実際、寒い、暑いは樹木さんのお話された通り、ものすごく過酷だったんですけど、是枝組はチームができ上がっているから、ベースの環境はすごく心地がよくて。その環境ができ上がっていることに、入ってびっくりしました。
――「是枝組は温かい」というワードを出演者の方々からよく聞くのですが、安藤さんが表現するなら、どういった感じの現場ですか?
安藤 「是枝教!」みたいな!「是枝の神!」みたいに、そういう感じに環境が整っているのかと……。
樹木 私は、そんなになってなかったでしょ?
安藤 そうですね。そうです、そうです(笑)。ただ、周りの「是枝組というのはこういうものでして」というのが、すごく温かくて。皆さんが「温かく」と表現されるのが本当に、「温かい、わかります!」という環境なので。これは、すごくいい……教に思えました。
――いい教に思えた。
安藤 是枝教、ワーッ!、と思いました。
樹木 いろんな分野からね、差し入れが日に日に、ずーっと並ぶのね。本当に絶え間なく、ずーっといろんな関係者からね、来て。やっぱり監督の人気ってすごいなと思って。私、意地でも、1個も差し入れてない。
安藤 そうだったんですね(笑)
樹木 それ書いといてね、そういう人間がひとりいるっていうことをね。私は大事な位置にいるんですよ。皆が是枝教になっていくところに私、絶対に「いない」って言って。
――崇めないというか、そういうことでしょうか?
樹木 そうそうそう。
安藤 すごい。でも、知らないうちに是枝教、っていく感じに。
樹木 でも、それは是枝さんが、例えば「安藤サクラ」という人を見たとき、芝居をしたときに、ほかの監督が見過ごすかもしれないところをスルッと見ているっていうね。人間を見ている、役を見ているっていう、そういう意味の温かいこと。お世辞を言ったり、ニコニコしたりっていうのは、温かいじゃないの。そういうことなのね。だから、とても役者として、表現する人としては、皆、子供たちがわけわかんないかもしれないけど、後で大人になって観たときに、「私ってこんな、僕ってこんなに優れていたのかな」と思うんじゃないかなって。
安藤 呼吸がしやすい環境でした。カメラの前でもすごく呼吸、息がしやすい。息が狂わない、呼吸が狂わない環境を作られるのが、ものすごいなと思いました。
――反対に、呼吸が狂う環境とは。
樹木 やっぱ緊張させたりね。それから、怒ったりとかっていうのがない中で、子供なら子供が、大人なら大人が一番言いやすい、ここの気持ちを作るところまで持っていって、スッとそこで「本番いきます」とする。
安藤 それがすごいと思います。それはやっぱり……この外と、このカメラの前、この空気の粒子が変わらない。
樹木 境目、うん。
安藤 細かい粒子。
――「本番」となってもガラッと変わるような感じではなく。
安藤 ガラッとも何も変わらない。大体スタジオの外、スタジオの中というかセットの中も。
樹木 セットの中、とかっていうふうにならない。
安藤 それは、「本番」と言って、粒子がシュッとなる、というのもなくて。
樹木 サクラさんの人柄っていうのがまたね。アタシなんか、子供がうるさいと「このやろう」とかって思うけど。
安藤 (笑)。
樹木 全然、そういうのに対して甘やかしもしないし、かと言って怒りもしないし。実に、皆、リリーさんも、松岡さんもそうだし。アタシは、とっても皆を感心して見てたわね。
――安藤さんにとって、今回、樹木さんとご一緒にやられたことは……。
樹木 そんなの、あなた、目の前にして悪口言えないんじゃない。
安藤 (笑)
樹木 悪口でいいわよ。
安藤 ふたりのシーンでは、どこかで緊張しちゃいそうだけど、緊張しないようにとか、いろんなことがこんがらがって、ものすごい何テイクも、私の寄りを撮ったんです。「もう1回。何か違う、もう1回」というのがあって。
樹木 どこだっけ? ふたりのシーン。台所? 違うよね。
安藤 台所じゃなくて、縁側で。
樹木 そこか。
安藤 「絶対緊張しちゃうな」と思って、いろんなことが自分の中でこじれていたんだと思うんですけど、自分はどうなっていたのかはわかんないですけど。希林さんとふたりのところ、縁側でしゃべったところがあるんです。そこはすごく、何回も何回もかかりました。
樹木 そりゃあね、脚本の台詞がね、うまくなかったんだよ。成立してなかったんだよ。
安藤 (笑)。私、そのとき、ちょっと照れちゃっていて、目が結構泳いじゃってたんですよ。目線まで「あそこを見てください」とかまで言われて、何回もやって(笑)。
樹木 そんなとこも、あったんだそうですよ。
――安藤さんの佇まいは、樹木さんからご覧になってどのような印象でしたか?
樹木 本当にしなやかに、いい育てられ方をされて。それから、嫌なものも結構見てる。見てるけども、それに対して「普通はこういうことで傷つくんだな」と思いながら、自分自身はそこら辺は避けている。「避けて」と言うとひよってるみたいだけど、そうじゃなくて、スーッと自分の人生を歩いてる。しなやかな。こういう役者さんがたくさん、これから出てくるといいなと。そういう感じがしましたね。
安藤 これは本当に、素直に受け取れる……、素直な人間ならすごくうれしいですけど、「本当ですか? ちょっと怖いかな」って。本当に。
樹木 そりゃ、足引っ張るときは引っ張るよ、アタシも。
安藤 でも素直に、素直に、素直に。素直に、素直に受け取らせていただきます……。
樹木 だけど、それは本当。だから、海のシーンでスッと(安藤の)顔を見たときに、汗をかいていて、でも、太陽の光を受けて「ああ、きれいね」って、思わず出てしまうのよね。「よく見るときれいだね」って、そう言いたくなる。そういうものを監督が使ってくれたりして。
――映画の台詞ではなくて、樹木さんが思っておっしゃった言葉だったんですね。
樹木 そうそうそう。それに対して安藤さんがさ、何度も撮ったから、どこを使っているかはわかんないけど、でも、ちゃんと1回自分がそのときに感じたものを残して、ちゃんと芝居してくれるから。「何よ、急にほめられても困っちゃう」みたいな、そういう曖昧な顔をする。何度もやっても、ちゃんと残してくれるからね。だから、そういうのは成立する。やっぱり、優れた役者なんじゃないかなと思っています。(インタビュー・文=赤山恭子、写真:You Ishii)
映画『万引き家族』は2018年6月8日(金)より全国ロードショー。
(C)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.
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