リン・ラムジー監督)の2部門を受賞するという快挙を遂げた『ビューティフル・デイ』がカンヌを席巻していた。
年を取った母親とひっそりと暮らしながら、行方不明の捜索を請け負う裏稼業で生活している元軍人のジョー(ホアキン・フェニックス)が、政治家の娘ニーナを探してほしいと依頼を受ける。いつもと変わらぬ手練手管で「仕事」に当たろうとしたジョーだったが、依頼主が飛び降り自殺をしたことから、事態はめまぐるしく変転するーー。
邦題は『ビューティフル・デイ』、原題は『You Were Never Really Here』。原題を直訳すれば、「あなたはここにいなかった」だが、ジョーの「最初から存在なんかしていたくなかった」という気持ちにも読み取れてしまう。しかし、邦題の『ビューティフル・デイ』は、劇中にニーナがふと口にする「It’s a beautiful day.」(今日はとてもいい天気)であり、真逆の雰囲気のタイトルだ。
混沌とした思いが点在する作品ということが、タイトルからも読み取れるダークなクライム・ムービー。前作『少年は残酷な弓を射る』で見せた恐ろしくも儚い残酷美を、今作でもいかんなく持ち込んだラムジー監督に、じっくりとインタビューした。
――世界では「ホアキンのキャリア史上最高の演技」と大絶賛されています。主人公ジョーを彼に託した経緯からお聞かせください。
元々、脚本を書き始めたときに「ホアキンがこの役にぴったりだ」という勘があって、PCに彼の写真を貼っていたんです。ただ、ホアキンは作品を選ぶことで有名なので、引き受けてもらえるかどうかはわからなかったけど、彼と昔仕事をしていたプロデューサーが本作のプロデューサーのひとりでもあったので、お声がけすることができました。ちょうど彼の(別の)作品が頓挫してしまい、ホアキンのほうから私の元に電話があって「2か月空いたけど、やる?」と言われたんです。おそらく彼としては「NO」と言われると思っていただろうし、何なら「NO」と言われたい感じもしたんだけど(笑)。脚本も書き終えていないのに「やるわ!」って言っちゃいました。きっと、今までの限界を超えていくような映画作りができるんじゃないか、と思って参加してくれたんだと思います。
――実際にホアキンを演出していって、撮影中、手ごたえのようなものを感じた瞬間はありましたか?
撮影しているときのスケジュールは大体きつきつでいつも疲れているし、常にワクワクしているのは難しいことなんだけど、今回は、本当に胸が高鳴るような感じが、幾度もありました。最初に手ごたえを感じたのが、クランクインしてから2日目だったかな? ロシア風風呂で彼が歌を口ずさむシーンです。準備の段階で話し合いはしていましたけど、それを見たときはカメラの前でマジックが起きていると感じたし、「なんてすごいんだろう……」と身震いしました。目を離せないようなものだった。だから、毎日「どんなことが起きるんだろう!」「どんなことをしてくれるんだろう!」という思いで、現場に行くことができましたね。
実は、今回の撮影は29日間しかなくて、この尺の作品にしてはすごく少ない日数なんです。だから、私はほとんど眠れなくて……。準備もない中で撮影しましたけど、本当に現場が楽しくてしょうがなくて、まるでソウルメイトを見つけたかのような、自分のミューズを見つけたかのような感じでした。ホアキンは、この表現をすごく嫌がると思いますけどね(笑)。
――(笑)。他にない関係性ですね。
お互いに限界を超えて、今までの型を破っていくことにすごくワクワクしていたのよね。ただ、彼は何事もすごく問いかけをするんですよ。ときに「何で?」「何で?」「何で?」とたたみかけるように言われると、「もういいじゃん!」と思うときも正直ありました(笑)。自分のほうが違うのかな、と疑っちゃったりするような瞬間だったりするし。それでも、今回はクランクアップしたときに「終わってほしくない、もう1本映画を作りたい」と思える感じだったんです。だから、別れるときはちょっと悲しくて、ね。
――ホアキンがそこまで聞くのは、シーンの理解に対する問いなんですか?
それもあるし、何よりも予想されているようなことはしたくない、自分が飽きちゃうから、というのがあると思う。脚本通り粛々と演じるだけということに、そもそも彼は興味を持っていないし、つまらないと思っているんです。そうじゃなくて、どうしたらより良いものにできるのか、「何かが違うな」と思ったら、きちんとわかるようにすることを常に大切にしていて、「こうすれば良くなる」と本能的にわかる人なんです。私も全く同じタイプで、物事を言葉に落として理解したり、説明したりするより、本能的にいい、悪いがわかるので、似ているのもあるかもしれませんね。
――完成作を観て、お二人でどんなお話をされたんでしょうか?
私から彼には「ほかの人では想像できない演技をしてくれたわ」とは言ったけど、ホアキンは……観てないかも?
――えっ!? 昨年カンヌの公式上映のときは、いらっしゃいましたよね?
自分自身を観たくないから、彼は席を外すのよ(笑)。頭10分くらいは観て、抜けて、終わる頃には戻ってくる、っていうね(笑)。自分の出演作を観ない人なんだけど、まあ、でも密かにひとりでは観ているかもしれないけどね! とはいえ、私も自分の作品をほとんど観ないの。『ボクと空と麦畑』も20年くらい観ていなくて、最近ちょっとまた観たくらい。
ホアキンは、自分の仕事は撮影がクランクアップしたときに「終了」と思っているんだと思う。今回は現場で今まで体験したことのない エネルギーをお互いの中から感じることができて、お互いのやり取りの中から生まれてくるものでもあって、それがすごく気持ちのいいバイブスにつながったんです。だからといっていい作品ができるわけではないんだけど、その段階で何か強いものがこの作品にはあると私も思ったから。作品を作っていて、いつも経験できることではないんです。
――ほかに印象深い出来事はありましたか?
ホアキンはプレス嫌いで有名なんですよ。けど、それは間違いじゃないかなって思うことがすごくありました。この作品に関しては、彼にとっても特別な経験だったからなのか、舞台挨拶やQ&Aとかにも参加してくれていて。先週もアークライト(※L.A.の劇場)のイベントにサプライズで来てくれたりして、プロモーションのサポートをすごくしてくれて、正直、感動しています。実は来日の話をしたときも「僕も行きたい」と言ってくれたんだけど、家族の結婚式か何かがあったそうで、叶わなかったんです。
――残念です……。ちなみに、どんなQ&Aが行われたんですか?
それがね、私の作品の回顧上映で『ビューティフル・デイ』の上映があって、来てくれたんです。けど、彼も「これって……リンのイベントだよね……?」と言っていて、予感的中、見事に質問が全部私向けで(笑)。そうしたら、彼も「僕、いらないよね? じゃあ失礼します」と終わったのは、ちょっと笑っちゃったわ。
――監督の演出について、いつも驚かされます。不快感と快感の独特のバランス、カメラワークなども含め、どう構築されているのでしょうか?
自分の制作のプロセスやアプローチを説明するのは、自分でも正直わからなくて。ただ、何がうまくいく、いかないか、違うのかは、肌でわかるんです。もちろん私は脚本も手掛けるので、ディティールに富んだ脚本を書きますし、映像もどうしたいかをしっかりと考えてから撮影に臨みます。カメラワークや演技がうまくいっていないときに、気づくことも必要な要素なので。
映画を学び始めたとき、最初は撮影を勉強しました。カメラを手にした瞬間から、そういう資質がうかがえたのか、周りからは「リンは絶対監督だよ」と声をかけられたくらいでした。
――中でも、大切にされていることは何でしょうか?
現在形であることだと思います。今、何が起きているかに、しっかりと目を向ければ、もしかして自分が思っていたことよりも、よいアイデアが転がっているかもしれない、誰かが提案をするかもしれない。それらを取り入れていける部分があるかどうかが、いい監督の決め手なんじゃないかな、と思ったりもします。そういう意味で、私は密なコラボレーションをするほうです。ただ、きっちり「これだ」と見えたときには、すごくはっきりしていますね。……うん、面白いわよね。普段は夕食のメニューさえ決められないタチなのに(笑)。
――(笑)。『ビューティフル・デイ』はジョニー・グリーンウッド(レディオヘッド)が手掛けたスコアも文句なしですよね。どのようにリクエストされたのでしょうか?
前作(『少年は残酷な弓を射る』)でも一緒にやりましたけど、あれはスコアというより、全体のムードを作ってくれる、アンビエントと言うと言いすぎかもしれないけど、そういう効果でした。『少年は残酷な弓を射る』を観ているときに観客が感じるムードみたいなものは、全部ジョニーからきているんですよね。
今回、自分の作品でまともに「スコア」と呼べるものを初めて取り入れました。ただ、お金もない、時間もないという状況の中で、しかもジョニーがレディオヘッドのツアー中だったんです。少しずつ映画の映像をジョニーに送ってはいたんですけど、最初は「できないかも!」と言われていて。けど、作品を観てくれている中でどんどん「やりたい」という気持ちになってくれたみたいで、映像の中から立ち現れてくるキャラクターを彼が掴んで、ワクワクしてくれたので、シュールさ、クレイジーさ、などを感じて作ってくれたスコアが、ジョーと同じくらい、ある種のキャラクターになっていると思います。
――ジョニーの作家性や波長のようなものが、監督と合っているからでしょうか。
私が映像を送り、それにジョニーが書き下ろしてくれた曲を、私に送ってくれるでしょう? そのスコアを聴いて、また私がインスパイアされて編集を進めて映像を送る、というやり方を繰り返したんです。結果、本当に素晴らしいスコアを見事書き上げてくれました。次の作品はサウンドデザインとスコアを先に用意してもらって、それにインスピレーションを受けながらやってみたいわ(笑)。
――監督にとって、音楽は別個ではなく、映画を完成させる上で必要な大事な要素なんですね。
私、プロデューサーから「音は後でつけるからいいよ」、「音楽は後でやるから、まずは画を編集しようよ」と言われるのが、すごく嫌なの。サウンドデザインと音楽は、ある種、映画の繊維の一部になっている、欠かせないものなので、最初から組み込んだ形で作るべきだと思っています。まさに、今回のスコアはそういう作品になっていると思います。ただ、すべての作品にスコアが必要なわけではなくて、音が必要のない作品もあるわけで。でも、『ビューティフル・デイ』は絶対にスコアがいると思ったし、ちゃんと織り込まれているものにしたかったんです。(インタビュー・文=赤山恭子、写真:市川沙希)
映画『ビューティフル・デイ』は2018年6月1日(金)よりロードショー。
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