静かな秋の夜長に!日頃の疲れを癒す「何気ない日常」を描いたおすすめ映画8選

感受性複雑骨折

寂々兵

9月も終わりに近づき、本格的に秋がやってきます。秋と言えばスポーツ、食欲、読書など色々とありますが、何と言っても芸術の秋。静かな秋の夜長のお供にしみじみと映画を鑑賞するのはいかがでしょう。

日頃の疲れを吹き飛ばすような痛快アクションや、ハラハラドキドキのサスペンス映画も良いですが、今回は「何気ない日常」をテーマに、日常生活の一部をそのまま切り取ってしまったような映画を8本紹介したいと思います。

国や環境の違う異世界の「日常」を体験してみてください。

1.憂鬱な楽園

今年『黒衣の刺客』で第68回カンヌ国際映画祭コンペティション部門監督賞を受賞した侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の作品。

うだつの上がらない中年チンピラとその弟分、更にその恋人の3人が主役。彼らが一攫千金を目指して色んなことに手を出すのですが、これが見事に上手くいかない。飲み会の席で酔っぱらって泣き出したり、食堂や引越しの手伝いをするもまったく役に立たなかったり、結局は警察や議員といった権力者のお世話になったり、観ていて情けなくなってきます。が、なぜか次第にこのダメな3人組が愛おしくなってくるのです。

本作は電車やロードバイクといった乗り物を長時間に渡って先導したカメラワークもさることながら、台湾の田舎町の風景、そしてその風景を眺めながらがっつく食事の描写が非常に素晴らしいです。その穏やかな風景とは似つかないハードロック調のBGMはもがき苦しむ彼らの心情を表現しているようでしびれます。

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2.刑務所の中

2刑務所

刑務所が舞台の映画と言えば「脱獄」や「暴動」「看守との対立」といった要素が着いてまわりますが、本作はそれらをまったく描かず、長い長い刑務所生活の一部分を切り取ってそのままスクリーンに流してしまったような作風になっています。

この映画の大きな魅力は2つあり、1つ目は食事のシーンにあります。貧相な容器に入ったご飯、精進料理のようなおかず、それらを黙々と食べる受刑者たちの至福の表情はまさしく「刑務所生活での唯一の楽しみ」を存分に表現しています。また中盤、木下ほうかが新入り受刑者におせち料理の解説をするシーンでは涎が垂れること必至です。

もう一つの魅力は「中身のない会話」。刑務所生活の一部を切り取った映画なので、受刑者同士の中身のない会話が延々と繰り広げられます。「ご飯に醤油をかけて食うとうまいんだぜ」みたいな話を中年受刑者たちがグダグダと語ってるんだから、あまりのバカバカしさに日ごろの些細な悩みなど吹っ飛んでしまうことでしょう。

以上のように、エンタメ的な盛り上がりや派手な展開は一切ありません。ただ、日常に疲れて「刑務所」という非日常の風景をちょっと覗いてみようくらいの気持ちで鑑賞すると、何とも言えない至福感を得られ、人生なんて適当でいいんだと達観の域に達するはずです。

3.月曜日に乾杯!

2月曜日

誰しも月曜の朝に「このまま会社に行かず逆方向の電車に乗って旅に出たい」という妄想をしたことがあると思いますが、本作はその妄想をそのまま映画にしてしまったような一作です。

主人公のヴァンサンは工場での単調な仕事に飽き飽きしており、タバコを吸うにも一苦労。家では家族に相手にされず、趣味を楽しんでいる暇もない。そんな日常に嫌気が差したヴァンサンは出勤をやめ、丘へ登り、突如ヴェニスへ旅に出ます。そこで彼が出会ったのは、自由な人生を謳歌してお祭りを楽しむヴェニスの変人たち。

彼は滞在するうちに、この華やかに見えるヴェニスですらも同じ日常を繰り返していることに気付きます。この映画はヴァンサンを通して「日常をつまらなくしているのは自分の考え方じゃないか?」と我々に問いかけているのです。

本作はスクリーンで力を入れて鑑賞するよりも、それこそワインを片手におつまみを食べながら観るのに最適な一作。帰国後のヴァンサンの小さな変化を見逃さないようにしましょう。

4.ストレンジャー・ザン・パラダイス

2ストレンジャー

独特の作風で多くのファンを持つジム・ジャームッシュ監督による究極のオフビート映画。デビュー2作目にして既に彼の世界観が確立されている一本です。

ニューヨークに住む青年が従妹を預かることになり、更に彼の相棒も加わってまったく話の噛み合わない3人の怠惰な日常が幕を開けます。ギャンブルで生活費を稼いだり、思いつきで旅に出たり、まさしく自由気ままな彼らの生き方には羨ましささえ感じるところ。

お金がないなら稼げばいい、余っているなら使えばいい。そんな単純で気まま、何か起きそうで起きない、ゆっくり過ぎていく時間と間がいちいちツボにはまります。

どこの土地に行っても何とかして生きのびてそうな楽観ぶりには見習うべき部分があるかもしれません。普段のバタバタとした生活に疲れた方、ふと後先を考えず旅に出てみてはどうでしょうか。

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5.天空の草原のナンサ

2ナンサ

出典:http://www.amazon.co.jp/dp/B009NP9FV8

モンゴルの草原で暮らす遊牧民の生活を描いたドキュメンタリー風の人間ドラマ。

羊の世話、チーズ作り、民族衣装の製作、ゲルと呼ばれるテントのような移動式住居など、あまり馴染みのない遊牧民族の生活を垣間見ることが出来ます。また役者は全員素人で、子供たちや動物の自然なお芝居に目が離せません。本作に登場する「ツォーホル」という愛犬はカンヌ国際映画祭パルムドッグ(パルムドールをもじった賞)を受賞しました。

モンゴルの雄大な大自然、人間と動物のふれあいに癒されるのも楽しみ方の一つですが、もう少し深くこの映画を知りたい方は劇中語られる「黄色い犬の伝説」や、冒頭にて解説される犬の埋葬について調べてみるのも一興かもしれません。彼らの「輪廻転生」の思想も一つの重要なテーマになっています。

6.ラヴィ・ド・ボエーム

2ボエーム

売れない作家、画家、音楽家の3人がひょんなことから共同生活を送るちょっと切ないドラマ。

本作の大きな見所は、登場人物たちのさり気ない友情や愛情を感じるシーンが随所に散りばめられているところです。この手の自由人たちが日々を漫然と暮らす映画の中でも段違いの温かさが画面から滲み出ています。けれどもそれを面と向かって表現できない不器用さに愛しさを感じてしまうのでしょう。

カウリスマキ監督作の中でもメロドラマが大きく強調されていますが、特に哀愁漂うラストに流れてくる「雪の降る町を」にはやられます。なぜ日本語の曲が?という疑問も吹き飛ぶほど映画にマッチしているのです。

また、友情出演でサミュエル・フラーやルイ・マルといった名監督陣が参加しているほか、古いフランス映画ファンにとってはニヤリとするようなオマージュも仕掛けられています。

7.楽日

2楽日

台北に実在した「福和大戯院」という映画館の最後の一日を淡々と映した作品。

シネコンなどの普及によって廃れてしまった映画館は廃墟を彷彿とさせる薄暗さ。固定カメラの前を往年の映画スター、足の悪い受付嬢、映写技師、同性愛者の青年などが行ったり来たり。台詞も一言二言くらいしかなく、その生気のなさには幽霊のような薄気味悪さを感じるほど。

かつては多くの人が集い、感動や笑いを共有しあった映画館が閉館することがいかに哀しいかということがよく分かります。現在の日本でも次々と閉館していくミニシアターや名画座一つ一つに多くのドラマがあったのです

終盤、誰もいなくなった観客席をスクリーン側から捉えた長回しが5分に渡って続きますが、ヴェネチア映画祭で本作が上映された際、何かのミスではとざわめく観客と感動のあまり涙を流す観客に二分された話は有名です。多くの映画を映し、観客の反応を長年眺めてきたスクリーンは何を思うのか。まさしく映画ファンのための映画と言っていいでしょう。

8.秋刀魚の味

2秋刀魚

「何気ない日常」を切り取った映画、というところで外せないのはやはり小津安二郎でしょう。

本作は「老い」と「孤独」がテーマになっている小津監督の遺作です。笠智衆演じる妻に先立たれたお父さんが年頃の娘を嫁に出すまでの苦悩や葛藤を、お馴染みのユーモア溢れる会話劇を交えながら描いています。

中でも劇中「ひょうたん」と呼ばれる恩師や同窓生たちとの悲喜こもごもなやり取りにはさめざめと泣けてきます。また、24歳の女性が「早く嫁に行かないと婚期が遅れる」ような扱いを受けているところに、良くも悪くも時代を感じますね。

何となく古い邦画を敬遠している方にも胸を張ってオススメしたい一作。今回の記事で紹介した監督たちをはじめ、多くの映画作家に影響を与えた「小津イズム」をぜひとも味わってみてください。

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おわりに

いかがでしたか?

これらの映画は時間の経過が非常にゆっくりなため、ともすれば鑑賞中に寝てしまうかもしれません。しかし、良質なクラシック音楽には快眠の効果があるのと同じように、ある種音楽的なこれらの映画は非常に心地良い睡眠をもたらしてくれる可能性があります。

皆さんも、静かな夜や疲れた日に鑑賞したくなるお気に入りの映画を見つけてみてください。

 

※2021年1月23日時点のVOD配信情報です。

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  • ひかり
    4.8
    日本の映画の黄金期は、世界に通用するレベルだったみたいで、よく海外の映画監督もリスペクトしてるって話を聞くけど、それはあくまで卓越した監督がたまたま居たって事で、俳優のレベルはあんまり関係ないのかなって思った。 逆に、小津映画で俳優がアーティストみたいな頑張り方をしても作品にとっても、その俳優が演じる役にとってもあんまり良い事にはならない気がした。 でも、小津と笠智衆のコンビネーションは本当に良い味を出してる。 俳優と俳優が出会って生まれる味、俳優とその役が出会って生まれる味、いろいろあると思うけど、監督と俳優が出会って生まれる味って言うのもかなり大切なんだなぁ。 この前、朝イチでピアニストの清塚信也さんが写真を題材にいろんなパターンで作曲してみるってコーナーがあったけど、同じ写真でもBGMによってぜんっぜん見え方が違っていて驚いた。 これが、演出の凄さなんだなって。 笠智衆には小津映画のBGMが本当にぴったりなんだよなぁ....! 本当に笠智衆はいつもふわっとそこにいるんだけど、それが小津映画の中で唯一無二の存在感を放ってる。
  • ほそじま
    4.4
    小津安二郎伝説の終着点で、後期に連なる珠玉の家族ドラマ群の集大成とも言える。 例えば娘の結婚騒動と残された父の孤独・慟哭は「晩春(1949年)」のプロットに重なり、不貞腐れて寝転がる佐田啓二とそれを見つめる岡田茉莉子の構図は「お早よう(1959年)」を連想させたり。 飲み屋街もモノクロ時代の「東京暮色(1957年)」を初め「彼岸花(1958年)」「秋日和(1960年)」と過去作で度々撮られてきたもので、看板のデザインは小津自ら手掛けている程のお気に入り。(珍々軒が出なかったのは少し残念だったが) またノスタルジーを生み出す軽やかなシャンソン風楽曲"サセレシア"は本作においては少し変調されている。 これら往年の空舞台、ローポジションを駆使した絵画のような昭和の原景、いわゆる小津調がデジタルリマスターにより完全に昇華されていて、その構成美を保ったまま空間に奥行きが生まれている。 「晩春(1949年)」のラストシーン撮影で小津から「愛娘を嫁に追いやる親の慟哭」の演技指導を受け「その演技は出来ない」と断った笠智衆だったが本作では見事に表現されていた。 「もしあの戦争に勝っていたら」「いや負けてよかったんだ」といったトリスバーで交わされる笠智衆&加東大介の何気ない会話には、戦後20年近く経っていながら軍隊への忌避感や戦争の記憶が残っている。この生々しさは戦後生まれた監督にしか描けないだろう。 ※メモ 戦時中、小津が兵士として中国戦線に従軍していた時代の手記には「麦」「秋日和」「浮草」「秋刀魚」といった作品のタイトルに繋がる言葉が度々現れていたそうだ。 中でも「秋刀魚」は余程気に入っていたようで、時に俳句に取り入れられたり「秋刀魚を食べたい」というただの感情としても記されていた。 なお、タイトルの真意について問われた本人は「秋に公開したから」としか答えていないので結局真相は分からない。
  • タランチュラ小堺
    4.1
    「秋刀魚の味」鑑賞。 小津安二郎作品2本目の鑑賞となりました。代表作“東京物語”に次いで、最終作となる「秋刀魚の味」。 別にそれを意識した訳ではなく、単純にNetflixで観られる小津作品が2、3本しか無かったが為、たまたまのチョイスとなったわけです。 【タイトルの意味とは?】 作中において、秋刀魚の出演はおろか、話題にすら挙がりませんのが気になったのです。その代わりなのか、ひょうたんの食べていた“鱧”の存在なんてのは印象的でしたがね。秋刀魚とはまるで対極な魚ですよね。高級魚で…。僕も指折り数える程しか食べたことがありません。 さて唐突ですが…。有名な落語の小噺なのですが、こんな話を紹介します。 殿様が目黒まで遠出した際に、家来が弁当を忘れてしまったのです。 殿様一同腹をすかせているところに、嗅いだことのない旨そうな匂いが漂ってきました。 殿様が何の匂いかを家来に尋ねると…。 家来は「この匂いは下衆庶民の食べる下衆魚、さんまというものを焼く匂いです。決して殿のお口に合う物ではございません」と言いました。 殿様は「こんなときにそんなことを言っていられるか!」と言い、家来にさんまを持ってこさせたらしいのですが…。 なんと、その時のさんまは網や串、鉄板などを使わず、サンマを直接炭火に突っ込んで焼かれた「隠亡焼き(おんぼうやき)」と呼ばれるもので、殿様の口に入れるようなものであるはずがないのです。 とはいえ食べてみると非常に美味しく、殿様はさんまという魚の存在を初めて知り、かつ大好きになりました。 それからというもの、殿様はさんまを食べたいと思うようになります。 ある日、殿様の親族の集会で好きなものが食べられるというので、殿様は「余はさんまを所望する」と言うのですよ。 だが庶民の魚であるさんまなど置いていない。家来は急いでさんまを買ってきたそうな。 さんまを焼くと脂が多く出ます。それでは体に悪いということで脂をすっかり抜き、骨がのどに刺さるといけないと骨を一本一本抜くと、さんまはグズグズになってしまいます。 こんな形では出せないので、椀の中に入れ、つみれにして出したのです。 日本橋魚河岸から取り寄せた新鮮なさんまが、家臣のいらぬ世話により醍醐味を台なしにした状態で出され、さんまはとても不味くなってしまったと。 殿様はそのさんまがまずいので、「このさんまはどこで手に入れたものだ?」と聞くと。 「はい、日本橋魚河岸で求めてまいりました。」と家来は答え、殿様はこう返しました。 「ううむ。それはいかん。やはりさんまは目黒に限る。」 “目黒のさんま”という小噺で、殿様が、海とは無縁な目黒でとれた魚の方が美味いと信じ込んでそのように断言する、という笑話で、世俗に無知な殿さまを風刺する話でもあります。 とまぁ、タイトルの意味するところがこの小噺ではないことは、明白なのですがね。 下魚であり、大衆魚の“秋刀魚” 脂濃く、骨も多い“濃厚”で“少し痛い” つまり、庶民(人ひとり)の人生(濃厚で)を謳歌(挫折や苦悩)した映画であったのかなぁ、と思い、この小噺をさせて頂いた次第でございます。 【小気味よいフレーズとリズム感により、小津安二郎の詩歌を詠んでいる様な作品】 小津安二郎さんの作品に特徴として言えるのが、過度な演技の排除です。 むしろ、笠 智衆さん扮する平山さんなんてのは、抑揚が少なく棒読みな程です。 それでも、彼から漂う“人間味”がありありと映し出されていくのは、流麗な台詞回しによる“間”と、徹底した低めの画角な“場”を以て、キャラクターにおける過去と未来の“時”を支配しているからだと思います。 だからこそ、本筋に彼の説明がなくとも、観る我々に想像を掻き立てます。洗練された脚本とは正にこのことなのでしょう。 あくまで、“こうだったのだろう〜。” “多分〜だから。”と言える隙間を意図的に配置してくれた様な、これぞ侘び寂びです。 そんな“時”をも掌握した小津安二郎の独特な台詞回しが、これまた小気味良いのです。 例えば、「〜するのでしょう?そうでしょう?」「違うよ、違うんだ。」等々。嫌でも耳に入ってくるような、この会話のリフレインに次第に耳が気持ちよくなってくるのです。 この小気味の良いリズム感と、何となしに発した言の葉の数々が踊り咲いています。 この作品はそんな小津安二郎の“詩歌”をも感じさせてくれます。 それは意味を求めるでもなく、ただ聴き、風情や趣を楽しむもの。 【総評】 捉え所のない情緒と侘び寂びに満ちていて、同時にそれを理解る事ができるのが喜ばしいことです。 戦後日本における敗北した歴史は、民衆に深く刻まれ、米国の事実上の支配。文化の輸入により、徐々にアメリカナイズされていく中、この様な所謂“日本的”な作品が異彩を放ち、人生に彩りを綴ってくれます。 つくづく小津作品には、“人間賛歌”を謳って、悲哀さえも優しく温かく包み込む力を感じざるを得ません。 この味わい深い詩歌を堪能できたことに今日も感謝し、今を生き抜こうと思えます。
  • 村口
    3
    そうか、それで「秋刀魚の味」……「秋刀魚の味」!?!!?!? 家事担当の娘(24)を嫁に出すかどうか悩む話。 同じ境遇で娘を嫁に出さなかったかつての恩師との対比が切ない。ひょうたん……。 息子夫婦の一幕も微笑ましくて好き。 ひょうたんの娘が泣くところと、美知子を心配するところで何故か泣いちゃった。 家族のゆるやかな瓦解を描くのがうますぎる。 家庭の形が変わっても、独りぼっちになっても、それでも人生は続くんだよなあ。 和男の「俺が飯炊いてやるからさ」ってセリフになんかグッときた。 笠智衆が演じる父親って、優しくて穏やかで収まりが良くて、なんかいいなあ。 一点透視大好きだな小津安二郎。 風景ショットとか平面的に見える時があった。絵画的というよりイラスト的。
  • rinko
    3.3
    昔の人の言葉遣いって綺麗で素敵〜ぃ
秋刀魚の味
のレビュー(5187件)