映画『渇水』生田斗真「参加できている自分はすごく幸せ」&白石和彌「正直、嫉妬した」【ロングインタビュー 】

映画のインタビュー&取材漬けの日々是幸也

赤山恭子

映画『渇水』主演の生田斗真と企画プロデュースを行なった白石和彌へロングインタビュー。

「渇水」とは「雨が降らないため、川・池沼などの水がかれること」を表す言葉。映画『渇水』では単語の意味通りの水不足問題とは少し異なり、心の内の涸れが描かれ、観客に問題提起する。

生田斗真演じる水道局員の岩切俊作は、水道料金を滞納している家庭や店舗を訪ね、水道を停めて回る日々。滞納している人々の中には、お金がなくて払えない者、後回しにしたいから払わない者、「水はもともと無料だ」と言い張る者など、その背景は様々。そんな彼らを岩切は感情を押し殺すように淡々と処理をする。岩切の心もまた、ある問題のために渇ききっていたのだ。

滞納者やその家族たちと接するうちに少しずつ変化していく岩切の心情を、生田が静かな抑揚で演じた。決して派手ではないが、観る者の胸を確かに打つ本作。生田に演じ手としての思いをインタビューした。

また、本作では『凶悪』『孤狼の血』などで知られる人気監督・白石和彌が初の企画プロデュースを手掛けた。白石が嫉妬を感じたという本作、世に送り出したいと強く思ったと話す高橋正弥監督(※「高」は正式には「はしごだか」)という才能について、また主演の生田の俳優としての稀有な存在感についてもインタビューした。

生田さんの演じた岩切は無口ですが内に秘めたる思いがあり、徐々に変化していく静かな演技が印象的でした。どのような思いで演じていましたか?

生田 岩切は仕事に没頭しすぎて家庭のことを顧みなかったため、奥さんと子供が出ていってしまった背景があるキャラクターでした。映画の描写には入っていないんですけど、岩切はかつて一度、息子に手をあげてしまったことがある設定なんです。そのときの手に残った嫌な感触、「とんでもないことをしてしまった」という後悔、息子のおびえている表情、こわばって硬直した身体……それらが頭から離れないで生きてきている人。それは岩切というキャラクターを演じる上で、とても大事なフックになっていたかなと思います。

家族がいなくなってしまいひとりぼっちで、でも次の日も仕事があるし、お腹は空いて喉は渇くけど、何を食べても味がしないし、何を飲んでもおいしくない。それでも食べて飲んで寝て、また仕事に行って、と。ずっとそういう生活をしていると、いつしか自分が何をやっているのか、自分の現在地はどこなのか、そういうことがわからなくなってくるような感覚を持っていました。

水道局員の岩切は、支払い未納者たちの水道を停めに行くという大変な業務内容にあたっています。それを淡々とやっているのも、まるで自分を麻痺させてやっているように見えました。

生田 「岩切さん、嫌じゃないんですか? 水道を停めるの」と後輩にも言われますもんね。

未納者には「何で停められなきゃいけないんだよ!?」と怒鳴られて、にらまれて。岩切は何でもないフリをしていたけれど、実はぷすぷす刺されていたんですよね。痛くないフリをしていたんだけど、実はものすごいダメージがあったという。その心の揺らぎを表現できればいいなと思っていました。

それに「なんか違うんだよな、合ってんのかな、これでいいのかな……」というのを岩切はずっと思っていて。その感覚を抱えてお芝居はしていました。

ラストにかけて、感情や行動が爆発するようなシーンもあります。そのあたりについてのお気持ちも伺いたいです。

生田 せき止めていた何かが決壊して、滝のように自分の思いが溢れていくということだと思いました。「このままじゃいけない、何か行動を起こさなきゃいけない」と思って、彼がすごく小さなテロを起こすんですよね。それでも現状は大して変わらなくて、また明日がやってくる。だけどその何かを変えようと動いた、何かを変えなきゃいけないと一歩踏み出したことに、大きな意味があると思っています。そういう希望を持てるラストの映画になっているんです。

生田さんやキャストの皆さんはもちろん、制作陣も一体となりすごく熱を持って作った作品という印象を持ちました。実際、どのように生田さんへオファーがあったんですか?

生田 最初に脚本をいただいたんです。脚本を読んで、「ぜひご一緒したいな」と思い、監督や企画プロデュースの白石さん、皆さんとお会いしました。そのとき、「どういう映画にしていきたいか」、「この映画やキャラクターには、どういう思いが詰まっているのか」など、皆さんから色々なお話を聞かせていただきました。

会議室だったんですけど、アクリル板が曇っちゃうぐらいの熱があって(笑)。「岩切というキャラクターは僕たちにとってヒーローなんです!」とか「自分にも岩切のような部分があるんです!」、「ぜひ、生田さんに演じてほしいと思いました!」とおっしゃっていただいて。それは、ものすごく嬉しくて。期待に応えたいと思いましたし、その先に観てくださるお客さんがいると思うから、そこで一気にチームワークが生まれた感じはありました。

特に高橋正弥監督は、この脚本をずっと温めていらしたんですもんね。

生田 本当に、そうなんですよね。高橋監督はこの映画をつくるのに10年も前からずっと試行錯誤をして、何とかこれを撮りたいと長年思っておられたので。ようやく形になったという思いが僕にもあります。

作品内では育児放棄や貧困についても描かれています。込められた主題について生田さんはどのように考えていますか?

生田 原作は30年前のものですけど、今の現代でもまだあるネグレクトや限りある資源についての問題が描かれているんですよね。何とかしないといけないとみんなが思っているけれど、ずっと(問題は)あって……。こんなに技術は進化しているし、歴史が証明していることだってあるのに、この流れを変えられないのは何なんだろうと思ったりします。きっとみんな、流れを変えようとしていると思うんです。みんな失敗しているから新しいことをやろう、でもその流れって止められなくて。そういうことを思って……その中に岩切という人物もいると思うんです。流れを変えようとするけれど、そんなひとりの男が何かを変えられるわけがないという。でもそうやって行動に移すこと、変えようと思うことが、何かを変える気はしているんです。

お話されたテーマ以外にも、生田さんは本作に参加してよかったという思いや意義のようなものなど、どこに感じていますか?

生田 やはり高橋正弥という監督の熱い思いがここまでの作品を作って、これから世に放たれようとしていることです。なんかすごく歴史が動く瞬間に立ち会えているなという気がしています。

いろいろな方々が、この映画を作りあげるために奔走しました。こうやって『渇水』が形になったことがすごく意味のあることだと思っています。そこに参加できている自分はすごく幸せだなと思います。

生田さん、ありがとうございました。ここからは企画プロデュースの白石さんにお話を伺います。白石さん、生田さんにオファーした際、アクリルが曇るくらい熱弁されたんですね。

白石 はい、しました(笑)。

その熱意のほどを聞かせてください。白石さんは監督として活躍されていますが、初めての企画プロデュース作品ですよね?

白石 はい、そうなんです。師匠の若松(孝二)さんもプロデュース業をやっていましたし、僕も常々「映画の関り方、本当はもっといろいろあるよね」と思っていたんです。そういう話を『ひとよ』のときに長谷川プロデューサーとしていたら、「じゃあ、白石さん、いま読んでもらいたい本があります」と。それが『渇水』でした。

読んでみたらすごくいい脚本で。聞けば、いつも寸でのところで決まらないとのことでした。お手伝いしたい気持ちはあるけど、高橋正弥さんと面識はなかったんです。なので、「1回、高橋さんにお会いさせてください」とお願いして、高橋さんとたくさん話をしました。

お話をして、白石さんが関わろうと決めたポイントはどのあたりでしたか?

白石 実は高橋さんとは、助監督時代から近しいところで仕事をしていたんです。『日本で一番悪いやつら』とか『孤狼の血』を書いている脚本家の池上純哉さんは、高橋さんの下で助監督をやっていたりもしていたので、もともとちょっと会ったことない遠い親戚……みたいな感じでした(笑)。

こんな言い方をすると失礼にあたりますけど、(原作の)河林さんは、浮かばれない作家だったと思います。芥川賞の候補になった方ですが、世間一般には知られていない作家といえますよね。高橋さんも監督作はあるけれど、なかなか映画監督としては上がっていけず、でも腐らずに助監督をやりながら映画のことを信じ続けている人だったんです。

その姿が、なんか……重なったんですよね。先輩ですが、この高橋正弥という作家を世に出したいし、この脚本はいまだからこそ世に出るべき映画だともすごい思えて。それで「やりましょう」とスタートを切りました。

白石“監督”目線では、本作を撮ることへの興味もありましたか?

白石 いやいや! そんな泥棒みたいなことはできないから(笑)。

でもね、正直嫉妬しましたよ。10年温めているその折れない心に尊敬しましたし、このホンで生田さんで映画が撮れることはすごく羨ましいです。本当に嫉妬しました。プロデュースをやるからには当然、自分の作品でもあるんですけど、嬉しかったと同時に羨ましかったです。生田さんとこんながっちりできるのいいな、とすごい感じました。

そんな生田さんにオファーをした際のエピソード、白石さん側からもうかがいたいです。

白石 最初から「生田さん、どうかな!?」と制作サイドでは盛り上がっていたんです。でも『渇水』はいわば地味な作品で、エンターテインメントではないですよね。

けど、話をしたらすごい乗ってくれたんです。「よくぞ、こういう話をありがとうございます!」みたいになって。それで1にも2も「まず生田さんに会わせてください!!」となり、そこで大プレゼン大会が行われたわけです。最初、生田さんは引いていたと思うな(笑)。

実際、生田さんが演じられた岩切をご覧になって、いかがでしたか?

白石 芝居は当たり前にうまい方ですし、目の落ちくぼみの感じも「何でこんな目になるんだろうな」と思うほど、すごかったです。

ある取材で、生田さんは「あまり作り込まない」みたいなことをおっしゃっていたんですね。できるだけ前情報を入れないようにしている、と。余計なことをしないって、俳優としてはすごい怖いんですよ。基本的に俳優は何かしたがりますし、変な手癖がついている人も結構いて。生田さんはそういうのがない“さら”な感じなんですよね。「なんかやったほうがこの役に見えるかな」というのがない人は、実はすごく少ないんです。生田さんはそういうことができている、数少ない俳優だと思いました。

そこにいるだけでその人になれることは、ハリウッドの俳優、例えば(クリント・)イーストウッドとか、特に芝居をしなくてもそこにいる人になる感じがちょっとあるんだよなあと、思ったんですよね。

少女たちの母親・小出有希を演じた門脇麦さんも、白石さんのおっしゃる“さら”でいられる俳優なのかと思います。

白石 そうですね。麦ちゃんとは何作もご一緒していますけど、今回は彼女の演技力と、あの容姿も含めた佇まいがいいなと思ったんです。子供をネグレクトして飄々とほかの男の人のところへ行く感じとかが、なんか似合いそうだなと思ったんですよね。帰って来そうでもあるし、「あー、でも帰ってこねぇのかなあ」みたいな微妙な位置にいてくれるのが彼女ならではだと思いました。

繰り返しになりますが、10年もの間温めていた企画が動いて作品として完成したことは、これから映画を撮りたい人たちの希望になったと思います。白石さんの言葉をお借りすれば「腐らずに」やっていればチャンスが訪れると。高橋監督にスポットも当たり、夢を持ち続けて努力している人の光になるのかなとも感じました。

白石 そう言っていただけると、すごく嬉しいです。最近でこそ、助監督出身監督がちょっと増えてきた傾向にはありますけど、僕がなったときは、その前も行定(勲)監督くらいで、そんなに多くいなかったんです。

みんなには、「脚本を書いて僕が面白いと思ったら、絶対監督にさせてやる」と僕は等しく言っているんです。でも、現実としてあまり持ってくる人がそういなくて。それは僕がプロデューサーとしての実績がないこともありますし、あとは、そこまで熱意を持っている若い助監督にもまだそんなに出会っていないのかなと。そういう意味では『渇水』が呼び水になるといいなという期待もあります。僕にとってもそうですけど、高橋さんがこうやって『渇水』というすごい映画を撮ったことが、本当にいろいろな人に刺激になるんじゃないかなと思うんですよね。

高橋監督の作品には独特の映像美がありますよね。画になんともいえない温かみと冷たさが共存していて、持ち味ではと感じました。本作で初めて高橋監督に出会い、作風に惹かれる方が続々と出そうです。

白石 わかります、わかります。監督でコントロールできない部分っていうのがあるんですよ。僕だと……大体が古臭くなるんです、昭和っぽくなるというか(笑)。「お前はどんなものを撮ってもポップにならない」と昔いろいろな先輩監督に言われて、すごい落ち込んだ時期がありました。だからこそ『麻雀放浪記』はiPhoneで撮ってみたりして、「でもダメか!」みたいな(笑)。

今となってはその画力が唯一無二の持ち味ですよね。

白石 コントロールできないんだったら、それこそが僕の強みなんだなと思ったんです。それがたぶん『孤狼の血』とかにハマったのかな、とも思うんですけれど。そのコントロールできない部分をちゃんと高橋さんも持っている。すごく重要なんですよ。それは今おっしゃったようなところだと思うので、ちょっと嬉しいですよね。

今回のインタビューはFilmarksのWEBマガジン「FILMAGA」にて掲載されます。白石さんが最近観たお勧め作品など、ぜひ教えてください。

白石 『梅安』(『仕掛人・藤枝梅安』)ですね。この間まで時代劇(『碁盤斬り』)をやっていたこともあって観ました。豊川(悦司)さんがドはまりしていて、1がとにかくよかったんですよ~面白かった! 2をまだ観られていないから、早く観たいなあ。

白石さんの『碁盤斬り』も非常に楽しみです。よろしければ、概要も少し教えてください。

白石 ありがとうございます。草彅(剛)さんが出ていて、落語をもとにした話なんです。主におじさんとおじさんが囲碁で友達になる……っていう話、かな。

本当にそんなまろやかなストーリーなんですか!?

白石 最後、とんでもないことになるんですけど(笑)。

期待大です。この先もスケジュールは決まっているんでしょうか?

白石 いやぁ、もうあまり先まで決めすぎると”きゅぅん”となっちゃうので、来年までですね。あまり詰め込み過ぎるのもよくないなと思ってきたので。50歳になるのもあるし。40代は走り抜けよう! と思ってやっていたんですけど、ここからは仕事をすこーしゆっくり、と思っています。

『渇水』で企画プロデュースもされて、今後はそうした関わり方も増えていくような形でしょうか?見え方なども変わったりしましたか?

白石 そうなんですよね。やりたい企画はいっぱいあるので、プロデュースをやりながらちょっとひと(他人)に撮ってもらうことも視野にいれながら、と思っています。

今回、企画プロデュースを初めてやってみて、いろいろ感じました。作品に”きゅう”ってなるだけじゃなくて、人と人とをつなげるような醍醐味が映画はやっぱりあるなと。それはちょっと面白いなと思っています。若い監督を発見したいのもありますしね。

(取材、文:赤山恭子、提供写真)

映画『渇水』は、2023年6月2日(金)より公開。

出演:生田斗真、門脇麦、磯村勇斗ほか。
監督:高橋正弥
脚本:及川章太郎
原作:河林満
企画プロデュース:白石和彌
公式サイト:https://movies.kadokawa.co.jp/kassui/

(C)「渇水」製作委員会

※2023年5月30日時点の情報です。

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