筆者の本業はテレビ番組の放送作家です。
番組企画を考えたり、進行台本を書くといった仕事が主ですが、まれに市街地や収録スタジオ以外での撮影といったロケーション(ロケ)に立ち会う事もあります。
最近はタレントが市街地を散策する、いわゆる「街ロケ」番組も多いですが、場所によっては事前許可を取らないとロケができない事もあります。昔は無断ロケをしても大目に見てくれたりしていたようですが、今だと確実に不祥事扱いになります。
そのせいか、日本が舞台の映画(洋画、邦画問わず)を観ていると、出演俳優よりも「この建物のシーン、無許可で撮ってるんじゃ…」などと背景に映る景色に目が行き、内容に集中できなかったりします。ある種の職業病ともいえます。
そこで、日本国内のロケにおいて、撮影スタッフの工夫や苦労が垣間見える作品を、いくつかピックアップしましょう。
これ1本で今のニッポンまる分かり!:『ウルヴァリン:SAMURAI』
最初にご紹介するのは、記憶も新しいところで『ウルヴァリン:SAMURAI』。アメコミ『X-MEN』シリーズの人気キャラクター、ウルヴァリンのスピンオフ映画の第2作目です。
ウルヴァリンが来日してまず訪れるのが、港区芝公園にある増上寺。テレビのバラエティ番組でも撮影はNGというお寺は少なくないのですが、増上寺は東京都心にあるからか、撮影によく利用されたりします。
過去には『忠臣蔵』などの時代劇や、『ブルース・リー/死亡の塔』といった珍作(?)でも使用されています。
他に、新幹線内とその屋根上でのアクションシーンも出てきますが、通常、JRの新幹線や在来線での撮影はドラマだろうとバラエティだろうと、簡単に許可は下りません。
三池崇史監督の『藁の盾』では、新幹線でのアクションシーンに難色を示したJRからの許可が下りず、台湾で撮影しています。昔のドラマでも、東京から長野行きの電車に乗るシーンなのに、よーく見ると車両自体は京王線…なんて事もありました。
それを考えると、この作品で撮影が許可された事は快挙といってもいい位です(といっても、車内でのアクションシーンはセットを別に組んで撮影していますが)。
他にも、『崖の上のポニョ』のモデルとなった広島県福山市の鞆の浦(とものうら)や、東京タワー、秋葉原、忍者、着物、パチンコ、ヤクザ…と、外国人がイメージしやすい日本の要素がてんこ盛り。ラブホテルも登場しますが、外国人にはビジネスホテルと同じ感覚なのだとか。
ある意味、てっとり早く今のニッポンを知るには最適の作品といえるかもしれません。
Amazon Prime Videoで観る【30日間無料】日本が舞台、なのに撮影は日本じゃない?:『The Silence』
一方で、『藁の盾』のように日本が舞台にもかかわらず、実際の撮影は日本で行われないケースもあります。それは予算的な事情や、先に軽く触れたように日本は他の国と比べて、ロケに際しての規制が厳しいという事情もあります。
最近だと、2016年公開予定のマーティン・スコセッシ監督の『サイレンス(英題)』がそうです。遠藤周作の『沈黙』に深い感銘を受けたスコセッシが、長年映画化を熱望してきた作品です。
原作の舞台は長崎県という事もあり、映画スタッフもロケハンを行い、日本側もロケ誘致に力を注いだにもかかわらず、結局撮影は台湾で行われました。そうした事実からも、日本での映画撮影の難しさを物語っています。
Rakuten TVで観る【登録無料】カースタントするなら「本物」と「地方」に限る!:『龍三と七人の子分たち』
以前の日本映画、特に昭和40~50年代の東映アクション映画では、車を猛スピードで走らせては壊しまくるカースタントシーンがよく見られました。が、現在では安全面や道路封鎖の難しさから、そうしたシーンは減っています。
そんな中でもカースタントにこだわりを見せているのが、北野武監督です。
10月9日にレンタルが開始したばかりの『龍三と七人の子分たち』。
元ヤクザの「ジジイ」達が、悪徳商法を働く現役ヤクザを懲らしめようとするコメディです。舞台設定は東京ですが、ジジイ達が市バスをジャックして商店街を壊しまくるというシーンの撮影は、名古屋の柳橋中央市場周辺の商店街にオープンセットを組んで行われています。
前作の『アウトレイジ ビヨンド』でも、車がカーブを曲がりきれずに横転するシーンがありますが、こちらは神戸空港付近の道路で撮影されています。
正直二作品とも、昔の東映アクション映画や、ド派手なカースタントが売りだった刑事ドラマ『西部警察』などと比べれば、さすがにこじんまりとした印象は拭えません。が、
ギリギリで走るっていう難しいシーンだから、最初はCGにしようかなとも思ったけど、CGだと余計にめちゃくちゃな事をしたくなるから嫌いなんだよね、やっぱりアナログが一番。実際の商店街を借りて、美術さんがセットを作ってくれて、それを毎回壊すと。
出典元:http://getnews.jp/archives/936921
という監督の証言からも、カースタントにこだわる姿勢が伺えます。かつてバラエティ番組で、明石家さんまさんの愛車を容赦なくペンキまみれにしたりブロック塀にぶつけたりしたのは伊達じゃない、という事でしょうか。
また、二作品とも名古屋と神戸のフィルムコミッションの協力あってこそなので、今やカースタントを撮るなら地方で!という認識が高まっているようです。
許可が下りなくても強行ロケ!:『新宿インシデント』
最後に紹介するのは『新宿インシデント』。ジャッキー・チェン演じる中国からの密入国者が、新宿の歌舞伎町で裏社会に染まっていく姿を描いた作品です。
新宿が主舞台とあって近隣の渋谷や高田馬場、更には上野アメ横や有明の繁華街でロケをしています。
テレビ番組でもロケが大変そうな場所ばかり映り、おまけに実在の店舗や百貨店で窃盗をするシーンもあるので、「よく撮影できたな」と観ながら思ったものです。
しかし、後に制作協力した日本側のスタッフに話を聞いたところ、内容が内容だけに東京での撮影許可がほとんど下りず、仕方なくゲリラ撮影に近い状態で行ったそうです。サッと撮影してササッと撤収する、という作業の連続で、一部シーンを神戸の南京町などで撮影したのも、そうした事情ゆえの事だそうです。
これにはジャッキーも、「今の日本ではいい映画が撮れない」とボヤいたとか。
昨今、日本でブランド品やアメニティー品を「爆買い」する中国人観光客がメディアを賑わせているため、“中国人=金持ち”というイメージがつきがちですが、この作品で描かれるような、不法入国して低賃金で働く中国人もいまだに存在します。
悪いイメージを恐れて撮影協力を渋る気持ちも分からなくはない一方で、知られざる中国人の労働事情にも目を向けて欲しいという映画スタッフ側の意図も理解できるため、どちらが良いか悪いかの判断は難しい所です。
東京五輪効果で日本ロケが増える?
以上、取り上げた作品すべてに共通するのが、「日本でのロケの難しさ」。最近は観光客増加を見越してのロケ誘致に積極的な自治体も増えてきていますが、実際ロケを行うとなると色々な点でスムーズに進まないケースが多いです。
それでも今後は、日本ロケを重視した映画が増えるかもしれません。
大きな理由として、2020年の東京オリンピックがあります。映画界では、世界中で注目される一大イベントに絡めて作品制作をする事が多々あります。その最たるのがオリンピックです。
2008年の北京大会の時は、開催前後の時期に『カンフー・パンダ』や『ベスト・キッド』といった中国マーケットを狙った作品が作られたり、2012年のロンドン大会に至っては、開会式に『007』シリーズでダニエル・クレイグが演じるジェームズ・ボンドが登場しました。
時折みかける、首を傾げたくなるような日本描写の外国映画でも、やっぱり実際に日本国内でロケをしていると嬉しくなるもの。東京五輪を機に、日本でのロケに対する規制緩和が進む事を願ってやみません。
※2021年4月24日時点のVOD配信情報です。